モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 143-おめかし

 モモナリは、これっぽっちの躊躇も、一欠片の罪悪感も感じさせないほど我が物顔で、ミナモシティ、コンテスト会場ロビーに現れた。

 未来のコンテストマスターを目指している若いコーディネーター達は、モモナリの存在を気に留めなかった。

 勿論、彼の存在が確認できていないわけではない。ミナモシティのコンテスト会場に現れるにしては、いかんせん服装が地味で、とても外見に気を使っているようには見えない、位のことは思っていただろう。

 だからこそ、若いコーディネーター達は、彼の存在を軽視していたのだ。コンテストライブ、この世で最も「見た目」が重視される世界の一つであるここで、平凡な、とても洗煉されているとはいえないような男に、何を思う必要があるのか。

 だが、コーディネーターとして経験の長い、その立場は関係なくベテランと呼ばれているようなコーディネーター達は、皆一様にモモナリに注目し、神経を張った。

 彼等ベテランコーディネーターにとって、モモナリと言う存在は、天敵の一つだった。

 かつてリーグトレーナーモモナリは、ミナモシティに居座り、トレーナーやコーディネーターに襲いかかった。やがて彼は、コーディネーター達の総大将である当時のルネシティジムリーダーミクリにすら挑発的な態度を取った。

 それ以来ミナモシティに現れることすら無かったモモナリが、何故今になり、とベテラン達は思っていた。

「二日後のうつくしさノーマルランクコンテストにエントリーしたいのですが」

 モモナリは至極丁寧にエントリー受付の職員にトレーナーカードを手渡しながらそう言った。

 職員は、少しばかり緊張しながら、それを確認する。彼女もまた、かつてのモモナリの暴挙を知るトレーナーの一人だったのだ。

「水ポケモンで出場するので、水槽を用意してもらえませんか」

 職員がそれを了解したのを確認して、その場を去ろうとするモモナリを、「あの」と、職員が引き止めた。

「過去にサトーと言うエントリネームで出場したと言う記録が残っていますが、いかがいたしましょうか」

 一瞬、モモナリはその意味がわからなかったが。やがて数年前の自分の行動を思い出して、一人で小さく笑った。そう言えば、あの頃は元気だったな。

「モモナリに変えといてください」と、彼は言った。

 

 モモナリがエントリーしたという事実は、瞬く間にコーディネーター達に広まった。モモナリはかつて彼らの存在そのものを否定しかけた男であったが、今では愉快なエッセイスト、そこまで過剰に反応する必要はないのではないか、と言う声もあった。

 だが、その事実に衝撃を受けた男が二人。

 

 

 

 

 まばらな歓声に、まだ未熟さのある司会の声。ノーマルランクコンテストの日常と言えばそれまでだが、どんなコーディネーターでも最初の一歩があると言うシステムから、それを好んで見るというマニアも存在する。後の大物コーディネータの最初の舞台を見たことを、自身の誇りにしたいのだ。

 やはりまばらな観客席の中に、一組のカップルがいた。男の方は筋肉質で髭面、女の方は白い肌にブロンドの長髪、モデルのような体格で、サングラスをかけているので瞳の色は確認できないが、いかにも遊び好きといった雰囲気を醸し出していた。

 観客席の誰も彼等を意識しなかった。なんとなくコンテストが好きな女と、それに付き合う男、注目する必要もない、よくあるパターンだった。

「あのアズマオウはちょっとなあ」

 男の方、カントージョウトAリーガーのオーノは、出場者であるモモナリのパートナーであるアズマオウを目線に捕らえながら言った。貼り付けたニセの髭がずれてしまいそうになり、慌てて手で抑える。一応有名人である、存在がバレてしまえば、コンテストの観戦に集中できなくなってしまう。

「たしかに、どちらかと言えば『たくましさ』向けだね」

 女の方は、オーノにしか聞こえないような小さな声でそれに答える。そうしなければ、思わず女性が誘われてしまいそうな声が、バレてしまうからだ。

 ミクリは、ブロンドのかつらをかき分けながら、オーノと同じようにアズマオウに注目した。

 アズマオウが本来持っている体の丸みを歪にするほど発達した筋肉、角には幾つかの傷があり、体の模様も面白みのあるものではない、何よりアズマオウという種族の最も強調されているアピールポイントの一つである尾びれは短く、綺羅びやかさのようなものは見当たらない。

 ミクリの言うとおり、『たくましさ』部門であればある程度評価されるかもしれないが、『うつくしさ』の部門では、殆ど評価をされるポイントが存在しない。ノーマルランクとは言え、きちんと手入れされているその他の出場者と比べても、その差は歴然としていた。

「目的はなんだろう」

 ミクリがオーノに問うた。ホウエンリーグに所属している自分より、モモナリと同じカントージョウトリーグに属しているオーノの方が、まだ彼についての理解があるかもしれないという期待があった。

 しかしオーノは、ため息を付きながら首を横に振る。

「あいつの行動を理解できるやつなんてそうそういやしないよ」

 その言葉に、ミクリは思わず笑って「違いない」と返した。

 

 ポケモンのコンディションを競う一次審査の結果の詳細は、結果発表時に同時に公開されるが、その順位は、第二次審査の第一アピールの順序に反映されるので、直ぐに確認することができる。

