赤き龍の道程 作:盾雪
頬を何かで突かれていると感じて目が覚めた。
「ちょっ、何して、二人とも!」
手を振るい、目前にあった人差し指二本をどけた。……この人差し指の持ち主たちは、朱乃とリアスである。
下手人である当人たちは名残惜しそうな気まずそうな顔をしているが、これにはちゃんとした訳があるのだ。
そう、初め彼女たちは昼食時の時間になっても来ないイッセーを見に来たのである。
するとどうだろう。気持ちよさそうに寝ているイッセーの姿が見えた。ベッドで寝た方が気持ち良いだろうに、と思いながらも、涎を垂らして寝ている姿に二人は形容しがたいモノを感じた。
母性的な、こう、萌え的な?
つまるところ、
どうやって起こそうか。いや、もうちょっと見ていたい。頬っぺた気持ちよさそう。
と、女の子二人の間で話が二転三転し今に至る、というわけなのだが……。
「それで、なんであんなことをしたんだ」
「いや、イッセーの寝顔が気持ちよさそうだったから……つい」
「頬っぺた突いたら起きるかなって、リアスが言うから……」
「な! 朱乃が初めに頬っぺた気持ちいいよって言うから!」
「なによ! それはリアスがイッセーくんの頬っぺた柔らかそうって言ったからじゃない!」
「それは朱乃が触ったことがあるっていったからじゃない。朱乃だけずるい!」
「あーうん。よくわかった」
よくわからないことが、よくわかった。
別に、責めてたわけじゃないんだけどなぁと、イッセーは喧嘩の種であろう自分の頬を触りながら、二人が落ち着くまで待つことにした。
流石に取っ組み合いの喧嘩に発展しかけたので止めに入ったが、なんで喧嘩になったのかがイッセーにはわからない。「そこまで喧嘩するほどの事でもないだろ」と二人に言い聞かせて、仲直りさせたのはいいが……。
……はて、自分はいったい何をしているのだろうとイッセーは思い、二人にこの部屋に来た当初の目的を聞くと、二人は青い顔をする。
「そうよ! グレイフィアの代わりにイッセーを呼びに来たのに……!」
「ああ……ああ……」
え。と思う間もなくイッセーは二人に持っていかれるかと思うくらい、腕を引っぱられて立たされる。そのまま引っ張られながら、導かれるままに部屋を出た。
この後リアスはヴェネラナに。朱乃はグレイフィアに怒られて意気消沈としながら食事を始める。
その怒られた原因であるイッセーは、誰にも怒られることは無かったが時間はしっかりと守ろう、と優しそうだった大人の女性たちに怯えながら小さく決意した。
お葬式のように静かな昼食も取り終わり、子ども三人はイッセーの居る部屋に集まっていた。
人間界と同様の仕組みをした時計を見れば短針は二時頃を指示している。
朱乃は備え付けの椅子になだれ込むようにぐったりとしている。
「朱乃ちゃん、大丈夫か?」
「うん、大丈夫……」
グレイフィアに、
「『王』を支える『女王』となる者は、きちんと主を支えることが必要なのです。それは一概に……」
云々と、
ただ、部屋に帰ってきた朱乃の尋常じゃない疲弊っぷりを見て、イッセーが少々心配になるレベルで。
「まだまだ。帰って来れるだけましよ。……そんなものじゃないわ」
そう言って紅茶を飲もうとするリアスの手は震えていた。
リアスが思い出すのは、母親であるヴェネラナと義姉による、淑女らしくあるためのお勉強。
思い出して思わず震える肩を抱く。ちなみに紅茶はソーサーごと机の上に戻していたので無事だった。
「うえぇ……」
その様子を見た朱乃は苦虫を潰したような顔になる。
「イッセー。他人事のように思っているみたいだけど、貴方も多分お母さまからマナーの指導をされると思うわ……。……きっと、厳しいから」
それはいくら何でも言い過ぎだろうと思っていた自分にリアスは言ったのだろう。
「あ、あははは、は……」
イッセーは戦慄が止まらなかった。
-●○●-
「朱乃ちゃん、それで……大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫って?」
「元気そうにはしているけど……。元気出たのかなって」
「……イッセーくん。今でも悲しいし、辛いよ。でも、何時までもくよくよしてたら、天国のお母さんも悲しむから……」
「そっか……。朱乃ちゃんは強いなぁ……」
「うん。だって、リアスの『女王』になるんだから。リアスがくじけそうな時は私が支えてあげるの。だからきっと、リアス以上に気持ちも強く持たないとやってけないだろうし……。それに、」
「それに?」
イッセーは勿体ぶる朱乃に聞く。
「ふふふ。私も一人前のレディーになるんですからね、イッセーくん?」
朱乃は見惚れるような笑顔だった。
-●○●-
リアスや朱乃と過ごす約一週間は、主にリアスの元気の良さに二人が振り回されてばかりではあったが、とても有意義な時間であったと言える。
ドラゴンになってと、姿を見ていないリアスにせがまれた時は、なったは良いが「思ったより小さいのね」と言われてしまって、凄く情けない気持ちになってしまい。それにドラゴンとして大先輩であるドライグが腹を立てて、というようなことがあった。
それとサーゼクスの眷属で暇をしていた者が何人かがイッセーと手合せをしに来たりというようなこともあったが、それはイッセー的にはいい思い出とは言えなかった。面白かったけど身体が痛いのだ。
