赤き龍の道程 作:盾雪
子どもの会話って考えるの難しいよね。
下手に平仮名ばかりだと読みにくいし。
かといって、漢字や流暢な文体だと幼さが出せないし。
結論言うと、この世代の子の会話が一番難しいというわけで第3話。
侵食のような龍への変化が止まった後も、辛うじて頭の部分は人間だった。だが、その幼くも少年らしい顔も。体を覆う恐ろしげな龍の鱗や外殻も。龍をかたどった鎧に覆われ隠された。
そして様々な変化が終わった頃には、胸や腕などの各所に翠色の宝玉が埋め込まれた鎧を目の前の子供は身に包んでいた。
『お前たちにはお前たちなりの事情があってその母親を殺したのだろう』
子供の声ではない、威厳ある声。籠手から流れていたその音声と同じ。
男は察した。幾度か、聞きしに及んだことがある。異教の神が封じた白い龍と赤い龍が、器に封じられた今でも宿主を代理にたて、争い続けていると。
「そうか……。その子供、赤龍か」
広い世界の、極東の狭いこの島国にも何人か、その赤い龍に憑かれた者がでた、というような話も聞いたことがある。
かつてこの国にもあった戦国の時代の名だたる武将にも居たのではないか、というような憶測が飛び交う事もあった。
赤龍帝は、子供とはいえ侮りがたい存在だ。
『だが、俺の相棒にはそれは許せない行いであったらしくてな。俺に体を売ってまで止めたかったようだ。退け、人間ども。俺が止めてはいるが相棒は、コイツは今、お前たちを殺しかねないぞ』
……。
その存在が今、敵意と殺意を持って自分たちの前に相対している。
何を思ったのか、中に封じられているはずの龍が、身体に影響を及ぼせるようで抑えているようである。
――BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost
今尚、腰にも届くか届かないかというような鎧姿の子供から、不吉な機械音が発せられていた。
「……そうだな。噂に聞く赤龍帝が相手というのは少々分が悪い。今は退くとしよう……。お前たち、退くぞ。命拾いしたな異形の子、朱乃」
そう吐き捨てた男は座り込んでいた二人を連れて、外へ出ていくことを選んだ。
「……」
「……こういうことには余り首を突っ込まない方が身のためだぞ」
咄嗟に外から様子をうかがっていたイリナは、軒下にもぐりこむ。
視界の端に止まったそのイリナに言ったのか、それともイッセーへ言ったのか。定かではないが、リーダー格と思わしき男はそう告げて、境内に伏していたモノ達を連れ修験者たちは去って行く。
イリナは男たちが視界から消えた後、軒下から抜けて、室内にいる幼馴染を探した。
「――イッセー君!」
光が弾けるように、イッセーを覆っていた鎧は解けた。しかし、体から生えた人間ならざる物は残ったまま。イッセーの身体は今尚、龍の身体となったまま。頭の部分を残し、人間サイズのドラゴンとなってしまったイッセーはその場に崩れるようにして倒れた。
「イッセー君! しっかりして! ――ねぇ、ドライグ!」
『大丈夫だ、死んではいない」
「でも、これってどういうことなの……? なんで体が元に戻らないの?」
『相棒は……、イッセーは俺と、擬似的な禁手に至るため契約した。体は龍に……俺に近い存在になったのだ』
「そんな! じゃあイッセー君は……」
『そうだ。人ではなくなった。――もう、一生このままだ』
「ドライグ……ッ!」
悔いるように、ドライグは続ける。
『責めるなら、責めろ娘っ子。相棒に契約を持ち出したのは俺だ。――だが、力を望んだのは相棒だ。俺はそれに応えるために擬似禁手を持ち掛けた……』
事実ではある。でも納得いかない。
イリナは言い訳をするドライグを責めようと思った。
『だから、イッセーにも叱ってやってくれ。コイツは俺の手に余るほど自分勝手だ……。だから、その……なんだ。勝手に死なれても宿っている俺としては困るというか、だな……』
悲しいような、困ったような。そのように反応に困るようなことを言われ、怒鳴る気も削げた。
――元々、イッセー君が飛び込んでいかなければこんなことにはならなかったかもしれない。そう思って割り切ろう。
そうイリナは思う。
――でも、自分も一緒になって結界の中に入ろうとしたわけで……。
「私も悪いじゃない……」
『……否定はせん』
「ああー! もう!」