 当然、モモナリの順位は最後尾、四番手だった。

 しかし、観客席から確認できる限りでは、モモナリはそれに不服そうな態度を見せてはいなかった。

「どう動く」

 オーノが宙に投げかけた質問に、ミクリが答える。

「昔みたいに、同じ技四連発とは行ってほしくないね」

 三番手までのペアが、それぞれアピールを終える。『うつくしさ』部門にふさわしい技を、それぞれが自由に放つ、良くも悪くもノーマルランクらしいスタートだった。

 会場すべての視線が、モモナリに集まった。駆け出しのコーディネーターの多くは、一巡目最後のそれに戸惑ってしまうが、流石にモモナリは、そのような視線に怖気づくことはなかった。

 水槽の中にいるアズマオウが、一つ身を翻して、高々と水しぶきを上げる。

「『れいとうビーム』」

 特に声を張り上げるでもなく、身振り手振りを使ってアピールするでもなく、モモナリは虚空を指差しながら、そう言った。

 アズマオウは角から光線を発生させ、高々と上がっていた水しぶきを小さな氷の粒に変化させた。

 それらは『れいとうビーム』が作り出した風に乗って大きく吹雪き、会場全体を巻き込む。

 審査員席、さらに観客席からは、どよめきに近い声が上がった。その技は、ノーマルランクにはふさわしくないと思えてしまうほどに、完璧で、美しかったのだ。

 勿論彼らの脳裏には、その技を打ったアズマオウとモモナリのペアが、カントージョウトリーグに所属するプロ、つまり技そのもので生計を立てている共同体であることが前提として存在していたが、それでもなお、それに驚いてしまうほどのクオリティだったのだ。

「そりゃそうだ」

 オーノがつぶやく。

「コーディネーターとしてはともかく、トレーナーとしての熟練度は段違いなんだ」

「驚いたな」

 ミクリは目を見開き、鬱陶しそうに両手でブロンドのかつらをかき分ける。

「コンテストにアジャストしてるじゃないか」

 会場を巻き込んだ『れいとうビーム』は、単純な美しさだけではなく、彼ら審査員に、また別の印象を与えていた。

 モモナリ以外の三組のペアは、アズマオウが作り出した氷の吹雪に、思わず見とれてしまったり、顔を伏せてしまったり、驚いて飛び上がったりしてしまったのである。

 自身達のアピールに考えが行き過ぎて、それらを妨害されるという可能性を全く考慮していなかったのである。彼らは皆自らのアピールが無事に終わったことに安堵しきってしまい。気を緩めていたのだ。

 審査員は彼らのそんな動揺を見逃しはしない、勿論それらの動揺は美しくはないし、どんな部門であっても許されるものではない。

 つまりモモナリとアズマオウは、自身達の美しさをアピールすると共に、他の三組すべてのペアを妨害することに成功したのである。それは極めてコーディネーター的な、それらのノウハウを学問として捉えるならば、コンテスト学と呼ばれる、上位コーディネーターを目指すのであれば当然持っていなければならない知識、駆け引きであった。

「彼がその気ならば、少なくともノーマルランクで彼らを止められるペアは存在しないだろうね」

 ミクリの言葉に、オーノは「ああ」と、首を縦に振って同意した。

「一次審査の不利を十分に取り返せるだろう。技の精度に関しては、トレーナーの中でも上位に入る存在なんだ」

 審査員に一番手を告げられたモモナリは、すぐさまアズマオウに『とびはねる』の指示を出す。

 アズマオウはその泳ぐに適しすぎる尾びれと全身の筋肉を使って、水面から大きく跳ね上がる。そして小さな音を立てて着水した。

「手堅いな」

 散々他を妨害しておいて、自分達は妨害に強い体勢を取る。

「憎たらしい立ち回りだ」

 その後、他の三組は遅れを取り戻そうと、リスクのあるアピールをしたり、モモナリ達を驚かせようとしたりしたが、早々とアピールを終え、水槽の底に潜り込んでいるアズマオウに、その妨害は届かない。

 その代わりにリスクあるアピールをしたペアが派手に醜態を晒してしまい、本来ならば協力してモモナリに対抗せねばならない三人が、それぞれ潰し合っていた。

 これは本気だ、と二人は思った。

 何が目的かは分からない。だが、リーグトレーナーであるモモナリが、コンテストに対してある程度力を入れて取り組んでいることは確かだった。

 二人は、その理由を知りたいと思った。

 

 

 

 

 大部屋の控室、うつくしさ部門ノーマルランクの優勝をモモナリの元に訪れたオーノは、彼をたまたまあいていた個人の控室に連れ込んだ。

 モモナリはそこにいたブロンドの女性を見るなり、ニコリと笑った。

「やあ、久しぶりだね」

 ミクリはカツラを取ってモモナリに頭を下げる。別に下げる必要などないのだろうが、下げない必要もない。

「あの日以来だね。今ではそれぞれ、それなりの立場にいる」

 オーノは少し不服に思った。ミクリはそう言うが、あの時それなりの立場にいなかったのは、自分だけではないか。

「君達は大変だね、わざわざ変装までしなけりゃならないなんて」

「それはお互い様だろう」

「いやいや、僕は見つけられても対して絡まれやしないからね。このホウエンじゃ特に」

 目を細めるモモナリを、ミクリとオーノは観察した。あの頃に比べれば、随分と柔らかくなっているように思えるが、それでもその瞳の奥底には、あの日の強烈な傲慢さが、見え隠れしているように思えた。そもそも、人はその本質をそう簡単には変えることができないのだ。むしろあれだけの傲慢さ、戦いへの渇望を、この笑みの中に押し込めることができていることのほうが、不思議に思える。

