こんな大井さん、どうでしょう?
軽巡洋艦大井は、いつも同じ軽巡洋艦、北上と一緒だった。人目もはばからず(一方的に)ベタベタとくっつき、周りから引かれる程に。
遠征で北上がいない時となれば、彼女は腐ったように気力を無くす。放っておけばハエが集りそうなほどに。周りが心配する声をかけようとすれば誰彼構わず噛み付き、彼女は自ら孤立していった。そんな状態でも任務に出れば仕事はこなすし、周りもそんな現状に慣れ始めていた。
そんな彼女に提督が声をかけたのは、言って見れば「なんとなく」。気紛れだった。提督は、彼女に尋ねた。
ねえ。大井さんがそれほどまでに想ってる、北上さんの魅力を聞かせてよ。
彼女は雄弁に、大げさに、北上の魅力を語り始めた。提督は少々戸惑ったが、とても楽しそうに話す彼女を見ていると安心した気分になれた。
それがきっかけか、出撃や遠征で北上がいない時、大井はよく提督と一緒にいるようになった。するのはいつも、北上の話。マイクから指示を出す提督の様子から北上の状況を察知し、一喜一憂してみたり。艦隊の送り迎えを一緒にやったり。
いつしか、鎮守府では北上、大井、提督の3人の組み合わせがよく見られるようになった。流れはいつも、北上と一緒にいる大井が提督に気づき、引っ張っていく状態。ある日、提督がいない時に北上が大井に尋ねた。
ねえ、この頃大井っち、私といる時はいつも提督の話してるよね。
大井はひどく慌てた。何を言っているのかと。気を取り直し、答える。あの人は、自分の北上さんへの愛情に対する良き理解者だと。そして口を突いて出てくるのは、提督が自分の話を聞いていた時に気づいたこと。辛いものが苦手だとか、利き手じゃない方も意外と器用に動くとか、考え事をするときに唇を指でプルプルする癖があるとか。大井自身、疑問に気づく。
あれ、私…なんの話をしているのかしら?
ある日、提督が出張で鎮守府を空けていた。北上が一緒にいるにも関わらず、大井は酷く不機嫌になった。周りは体調不良を心配したが、北上は原因に気づいていた。
やっぱり、提督のこと好きなんじゃん。
大井は狼狽した。北上さんという存在がいるにも関わらず、男に気移りしてしまうとは。自分は、なんて浅ましい女なのだろうと。
ねえ、大井っち。女の子が男の人を好きになるのは、普通のことだと思うよ?
その言葉がきっかけか。少しずつ大井の執着の対象が、北上から提督に移り始めた。それまでの秘書官であった龍田に頼み込んで秘書官を交代してもらった。自分の目が届くところに提督がいないと、不安になるようになった。提督がトイレに行けば、こっそり付いて行って扉の前に立ち、流した音を聞いたら気づかれる前に執務室に戻る。提督が食堂に行く前に、自分で食事の用意をする。艦娘たちは、いずれ大井が提督を監禁でもするのではないかと心配した。
そんな状況に終止符を打ったのは、提督自身だった。大井にケッコンを申し出た。いつからか、大井のことが気になり始めていたと。秘書官を申し出てくれた時、とても嬉しかったと。
慌てた大井は、返事を出さずに執務室を飛び出してしまった。部屋に戻り、涙ながらに北上だけでなく、球磨型の皆に相談した。どうすればいいのか。なんて答えれば良いのか。個性的な姉妹達は多様な答えを出すが、それが意味するところは一貫していた。そして翌日、大井は提督に、素直な気持ちを伝えることにした。
不束者ですが−−−−よろしくお願いします
それからというもの。大井は誰にでも分け隔てなく接するようになった。北上に対して若干贔屓目なのは相変わらずだが。
何より、北上がいないとき、提督がいないときの禁断症状も鳴りをひそめ、むしろ余裕を感じさせるほどだった。
−−−−これが正妻の余裕か。
そう呆れる声もあったが、しかしそこに不満の色もなかった。彼女は、それまで誰にも見せたことがないような、穏やかな表情をしているのだから。