赤き龍の道程 作:盾雪
イリナ、イッセーの二人が小学校へあがる頃。
公園のあの一画では今なお、日曜になればプロレスラーも真っ青な高次元戦闘が繰り広げられており、周囲の木々は二年経った今、二人の戦いへ合わせるように奇っ怪な成長を遂げている。
「イッセーくん! 今日こそは負けないから!」
「おれも負けるつもりはないからな!」
「あぁ、主よ(アーメン)!」
「えっと……ソーメン!」
木々を足場にしていた二人は激突。イリナは攻撃を食らわないよう、左手拳を脚で逸らし、イッセーは逸らされた勢いのまま右拳を突き出す。
イリナはそれを食らうか、と拳を逸らした反対の足をイッセーの顎――急所へと叩きつけようとする。
イッセー(7)はこの時経験に生かされた。
脳震盪を起こして膝枕されていた情景が思い起こされる。
握っていた拳を開き、イッセーは足を掴んだ。
三度の倍化。プロ格闘技の選手並みの力でもって捕まれたイリナは逃げられない。
そのままイッセーは上空へイリナを投げる。
「しまっ」
「っしゃぁあッ! 俺のかちー!」
「きゃぁああああああ!」
悲鳴のような怨嗟の声を上げながら落ちてきたイリナを投げあげた張本人はキャッチ。お姫様だっこと言う奴である。
『――Burst!!』
イリナをキャッチしたあと、イッセーの力は8分の1に戻る。
「うぅぅぅぅ!」
「痛い! 痛い! もうバーストしてるんだから元の力なんだってば!」
『おい、娘っ子。止めてやれ。おまえの負けだ。イッセーが死ぬぞ?』
「うぅうううう!!」
「怖い恐いコワイ! その目がコワ、痛ってェええ!」
――バカ! とイリナは最後に思いっきりイッセーを一殴りし、腕から逃げる。
疑問に思うイッセーは首を傾げつつ、痛む身体をさする。
イリナの頬には朱が差しており、イッセーに宿っている保護者が板に付いたドライグは、やれやれといった様子で二人を見ていた。
イリナも年頃の
同年では、少しばかり成熟しているイッセーに、無自覚ではあるが恋心を抱いていた。胸の高鳴りだとか、気がついたらじっと顔を見つめていたりする程度の微笑ましい感情。
だが少し大人びているとは言えまだ小学校にも通っていないイッセーに、イリナの心中を察せというのも酷な話。
ついつい罵倒してしまうのも、困惑するしかないのも仕方がない。
まぁ、二人とも無自覚にも戦うことに楽しみを覚えている事と、イリナが男勝りなのも一因ではあるので、二人とももう少し大人になってからでないとわからないかもしれない。
そんな二人を、ドライグはどことなく微笑ましい思いで見守るのだった。
-●○●-
入学式。終業式、始業式を合わせて四回。イリナとイッセーが経験して、小学三年生の夏休みのある日のこと。
それぞれ男友達女友達が出来たが、二人の逢い引きのような修行(仮)は今も続いていた。
ただ、今日は駆けっこであり、どちらが早く隣町に行けるかというモノだった。尚、この歳では異例の50メートル5秒台。二人とも素の体力は既に高校生レベル。
風のように走り去っていく二人は駒王町の名物とでも言わんばかりだ。
今回の勝者はイリナ。敗者は勝者にジュースをおごる約束をしており、敗者のイッセーは今ではもう数少ない駄菓子屋に興味を引かれ、そこで冷えたラムネを二人分購入。
その場で二人は一気に飲み干して、「アベックかい?」と茶化す駄菓子屋のおばちゃんに瓶を返した後、帰路についていた。
なお、二人はアベックの意味が分からなかった模様。イリナだけ教えてもらい、帰り道ちょっと赤くなっていた。
『相棒、娘っ子。止まれ』
「どうしたんだ、ドライグ」
「イッセーくん? ……どうしたの」
『二人ともよく聞け。――右の神社か? 人払いと遮音、まぁ悪巧みをする奴らの張る結界だ。記憶にある限りでは……日本由来の神道系のモノに近い』
厄介事があるぞ、と。ドライグは忠告したつもりだった。
「……イリナ」
「……うん、イッセーくん」
『相棒! どうするつもりだ!? 厄介事だ! 関わらないほうが!』
「悪い奴らが居るんだろ?」
「ほっといたら悲しむ人が出るんでしょ?」
若さ故か。人一倍、二倍あるその正義感故か。
『いや、そうだが……! お前たちには関係ないことだろう!』
少なくとも今は。入れば否応なしに関係者にされる。何らかの形で巻き込まれる。
わざわざ厄介事に巻き込まれなくともいいじゃないか、とドライグは再三言うが二人は聞こうとしない。
どうなっても知らないからな、とドライグはぼやく。『何時から俺は心配性になったのだろうか』と。
