オーバーロードと大きな蜘蛛さん   作:粘体スライム狂い

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31話

「姉さんが攫われてから7年……やっと会えた!」

「え?えぇ?」

 

ニニャは机に身を乗り出してミュールの手を握る。

大切な人と離れ離れになる辛さを知るモモンは、ニニャが過ごした時間の長さを想う。

きっとその7年間様々な苦労があったのだろう。

ニニャの若さで7年前と言えば中学生かそれよりも下のはず。

最終学歴が小学校のモモンは若年者が社会に出て働くことの苦労を知っているつもりだ。

だからこそ感動に打ち震えるニニャの心境を思い描くことが出来る。

きっと二十数年を勉強と競争につぎ込みアーコロジーの居住権を得た喜びと比べてもさして違いはないはずだ。

 

(だが人違いだ)

 

そう。

悲しいことにどれだけニニャが感動しているところでその事実は変わらない。

だからそんなに睨まないでほしいとニニャを除く『漆黒の剣』の面々に言いたい。

攫われた、というニニャの発言から、彼らが自分の事を誘拐犯かなにかだと疑っているのは窺い知れるが、彼ら自身の為にもそろそろ止めてもらわねば困るのだ。

なにせ――

 

「……ちっ」

 

聞こえてきた舌打ちにモモンは肝を冷やす。

右隣に座るナーベの機嫌が最悪なのである。

切れ長の美しい瞳には触れれば切れる白刃のような危険な光が宿っている。

大方、人間如きが至高の御方にガン垂れてるんじゃないぞ……とかそういう事を考えているに違いない。

この数日で分かった事だが彼女はかなり短気な性格をしている。

いきなり魔法で殺しにかかったりはしないとは思うが、痛めつける程度はしてもおかしくはない。

『漆黒の剣』の此方への態度は決して褒められるものではないしモモン自身多少の不快感はあるが、それでも彼らはこの街における情報収集の貴重な足がかりである。

ナーベが暴発する前になんとかしなければならなかった。

 

「落ち着いてくださいニニャさん。ミュールはあなたの姉ではありません」

「モモンさんの言うとおりです。私はあなたとは初めてお会いしました。誤解させてしまって申し訳ないのですが、人違いですよ」

「そんな!だって声も顔も姉さんそのものじゃないか!」

 

モモンの言葉を補強するように困り顔で微笑みながら誤解だと伝えるミュールを、そんなはずはないとニニャは頭を振って否定した。

頑なにミュールを姉だと思い込もうとしているニニャの姿に、モモンに向けられていた『漆黒の剣』の視線が逸れていく。

彼らとて憶測で此方を誘拐犯だと決め付けて事を荒立てる愚かさはわかっているのだろう。

リーダーであるペテルはモモンに対し小さく頭を下げると立ち上がり、ミュールの手を握るニニャの手を掴んだ。

身体能力において戦士職であろうペテルに魔法詠唱者であるニニャが勝てるはずもない。

繋がれていた手は容易く離れ離れになった。

 

「ニニャ、落ち着くんだ。落ち着いたら、もう一度冷静に確認してみてくれ。本当にニニャのお姉さんなのかい?」

「ペテル!私が姉さんを見間違うわけがないです!」

 

手をつかまれたまま吼えるニニャの隣で、ルクレットが頭を掻きながらペテルに続く。

 

「でもよニニャ。お前が姉貴さんを最後に見たのは7年前だろ?7年もありゃあ人は変わるし、記憶なんざ曖昧になるもんだぜ」

「ニニャの記憶が確かだとしても、もう一度確認するべきである。世の中には顔の似ている人物が三人はいると言うであるからな!」

 

まだ紹介されていない髭の男が加勢し、落ち着いた低い声で諭すようにニニャに語りかけた。

チームメイト三人からの説得を受けたニニャは口をへの字に歪めながらも自分の椅子へと座り込んだ。

そしてミュールをじっと見つめる。

 

「声は姉さんそのものです。でも髪の毛の色が違う……でも染めることは出来るし……」

「これは地毛ですよ」

 

ミュールがセミロングの黒に近い茶色の髪を手櫛で梳かしながら言う。

空気を含んだ髪から複雑に混ざり合った花の香気が放たれ、『漆黒の剣』の男達の鼻腔をくすぐった。

 

「うっひょぉ!すごいな!どういう香油使ってるんだぁ?」

「うるさいぞルクレット」

 