「うッ!」
べしん、と八つ当たり気味にイリナはイッセーの身体を叩く。イッセーは苦悶の声を上げて、目を覚ました。
「イッテー……うん? なんでイリナ泣いてるんだ? というかココは……あ!」
「お、おはよう……イッセー君」
「おう。おはよう、イリナ。どうなったんだ?」
「うん、逃げていったけど……」
「そっか……」
八つ当たり気味に、思わずたたき起こすことになってしまった事で、イリナは目を覚ましたイッセーにしおらしく答える。
そんなイリナを不思議に思いながら、イッセーは自分の姿を改めて見て、寂しそうに笑う。背中から生えた翼や尻尾はもとより、手はごつごつとして腕も足も、背中も一部を残して龍の鱗や殻で覆われている。靴や衣服もいつの間にかなくなっており、太股の内側も爬虫類のように皮膚は厚く、完全に人間の面影がない手足からは鋭い爪が生えていた。
「おれ、本当にドラゴンになっちゃったんだな……。それにしても体が痛い……」
『……。無茶な相棒だ。まったく……。擬似禁手したせいだろう。おまけに容量の少ないお前が禁手の状態で動かそうしたんだ。明日は全身筋肉痛を覚悟しておけよ?』
敢えてドライグは、体がドラゴンになってしまったことには触れなかった。
「うん。……いてー」
特に気にとめた様子を表に見せないが、イッセーの内心はミキサーにかき混ぜられたように混沌としていた。
助けようと思った初めて見る母親を、目の前で殺されて悲しいのか。それとも娘だけでも助けられて嬉しいのか。
人間から逸脱してしまったこの体はどうすればいいのか、両親になんて言おうか。
学校には行けるのだろうか……。
無自覚ではあるが、人間として暮らせるのだろうかという不安も薄々ながら感じていた。
何せ、自分の体がドラゴンみたいになるだなんて、まるで夢か、少し前にやっていた特撮を見ているかのようである。
ちなみに今の特撮は何やらえっちいので中々見れない。
というのも何やら公園で卑猥な紙芝居を子供に見せる変質者が出たとかで、両親が許してくれないのだ。
戦闘シーンは白熱的なので、イッセーは是が非でも見たいのだが、イリナと必然的に一緒にみる事になるので見れない。イッセーも是が非でも恥ずかしいものは恥ずかしいのである。
それはともかく。
「どうしようかなー……」
「イッセー君……」
悲哀にも、諦観にも取れる声を漏らすイッセーが見るのは、自身の体と。
――亡き母親の横で涙を流すその娘の姿だった。
-●○●-
「イッセーくんが言うとおり、わたしのお父さんは堕天使なの……」
二人は自己紹介を済ませ、女の子――姫島朱乃――から事情を聞く。イリナとしては、教会側の教えとして『堕天使は悪である』という意識があるため、始め堕天使の父親に憤りを感じていたが、イッセーはあの男たちに腹を立てていた。
「他人がとやかく言うなんて……そんなの絶対おかしい! 誰かが誰かを好きになることが悪いことなの訳がないだろ!」
イッセーの憤りの理由を聞けば、主を信仰してないからと思っていたイリナも納得した。『それでいいのか教会の戦士の娘……』と、どこかの保護者じみた赤龍がツッコんでいたが、イッセーしか聞こえていなかったので、意気込んでいたイッセーはイリナに苦笑いを浮かべる。
朱乃はそんな二人を見て、少し元気が出たように涙を浮かべながらも小さく笑う。
「大丈夫か!? 朱璃! 朱乃!」
――だがそんな笑顔も、遅れてやってきた父親へのどうしようもない怒りでかき消された。
「お父さんなんて! お父さんなんて……!!」
「朱乃……」
初めて見る堕天使の姿に、咄嗟にイッセーは二人の前に立つように身構えたが、話にあった堕天使の父親であることがわかり、警戒を解いた。
身体は痛みを訴えてきているし、人間の大人に負けたというのに、異形相手に立ち回れるわけがない。
だが、何よりもその悲しそうな表情を見れば、その手を戻さざるをえなかった。
「すまなかった、朱乃――」
「なんで助けてくれなかったの! 朱乃がこまった時には助けに行ってやるって、お父さん言ってたのに!! ……お母さんも、私のことも、守るからって言ってたのにっ!」
「!! 俺は……!」
イッセーの後ろに隠れるように居る朱乃の糾弾に、堕天使の父親はもうなにも言えなくなった。
――ごめんなさい! 朱乃ちゃんのお父さん!!
