オーバーロードと大きな蜘蛛さん   作:粘体スライム狂い

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7話

撮られ続けている。時間にしてまだ数十秒も経ってはいない。

しかしそれでも同僚であるシクススの視線と彼女が構える至高のアイテムの単眼を思わせる無機質な視線に晒され続けたエントマは極限の羞恥を感じていた。

シクススを責めることは出来ない。彼女はただ主人の命令に従っているだけだ。

蜘蛛でもなんでもないホムンクルスである彼女に、自身が感じている羞恥と抵抗感が何故生じるのか理解してもらうことは出来ないだろう。

つまり助け舟は期待できない。

いや、至高の御方からの命令である以上エントマには行為をやめる事など出来はしない。

だからシクススがこれからエントマがやろうとしている行為の宇宙的変態性に気付かないのは寧ろ僥倖と言える。

 

「どうしたエントマよ。私は既に許可を出したぞ?」

 

頭上から酷く優しい声が聞こえてくる。

その声にエントマは思った。

――あぁ、この方は私の心中を知った上で、このように優しく接してくるのだ、と。

同じ蜘蛛である至高の御方が、この行為の持つ異常性を知らないはずが無い。

熟知した上で羞恥に悶える己を弄ぶような言葉をかけ、更には同僚に命じてこの行為の記録を残させているのだ。

 

同僚といえば、先ほどシクススを陥落させたクーゲルシュライバーの手練手管はまさに圧巻だった。

明らかに熟練されたその手口に、エントマはシクススが蜘蛛の巣に囚われた哀れな獲物に見えた程だ。

そして、それは自分も同じ事。

所詮自分もクーゲルシュライバーの手の内で踊らされる玩具に過ぎないのだ。

至高のお方によって玩具のように、物のように弄ばれているという事実に、ナザリックの全ての作り出された存在がそうであるようにエントマの全身を甘美なる快感が稲妻のように駆け巡る。

 

これが至高の41人の1人、深淵の大蜘蛛(アトラク=ナクア)クーゲルシュライバー。

なるほど、この老獪な嗜虐性。

至高の御方々ですら恐れたというその力の一端に触れ、エントマは体が震えるのを禁じえなかった。

 

(恥ずかしいぃぃ……でも、私で喜んでいただきたいぃ。だからぁ、精一杯ご奉仕しますぅ)

 

エントマは覚悟を決めた。

もはや逃れられない運命ならば、せめて主人を待たせて不機嫌にさせるよりは、覚悟を決めて変態行為にこの身を染めるべきだと。

エントマは異常な経験をしていると強く実感しながら、クーゲルシュライバーの太く逞しい前脚に口付けした。

幼い外見をしたエントマの精神の片隅で、決して触れてはいけなかったはずの禁断の扉が今、音を立てて開き始めていた。

 

 

 

(んええええええええ!?)

 

クーゲルシュライバーは驚愕していた。

いや、正確にはドン引きしていた。

 

「んちゅ……ェレロォ……」

 

ぼんやりとした雰囲気を放つエントマが、自分の肢に顔を埋めたと思った次の瞬間。

彼女の顎から大きな牙が二本出現しその間から流れ出る透明な液体を塗りつけ始めたのだ。

エントマの顔はそういう甲殻を持つ蟲である。ゆえに彼女の表情は変わらない。口も動かない。

本当の顔と口は仮面めいた蟲の下にある。

つまりなにがどうなっているかと言うと、エントマは今、自分自身の口から分泌される液体をクーゲルシュライバーに擦り付けているという事になる。

 

(まてまてまてまて!なにをしてるんだエントマは!?こんなの普段から自分にやってるのか?と、とんでもないド変態じゃないかこの子は!!)

 

自分の想像していたものと余りにもかけ離れていたエントマの行為にドン引きしつつ、助けを求めるようにクーゲルシュライバーは撮影を続けるシクススを見た。

そして硬直する。

 

(うぉぁああああなにあの子!目が!目がいっちゃってる!!)

 

視線の先ではシクススが頬を染め、喜悦に歪んだ笑みを浮かべながらクーゲルシュライバーとエントマの行為をカメラに収めていた。

その目は完全に陶酔しており、彼女がまともな状態ではないという事を如実に示していた。

実際のところシクススは深く敬愛する慈悲深き主から与えられた至宝を使い、与えられた命令を遂行できている事によって生じる満足感に酔っているのだが、その姿はクーゲルシュライバーにとっては同僚であるエントマの変態行為を撮影することに興奮しているようにしか見えなかった。

 

(な、何てことだ。もしかしてナザリックではこういうのが普通なのか? だ、だとしたら……いかん! このままではナザリック地下大墳墓が特殊性的嗜好の見本市になってしまう!)