鼻をひくつかせ目を輝かせるルクレットに肘鉄を入れるペテル。

そんな二人を無視してニニャは今にも消えそうなか細い声で呟き続けている。

 

「よく見れば……姉さんよりも綺麗なお顔をされていますね。黒子の位置も違う……それじゃあ本当に?」

「期待させてしまって申し訳ないのですが、そのとおりです。私はあなたの姉ではありません」

「ッ!」

 

ようやく納得したのだろう。

突きつけられた現実に打ちひしがれるようにニニャは俯き、なにかを堪えるように肩を震わせる。

そんな仲間の姿を見てペテル達が心配そうな表情になるが、即座にニニャを慰めるような事はしなかった。

リーダーであるペテルは何よりも先にモモン達三人に対して謝罪することを選んだ。

 

「度重なる無礼、本当にすみません」

 

テーブルに頭が着くほどに深いお辞儀の姿勢で、ペテルの口からは次々に謝罪の言葉が飛び出してくる。

何時終わるかもわからない謝罪の洪水に対して、モモンは早々に待ったをかけた。

 

「そのような謝罪は不要ですよペテルさん。多少面食らいましたが、なにか事情がある様子。それも家族に関する事情であればニニャさんが必死になるのも当然でしょう。このぐらい無礼の内にも入りませんよ」

 

おおっ、という感嘆の声が『漆黒の剣』から漏れる。

それはモモンの態度が非常に落ち着いており、堂に入った見事なものだったからだ。

『漆黒の剣』は知るよしも無いが、モモンは謝罪しようとする者への対応についてはナザリックで散々経験を積んでいる。

豊富な経験に裏づけされた堂々たる態度は、見る者に「この人は只者ではない」という印象を深く植え付けていた。

 

「それよりも最後の方の紹介をお願いしますよ」

「は、はい。彼は森司祭(ドルイド)――ダイン・ウッドワンダー。治療魔法や自然を操る魔法の使い手で、薬草知識に長けています」

「よろしくお願いする!」

 

口周りにぼさぼさの髭を蓄え、体格もかなりガッシリとした大柄の男が重々しく口を開いた。

森司祭(ドルイド)よりも蛮族(バーバリアン)の方が似合っていそうな男ではあったが、知性と落ち着きを感じさせる声だった。

 

「では私達の番ですね。こちらがナーベ。魔力系魔法詠唱者であり第三位階魔法の使い手で直接的な火力に優れます。そして彼女はミュール。様々な秘術、妖術に精通しており、同時に信仰系魔法詠唱者でもあります。直接火力ではナーベに劣りますが支援系の第三位階魔法を使用可能です。そして私はモモン。見ての通り戦士で、剣を使って前衛として戦います」

「……よろしく」

「よろしくお願いしますね」

 

愛想よく頭を下げるミュールに対してナーベは少し無愛想だった。

その事にモモンは眉を顰めるが、『漆黒の剣』達は自分たちの行いからナーベの反応も無理はないと誰一人嫌な顔一つ見せなかった。

 

「はい。こちらもよろしくお願いします。それでモモンさん方が此方を呼ぶ際は名の方を呼んでいただいて結構ですよ。……それにしてもすごいですね。第三位階魔法の使い手が二人もいるなんて」

「私程度、モモンさんに比べれば何ほどのものでもありません」

「ナーベさんの言うとおり、モモンさんにはどうやっても劣りますので過剰な期待はなさらないでくださいね?」

 

再び視線がモモンに集まる。

熟練魔法詠唱者二人が口をそろえて褒め称える戦士とは一体いかなる存在なのか?

底知れぬ実力を秘めるであろうモモンに興味が向くのは自然なことだった。

しかしモモン自身としてはそこまでハードルを上げられると落ち着かない。

モモンはレベルだけならばこの中の誰よりも優れているが、前衛としての技術は皆無に等しい。

 ナザリックを出る前に闘技場で最低限剣の振り方だけでも練習しようと素振りしていたところ、ふらりと現れたクーゲルシュライバーに「やだ、モモンガさんその構え超ダサい」と言われた心の傷は未だ塞がっていないのだ。

その後に同じ二刀流だからとアドバイスを貰ったが、いざ戦闘になった時に構えからド素人であると露見するのではないかと心配なのである。

しかしその心配や不安を押し殺しモモンは胸を張る。

モモンは偉大なる戦士であり稀代の英雄となる男なのだ。

偽装身分(アンダーカバー)としてそれを選んだからには、相応しい態度を心がけなければならない。

 

