モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 200-彼は自分こそが中心なのだとガラルで叫ぶ ⑥

 ワイルドエリア、ナックル丘陵。

 ナックルシティにつながる野生地であるそこは、普段ならば、少しスリルを楽しみたい町の住人や、ジムチャレンジ中の新人トレーナーで賑わっている。

 だが、その日は珍しく人が殆どおらず、人間の居ない自然のみがそこにある。

「まいったな、迷ってしまった」

 ガラルリーグチャンピオンのダンデは、遠くに見えるナックルスタジアムを眺めながらそう呟いた。だが、台詞の割に悲壮感はなく、どちらかと言えば笑っている。

 ガラルで最も尊敬される人物の一人である彼は、反面とんでもないレベルの方向音痴だという弱点があった。最も、今回の場合はただただ迷ったわけではない、待ち合わせまでの時間を潰そうと思って入ったワイルドエリアにて、少しばかり珍しい色合いをしたポケモンを見つけてしまったものだからついついそれを追ってしまったのだ。まあ、結果として迷子になっているわけではあるが。

「連絡しておくか」

 待ち合わせの時間はとっくに過ぎている。彼はスマートホンを取り出して誰かに連絡を取ろうとした。その後リザードンに乗って行けばまあ激しく怒られることはないだろうという考え。

 その時だ、彼の向かい側に何者かが立つ音がした。底の厚いスニーカーが、地面を踏みしめる音。

「どうも」

 スマホから顔を上げたダンデが見たのは、エキシビションマッチの対戦相手、カントーリーグトレーナーのモモナリだった。その足元ではベロバーが不敵に笑っている。

「オレの後をつけていたんですか?」

 スマホをしまい込みながら、ダンデがそう問うた。かつて通り魔と揶揄されるほどの常軌を逸したトレーナーだったというモモナリの情報を、彼は知っている。

 だが、そこに恐怖や侮蔑はない、むしろダンデはそれも面白いとすら思う。チャンピオンとして、絶対的な強者としての余裕があった。

「いいや、そういうのはもうやめたんだ。もっと若ければやっていたかもしれないけどね」

 妙にずれた弁解をしながらも、モモナリはそれを否定する。

「道を歩いていたんだ。道を歩いているとね、出会うものなんだよ」

 彼は足元のベロバーに目配せしながら続ける。

「さて、このうってつけの土地で、トレーナーとトレーナーが出会ったんだ。やることは一つだろう?」

 モモナリが指をふると、少し周りを気にしながらも、ベロバーが彼の前に飛び出した。

 だが、ダンデはそれに首を振る。

「今ここでお互いの手の内をバラせば、エキシビションに影響が出ますよ。ガラルの観客たちはカントーからきたあなたがどんな戦いをするのか楽しみにしているんです」

 モモナリは、その拒否に「ふうん」と、つまらなそうに鼻を鳴らす。

「若くて強いのに、意外と真面目なんだね」

 一瞬溜めを作ってから「ねえ」と、ダンデを指差して続ける。

「いつも気になっていたんだ。そのマント」

 ガラルリーグチャンピオンであるダンデは、様々なスポンサーロゴの入ったマントを羽織っている。それはダンデがガラルリーグチャンピオンであることの証明であるし、ガラルリーグチャンピオンが持つ影響力の証明でもある。

「それさ、重くない?」

 含みの有りすぎる質問だった。その質問をされて、ただただそれの材質のことだけを指したものだとは誰も思わないだろう。

 だが、ダンデはそれにくすくす笑う。

「オレ、そういう事は言われ慣れているんですよ」

「へぇ」と、モモナリが相槌を打つ。

「じゃあ、そういう連中をどうやって黙らせてきたのかな?」

 あくまで一点に話を持っていこうとするモモナリに、さすがのダンデも苦笑する。それに、そういう連中を黙らせるために別段何かをした記憶など無いのだ、いつものように勝ちを重ね続けていくことで、そんな声を払拭しただけ。

 だから本来モモナリの問いの先に、彼の望みはないのだ。

 だが、めんどくさい存在に噛みつかれたことには変わりない。

 さて、どうしようかと思っていたその時。

「あんたにはわからないだろうよ」

 第三者の声が二人の間に割って入った。ダンデにとっては馴染みの、モモナリにとっては初めての声だ。

 ナックルジムリーダー、キバナ、褐色の肌に群を抜く長身を持つそのトレーナーは、モモナリに対して明らかな悪意を向けていた。

「ガラルリーグチャンピオンとのマッチメイクってのは、そう簡単に成立するもんじゃねえのさ」

 ガラルリーグ最難関、ナックルジムリーダーである彼は、自他ともに認める、チャンピオンダンデのライバル。その彼が、あさましくもチャンピオンとの対戦を望む人間に好意を持っているはずがない。