 

骨と蜘蛛を愛していると豪語するアルベドと、死体愛好家であるシャルティア、男装ロリと女装ショタであるアウラとマーレの姿が脳裏に浮かび、クーゲルシュライバーは激しい危機感に襲われた。

しかし、すこし遅れてやってきた精神作用無効化により冷静な判断力が戻ってくる。

 

(いやまて。人間の感性で蜘蛛人の行う行為を変態だと決め付けるのは早計かもしれない。エントマは本当に普段やっている通りの事を俺にしていて、そしてこれが蜘蛛人にとってごく普通の行為だとすれば、ここで取り乱すのは毛づくろいに対する知識が無いという事を教えるようなものじゃないか)

 

クーゲルシュライバーは自分の肢を丹念に舐めるエントマをじっくりと見つめる。

そして<真意看破>を使用した。

このような事態になれば、もはや自分自身の観察眼を鍛えるなどと言って使用を控える必要はない。

エントマがどういうつもりでこんな事をしているのか、早急に知る必要があった。

 

(……ふむ。羞恥を感じているようだが、これは俺の体に触れているからか。エントマ自身、毛づくろいを行っているという意識だな)

 

あと、少なくない歓喜の感情も見て取れた。

感じ取れる彼女の真意に、クーゲルシュライバーの緊張がほぐれる。

そして一瞬でも変態だと思ってしまった自分を恥じた。

エントマは自分に喜んでもらおうと精一杯の奉仕をしているのがわかる。

なんとも健気ではないか。

そんなかわいいメイドに対し、自分はなんて愚かなのだろうか。

 

(これが異種族間交流の難しさか。価値観と文化の違いというのは中々理解できないものだな)

 

クーゲルシュライバーは自分の見る目の無さに深く反省してから<真意看破>をオフにした。

これからナザリックの上位者として生活するようになるのだ。やはり、<真意看破>に頼らずにすむ観察眼は鍛えるに越したことは無い。

 

「ンぷはぁ……ど、どうでしょうかクーゲルシュライバー様?」

「なかなか上手だぞエントマ。随分と慣れているようではないか」

「そ、そんな事ありません!こういうことするのは、クーゲルシュライバー様が初めてで……」

(ん?どういうことだ?これは極普通の毛づくろいじゃ……あぁそうか。他人にやるのは初めてなんだな。蜘蛛人の友達とかいないのか?)

 

顎を涎塗れにしているエントマの言葉に、クーゲルシュライバーは不憫なものを感じた。

哺乳類の知識ではあるが、毛づくろい、つまりグルーミングには重要な社会的意味がある。

それを行うことが出来ないのは同族である蜘蛛人がいないからではないかとクーゲルシュライバーは考えた。

そういえばナザリックにはエントマ以外の蜘蛛人を配置していなかったような記憶がある。

つまりエントマには仲のよい同族の友達がいない、という事だ。

 

プレアデスや同僚である一般メイド達とは仲がいいだろうが、それでも他種族だ。

同じ種族の友達が居ないというのは幼く見えるエントマにとってはあまりよろしくない状況にも思える。

 

(そのうち傭兵モンスターで友達役を見繕ってみるか。最初は立場の違いから打ち解けられないかもしれないが、そこはまぁ俺が直々にエントマにそいつの毛づくろいを命じれば解決するだろ。なにせ――)

 

エントマの毛づくろいはこんなにも気持ちいいのだから。

クーゲルシュライバーはエントマによる毛づくろいに大きな満足感を得ていた。

一舐め毎に体が清められているような感覚。

それこそがこの行為が蜘蛛の毛づくろいとして正しいものなのだという事をクーゲルシュライバーに確信させていた。

 

「そのわりには上手に出来ているぞ。どうだエントマよ、折角録画しているのだ。その技術をさらに高めるために後でお前の働きぶりを一緒に鑑賞するか?」

「お、御戯れを……」

 

まだ思いつきでしかないが、来るべき「エントマちゃん友達100人出来るかな計画」の為にビデオを見せて他人への毛づくろい技術を磨かせようというクーゲルシュライバーの発言の真意に気付く事無く、エントマは自らの胸と腹の境界付近――人間的に見れば鳩尾の辺り――に手を添えて恥じ入るようにそう言った。

 

 

 

 

 