「二人はこう言っていますが私に出来るのは剣を振るうことだけです。期待されても剣から火球を飛ばしたりはできませんよ?」

 

肩をすくめ小首を傾げておどけてみせるモモンの姿に『漆黒の剣』から小さな笑いが起こった。

 

「あははは!そんな事は思いもしませんよ。ですが剣技の方は期待しても?」

「どうぞいくらでも。皆さんの期待を悉く上回ってご覧にいれましょう」

「それは楽しみです。では早速ですが仕事についての話をしましょうか。いえ、仕事と言っても実は仕事ではないのですが」

「ん?それは一体どういう……」

 

訝しむモモンにペテルは詳細を話し始めた。

彼ら『漆黒の剣』がやろうとしているのは街周辺に出没するモンスターの討伐だという。

仕事であって仕事ではないというのは、これが街、つまりは国が組合を通して報酬をだしているので「冒険者組合の仕事」ではないのが理由だ。

モモンの知識で言えば、環境破壊によって野生動物が居なくなった為に自然消滅したという有害鳥獣駆除のようなもので、ユグドラシルにおけるフィールドモンスターを狩ってドロップアイテムや金貨を得る行為に相当する。

 

ゲーム的に考えればこういった行為は冒険者の基本であり、旨味のあるクエストがない時に行われるものである。

銀級冒険者であるペテル達があえてこのような事をしているとなると、受付で仕事を探してもらったとしても碌なものは無かったかもしれない。

これがゲームならば初心者用クエストが用意されているのが当然だが、現実ではそんな仕事は真っ先に奪われ消えてなくなるのが定めである。

差しあたって当面の資金を得たいモモンとしては、ペテル達の仕事を手伝うのが最も良い選択だと思われた。

 

どのような手順を踏んでモンスターを討伐し報酬を得るのかを知ることも出来るし、仕事を共にすることで様々な知識を得ることもできるだろう。

クーゲルシュライバーがニニャに対して興味を示している事もある。

モモンはペテルの説明を聞き終わると、報酬についての話を取りまとめてから仕事に協力することを伝えた

 

 

 

■■■

 

 

 

魔法の光すらも消した暗黒の寝室で、全身の甲殻の縁に青紫の光を走らせながらクーゲルシュライバーはミュールを通じてニニャを見つめていた。

もしもこの姿をモモンガや知識豊富なNPCが見たとしたら、即座にクーゲルシュライバーのやろうとしている事を阻止しようとするだろう。

なぜならばこの状態こそクーゲルシュライバーが持つ転移蜘蛛(フェイズ・スパイダー)の特殊能力である転移能力を発動させる一歩手前の姿だからだ。

 

モモンガの転移門(ゲート)の魔法がそうであるように、クーゲルシュライバーの転移能力もなんらかの方法で転移先の光景を確認できればその場へと転移が可能になる。

そしてクーゲルシュライバーはいま、ミュールの視界を通してニニャのいる冒険者組合二階の視覚的情報を得ている。

ナザリック内に転移するつもりならば自前の転移能力を使用する意味はない。

何処に転移する気なのかは火を見るよりも明らかだった。

 

「いや、いやいやいや。何度目だ。落ち着け俺」

 

自分に言い聞かせるように放たれた言葉と共に甲殻の隙間を流れる光は弱くなっていく。

これで計14回目のスキル発動中断だった。

 

「あぁ嫌だ嫌だ。見守るって決めたのにすぐに決意が揺らぐ。こんな落ち着かない気持ちになるって分かってたからミュルアニスを避けていたのに、なんでこう似ている奴が出てきてしまうんだ」

 

そんな言葉とは裏腹にクーゲルシュライバーの声には隠し切れない喜悦があった。

自らの声を聞き、如何に心が飢餓状態に陥っていたのかを悟ったクーゲルシュライバーは悲しげに息を吐いた。

 

「必死に忘れようとした数年が無駄になってしまった。しかも姉、ツアレ姉さんだと?ミュルアニスよりは美貌に劣るらしいが、それはつまりアイツそのものな見た目ってことじゃないのか?」

 

八つの瞳が激しい欲望の炎を宿して紅く輝く。

極上のご馳走が並ぶテーブルに、忍耐に忍耐を重ね食事制限を続けていた空腹に苦しむダイエッターを座らせたらこんな目になるのかもしれない。

しかし目的を果たさんとするダイエッターが暴食を拒もうと葛藤するように、クーゲルシュライバーもまた心の飢餓に膝を屈することにか弱い抵抗をみせていた。

 