幼い人間二人ごときに甘くなった自分を不思議に思いながら。
二人は赤龍帝の心配を余所に結界の中へと……
――神社へと入っていった。
階段を上りきり、音をさせないように階段横の茂みを飛び越え、隠れる。お坊のような、修験者のような格好をしたものが五人。
アイコンタクトで作戦を決め、境内にいたそのものたちを背後から強襲。声を出される前に気絶させた。
イッセーの四回に増えた倍化の力は、――握力でたとえよう。
現在イッセーの握力は28kg。
倍化は四度に増えて最大平均で16倍。
つまり448kg。……化け物のような数値である。
握力でなくとも恐ろしく、それなりに鍛えられた拳から放たれるイッセーのパンチは一撃で、プロのボクサーでもまともに入れば悶絶、気絶させられる。
イリナもまた同じように、柔軟な全身で顎を巻き込むよう首に巻き付き、後ろへ倒れれば、一瞬で動脈は締め上げられ、一秒も満たずして酸欠により気絶する。
加えて二人は容赦がなかった。人間の急所という急所を理解していた。
イッセーは力業で。イリナは絡め手を使いつつ。その身に余るほどの高校生級のパワーとテクニックでもって、急所にオーバーダメージを与えていた。
最後に残った障害である本殿の入り口に立っていた一人は、イッセーがまわり込んで屋根から飛び降り、背後から顎への的確なトーキックで仕留めた。
本殿の中には誰もいなかったため、二人は居住区らしき社務所へ向かう。
中では暴れる音がしており、悲鳴が聞こえた。
裏に回り縁側の下からガラス張りの室内を伺ってみると、同年代くらいの女の子を庇う、よく似た顔の女性が一人。
――そして、妖しく光る長いモノを手にした男が一人見えた。
『よせ、イッセー!』
(イッセーくん!?)
それが何かわかった途端、イッセーは飛び上がり、縁側から中へ入っていく。
長物をもった男に殴りかかろうとするが、――錫杖で床にたたきつけられる。
……部屋の中にいたのは5人だった。
「おかあさん! おか゛あさん゛……!!」
見知らぬ少女が自分の前で、何も出来なかった自分の前で泣いている。
もう、息を吹き返すことはない母親の亡骸を揺すりながら、泣いていた。
「次はお前だ。精々あの世で無知な己を恨むことだ」
「ちくしょぉお……っ!! ちくしょう……!」
助けに入ったことが間違いだったことはない。後悔もない。だが、この母娘を助けられなかったことがなによりも申し訳ない。
自分の命が危ないはずなのに、助けられなかったことが悔しかった。
『…………相棒。一つ手がある』
ドライグは沈痛な声で切り出した。
-●○●-
男が、母親の血で塗れた刃を振り下ろそうとしていた。
「――半分でも、全部でも良いッ!!」
幼い少年の声が室内に木霊する。振り下ろそうとしていた手はその気迫に止まった。
男は子供に恐れたのだ。龍の如き気迫を感じたのだ。
何故、と気になりながらも振り下ろそうとした刃を動かそうとしたとき――気づいた。
「その手の物はなんだ……?」
――玩具ではない。神器、龍の手か。いや、だが存在感が今まで見てきたものとは……っ!
赤い籠手が脈動していた。生きているかのように、脈打っていた――異変が起きる。
神器と思わしきそれから何か生えていく。それだけではない。まるで伏せている少年の服がふくらみ、上半身の衣服が引き裂かれた。
――背中から生えてきたのは竜の翼。
そして尾が生え、籠手から生えてきた竜鱗は、幾ばくかの隙間を残して体を覆い、体は一回り大きく……。
少年は、……イッセーは人型のドラゴンとなった。……なってしまった。
外から様子を見ていた少女も、母の亡骸に縋っていた娘も。少年、イッセーを取り押さえていた男たちも息をのむ。
唯一、母親を手に掛けイッセーを殺そうとした男は動揺を見せていない。
変化が止まったとみるや、その手の刃をイッセーに再度振り下ろそうとするが。
――拘束していた男たちがイッセーから吹き飛ばされた。
次の瞬間、己も後ずさらずにはいられなかった。
「龍の気か!!」
イッセーからあふれ出た、龍が持つ固有の気に当てられたのだ。
「――ばらんす、ぶれいく」
意識朦朧なイッセーが立ち上がろうとしながら呟く。
『――Welsh Dragon Over Booster』
機械音を響かせる籠手の宝玉は寂しく明滅していた。
誤字報告等ありがとうございます。
随時修正させていただきます。
(2015/9/5 加筆修正)