「コンテストに出たのは、どんな風の吹き回しなんだい。まさかまた俺達にふっかけようってわけじゃないだろう」

 オーノは少し笑いながらモモナリに問う。お互いカントージョウトリーグに所属するトレーナー同士、親友というわけではないが、顔見知りではあった。

「まさか、僕は昔ほど戦いに飢えているわけではないよ、今回の試みはまた別の、そういう欲求ではない部分だよ。タイミングが良かったんだ」

「それはどういう」

「今年僕とアズマオウはね、サントアンヌ杯で優勝したんだ」

 その大会はややマイナーなものだったが、ミクリはその大会をよく知っていた。海上で行われる、招待された水タイプのエキスパートたちによるトーナメント戦だ。かつてミクリも、それに参加したことがあった。

「いいタイミングだろう」と、おどけるモモナリに、オーノはさらなる説明を求めた。

 モモナリは少し意外そうに首をひねり、答える。

「かつてミクリさんは証明したじゃないか。最も美しいということが、最弱の証明ではないことを」

 二人は、かつてモモナリがミナモシティで暴れまわっていた時のことを、強烈に思い出していた。

 コーディネーターという存在が、実際にはどの程度の実力を持っているのかを自らの手で確かめたい、当時の彼の主張は、おおよそそのようなものだった。

 コーディネーターは弱い、それが当時から今に至るまでの世間の風潮だった。もちろん当時のモモナリだってそれを知っていただろう。

 リーグトレーナーからすれば心地良いだけのはずであるその風潮を、モモナリは受け入れなかった。彼にとっては風潮など馬鹿馬鹿しいもので、自身が認めた相手と戦わなければ、その判断はできないと彼は勝手に行動に起こした。当時の、もしくは今でもかも知れないが、彼はこと強さというものに非常に過敏で、それらすべての優劣を自らで判断しなければ気がすまない性分だった。

 そして、そのエゴの塊のような少年は、ミクリに敗北することで、彼等を勝手に認め、勝手に去ったのだ。

「だから今度は僕が証明しなければならないんだ。強さが、醜さの代名詞ではないことをね」

 顔を見合わせるミクリとオーノに気を止めず、続ける。

「アズマオウだけどね、ありゃ強いよ。サントアンヌ杯のように陸のない対戦場なら、誰もあのツノからは逃れられない。彼の『うつくしさ』を認めてもらえば、その証明になる」

 あまりにも突飛すぎる発想だった。しかし、ミクリとオーノはモモナリのそのような発想に過度に驚くことはなかった、彼等からすればモモナリと言う人物そのものが突飛なのだ。

「するとマスターランク優勝を狙ってるってわけか」

「そりゃそれが一番いいだろうけどね、ひとまず目標はハイパーランク優勝だ。マスターランクを優勝するには体が足りないよ。君達とやり合いたい気持ちはもちろんあるけどね」

 年に一度のマスターランク出場には、月一のハイパーランクコンテストでポイントを稼ぐ必要がある、他地方でしかも上位リーグに所属する彼にはとうてい無理な話だった。

「そりゃ難しい話だ」

 オーノが否定する。モモナリはそれを予測していかのようにスラスラと返した。

「どうして、君達はそれが出来ている」

「そりゃ俺達はバトルに関しての下地がちゃんとある、コンテストの知識とは別にだ。あんたは違うだろう、多少駆け引きを学んだようだが、そりゃ付け焼き刃だ。ハイパーランクでは通用しない」

「私もそう思う」

 ミクリもオーノに同調した。

「下地ならちゃんとあるさ」

 モモナリは笑った。

「前にも言ったけどね、僕には戦いというバックボーンがしっかりと存在するんだよ。それはすなわち、うつくしさに対する下地があるということだろう。『うつくしさ』とは『強さ』の中にあるものなんだ」

「君の言いたいことはよく分かるよ」

 ミクリが首を振る。

「私もコーディネーターとして、トレーナーとして長く活動しているが、君の言っていることを強く実感する瞬間がないわけじゃない。だが、それはあくまでコンテストとバトルがまだそう遠く離れていなかった時代の名残だ」

 モモナリが反論しないことを確認してから続ける。

「現代のコンテストはそうではない。コンテストにおける技は戦いの手段から大きく逸脱し、むしろそれらから逸脱させていくことを美徳としている面もあるんだ」

 オーノも頷いてそれに同意した。どちらもバトルとコンテストを掛け持っているからこそ、その二つの違いをよりよく体感していたのだ。

「君が言うのだから、きっとそうなんだろうね」

 モモナリはミクリを見つめながら答えた。彼の中で、ミクリは信用たるトレーナーだったのだ。

「だけど、それで辞めるわけじゃない。君だって僕と戦った、勿論負けるつもりなんて無かっただろうし、事実僕に勝った。その反対のことだって、十分起こる」

 オーノとミクリは、彼の説得を諦めた。本当は彼の挑戦を全面的に否定したいわけじゃない。だが、このミナモシティには、彼の敵が多すぎる。

 控室を後にしようとしたモモナリを、最後にオーノが引き止めた。

「あの駆け引きは、誰に教えてもらったんだ」

 モモナリは頬をかく。

「手本が良いんだ。毎年マスターランクコンテストに招待されているからね。見よう見まねだけど、上手いものだろう」

 