ナザリック地下大墳墓第九階層、通称ロイヤルスイート。

至高の41人の居住スペースであるこの階層はまさに神々の居城という表現が相応しい絢爛豪華な場所だ。

そこに住む至高の御方々を煩わせないよう、ここに配置される者達は極力音や振動を立てないように行動する。

故に、神域たる第九階層は神聖なる静寂を讃えた空間なのだ。

しかし、今日はそんな神域に大きな音が響いている。

 

大きな音と言っても雑音ではない。一糸乱れぬ足音。それもかなりの人数が立てるものだ。

その音の発生源、ナザリック地下大墳墓儀仗隊を引き連れながらモモンガはプレアデスの一員、ナーベラル・ガンマを伴って廊下を歩いていた。

 

「ここだな」

 

モモンガが蜘蛛をイメージさせるサインの描かれた扉の前で止まると、背後の儀仗隊も一糸乱れず完璧なタイミングで行進を停止する。

その背後の気配を誇らしく思いながらモモンガはナーベラルが扉を叩き、中のメイドに来訪を伝える姿を見ていた。

 

(……なんかあのメイド、頬が赤かったけどどうしたんだ?)

 

多少疑問に思ったがモモンガはすぐに考えることをやめた。

僅かな時間ではあるが、メイド達の至高の41人に対する忠誠心もまた強固なものだという事がわかった。

あのメイドも至高の41人の1人であるクーゲルシュライバーに仕えることで興奮しているのだろう。

モモンガは自分の経験からそう結論付けていた。

 

「どうぞ、お入りくださいモモンガ様」

 

扉を開けて出てきたメイドがそう言うのを確認すると、モモンガは儀仗隊にその場で待機するように伝えるとナーベラルと共にクーゲルシュライバーの部屋へと入っていった。

 

 

クーゲルシュライバーは応接間に居た。

上等なソファの上にその巨体を乗せ、ツヤツヤした黒い甲殻に魔法の光を反射させながらモモンガを待っていた。

 

「おお我が友モモンガよ。よく来てくれた」

 

芝居がかった口調にモモンガはパンドラズ・アクターを思い出し軽く眉をひそめる。

実際には眉はないので目の光が多少曇っただけの変化だったが。

 

「休養中すまないな我が友クーゲルシュライバー。至急、相談したいことがあったのでこうしてお邪魔させてもらった」

「邪魔などというものではないよ。で?相談したい事というのは、例の書類の件かな?」

「その通りだ」

 

そう、モモンガがクーゲルシュライバーに会いに来たのは彼が提出してきた書類、キャラシートについて幾つか聞きたいことがあったからだ。

それ以外にも今後の指針や、NPC達の情報の共有。しておきたいことは沢山ある。

しかしそれらの話し合いはプレイヤー同士二人きりで行うべきものであり、人払いは必須だ。

モモンガはナーベラルに退室の命令を出すと、クーゲルシュライバーの隣に控えるメイド達を見て――違和感を覚えた。

 

「うん?なぜエントマが此処にいるのだ?」

 

モモンガのその言葉に名を呼ばれたメイド、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータが荒い息を押し殺しながらびくりと体を緊張させた。

モモンガの記憶が確かならばクーゲルシュライバーの部屋に配置されたのは一般メイドのはず。

戦闘メイドであるプレアデスを向かわせたという報告は受けていない。

チラリと横に立つナーベラルに視線を送る。

 

「いえ、私もエントマがクーゲルシュライバー様のお部屋に向かったという報告は受けていません」

 

主人の視線の意味を正確にとらえたナーベラルがモモンガに自分も知らなかったと伝える。

ナーベラルがその切れ長の瞳でエントマに鋭い視線を送る。

それを受けたエントマは、表情に変わりはないがうつむき加減になり、小さくその肢を震わせていた。

まるで隠し事がばれて怯えている子供のような姿にナーベラルの視線が冷たさを増していく。

 

「あぁ、すまなかったなモモンガ。エントマは私が直々に呼び出したのだよ。そして今の今まで私の身支度を手伝ってもらっていたのだ。そうだな?エントマ」

「ぁ……は、はい!その通りです」

 

助け舟をだしたのはクーゲルシュライバーだった。

彼の説明による効果は絶大で、ナーベラルはそうだったのかと視線に篭る剣呑な光を霧散させた。

彼女はエントマがもしも独断でこの部屋に訪れ、クーゲルシュライバーに侍っていたというのであれば、至高の御方々の前である以上この場では実行できないが罰を与えるべきだと思っていたのだ。死なない程度に加減した、罰を。

 

