赤き龍の道程 作:盾雪
簡易なT-シャツと半ズボンをもらい、朱乃とともにマグロナルドのハンバーガーを夕食に食べ、同じ部屋で床につく。アザゼル本人が世話を焼いてくれることに、ボスっていっても暇なんだなぁ、と言うような感想と、感謝を感じながらイッセーは抱きながら眠りについた。
そして今は夢の中。所謂精神世界。意識だけが起きており、日課であるドライグとの修行の真っ最中である。
今日はイッセーが人間ならざる部位を手に入れた日。ドラゴンとして大先輩であるドライグに、ドラゴン固有の火を吐いたり、翼や尻尾を動かしたりというような事を教わっていた。
『相棒。本当にアザゼルが帰してくれるとは思えないぞ』
「……どうしてそんなことを?」
『いや、俺のことは話しただろう? 奴にとって俺という神器は世界に一個しかない宝石だとか、兵器だとかに等しい。そんなものが道ばたに転がってたら危ないどころの話ではないからな。手元においておきたいのさ』
「じゃあ約束は……」
『……まぁ、守られないだろうな』
「そんな……」
ドライグには、訳あってイッセーに伝えていないことが幾つかある。
己の宿敵について。いずれ会うだろう、対局の存在について。
これらについては自分が目覚めたとき、伝えそびれたからである。
丁度その頃は宿主のイッセーは5歳になるかならないかという年齢。言っても理解されないということもあるが、歴代の赤龍帝の中でも目覚めるのが早い。だが目覚めるのが早いと言うだけで、赤龍帝としても未熟。人間としても未熟。
勿論、過去、同じ位の早さで目覚めた赤龍帝も居た。だが、それは才能ありきの話で、このイッセーにはこれといった才能を感じられない。精々、第六感というべきものが常人より多少あるかな、という程度である。
目覚めたばかりのドライグは、そんな宿主に珍しく同情したのだ。
『だが奴を責めてやるな。殺されても仕方がないところを生かされているんだ。殺されないだけありがたく思うとしよう』
「……おう」
『すまないなイッセー。子どものお前に俺みたいな厄介なモノを背負わせて……』
……いや、正確には幼いイッセーにお父さんと呼び間違えられて、何かが刺激されたか。それかイリナと一緒によく話しかけてきたことで、感情移入しやすかったというだけかもしれない。
「……ドライグがそんなこと言うなんて珍しいな」
『いや、すまん。ちょっと感傷的になっただけだ……。まぁ、とにかくだ。流石に堕天使の総督を相手にするには俺たちは力不足だ。逃げおおせるだけの力も必要だが、準備も必要になる』
永い龍生。色恋沙汰よりも闘争を優先してきたドライグに後悔はない。
この湧き上がる感情を今までに多少ながら感じてきたことはあるが、ここまで強いものは始めてだった。
――故にドライグは、このすぐ近くに『白い龍』の残り香のような龍の気を、イッセーの龍の部分を通して感じたことを黙っている。
そう、あの契約に際してイッセーの身体が龍のものとなった為、外界のことをより詳しく知ることが出来るようになっていた。
また、あの時のようにイッセーの身体をある程度操ることが出来るようにもなっている。
もし朱乃を殺そうとしていた修験者たちを、イッセーがあの時の激情に任せて殺しでもしたら。半分以上ドラゴンになってしまったとは言え、人間の感性を持っているイッセーがこれから先、苦しまないとは限らない。
『とりあえず、恐らく発信機が付いているその腕輪が外せるようになれ。その腕輪の効果をお前自身が、できるようになる、とお前が強く望めば、きっと『赤龍帝の籠手』はお前の想いを受け止める』
ドライグはこうして自らこの場所から抜け出す様に誘導し、イッセーはそれに約束を破られたという事に悲しみながら頷く。
――俺は本当に甘くなってしまった。
なんとかしてやりたい。困っているイッセーの顔を見て、そんな父性にも似た何か充実したものを感じつつ、かつて闘争に明け暮れていた己の変わり様に寂寥を感じていた。
いずれ白い奴のことを話さねばなるまい。白い奴が今の俺を見たら何というかな。
そんな未来のことを思いながら。
……イッセーとドライグはこうして、精神世界の中で腕輪が外せるようになるための修行を始めた。
朝、目が覚めてイッセーが思ったのは、何だかいつもと違うニオイがするということだった。それになんだか少し暑苦しい。
横を見れば、見知らぬような見知ったような端正な顔がある。
――いや、寝ぼけ眼で加えて色々と混乱しているせいで判別ついていないだけだが。
……程なくして、朱乃の顔というのに気がつき、自分が抱き枕にされていることに気がついた。
「うわぁぁああ!?」