 

 

 

 コンテストライブ『うつくしさ』部門スーパーランク。

 モモナリとアズマオウのペアは、またも二次審査最後尾だった。何も不思議な事ではない、ノーマルランクですら最下位になるようなペアが、なんの改善もしていないのに、どうすればその一つ上のランクで順位を上げることができるのか。

 一巡目、それぞれのペアは、印象には残りにくいがポケモン達の集中力を高めるようなアピールを選び、モモナリに備える。

 たった一つランクが上がるだけで、コンテストというものは世界を変える。自身のポケモン達をより美しく見せるために、コーディネーターは情報を惜しまない。モモナリがノーマルランクにて『れいとうビーム』による妨害戦術で勝ち上がって来たことは既に周知の事実だった。

 たった一つランクが上がるだけで、コーディネーターというもののプライドは数倍にも膨れ上がる。よそ者の、毛嫌いしているリーグトレーナーが付け焼き刃の知識で勝ち上がったとなれば、当然苛立ちを覚えるし、何が何でも潰してしまおうと思うものだ。

 注目された最終組、アズマオウは『アクアリング』で水槽内に水流を作り出し、生きた水を循環させる。

 三組は一様にしまったといった風に表情を曇らせた。アズマオウは『アクアリングで』自身の調子を引き上げ、なおかつ緊張を解された。

 スーパーランクの彼等は、まだ駆け引きというものをいまいち飲み込めていなかった。むしろ優れたコーディネーターなら、ここで一人勝ちを狙うようなアピールをするだろう。そうすればモモナリに妨害するかどうかの選択を迫ることができる。三組が三組妨害を恐れては、それはモモナリに行動の支持をするようなものだった。

 ジャンルは大きく違うかもしれないが、駆け引きにおいてはモモナリもプロである。

 結局モモナリはこの順目の『アクアリング』の優位を大きく活かして、一次審査の遅れを大きく取り戻して、スーパーランクを優勝した。

 

 

 

 

 喫茶店だった。

 お人好しで気の良い店主が食うに困らない程度の客足はあるが、それ以上の欲を出すほど繁盛もしていない。

 だが素晴らしいのは、店主がミクリのプライベートを尊重してくれる人格者であることだ。

「思ったよりも圧勝だったな」

 アイスコーヒーをかき回しながらオーノが正面のミクリ相手に言った。彼等はモモナリのスーパーランクをやはりこっそりと観戦していたのだ。

「皆が彼を意識しすぎだったね」

 コーヒーの表面を模様づくるミルクを楽しみながら、ミクリも答える。

「潰しあっても良いことはないのにね」

「落ち着いてやればコンディションの差を押し付ける事もできるのに、最も、それじゃ気に食わないんだろうが」

「そうだね」

「どちらかと言えば、あのコンディションのアズマオウに優勝されてしまう方が、よっぽど屈辱的なんだがな」

 その言葉を諭すようにミクリは小さく笑った。

 たしかに、モモナリとアズマオウのペアは、トレーナーの容姿を含めても、スーパーランクのボーダーラインにすら達していないだろう。

「だけど、実戦的な実力は本物だよ。彼も、アズマオウもね」

「そんなことは今更確認しなくても分かってる。と言いたいところだけど、正直な所、技への造詣の深さには驚いているよ。まさか実戦の知識だけで、あそこまでコンテストにアジャストするとはね」

 オーノは知り合いのコーディネーター達に声をかけて、誰かがモモナリにコンテストでのテクニックを教えては居ないか探った。だが、その誰もが、モモナリに手ほどきをしたという噂も聞いていなかった。すべてのコーディネーターを網羅したわけではないが、その線はない。

 つまりモモナリは、本当に独学、しかも年に一度のマスターランクコンテストを観戦しただけで、これらの技術を身に着けたことになる。

「思い出すね」

 ミクリが目線を上げる。

「彼の初めてのコンテストは、ハイドロポンプ四連発だった」

 オーノもそれを思い出した。技そのものは悪くなかったが、流石に無謀というものだった。

「当時はふざけていると思ったものだが、今になって考えれば、それが当時の彼の『うつくしい』だった、ということなのかもしれないな。あるいは、今」

 ミクリは「彼は成長している」と続ける。

「つまり彼は、自らの美学が必ずしも世界の美学ではないことを認めたんだ。あれだけの自我を持っている彼がだよ」

 二人は笑った。モモナリの自我に関しては、今更議論するまでもない。

「それで、どうするつもりなんだ」

 オーノがストローでミクリを指差す。

「ハイパーランクとなれば、観客席は埋まるだろう。いくら変装が上手かろうが、バレるまで五分と持たない。特に、あんた一人じゃね」

 一人とは一体どういうことだ、とミクリが質問するより先に、オーノが続ける。

「次の『うつくしさ』部門ハイパーランク、俺は審査員の一人だ。どうする、特別に関係者席を開けてもらうか」

 その選択肢はたしかにあった、観客席とは違う別席、特別席を工面してもらおうとすれば、恐らくそれは可能だろう。

 だが、それはミクリの望みであるだろうか。

 

 

 

 