あとは大変だったけれども出来る範囲でマナーを教わったのは、イッセーにとっては良かったかもしれない。これも本人にとっては楽しくない思い出だが。
もう別れの時間である。帰る手段はなんと私有の列車で、それに乗って帰ることになっていた。
イッセーは冥界にきてからの事を一つ一つ思い出していた。
――「ちっさいね」って言われたらなんであんな気持ちになるんだろう……。
色々とお土産を肩から下げて、イッセーはあの感情を再起させる。
ちなみにリアスたちがお風呂屋さんのような大きいお風呂に入っているとき、リアスたちが乱入してきた時のことである。目以外を手で覆ってそう言われた。そのあとすぐに駆けつけてきたメイドたちにしょっ引かれていったので、これといった問題はなかったが。
イッセーが思い出した感情を理解出来るようになるには、あと最低でも4、5年の時間を要するだろう。
「それじゃイッセー……きっと私、人間界に留学できるようになるから」
「……イッセーくん。その時は私も一緒に着いていくからね」
「うん。……同じ学校だったら、良いけど」
「「絶対に同じ学校にするわ……!!」」
燃えてる、とイッセーはその身を半身にする。どうするんだろうとイッセーは思った。
「それじゃあイッセーくん。また会えると思うけどそれまで元気でね」
「はい、グレモリー公爵さま。この恩は絶対忘れません。この場に居ないサーゼクスさまにもそうお伝えください。……ありがとうございました、グレモリーさん、ヴェネラナさん」
「いや、こちらこそ貴重な体験をさせてもらったよ。ありがとう。……それにしても、お父さんって呼んでくれてもいいと言ったのに……それともお義父さんと呼びたかったとか? うーん、それもいいかもしれないね」
「そうですね。それも良いですね……その時は私のこともお義母さんと呼んでくれるでしょうか」
「はあ……」
リアスとイッセーを見比べて、頷く。何か違いがあるのだろうかと当人たちはそれにハテナ顔だが、大人たちは判った様子だ。
何処かのおやじくさいドラゴンとは違って、小粋なジョークか何かかもしれないとイッセーは思う。
「ねぇ、イッセー。ジュニアハイスクール……中学校に入るくらいの年齢になったらお父さまから悪魔の駒を頂けるの。イッセーのこと、私の眷属候補ってしててもいい?」
「うーん……」
リアスに上目遣いでそんな事を言われた。
悪魔になる、っていうのがイッセーの中ではどうにも引っかかっていた。ただでさえドラゴンだしなぁ、と良いんではと内心思うが、それでも両親の知らない間に、何度も自分の身体がおかしなことになるのは避けたかった。
「……ねぇ、お願いイッセーくん」
朱乃にも懇願される。
「ううーん。……それじゃ、悪魔になるとしてもリアスの眷属としてしかならない、って言う事で」
「うん、それなら安心したわ……」
ほっとしてリアスは胸を撫で下ろす。
そんな様子に大人たちは、悪魔の駒で今起きている問題がイッセーに降りかからなければいいが、と心配になった。一度殺して、無理矢理自分の眷属にするという非道極まりないやり方だ。
護衛に何人かつけるべきか、とグレモリー公爵は思案する。
「……それでは皆さま名残惜しいと思いますが、不肖この
グレイフィアさんが着いてきてくれるんだ、とイッセーは安心感と共に心配になる。
サーゼクスさんの『女王』って聞いていたし、他にもやることがあるのではないか。自分に時間を割いて大丈夫なのかと心配なのだ。
そんなことを想いながら、先導されて列車の昇降口の前に立つ。
もう一度、楽しかったなとしんみりしていると、後ろから呼ばれた。
「イッセー!」
「イッセーくん!」
「うん、――」
頭をしっかりと掴まれて、イッセーはそれから逃げる暇もなく両頬に柔らかい感触を感じる。
なんだろうかと考える前に、二人が自分から離れていったので聞き逃した。
あらあら、まあまあとヴェネラナの声が遠くから聞こえた。
「またね、イッセーくん! 今度会ったときには、イッセーくん好みのナイスバディーなレディーになっておくからね!」
「日本風で言うと唾をつけたというらしいけど……ぜったい、私が貴方をものにするまで、他のヒトのものになっちゃだめよ!」
二人の女の子がほんのり頬を赤く染めてそう言う。
果たして自分にどういう意味でそう言ったのか。イッセーは状況が掴めぬまま「うん……」と縦に首を振った。
窓から体を乗り出し、小さくなっていくお世話になった悪魔たちと朱乃にイッセーは手を大きく振る。
完全に見えなくなってから、上っていたソファに身体を鎮めると、聞きなれた渋い声が直接耳に入ってきた。
『何時か言った気がするが、モテモテだな、イッセー? 歴代の奴らも侍らせていたが、中々どうして赤龍帝という奴は似てしまうようだな』
ドライグの言葉でさっき何をされたのか察しがついた。
――でもドライグの勘違いかもしれない。そうイッセーは思いたかった。
「ドライグさまに賛同いたします。……私の可愛い妹たちのこと、宜しくお願いしますよ。一誠さま」
追い打ちをかけるように、イッセーにグレイフィアは言う。
――ドライグの勘違いじゃなかった! やっぱりあれは……二人に、頬にチューされたのか!