 キバナはダンデの横に並んでモモナリを迎える。

「いつものように時間通りに来ないお前を迎えに行ったら何だこの状況は」

 すまないな、と心がこもっているのか居ないのかよくわからないダンデの返答を流してからキバナが続ける。

「世界の果ての片田舎ではどうなのか知らないが、ここガラルじゃチャンピオンに挑戦することは名誉なことなのさ、エキシビションとはいえ、あんたごときが挑戦できることだって、オレは不満なんだぜ?」

「言うねえ」と、モモナリは笑う。

「そして、君こそがチャンピオンと戦う『名誉』を独り占めにしてるってことかな、ずっと、ずっと」

 挑発的な物言い、だがキバナはそれに動揺はしない。

「今ここで黙ってりゃ、エキシビションの件は飲んでやってもいい」

 つり上がった目で自身を睨むキバナに、モモナリもやはり動揺しない。

「残念だけど、僕はもっともっと怖くて強いドラゴンつかいと毎年やりあってるんだ。戦いたいトレーナーが一人から二人になった程度で、ビビりゃしないよ。大体、それがそんなに名誉なことならば、そこで仲良く並んでないで、今すぐポケモン繰り出して戦えばいいじゃないか」

 無茶苦茶な意見に、今度はダンデが「モモナリさん」と異を挟む。

「あなたの気持ちがわからないこともない。ですが、今は新人トレーナーたちによるジムチャレンジ中。オレが軽々しく呼ばれるがままに戦いに応じてしまえば、オレと対戦することを夢見て挑戦を続けているトレーナー達への敬意を欠きます」

 それは、キバナの個人的な考えによる否定に比べれば、ある程度道徳的で倫理的な返答に思えた。

 モモナリもそれを感じたのだろう。「ふうん」と鼻を鳴らして考える。

「真面目なんだねえ、驚くほど」

 そしてしばらく、彼は考える。だが、モモナリの足元に戻ろうとするベロバーは、彼の右手が制し続けている。

 やがて、モモナリは答える。

「君たちの言いたいことはよく分かった」

 その言葉にダンデはホッとし、キバナは、まだ緊張の面持ち。

 だが、その言葉とは裏腹に、モモナリはベルトからボールを取り出した。

「だから今度は、僕の言いたいことを言う」

 キバナはダンデの肩を押した。モモナリの不穏な雰囲気を感性で感じている。

「行け! ここはオレがなんとかする」

 彼は『名誉』を守るために脅威に立ち向かう。

 脅威はボールを放り投げながら叫ぶ。

「その意見を通したきゃ、二人まとめてかかってこいや!」

 同時に、キバナもボールを二つ投げる。

 モモナリの前にはドリュウズとベロバーが、キバナの前にはサダイジャとフライゴンが並ぶ。

「オレさま相手にダブルを仕掛けたこと後悔させてやる!」

 ドラゴンつかいの意志を尊重し『名誉』はそこから去った。

 だが、モモナリはそれを惜しいとは思わない。どう転がってもガラルの実力者と戦える事実に変わりはなく、逃げた『名誉』とはまたいずれ戦える。

「僕相手に『すなあらし』とは、いい度胸してるねえ!」

 キバナ側のポケモンが動こうとする。

 だがそれよりも先に、ベロバーの技が戦況を捻じ曲げにかかっていた。戦況が複雑になればなるほど、絡み合えば絡み合うほど自身に有利な状況になるということを、その脅威は理解していた。

 

 

 

 

 

 

 ハナダシティのはずれ、四番道路。

 生まれたばかりのアーボ達が、草むらに巻き付きながら眠っているのを、モモナリの手持ちであるアーボックは眺めていた。

 それらのうち何匹が、果たして自分のような立派なアーボックになることができるのだろう。まだ未熟で敵に打ち込む毒すら持ち得ていない彼らが、果たして何匹生き残るのだろう。

 そして、そのうちの何匹が、トレーナーの手持ちとしての人生を歩むのだろう。そして、そのうちの何匹が、ポケモンのことをより理解している優秀なトレーナーの手持ちになることができるのだろうか。それを考えると、彼女の夜は長くなる。

 トレーナーの手持ちになること。彼女はそれがポケモンとしての幸せだとは思わない、だが、トレーナーの手持ちとなった自身のこれまでの生涯を悲観的にも思っていない。

 むしろ自分は幸せだったと思う。自分ですらコントロールできてはいなかった自分自身の強さというものを最大限に引き出し、そしてその強さが決して疎まれるだけのものではないことを教えてくれたのがモモナリだった。