「――なになに!? どうしたの!?」
朱乃も声に反応して起き上がり、己がしていた事にその顔を驚愕で染めるのにさほど時間は掛からなかった。
「えっと、ゴメンね……」
「いや、いいよ……寝ぼけてたんだし」
イッセーもイッセーで、別に大声で叫ぶことはなかったんじゃないかな、と反省する。朱乃は自分がしていたことに恥ずかしくなってしまい、イッセーの顔が見れなかった。
「おいおい、どうした? 喧嘩でもしたのかー?」
「あ……」
と、アザゼルが来た。目の下には隈を作っており眠そうである。
「おはようございます、アザゼルさん……。その私がイッセーくんのことを抱き枕にしちゃってて……」
「ませてんなー最近のガキは。おい、イッセー。朱乃に手を出したらあのバラキエルに殺されかねんぞ?」
「……朱乃ちゃんは女の子だし、殴ったりしないよ」
「いや、そういう意味じゃなくてだなぁ……」
できるだけアザゼルと顔を合わせないよう、イッセーは呟く。顔を見れば考えていることが出てしまいそうだった。
そして自分で言っておいて何だが、じゃあ殴る蹴るによるコミュニケーションが日常的に行われていたイリナはなんなんだ、とイッセーの中で疑問が生まれる。
朱乃は考えないようにしていた自分の父のことを思いだしてしまい、母が助けられなかった事への憤りと悲しみを募らせていた。
アザゼルは二人の様子に、ため息交じりで後頭部を掻く。
「じゃあ俺も仕事があるからな。大人しくしてろよ」
「……はい」
「わかった……」
欠伸し、口から息を大きく吐いて、アザゼルは部屋から出て行った。
イッセーは床に座って目をつむり、精神を内側へ内側へと向ける。
感覚は精神世界で体感した、龍の気が自分の内側に収束していく感じだ。
そんなことをしているイッセーの様子を朱乃は体育座りで眺めていた。
「ねぇ、イッセーくん。何をやっているの……?」
「ん? あぁ……せいしん、とういつ――だったけ? この腕輪がなくなっても人間の姿に戻れるようにするために訓練してるんだ」
「……どうして?」
「それは……」
言葉に詰まった。どう説明したらいいものか、と腕組みして悩む。
「ほら、急に壊れちゃったりしても直せないから? だから、」
「イッセーくん。此処から逃げ出そうとか考えてる?」
「な、何を言っているの、朱乃ちゃん」
ギクゥ、と漫画なら吹き出しが付いていそうだった。それほどまでに判りやすい反応を示したイッセーを見て、朱乃は話すかどうか考えていたことを口にする。
「……私ね、お父さんが嫌い。堕天使が嫌い」
「えっと、なんで?」
「だってもしお父さんが堕天使じゃなかったら。お母さんは殺されなくて済んだんじゃないの……?」
朱乃は部屋の向こう側を見ながら言う。
少し時間が開いて冷静になって考えれた、もしものこと。
堕天使との子どもだから、あの人たちは自分を殺しにきたのだ。だったら自分に流れる父の血がすべての原因ではないか。
もし、父が人間なら。もし、堕天使なんて存在じゃあなかったら。
朱乃はそう考えてしまった。
――私に流れるお父さんの……堕天使の血のせいでお母さんは……。
「朱乃ちゃん。でもさ、お父さんとお母さんが居たから、朱乃ちゃんは今生きてるんじゃない?」
「でも……!」
――あのとき居てくれれば。朱乃と朱璃は俺が守る、って言ったのに。
――でも、そもそも堕天使だから悪いんだ。堕天使なんて嫌いだ。
――アザゼルさんは優しくしてくれたけど、それでも嫌だ。
朱乃は頭を抱える。
――あぁ、本当に私はどうしたらいいのだろう、と。
「私、ココにいたくない……」
「そっか……」
それっきり二人の会話は途切れた。目をつむり精神統一を始めたイッセーは無自覚にもドライグの思惑通り、龍の気を操る訓練を始め。朱乃はぼぅっと、イッセーのそんな様子を眺めていた。
-●○●-
朱乃に抱き枕にされてから六日後の精神世界にて。
『相棒。結論から言うと、龍の気を制御ができるようになっている。だが、神器はお前の人になりたいという想いを反映させようとはしなかった』
「龍の気の発生が神器から、だからだっけ?」
『あぁ。しかし……』
「俺自身が体の内に龍の気を抑え込む事で、今こうして人間の姿になれるようになった、と言う事だよな?」
ドライグは頷く。
『一応、神器はお前の望む効果に近い能力を発現させてはいるが、それも形態を維持する、というだけだ。龍の気の操作だけはお前の力でしなければならない。……まぁ、お前の状態に関わらず、人間の状態を保ってくれる、と考えれば中々有難くはあるのだろう』
「風邪をひいてるときに気の操作は出来そうにないし……。まぁ、無いよりマシかな」