「おれが弱いせいで! ちゃんと見て飛び込まなかったせいで……っ!」
「いや……」
「イッセーくんは悪くないよ……」
イッセーは頭を下げた。助けられなかったことが悔しかった。
――娘をかばい母親が殺される。
イッセーは自分を責める。
――自分が弱かったせいで、母親は殺され残された家族の心はバラバラになりかけている。
まだ十歳にもなってないイッセーが、そんな自責の念を感じてしまうほど、今日この場で起きたことは衝撃的だった。
「――バラキエル! どうした! 嫁さんと娘は無事だったのか!」
「アザゼル……っっ! ……ッ! どうしてだ……どうして……っ」
「…………すまん。すまない……」
力不足を感じていたのは何もイッセーだけではない。
少女は見て居ることしかできなかったことを。泣くことしかできなかったことを。
ある父は、家族を守れなかったことを。
この場にいる全員、己の無力さに嫌気を感じていた。
やってきた、父親――バラキエル――に呼ばれた堕天使のお偉いさんだろう、アザゼルと呼ばれた男もまた同じ。
「……あぁ。……くそ」
バラキエルしかできなかったこととはいえ、己が命じたせいで、家族を失わせることになってしまった事を悔いる。
落としたモノは拾い上げるには大き過ぎた。
――見上げた空は、憎々しいまでに快晴だった。
「赤龍帝。俺の部下が世話になった……。俺はアザゼル。堕天使たちの総督……まぁ簡単に言えばボスってやつだ。……ところでどうしたんだ、その身体」
アザゼルは、バラキエルを朱乃の母親――朱璃――の遺体と共に下がらせ、二人を守るように前に立っていたイッセーに話しかける。
「バランスブレイカーになる為に、ドライグと取引したんだ」
「……ずいぶんと無茶なことをしたな、今代の赤龍帝は……。どうするんだ? お前、もう人間として生きていけなくなったんだぞ?」
「おれは赤龍帝じゃない。一誠だ」
「おっと、すまん……。それで?」
「どうにかできるなら……、人間に戻りたい」
過去にも神器に宿る意識の目覚めたドラゴンと契約して、一時的に禁手に至る神器保有者は居たらしいが、中々ない事例ではあった。
こんな時に研究者として、神器マニアとしての血が疼くことに内心皮肉る。
『おい、アザゼル。お前のところには研究者が多いと聞く。相棒を、姿だけでも人間に戻してやることは出来ないか』
「ああ、そうだなぁ……」
籠手から発せられる声に、アザゼルは唸る。
宿っている赤龍帝の気で体が龍の物になっているならば、仙術のような気を操る方法で人間の姿に戻れるかもしれない。
可能性があるなら、例え、かつての大戦で苦汁を飲まされた相手である二天龍の一匹だとしても、部下の恩人の為であるなら叶えてやるのがスジというもの。
ましてや、困っているその恩人というのは未来のある子どもだ。
危険な神器。それも神滅具ではあるが、この様子だと暴走もすることは無さそうではある。――殺す必要はない。
「うっし、出来ないこともない。ウチにこい。人間に戻してやれるかもしれない」
「……わかった。おれ、行くよ」
「イッセー君!?」
驚いたのはイリナだった。
「知らない人についていっちゃ駄目なんだよ!?」
「うん。でも、おれもこのままじゃ家に帰れないし。それに悪いようにはされないと思う」