「そうだったか。いや、構わないとも。メイド達は私だけに仕えているわけではない。クーゲルシュライバーが個人的に呼び出しても問題などないさ」

「そう言ってくれると助かるよ。さて、エントマよ。他のメイドを連れ退出せよ。これから私はモモンガと大切な話がある。……いずれまた呼ぶからそのつもりで居るように」

「っ!か、畏まりました……」

 

クーゲルシュライバーの命に従い、エントマともう1人の一般メイドが退出する為に動き出す。

それにあわせてナーベラルも動く。

ドアを開け閉めする回数はなるべく少ないほうがいい。

 

「おっと、忘れていた。おいメイド。私の寝室から一つ本を持って来い」

 

退出しようとしていたメイド3人をクーゲルシュライバーの声が止めた。

メイドとは誰の事を指しているのか。

クーゲルシュライバーはエントマの事を名前で呼んでいたし、自らの用事をやらせるならば自分付きのメイドにやらせるのが当然なのでナーベラルは除外される。

自分の事を呼んでいるのだと判断したシクススは素早く行動を開始した。

 

 

 

 

「お、お持ちしました」

「うむ。ご苦労。エントマ達と共に下ってよいぞ」

「畏まりました。失礼いたします」

 

金髪のメイドがクーゲルシュライバーに何かの本を渡す。

そして上品な動きでモモンガの隣を通って退室していった。

 

(ん……?なんださっきのメイド。なにやら妙な表情で俺を見ていたけど……)

 

通りすぎる一瞬見えたメイドの顔。

その表情にはなにか不安のような、心配するような色があった。

しかしモモンガにはそんな顔をされる心当たりが無い。一体なんだというんだろうか。

困惑しつつもモモンガは盗聴防止の魔法を発動する。

それを確認したクーゲルシュライバーから気の抜けた声が発せられた。

 

「あぁぁぁぁぁ……つかれたぁ。いや気持ちよかったんだけど、まだ慣れてないっていうか」

「なんの事かはわかりませんが、とりあえずロールプレイお疲れ様でした。やっぱり疲れますよねー」

「だいぶ慣れてきたんですけどね。はぁ、なんかもう人間の体じゃないんだなぁって実感しちゃいましたよ」

 

ぐったりとソファにもたれかかるクーゲルシュライバーにモモンガは自分が感じているストレスに似た何かがあったのだろうと察した。

自分と比べても人間の体から余りにもかけ離れた体になってしまったクーゲルシュライバーのストレスは察するに余りある。

 

「忠誠を捧げてくれるのはいいんですけど、いちいちちょっと大げさなんですよね。元は一般人だからどうも落ち着かないというか」

「そうですねぇ。まぁエントマのお陰で大分癒されたんですけど、それでもやっぱりね」

「へぇ。メイドの相手をして癒されるって、私じゃあ想像できませんね」

 

何時も堅苦しく自分に仕えるナーベラルの顔を思い出す。

彼女と同じプレアデスの一員なのに、クーゲルシュライバーはエントマに癒されるという。

一体どういう事だろうか?

 エントマは結構フランクな感じで仕えてくれるのか? それなら自分もエントマを……と考えたところでモモンガはその考えを破棄した。

 

(ナーベラル外してエントマを入れたら不和の元になるかもしれないしな。やはり平等にするべきだろう。はぁ、めんどくさい)

 

上司としての思考をしなくてはならない事に無い胃を痛めるモモンガにクーゲルシュライバーが自慢げな声で話しかけた。

 

「私の命じたことを一生懸命やってくれましてね。初めてながら精一杯頑張るエントマの姿は中々感動的でした」

「なるほど。それは確かに癒されますね」

「その様子をカメラで録画してあるんですよ。よかったらモモンガさんも見ますか?ちょっと驚くかもしれませんけど、エントマのお陰で私の甲殻ピッカピカになったんです」

「はははは。では、それはまたの機会に見せてもらいますね」

 

まるで自分の娘を自慢する父親のような雰囲気を感じてモモンガは笑い声を上げた。

自分がNPC達に感じるような感情を、この友人も感じてくれている。今は居ない皆の残してくれた大切な宝を大切にしてくれている。

その事がモモンガには嬉しかったのだ。

 

「さて、それじゃあ相談をはじめましょうか。まずはこのキャラシートのACという項目なんですけど……」

「あぁ、それはですね……」

 

NPCが誰も居ないという久しぶりの感覚に、死の支配者(オーバーロード)深淵の大蜘蛛(アトラク=ナクア)は朗らかな気分で相談を開始した。




どれだけ優しくても人の心を持っていても所詮邪神は邪神
エントマちゃんはもうダメかもわからんね(異常経験+1)

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