 だが、すべてのトレーナーがモモナリのようであるわけではない。

 その時、草むらに巻き付いていたアーボ達が首をもたげて威嚇を始める。毒も力も持たぬ彼らは、その分人一倍臆病で繊細だった。

 アーボックもその気配に気づき首をもたげる。鱗が蠢き胸部に描かれた恐ろしい模様がさらにその威圧感を増す。

 その向こう側から現れたのは、キバへびポケモンのハブネークだった。

 ギラついた目だった。息を荒げながら周りを警戒し、それでいて目の前の倒すべきを見据える狂気の目。

 アーボ達は、ハブネークの風貌に恐れおののいた。だが、背を見せて逃げるわけにはいかない、相手から目を切ったその瞬間に、そのキバが容赦なく自分たちにとんでくることを生まれながらの本能で理解している。力なき自分たちにできるコトは唯一つ、虚勢を張り、それが過ぎ去るのを祈るのみ。

 だが、アーボックはそうではない。

 群れの長である彼女は脅威であるそれを迎え撃つ義務がある。そして、彼女は目の前のハブネークを哀れんでいる。

 そのポケモンは、本来ならばこの土地にいるべきポケモンではなかった。もっと南のホウエン地方に生息するポケモンであり、ハナダには居着かない。

 それなのに、彼はここにいる。

 考えられる可能性は少なく、そしてその中で最も高い可能性は。彼が元は人のポケモンであったということだ。

 よくあることだ、気に入られ連れ帰られるが、やがて手に負えなくなり、手放す決意をする。

 それがせめてもの償いなのだろうか、アーボやアーボックは彼の仲間だと信じ込み、その側に離した。大方真相はそんなところだろう。

 そんなことだからポケモンを手放すことになるのだ、と彼女は人間に対して憤る。慣れぬ地方に放たれたポケモンがどうなるかという想像すらできてない。

 二択だ。

 すべてを支配してその地の王になるか、誰にも助けられず野垂れ死ぬか、その二択。

 ギラついた目のハブネークは、アーボックを見据えている。彼女こそが倒すべき女王であることを彼は本能的に理解していたのだ。

 倒さなければならない。

 それを倒さなければ、自身に待つのは死なのだ。

 ハブネークは顎を大きく開いてアーボックに『とっしん』する。

 それは迎え撃つアーボックの模様に的中する。

 だが、ハブネークの力はアーボックの体幹を捉えなかった。ハブネークの『とっしん』はすかされ、空振りに終わる。

 アーボックはハブネークの攻撃に対し、あえて模様を広げて迎え撃った。的が大きければその分相手の狙いもアバウトになり、力のぶつかり合いを拒否することができる。

 攻撃が失敗に終わったことにハブネークが気づいた頃には、すでにアーボックの胴体が彼を『しめつける』。

 所詮は人間の目を満足させるために連れてこられた観賞用のポケモン、リーグトレーナーが相手なら容易に看破される作戦を見抜くことも出来ない。

 はたから見れば絡み合ってるようにしか見えないその光景も、実際にはアーボックが力も技術も完全に上。ハブネークがもがけばもがくほどにアーボックの筋肉が彼を締めあげる。

 やがて、ハブネークの抵抗が段々と力なくなってくる。やがてそれは、生き残りたいという欲求すらも失わせる。

 だが、それが完全に尽きる寸前に、彼女はその拘束を解いた。ハブネークの体が力なく地面に横たわり、アーボ達はそれを恐る恐る覗き込む。

 戦闘不能、意識はない。だが、死んではいないだろう。

 いずれ見回りのポケモンレンジャーが彼を見つけるだろう。そしてこの土地に本来いるべきではない彼をレンジャーは保護する。

 だが、その後彼がどうなるかは彼女にはわからないし、それは彼次第とも言えない。彼が元の土地に戻ることができるのか、それとも再び誰かのパートナーとなるのか、幸せになるのか、不幸せになるのか、それも全てが今後出会う人間次第。

 つくづく、自分は運が良かったのだ。と、彼女は大きな満月を眺めながら思った。

 アーボ達は再び草むらに身を巻きつけて眠りにつく。

 彼らにとってハブネークはただの侵略者であった、彼が何者なのかも知らないし、彼に何があったのかも知らないし、彼が幸せだったのか不幸せだったのかも知らない。

 彼らがそれを知るにはまだ早すぎる。




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