 ミナモシティコンテストライブ会場ロビー、ハイパーランクコンテストを観戦するために集まった人々は、そのランク不相応にざわめきを起こしていた。それぞれが皆、出場者一覧に釘付けになっていたのだ。

 そこそこ名の知れたコーディネーターが二人、そしてモモナリ、最後に名を連ねるのは、コンテストマスター、前年度『うつくしさ』部門マスターランク優勝者、ミクリだった。

 そのざわめきを耳にしながら、モモナリは頬を緩めた。

 

 

 

 

 まるで『二匹のキュウコン』のようだ。

 コンテストライブ『うつくしさ』部門ハイパーランク会場、審査員席に陣取るオーノは、幼少の頃に祖母からよく聞いていた童話を思い浮かべていた。

 ある山に住む二匹のキュウコンが、力比べをした。目下の道を行く屈強な男、その男の外套を脱がせば勝ち。

 若い一匹、雪風を操ることのできるキュウコンは、男に向かって思いっきり吹雪をぶつけてみた。だが、男は外套をしっかりと掴んでそれを防ぐ、風でそれを吹き飛ばしてしまおうとした若いキュウコンの目論見は失敗に終わる。

 続いて年老いた一匹、太陽を操ることのできるキュウコンは、その力で吹雪を晴らし、空に満点の太陽を作り出した。

 男はあっけなく外套を脱いだ。最後にうなだれる若いキュウコンを年老いたキュウコンが諭して終わり。

 恐らく、モモナリがミクリのハイパーランクコンテスト出場を力づくで迫ったとしても、彼はそれに乗らなかっただろう。だが、結局ミクリは己の意志でこの場に降りてきた。前年度マスターの彼からすれば何一つ得のない行動を、モモナリは引き出したのだ。

 それがモモナリの目的通りなのかどうかはともかく、かつての彼からは考えられない行動であることは間違いなかった。人間的に丸くなった、否、モモナリという人間が、自身の持つ才能を他人に魅力的に映し出すことができるようになったと、魅力的な何かに擬態する能力を得ていると考えれば、より恐ろしく成長しているといえるのかもしれない。

 だが、今回に限り、あまりにも相手が悪すぎる。と、オーノは体をほぐすために背もたれに思いっきり体重を預けながら思った。

「ミクリだぞ」

 そう、モモナリが引きずり出したのはホウエンの雄。強さと美しさの象徴にして、その名を背負うことに一切に躊躇を感じることのない男。ミクリなのだ。

「勝負にならねえ」

 仮に、コーディネーターを『うつくしさ』を追求する者、と仮定するならば、ミクリはコーディネーターではない。

 何故ならば、『うつくしさ』部門におけるミクリの存在は、既に神と同等に位置づけられているからだ。観客も、審査員の多くも、もはやミクリに美しさを求めているわけではない。ミクリと彼の相棒であるミロカロスのペアこそが、美しいという概念そのものなのであると、妄信してしまっている状態なのだ。

 モモナリの住んでいる『強さ』という世界と、ミクリが支配している『うつくしさ』の世界には交わりようのない大きな違いがたった一つだけ存在する。

 それは、決着を第三者に委ねるという不透明さだ。

 どちらかの死、もしくはそれに準ずるものという言い逃れのしようのない結果があるわけではなく、うつくしさと言う正解のない主観的なものを競い合う以上、勝敗を第三者に委ねるのは必然的ではある。

 だが、ミクリが第三者の思想を支配してしまっている場合、そこに平等性は見失われる。ミクリが手を抜かぬ限り、ミクリが美しさという概念を体現していることに疑いの余地は持たれないのだ。

 それは、競技者も例外ではない。

 本来ならばオリジナリティが求められるはずの競技者ですら、ミクリのモノマネを極めようとしている部分がある。それでは、それではミクリを超えることなど出来やしないのに。

 手持ちのメモに、採点用のラインを引きながら、オーノは少し笑った。

 しかし、あるいは。

 限りなく力の男であるモモナリならば、あるいは。

 

 

 モモナリがアズマオウを繰り出した時。会場はブーイングを持ってそれを迎えた。

 当然だった。アズマオウはこれまでと全く同じように特にコンディションに対して手入れをされている様子はないし、モモナリ本人は言わずもがな。『うつくしさ』部門のコンテストにおいて、ポケモンも、トレーナーも、全く容姿に気を払っていない事は、そのコンテストに対する侮蔑でもあるのだ。彼等はそれを嫌う権利があるし、それを主張する権利も当然ある。笑って見逃してくれるのはスーパーランクまでだ。コンディションの採点に、ゼロより下が存在しないことを悔やんでいるファンも当然存在するだろう。

 その次、ミクリがミロカロスを繰り出せば、会場は大きな歓声に包まれる。

 観客たちは自身の幸運を素直に喜んだ。彼のアピールを間近で見たくても、マスターランクのチケットは限られている。その幸運の発端が、先程自分達が思いっきりブーイングした人物にあるとは露程にも知らなかった。

 彼等以外のコーディネーターは、内心勘弁してくれよと思っていただろう。モモナリの存在を考えれば、少なくとも最下位はありえない、美味しい思いをしたと思っていたところにこれは、あまりにも不運だ。

 一次審査におけるモモナリの順位など、考える必要もなかった。当然最後尾がふさわしいだろうし、そこに非平等性も感じない。むしろ退場にならなくてよかったねと、退場になればよかったのにと思うものも居た。