「ニニャの姉、ツアレか。ミュルアニスと同じで絶対に会うわけにはいかないな。歯止めが利かなくなる。……ニニャはもう、仕方ないけど」

 

クーゲルシュライバーは意識を集中させミュールが見聞きした情報を読み取る。

ミュールにはニニャを可能な限り視界に入れるようにと密かに命令してある。

お陰でクーゲルシュライバーは陰りのある表情で頻繁に視線を向けてくるニニャの姿を堪能することができた。

 

「本当に面影のある子だなぁ。俺はこの出会いを恨んだらいいのか、喜べばいいのか」

 

膨大な感情が混ざり合った混沌の塊が心の空白を埋めていく。

その感覚から自身に苦しみに満ちた未来が訪れる事を確信するが、その一方で大きな喜びと満足感が確かに存在していた。

クーゲルシュライバーは人間状の部位における胸に相当する場所に擬腕をあて、暗い地の底から天を仰ぐ。

 

「やっぱり風化させて忘れ去るなんて出来ないよな」

 

闇に覆われた視界に、クーゲルシュライバーはかつての日々を幻視する。

紛れも無くあの日々は人生の絶頂期であり忘れがたい青春だ。

今となってどれほど心を乱す悪因となっていても、捨て去ることは不可能に思えるほどに大切な記憶だった。

 

「どだい無理な話だったか」

 

疲れたように吐き捨てるとクーゲルシュライバーは遠く離れたミュールにむけて強く念ずる。

暗闇の中で首から提げた干首の群れが、苦しみ悶えながらその効果を発動させた。

 

『ミュール、重要任務だ。モモンガとナザリックの利益を最優先しつつも、ニニャとの関係を重視して行動しろ。可能な限り友好的な関係を築くのだ。そしてある程度関係が深まったら例のアイテムを与えてやれ』

『了解しました。アイテムを譲渡する時の説明はいかが致しましょうか?』

『もう少しニニャを観察してから追って伝える。現状としては友好関係の構築に全力をあげろ』

『ではそのようにします。……あら?』

 

通話の途中でミュールが疑問の声をあげる。

その理由は視界を共有しているクーゲルシュライバーにはすぐに理解できた。

漆黒の剣のルクルットという男がモモンとナーベの関係について質問したと思ったら唐突に愛の告白を始めたのである。

 ナーベからの冷たい視線と痛烈な断りの言葉を貰っているにも拘らず、ルクルットはまったく堪えていないように見えた。

 

『見るからに軽薄そうな男だとは思っていたが、なんという度胸だ。ナンパが生きがいとかそういう人種なのだろうか?』

『それか彼なりのコミュニケーションなのではないでしょうか?』

『そうかもしれないがな。……もしもお前にもしてくるようならキッパリ断るように。ああいう奴とベタベタするのは絶対に許さんからな』

『……はいっ』

 

ミュールの何処か嬉しそうな声を苦々しく思いながらテレパシーを終える。

さっきの自分の言葉はどういう心の動きから出たものだろうか?

考えようとするだけで、頭が混沌としていくようだった。

 

「ちくしょう、モヤモヤしやがる……」

 

クーゲルシュライバーは擬頭を掻き毟るとベッドに身を投げ出した。

そして。

 

「あ、シャルティアへのご褒美用人形つくらなきゃ」

 

やるべき事を思い出して寝室から這い出て行くのであった。

 

 

 

■■■

 

 

 

「厳しいお断りのお言葉ありがとうございました!では友達から始めてください!」

「死ね、下等生物(ウジムシ)。私がお前の友人になどなるわけないでしょ。目をスプーンでくりぬかれたいの?」

 

すでに二度目となるルクレットとナーベのやり取りは、今回も取り付く島もない有様だった。

しかしそれでもルクレットにめげた様子は無い。

ニコニコと笑いながらわざとらしく額に手をあて嘆いてみせるその姿は、モモンに黒歴史(パンドラズ・アクター)を思い出させ僅かなりとも機嫌を損ねさせていた。

 

「なんと冷たいお言葉!私の心は深く傷つきました!この上は信仰系魔法詠唱者であるミュールさんに癒してもらうほかありません!」

 

(おいおい今度はミュールか?ナーベみたいな事にはならないだろうが、大丈夫か?)