『イッセー。お前はよくやったよ。一時はどうなるかと思ったが……まぁ、出来るようになったのはお前が人から龍になった所為かもしれん。人だったお前には龍の気というのは異物だからな。感じ取るのは容易だったのだろう』
そう、イッセーは自力で人間の姿と龍の姿を行き来できるようになっていた。気合を込めなければできないし、一部だけ、というのはまだ出来てはいないが、自在に姿を変えれるのは時間の問題だろうなとドライグは憶測する。
「……それよりも、何と言おうと俺は朱乃ちゃんと一緒に逃げるから」
『ハーフの娘を連れていくのは反対なのだがな……』
ドライグは『やれやれ』と長い首を横に振った。
『今日はもう寝ろ。明日は早い』
「うん」
-●○●-
「まったく、夜中に呼び出して何の用だ?」
『アザゼル。俺たちは行かせてもらうぞ』
「なるほどな……。あぁ、おれは止めはしねぇよ。もうちょっと居てもらいたかったが仕方がない。幾つかこっちの条件は呑んでもらうぞ」
『チッ。喰えない鴉だ』
「じゃあお前は籠の中の赤蜥蜴か? ……おいおい、そんな殺気立つんじゃねぇよ。お前たちには一杯喰わされたんだ。皮肉ぐらい言わせてもらいたいってもんだ」
-●○●-
「(起きて、イッセーくん)」
「……!?」
ペシペシ、と朱乃に頬を叩かれてイッセーは目を覚ました。
身体を起こしてもう一度、両頬を叩いて自分に喝を入れた。
持つ物は特にない。行く宛てもない。だが、行かなければ、このままだ。
この閉じたドアの先へ。イッセーと朱乃はそっと開けて、外へと飛び出した。
「おかしい」
「おかしいね」
ドアを開けた先にはこの施設らしき地図が貼ってあり、現在地も示されていた。外への出口は西側。対して現在地は東側より。
こっそりと、いつか日曜の特番でやっていたスパイ物の映画を思い出して、慎重に歩いていたのだが、出口まで行くのに誰とも会わず、隠しカメラらしきものも見当たらず。何処か研究所じみたこの施設から労すること無く脱出できたことに、陰鬱とした森の中に入って、一息ついた後二人は顔を見合わせて困惑した。
「誰一人、居ないなんて……」
「アザゼルさんも居なかったし。他の堕天使も……」
どういうことなんだ。と二人して頭を悩ませた。
「とにかく、此処から離れよう。……この空、夕方じゃないよな?」
『あぁ、そうだ。相棒、この堕天使の拠点があるのは冥界だ。まぁ、言ってしまえば異世界。この世界には元人間はいるだろうが人間は居ないぞ?』
「あ、聞いたことがあ……る……」
朱乃が言いかけて固まった。
「え、えっと……ということはつまり?」
「……両親のいる世界には帰れない?」
『まぁ、そうなるな』
……。
「取りあえず歩こう。きっと帰る方法ぐらい、見つかるはずだよ」
……だって、来た時はアザゼルさんなんかワープみたいなことしてたから。きっと。たぶん。
そう言って明るく振る舞うイッセーの姿は痛ましい。
とぼとぼ、と足取り重く、二人は視界の悪い森から出て施設から離れていった。
『朱乃~……!!』
「あーあ。バラキエル、号泣しちゃってるわね。総督、どうすんの? このままだと、あの子たちの前に出ていく可能性大よ」
バラキエルが二人の背後から撮影をしていた。生の映像が流されるテレビの画面端には「はじめてのだっしゅつ♪」と表記されている。
「あー何とかなるだろ。最悪、雲もないのに雷が敵に振っていく程度だろうからな」
幹部の一人――ベネムネに答えて、アザゼルは思考に耽る。
――後は目を覚ましさせすれば、負い目もなくなる。
画面に映る二人に伝えていないことが一つある。期待させてやっぱり駄目でした、と言うのは情けなく、申し訳ないことだ。
できれば目を覚ますまで居て欲しかったところだが、あの子守上手になっていた赤龍に『連れていくからな』と言われたのでは仕方がない。そうだ、仕方がない。
面倒な事になっちまったな、と対外的には敵対しているが、話の分かる男へホットラインを通した昨日の夜の事を思い出しつつ、アザゼルは画面を眺めた。
尚、部屋に閉じこもっていた男や女の上級に位置する堕天使は「魔物にビクつく朱乃ちゃん可愛い!」「懸命に守りながら戦うイッセーきゅんカッコいい!」「バラキエル様邪魔!」等々と、生放送にハラハラドキドキしていた。
任務で冥界を離れていた白龍皇が帰ってきたとき、堕天使全員が挙動不審で、怪しまれたのは当然であろう。
こうして映像に映る幼い赤龍帝の少年と、堕天使と人とのハーフの少女は。行く宛てもなく、迫る脅威を払いつつ、冥界の地を彷徨うのだった。
(´・ω・`)書き溜めなくなりそう。
あと改行減らします。読みにくかったらごめんなさい。