 第二次審査、トップバッターであるミクリとミロカロスは『しろいきり』を水槽の周りに作り出した。霞の向こう側に見える虹色のウロコに、観客の目は引き寄せられる。

 ミロカロスからはこの霧がうまく目隠しになって、他のポケモンのアピールに驚かされなくなる。観客の注目を浴びながら、妨害の対策にもなる、マスターらしい手堅いアピールだった。

 続く二人は、一人は無難に、一人は妨害を防ぐようなアピールを続ける。共にモモナリの妨害戦術を警戒しながらも、一人がそれを出し抜いた形。

 コンテストの二次審査において、最後尾という順位は実は悪いものではない。妨害の心配をする必要はないし、捨て身のアピールも選択肢に現れる。

 アズマオウは水槽内に水流を生み出し、『アクアリング』を作り上げた。

 オーノは少し不思議に思った。妨害戦術に活路を見出すのであれば、ここでは二番手が無防備、他二人のアピールの小ささを考えると、ここで二番手を無視すると独走も考えられる。

 そこまで考えて、オーノ、そして出場者の三人は気づいた。モモナリの眼中に、ミクリ以外の二人は存在しない。

 それは、最終的にトップに躍り出るのはミクリであるという読みからなるものか、それとも、ミクリより上の順位を取ることのみが目的なのかはわからない。

 しかし、そのどちらにしろ、ミクリ以外のコーディネーターのプライドを著しく傷つける行為であることには違いがない。

「それはマズいんじゃねえのかあ」

 審査員席のオーノは、一巡目の評価をメモ帳に滑らせながら、小さくつぶやいた。

 本気でミクリを叩くつもりならば、ここはミクリ以外の三人と空気を読み合うべきだ、当然最終順目では裏切り合いが発生することになるが、それでもミクリを押さえ込めることの意義は大きい。

 一人ですべてのコーディネーターを敵に回す行為はあまりにもリスクが大きすぎる。ただでさえモモナリには観客からの支持が存在しないのだ。

 二巡目一番手を取ったペアは、『くろいきり』を起こす。黒煙にも似ているその霧は、すべてのペアと会場を巻き込み、水面にたゆたう墨のように気まぐれに形を変えながら、吹き上がるように消えていった。

 言わんこっちゃない、とオーノは思った。この技でアズマオウの調子の良さは完全に消えた。効率を考えるならば二組以上のペアが調子を上げている方がより妨害としての効果をあげるその技を、わざわざ使うその理由は、モモナリに対する敵意以外にない。

 二番手のミクリペア、ミロカロスは、一度大きく水面から跳ね上がってから、『ダイビング』で水面の奥深くに潜った。しかし、巨大なポケモンが飛び込んだとは思えないほどに、水面に広がる波紋は小さかかった。

 高等なテクニックだった、観客席も審査員も、大きく盛り上がる。

 三番手のモモナリペアは、『アクアテール』でそつのないアピールをこなす。ミロカロスが『ダイビング』で水中の奥深くに潜ってしまった以上、することはないという判断だろうか。

 しかし四番手のペアが、『むしのさざめき』でのアピールで、アズマオウを揺らしにかかる。『むしのさざめき』を空気を通して耳にする人間は、それを美しい音色だと思うかもしれないが、水中にいるポケモンにとってそれは別、『アクアテール』によって体力を消耗していたアズマオウは、慣れぬ振動に思わず動揺して、戦闘態勢を取ってしまった。それは大きなマイナスとなる。

 露骨な狙い撃ちだった。だが、それも仕方がない、とオーノは思った。

 そして三巡目、再び一番手となったペアは、『しんぴのまもり』で妨害に備える。勿論モモナリの報復を恐れての行動である。

 さらに二番手のペアも、『ミラーコート』で妨害に備える。

 それらの行動に、ミクリは沸々と怒りを募らせていた。あまりにも、あまりにもスケールが小さすぎる。

 たしかに、モモナリの戦術戦略はあまりにもコンテストやコーディネーターが持つ美学に反している、それはミクリ自身も感じているし、それに何も思わないわけではない。

 しかし、それならばしっかりと『うつくしさ』と言うものを彼に見せつけるのが道義ではないのか、わざわざ彼の土俵にまで降りて、観客を無視し、審査員を利用した足の引っ張り合いを展開する必要なんて果たしてあるのだろうか。

 ミクリが視線を落とし、ミロカロスが行動する、彼女は水槽の底から水を噴き上げ、宙に巻き上げられたそれを道にするように『なみのり』した。

 観客は湧き上がり、会場のボルテージは最大限にまで引き上げられた。それまで二人の審査員のご機嫌を伺うような戦略にうんざりしていたのだ。

 やがて彼女は道を失い、水面に叩きつけられるように落下する。観客を沸かせるには、それなりのリスクが必要だ、皆を喜ばせ、自らを痛めつける。

 やはり、格が一つか二つは違う。オーノは文句なしの賞賛をメモに走らせて唸った。

 コンテストの根本である『観客』と言うものを第一に考えながら、それが自然と審査員の評価にもつながっている。それは当然のように思えて、実は難しい。観客の延長線上に審査員があるのが当然であり、必然であるようにも見えるが。様々なコンテストを、コーディネーターを観察している審査員は、自然とその目が肥える。彼らの思う技術と、観客の感じる『熱狂』は、段々とその差が広がっていくのだ。