「でも、だからって……」
「うん、ごめんイリナ。ちょっとの間家に帰れない。だから代わりに父さんと母さんに説明しておいてほしい」
――絶対、帰ってくるから。
龍の手となってしまった小指をイッセーは差し出す。
イリナは泣きそうになりながらも、その指を掴んだ。
「絶対、絶対帰ってきてね、イッセーぐん! でないと、おじさまもおばさまも悲しむがら!!」
「……うん」
最近の子供は進んでいるなぁ、とアザゼルは感心する。やはり地上に降りてきて正解だった。
そんなことを思ってしまった自分に「オレも歳かな」というような感慨を抱く。
そういえば、とイッセーの後ろにいる残された娘に声をかける。
「朱乃。お前はどうする? この赤龍帝――いや、イッセーだったな。このイッセーと一緒に来るか?」
「わたしは……」
「一緒に来ておけ。お前たちを襲った奴らは、きっとまたお前のところにやってくる。……それに、お前の母親の最期――見送ってやれ」
「……!」
アザゼルは母親を呼びながら泣く朱乃を抱き上げて、顔が見えないように胸板で隠した。
朱乃にとっては、堕天使の総督であるアザゼルといえどたまに来る伯父さんのような存在だ。
未だ、という言葉が頭に付くが、彼女は、堕天使自体は嫌いではないし、気も許せた。
「アザゼルさん……、私も行きます」
「ああ。そうしてくれ。来ないなんて言われた日には、お前の親父がうるさかったところだ」
アザゼルは朱乃を抱いたまま、肩をすくめる。
「それじゃあ教会の戦士の娘。イッセーは預かっていくぞ。一人で帰れるか?」
「帰れるわよ。……堕天使に言われなくても! イッセー君を元に戻さないと絶対許さないから!」
「わかったわかった! ……じゃあな」
イリナは、涙を拭いながら気丈に振る舞う。
アザゼルの足下が輝きだした。
イッセーはアザゼルの足元で光る魔方陣の中に入っていく。
「イッセー君! ――行ってらっしゃい!」
「おう! ――行ってきます!」
光はイッセーの声と共に消え、無人の神社にはイリナが一人残されていた。
-●○●-
イリナは家に帰った後、ボロボロとイリナは大粒の涙を流していた。
心配してきた自分の両親に、悪いと思いながらもイッセーとの秘密を、今までしてきたことを話した。
――イッセーとの特訓のこと。
――イッセーの持つ神器のこと。
――そして今日イッセーの身に起きたこと。
アザゼルと名乗る堕天使の総督に、身体を直すためイッセーがついて行ったこと。
「イリナ。歯を食いしばりなさい」
「う……!」
パチン、と小気味よい音が家の中に響く。
「今のは今日危険なことをした罰。イリナは今日、そのお母さんのように殺されていたかもしれないんだよ?」
「ごめん、なさい……!」
「お父さんもお母さんも、イリナが居なくなったら悲しい。だから、絶対もう子供だけでこんなことしちゃ駄目だ」
「ごめんなさい……っ!!」
イリナの父は、娘のことを力強く抱きしめる。
「でもイリナのその正義感はお父さんもお母さんも誇らしく思う」
――本当に無事で良かった……。
そう言って、父親は命よりも大切な娘にキスをする。
「ごめんなさぁいぃ……!!」
娘もその両親も。ただただ泣いて。
自分たちの信仰する主への感謝を捧げた。
2015/8/26 修正