 

モモンが心配そうに見つめる中、クルリクルリと芝居がかった動きでミュールの前まで近づいたルクルットはこれまた大げさな身のこなしで跪き、姫の手を取る騎士の如く己の手を差し出した。

ミュールはそれを見るとにっこりと微笑んだ。

 

「恋は一途に秘めるもの。多情な人は嫌いです。私の神の名において、呪って差し上げてもよろしいのですよ?」

 

いつの間にか青紫色に発光する短杖(ワンド)を手にしているミュールに、漆黒の剣から小さな呻き声が上がった。

喜ばしい事に秘術の使い手による「呪ってやる」発言を軽んじる冒険者にあるまじき迂闊な者は漆黒の剣には居なかったということだ。

 

秘術という分類の魔法は膨大な種類に分かれるが、その中でも一際恐ろしいものとして「呪い」という種類がある。

呪いの効果は様々であるが、そのどれもが人々が嫌厭するに足る陰湿な脅威を秘めている。

一度呪われれば解除は困難なため、一般人冒険者問わず非常に恐れられている魔法なのである。

 

「あー……ちなみにそれ、どんな呪いなんです?」

 

笑顔を引きつらせ冷や汗を垂らしながらもルクルットは気丈にも軽い口調でミュールに問う。

短杖(ワンド)が放つ魔法の光による照り返しを受けながら、ミュールは愛らしい笑顔をルクルットの下腹部に向けて言った。

 

「ルクルットさんのお腰のものが先端から裏返る呪いです」

「んなぁっ!?」

 

身の毛もよだつおぞましい呪いの効果を耳にしたペテル、ルクルット、ダイン、モモンの四名から純粋な恐怖の悲鳴が漏れた。

ルクルットなどはもう内股になってつま先だけで後ずさり自分の椅子へと撤退する有様だ。

だがそれを笑える男が何処に居ようか?そんな男は居ようはずも無い。

 

「あははは! その呪い良いですね。僕もいつか姉さんを攫った豚貴族にかけてやりたいんですが、やり方を教えてくれませんか?」

「まぁニニャさん!それはいい考えだと思います。私でよろしければ喜んでお教えしますよ」

「ありがとうございますミュールさん!」

 

楽しそうに話をするミュールとニニャ以外に言葉を発するものは誰も居ない。

仲睦まじい二人から視線を逸らすと、ペテルとモモンは互いに頭をさげた。

 

「……仲間がご迷惑を」

「いえ、此方こそ申し訳ありません」

 

青い顔をしているペテルの表情からは此方に対する若干の親しみを感じられた。

男子共通のシモの恐怖に対して共に震えたことが、プラスに働いたのかもしれない。

それはそれでなんか嫌だなぁ、と思いながらもモモンは全員に向かって声をかけた。

 

「ではもうお互いに質問はないという事でよろしいですかね?」

 

反論の声は上がらなかった。

 

「ではモモンさん達の準備が整いましたら出立しましょう。こちらの準備は既に出来ておりますので」

「此方は食料の補給さえできれば出発できます」

 

冒険者の宿で3人分の冒険道具一式を購入したせいでモモンの手持ちの金は激減している。

とはいえ食料を全く食べないで活動しているのは不自然すぎる。

一々食べられそうな動物を捕獲するのも面倒だし、捕まえたところで料理の仕方が不明だ。

ここは最低限の量でいいから食料を手に入れる必要があった。

 

「食料だけですか。特定の店で購入する必要が無いのならカウンターで保存食を注文してはどうですか?」

「そうですね。それがよいでしょう」

「では行きましょうか」

 

全員が立ち上がり階下へと歩き出した。

冒険者組合の一階は相変わらず多くの冒険者でごった返していた。

しかしどうも様子がおかしい。

誰もが皆カウンター前で受付嬢と話をしている金髪の少年を気にしている。

モモンはこの町における有名な冒険者なのだろうかとも思ったが、少年の装備が厚手のエプロン以外一般人と大差なく首になにも下げていないことからその考えは間違いだという事を悟った。

 

ではあの少年は何者なのだろうか?

好奇心を向けるモモンの視線の先で受付嬢が驚愕の表情を浮かべる。

そして彼女の視線は階段を下りるモモンへと向けられた。

 

「ご指名の依頼が入っています」

 

受付嬢がそう言った瞬間、背後の漆黒の剣、そして眼下の冒険者たちから驚きの声が上がり好奇に輝く無数の瞳がモモンへと向けられた。

 

 




冒険に出かけるまでが長くて退屈になってしまう。
面白い構成とはどういうものなのか、最近になって真面目に頭を悩ませるようになりました。

それにしても今回見慣れた光景過ぎて、この話の意味について悩んでしまいます。

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