 ある意味で、モモナリの様な外部の人間が、妨害や駆け引きなどの戦術に頼り、審査員からポイントを稼ぐのは当然の行為なのだ。熟練のコーディネーターですらそのすべてを把握しきれていない『熱狂』という概念を、外部から参戦してきた人間が理解するのは難しい。

 だが、コーディネーターは別だ、彼らは自身でコーディネーターと名乗る以上、観客の『熱狂』を理解しようと努める義務があると、ミクリは考えていた。

 会場のコーディネーター達も、ミクリの意志に気づき、自身らを恥じた。自身達が何者なのか、何を目指しているのか、何が敵なのか、自分達が戦うべき相手は誰なのか、何なのか、ようやくそれを、考えた。

 ミクリのこのアピールは、このコンテストにおけるプライドのぶつかり合いを、より良い方向に導きつつあった。

 そして、モモナリが動く。

 アズマオウは冷凍ビームを応用して『あられ』を作り出した。風の流れを作り、それは会場を支配する。

 『なみのり』のアピールによって疲労していたミロカロスは、その勢いに体勢を大きく崩してしまい、それを作り出したアズマオウに意識を向けてしまった。

 美しい技だった、たしかに美しい技ではあった。だが、観客たちは様々な反応を示した。

 素直に美しさを賞賛する者、ミクリへの妨害にブーイングを飛ばすもの、彼らならば、もっとやれるのではないかと応戦するもの。

 審査員は採点に困っていた。観客たちへの反応と同じく、彼等にも様々な思いがあった。

 その技は技術的には素晴らしい、ミクリのミロカロスがそれに反応してしまっている以上、それを減点しない訳にはいかない、だが、それで良いのか、それでミクリの崇高な思想に傷がつくことになっても良いのか。彼の、モモナリについてどのような評価を下せば良いのかわからなかった。

 観客も、審査員もある意味で期待していた、モモナリ達ならばもっとやれるだろう、もっと見たい、次を早く見たい。

 観客たちのボルテージは、四巡目にアズマオウが『こごえるかぜ』でアピールした時に、再び最高潮に達した。『あられ』の余韻を利用するアピールは、ベテラン顔負けの精度だった。

 これはわからなくなった、とオーノは思っていた。モモナリは明らかに観客の心を掴んだ。残す一巡どうするか。

 五巡目、一番手のモモナリは、温まった会場に『ハイドロポンプ』を繰り出して更なる歓声を呼んだ。彼の思う美学が、ようやく実を結んだ瞬間だった。

 二番手のミクリとミロカロスは、それに合わせるように『ハイドロポンプ』でのアピールをした。これも質の高いアピールで、観客は大歓声。しかし、モモナリ達が放ったそれとは違い、その技には意外性というものが無かった、当然美しいその技を見ることが出来て観客は嬉しい、だが、ミクリ達が美しいのは既に周知の事実、当然のことであり、ある種の感動は、そこには存在しなかったのだ。

 二人のコーディネーターも、妨害などという彼らにとっての無粋な行動はしなかった。それぞれがそれぞれに持ち得る最大限のアピールをそこにぶつけたのである。

 かくして、『うつくしさ』部門ハイパーランクコンテストはすべての審査を終了した。

 

 

 結果発表の時を司会が告げた時、観客たちは歓声を上げた。彼らにとって大満足だった今日のコンテストの結果がついにわかるのだ。

 四組の出場者も、発表を待っていた。それぞれが出せるものを出し切った消化超良好状態だったのだ。

 会場の液晶パネルに、まず第一次審査の結果が発表される。

 当然と言うか、一位はミロカロス、そしてアズマオウはぶっちぎりの四位であった。

 観客たちの中には、自身が下した評価を後悔しつつあるものも居た。妙に意固地になり、絶対に彼らを認めなかった自分がいるのではないかと思っていたのだ。今あらためて観察してみれば、本当に自分が思っていたほどに醜いペアだっただろうか。

そして、そこに二次審査の結果が付け加えられて、最終結果が公開され、表示された結果に観客が釘付けになり、彼等の順位を確認する。その結果は非常に際どく、観客がその順位を理解するまでに少し時間を要した。 

 そしてポツポツとその結果を観客を理解し始めた時、またも歓声が上がる。一位はミクリだった。

 その後二人のコーディネーターが続き、最後にモモナリ。

 ミクリへの大きな歓声の中、審査員席のオーノは跳ね上がるように立ち上がって、他の審査員を睨みつけた。

 

 

 

 

 不機嫌、控室のモモナリを表現するのにこれ以上に的確の言葉は存在しなかった。

 露骨なまでの彼の態度に、ミクリ以外のコーディネーターはそそくさと控室を後にした。彼らがモモナリについて何をどのくらい知っているかは分からないが、リーグトレーナーが不機嫌になっているとあれば、流石に居合わせたくはないだろう。

「何をそんなにイラつく必要があるんだ」

 ミクリは、モモナリの肩に手をやりながらそう言った。事実、ハイパーランク初挑戦であることを考えれば、順位こそ最下位だが、大健闘したと言っても良かった。

 後から控室に訪れたオーノは、モモナリが露骨にうなだれながら苛立っている事に驚いた。彼の知る限りモモナリという男は、多少ものの考え方に傲慢さがちらつくことはあれど、基本的には無神経に生きているところがあって、何かに不機嫌になるというところなど、それこそ『天気変更戦術』のときのアレくらいしか知らない。ドラゴンに腕を噛まれても自身を責める様な人間なのに。