かあああっとなった顔を、座っているソファに押し付けるようにして冷やすも、火照りは治まらない。
なんで、と混乱する頭で考える。
……朱乃は自分に対する好意からだ。朱乃に関してイッセーの考察は誤解ではない。
ただ、リアスはどうなのか。簡単な愛情表現にキスをすることは日常的である。普通に親愛の証にする、とリアス本人から聞いて文化の違いなのかなとその時は普通の感想を持った。
でも、それも家族間ぐらいのものともその時言っていたのだ。それを自分にするのはどういうことなのか。
言葉の通り、そのままの意味で、自分の眷属にするまで他の悪魔の眷属になるな、と言う事なのか。それとももっと――。
「うわぁあああ……」
どっちなんだとイッセーは悶えに悶える。
自分自身、朱乃にちょっと惹かれる想いもあった。
でもリアスがもし、朱乃と同じようなつもりでしたのなら。
恥ずかしい様な、胸の内から火が灯ったような。それはイッセーにとって形容しがたい初めての感覚だった。
こうして列車が動き出して止まるまでの間。
イッセーは「着きましたよ」とグレイフィアに声を掛けられるまでの記憶があんまり無かった。
-●○●-
「イッセー……行っちゃったわね」
リアスは次元の狭間へと消えていく列車を見送りながらそうつぶやいた。
「うん……。ちょっと恥ずかしかった」
「……えぇ、そうね」
朱乃は手で頬を覆って破顔する。リアスもリアスで、思い出して少し顔が赤くなっていた。
――……リアスは朱乃とイッセーの出会いから今に至るまでの話を聞いて、その関係に少し憧れていた。
二人の関係を例えるなら物語にでてくる王子様とお姫様。イッセーが自分の身を犠牲にしてまで朱乃を助けに入って。悪い堕天使の所へ連れていかれて、駆け落ちのように逃げ出してきた。
まるでおとぎ話のような話。だが、実際にあった話だ。
……そんな話に憧がれる正真正銘のお姫様で、お嬢様であるリアスはその話を聞いた時から、朱乃の話に出た彼はどんな男の子なのだろうと色々と想像を膨らませていた。
しかし、実際に会ってみればそうでもなかったのだ。
物語の主人公でもなければ、王子様でもない。
……お兄さまであるサーゼクスのする話で出てくるような普通の男の子だった。
朱乃だけでなく、自分の想像で美化され過ぎていたのだろうと彼女は初対面の時、イッセーの評価を下方修正した。
しかし直接知っていくうちに、何故だか気になっている事にリアスは気がついたのだ。でも、何故だかはわからない。
――イッセーは特殊なモノを持っていて、身体の半分以上がドラゴンだけど普通の男の子だし。……寝顔が可愛かったけど。
つい、指で頬を突きたくなるくらい。
……まあリアスが初めて会うタイプの性格の持ち主であったし、なによりも普通に接してくれる同世代の男の子だ。――でも、どうにも釈然としない気がする。
そうリアスは考えるが……。どうしてもわからないのだ。何故気になってしまうのか。
もしかしたら今の自分には答えが出せないのかも、と思ってリアスはすっぱりと考えるのをやめた。
「リアス?」
「……うん、どうしたの、朱乃?」
「なんだか思いつめた顔をしてたから……。どうかした?」
そんなにひどい顔をしていたかしらと、顔を触って確認する。
「……そんなことは無いと思うけど」
「そう、ならいいけど……」
と、朱乃は察しがついたように
「あ、もしかしてリアスもイッセーくんの事……」
ジロっとして、朱乃はリアスを睨む。
「ち、違うわよ!? ……ただ、ちょっと。気持ちに整理がつかないだけよ」
「ふーん……」
「……なによ、その目」
「べっつにぃー? イッセーくんに言ったのが本当に眷属にするっていう意味だけなのかなーって思ってるだけー」
まるで疑うかのような目で見てくるこの親友をどうしてくれようか。
怒りそう、と察した朱乃は茶化す様に「イッセーくんは幾ら主様でもあげませんからー!」と言った後、リアスに背中を向けて逃げていく。
それがどういう意味なのか。朱乃からじっくり問いただすため、リアスはそのあとを追いかけていくのだった。
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