『で・でも、たまちゃんは本当に…』
『あぁ僕の言い方が悪かったね、元照れ屋ちゃんの話を疑った訳じゃあないよ』
『でも、【玉藻前】が忍野さんが言うような、とんでもない怪異だったら…』
日本で三本の指に入る大妖怪でしたね…。
『分が悪い・なんてぇもんじゃない、単純な能力だけを比べれば所詮は狐の怪異だから、幻術に特化しているに過ぎない、つまり能力面において吸血鬼には遠く及ばない、だが…【玉藻前】となると話は別なんだ』
「忍野さん」は両目を閉じて、それからゆっくりと息を吐き出しました。
『元照れ屋ちゃん、僕はまだ【玉藻前】に憑かれたという子の名前を聞いていなかったねぇ…、教えてはもらえないだろうか…』
「忍野さん」は「わたし」にそう尋ねる間も、ずっと目は閉じたままでした。
『あ・はい、たまちゃんの名前は【相馬珠美】です』
『………はっはぁ、なるほどねぇ、いやぁ疑うような事を言ってすまなかったねぇ、確かに元照れ屋ちゃんの友達に憑いている怪異は【玉藻前】だ』
「わたし」がたまちゃんの名前を告げた後、暫くのあいだ微動だにしなかった「忍野さん」が、急に体を起こして言いました。
『ふぅ、ここは喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか…、【玉藻前】の正体については幾つもの説があってねぇ、けっこう有力なのが大陸から渡ってきたって説だったんだけど…、千年以上も経ってどうやら本当の正体がわかったみたいだ』
『【滝夜叉姫】今から千百年ほど昔のこと、京都の朝廷に対して新皇を名乗り、関東の地で独立国家を宣言した武士がいた、桓武天皇の子孫で名は【平将門】、日本の武家社会が出来上がったのはこの人がいたからとも言われている、だが【平将門】といえばもっとも有名なのが怨霊としてだろう、【平将門】とはこの国一番の祟り神なのさぁ、東京の神田明神だが・元々は将門の身体を祀った【からだ明神】だった、次第に五穀豊穣を願う神田となったけど、今でも祭神には【平将門】が祀られている』
『また、神田明神からさほど離れていない場所に将門の首塚というものがあってねぇ、こっちは祟り神としての将門を示す話題がふんだんにある、その中でも一つだけ、太平洋戦争に敗戦した日本は米国のGHQによって統治された、当時の日本は焼け野はら状態で、GHQはブルドーザーで瓦礫を一掃していった、そんな時のこと、将門の首塚を撤去すべくブルドーザーを走らせたところ、ブルドーザーはいきなり転倒する、そして運転手も死んでしまったんだ、そんな事故が続き将門の首塚の怨霊はGHQを恐怖させた』
『さて、【滝夜叉姫】だが、彼女はその【平将門】の娘さぁ、そして彼女は生前から妖術を使ったと言われていた、それについては能や神楽といった古典芸能の演目にもなっている、父親である【平将門】は武力・知力ともに秀でた所謂天才でねぇ、どこの時代でも同じく天才というものは嫉まれ易いものでさぁ、その嫉みは身内同士の権力争いに拍車を掛けてしまった、勅命を受けた叔父や従兄弟の手によって【平将門】は命を奪われた、だがそれに至るまでの経緯として、朝廷は征夷大将軍を任命して将門を討つベく大包囲網を展開させたのだから、その実力が群を抜いていたことは言うまでもないかなぁ』
『朝廷の顚覆を図った【玉藻前】、そして非業の死を遂げた父親の雪辱を晴らす【滝夜叉姫】、両者が得意とする能力は妖術だった、一説に【滝夜叉姫】は貴船神社の荒神より妖術の能力を授かったとされていて、その後は関東の地で反乱を起こした、だがこれも朝廷によって討伐される、貴船神社とは京都の北にある神社でねぇ、関東はもちろん京都の東さぁ、【玉藻前】も京都から東へ東へと追われている、この両者の行動した経緯は酷似していると僕は思う』
『僕の推論を長々と話してしまったが、元照れ屋ちゃん、もう一度確認させてくれるかな、【玉藻前】が憑いている友達の名前は【相馬珠美】で間違いないね』
『はい…』
『………ふぅ』
「忍野さん」は沈黙して、そのから息を吐き出します。
『僕は【滝夜叉姫】の怨霊が【玉藻前】だと思っている、だから【玉藻前】は人間社会に対して弓を弾く怪異なんだとねぇ、そしてこの国の三大妖怪とされる九尾の狐が【滝夜叉姫】が、関東の地で反乱を起こした場所は相馬の城、また…【平将門】の幼名は…【相馬小次郎】なんだ…、おそらく【相馬珠美】とは【平将門】の子孫だろうね…』