 オーノも訳あって多少苛立っていたはずなのに、彼の苛立ちように少しそれが冷めたほどだった。

「僕にも焼きが回ったということだね」と、モモナリは力ない笑顔を見せた。

「勝つつもりだったんだ」

 オーノは、少し言葉を選ぶように勤めながら、モモナリの傲慢な考え方を諭そうとした。

「ハイパーランクに出るような奴らは、皆そう思ってるよ。そんな奴らが四人集まって、勝つのはたった一人だ。漏れるやつだって出てくる。お前ならそれもわかるだろう。それに今日あそこに上がってた奴らは、コーディネーターとしての経験も段違いなんだ」

「それでも、勝てると思ってた」

「それは、当然私にも、ということだろう」

 この二人の意見が交わることがないと判断したミクリがモモナリに問う。彼もコーディネーターとして長く活動していたが、ここまで強く自身を意識されることは久しぶりのことだった。

「当然」と、モモナリは特に考えることもなく答える。

「前も言っただろう、君は『うつくしさ』を『強さ』にして僕に勝った。だけど僕は『強さ』を『うつくしさ』にできなかった。強さが醜さの証明ではないことを、僕は表現することができなかったんだ」

「お前はやったさ」

 オーノが強くモモナリに言う。

「お前はやった。ハイパーランクで、ミクリを相手にしながらも、戦い抜いた。俺が証明してやる、あんたの理論、理屈、『強さ』が『うつくしさ』でもあることを、あんたは十分に表現していた。ただ、俺達コーディネーターが紡いできた美学が、理論が、今日ほんの少しだけあんたらを上回っただけなんだよ」

 モモナリが少し顔を上げたのを見て、続ける。

「少しはそれに敬意を払ってくれてもいいだろう、認めてくれたっていいだろう。たしかにコンテストの『技』はもともとは戦いのものだったかもしれない。だが、今は変わったんだ、いや、変えたんだ。弱いって言われてもいいさ、見かけだけって言われてもいいさ、それでも『うつくしい』とはどんなものなのか、何なのか、それを追求しようと道なき道を行こうとした、俺達コーディネーターの決意を、覚悟を、少しは認めてくれよ」

 不服だった。

 戦いの延長線上にコンテストがあると言われることが不服だった。

 そういうものじゃないんだと、コンテストというものの理念、概念、倫理、美学、神、それらはもう戦いとは別のところにあるんだと、言いたかった。

 モモナリは頭に手をやって考え込んだ。オーノの言葉と、自身の理念を頭の中で復唱しながら、なんとかそれらを繋げようと、共通点を見出そうと思った。

 だが、それはできなかった。

「どうにも僕は、単純なことしか考えられないようなんだ」と、モモナリは立ち上がった。

「ありがとう」と、彼はミクリとオーノの手を交互に握った。

「君の言葉は、嬉しかった。だけど、それを認めるには、きっと僕はまだ若すぎるんだ」

 ミクリとオーノは、それ以上を追求しなかった。それでも、この結果について、彼が『自身の弱さが原因』と安易に結論づけてしまうことが悔しくてたまらなかった。

 モモナリはもう一度「ありがとう」と彼等に笑って、控室から消えた。

 

 

「何か、イラついているね」

 オーノに問うミクリに、オーノは答える。

「あんたもわかるだろう」

「さあ、私は審査員としての権限を持っているわけではないからね。ただ、言うとするならば」

 ミクリは少しだけ不機嫌そうに目を細める。

「最下位、ってのはやり過ぎだね」

 オーノは目を伏せた。彼の不満の原因、それはこの審査員の採点によるものだった。

「ちなみに」と、ミクリが問う。

「君の採点での順位はどうなんだ」

「一位はあんただ、それは揺るぎようがない。素晴らしいアピールだった」

 だが、と続ける。

「二位はモモナリだ。あいつら、日和りやがったんだ」

 オーノは、他の審査員に対する怒りを露わにした。つまり彼は、彼以外の審査員が、ある程度の意思を持って、モモナリに低く、他のコーディネーターに高い評価をつけたと感じているのだ。

「あいつらは裏切り者だ」と、オーノは続ける。

「あいつらは、コーディネーターを信用しなかった。全くの部外者、リーグトレーナーのモモナリが、このコンテストを支配するのを恐れたんだ」

 あるいは、モモナリに、トレーナーに対する私念のような感情もあったのかもしれない。

「たしかに、最も脅威だったのは彼のアピールだった」と、ミクリは答える。

「美しい日になるはずだったんだ」

 オーノが唇を噛む。

「戦いに、『強さ』に取り憑かれたような男が、原始的な考えを持って、コンテストに足を踏み入れた。その傲慢な考えに対して、コーディネーターの進化を見せつける、そんな日になるはずだったんだ」

「どうして、それを彼に言わなかった」

「言えるもんかよ。言えるわけ無いだろうが」

 ミクリはモモナリが出ていった扉を眺めた。

「恐らく彼は、気づいてないだろうね。戦いと同じように、この戦いも平等だったと思っている」

「不器用な男だね」

 オーノの言葉に、ミクリも頷いた。




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