今から一週間前、フェイトに子供が出来ステイ待って止まってプレシアさん! 言い方が悪かっ――カット。
聖王教会へ出向きデバイス整備をして帰宅したあの日。フェイトが一人の少年を連れ帰ってきた。こう言ってはなんだが第一印象はかなーり悪かったのだ。いや、俺が少年――エリオ・モンディアルを嫌ったとか生理的に無理だったとかじゃなく向こうから敵意がビシバシと伝わってきた。彼に何があったのか知らないし知るつもりもない。フェイトはプレシアには詳細を話そうとしてるようだが俺にとってはこの居心地の悪さをどうしてくれようと考えることに意識を100%向けていた。
そんなこんなで睨まれ続けること一週間。手軽な手品を見せたり適当に話しかけてみたりするも無反応……一度触ったときに電気付与した手で払い除けられた。エリオは一瞬『やってしまった』みたいな顔してたが、フハハハ痛かったけど普段からプレシアの落雷の危険に曝されてる俺には効かん。いやそうじゃなく、とにかく反応が返ってこない。アリシアたちも色々やっていたがフェイト以外に心を開かなかった……そのフェイトにすらまだ心を閉ざしてるところがある。
まぁ、こういうのは時間が薬だろうな……
――さて、ショック療法のお時間です。一般的には時間が薬かもしれんが俺には知ったこっちゃない。その表情が死にきった顔の筋肉に仕事させちゃる。
そうして連れ回した夢も希望も魔法もあるネズミーランド。とにかく表情を変えてやろうとジェットコースター、フリーフォール、その他もろもろ絶叫系マシーンに乗せたわけよ……吐いた。俺が。
「ヴォボロロロォォォ」
俺の三半規管はエリオより弱かったらしい。ついでに残念ながら草葉の陰で俺が吐くゲ□には光の加工もモザイクもかからず中々に凄惨な光景となっている。なんかちょっとエリオが引き気味に心配そうな表情になってるけど違う、そういう風に表情を変化させたかった訳じゃないのにどうしてこうなった。
何はともあれエリオに無表情、睨む以外のバリエーションが出来たのでよかったとしよう。
「おえっぷ……ふぅ、よし」
「よし、じゃないよ!」
とか考えてたらチョップをかまされた。振り向けば息切れし呼吸が荒いフェイト。随分と疲れてるようだが何かあったのか?
「何かあったのかでもない! 朝起きたらエリオとナナシが居ないからすごっっく焦ったんだよ!?」
「書き置きあったろ?」
「そんなの見てないよ!」
「え、えー……」
フェイトからほのかに漂う親バカの雰囲気。親バカに天然さがブレンドされちょっとした暴走列車へと変貌してる。
肩を持ち前後に揺さぶられブババババババ、酔う……酔うから、中身はもうないけど吐きそう。なのはにやられる100倍速ほどで前後にフェイトは揺らすんだもの。しかし、それは不意に止まった。遅れてやってきたアリシアが止めてくれたのだ……が、
「フェ、フェイト……ストップ、げっほげっほ」
虫の息だった。運動神経は悪くないものの体力においてはなのはをも凌ぐ無さを誇るアリシア。そんなアリシアは全力疾走のフェイトを追ってきたのだろうが今にも倒れそうだぞ。
「うぷ……久々に生身で走ったから死にそう」
「肉体強化くらいすればよかったのにな」
「うふふふ……忘れてた。そういうナナシも顔青いけど? 魔法で強化しとけばよかったんじゃない?」
「うははは……忘れてた」
「笑ってないで理由を教えてナナシー!」
お互いに肩を叩き合い悲壮さを醸し出しつつ笑う。そこにフェイトが俺と、さらにアリシアを巻き込みガクガクと揺する。
――ハハッ。
「え……?」
そのときフェイトには笑い声が聞こえて振り向くと、エリオが笑っていたらしい。なんでらしいかって言うとそのときの俺にエリオを見てる余裕がなかった。フェイトの揺さぶりでHPの尽きたアリシアとともに地面に伏してた。
「……もう、疲れたよナトラッシュ」
「……無理矢理過ぎねぇ?」
――後々エリオになんで笑ったか聞いたら、いつも大人っぽい感じだったフェイトがあまりにも慌ただしくてテンパってたのが意外すぎたらしい。
まぁ今はそんなこと露知らずエリオが笑ったことを喜び、後ろで倒れる俺たちの存在を忘れているフェイト。周りの視線も気にせずちょっと頭がお花畑になってないか心配なほどの笑顔でエリオの手を掴みくるくる回ってる。
「せっかくだから遊園地回ろっかエリオ!」
「え、あ……はい」
そうしてエリオの手を引き親子……には見えないが仲のよい姉弟のように遊園地の人混みに紛れていく二人。
エリオはここ一週間見たこともない、柔らかな表情をしていた。やー、なんか連れてきた甲斐があるなぁ。
「ああやってみると仲のいい姉弟だな」
「地面に倒れた実の姉がここにいるんだけどなぁ……うぐっ、立てない」
「俺は回復した。じゃ、お疲れさまー」
「ちょっと待とうかナナシ、こんなところに倒れた美少女を置いていくってどうなの?」
そう言われ周りをキョロキョロし探すも見当たらないというジェスチャーをアリシアに送る。
「うがー! 私を助けろやー!」
うつ伏せのまま地面をバッシバッシ叩き怒れるアリシア、元気じゃないか。もう遊園地の地面に何の恨みがあるのかってくらい叩いてる。
「あいよ」
「お姫様だっこでよろしく」
「あれってかなり筋力いるらしいんだが途中で落とすかもしれん」
「駄目だから、なら背負え」
しゃーないのでどっこらせと背負う。そのまま帰ろうとするのだが……
「ナナシ! フラフラしてる! めちゃくちゃ揺れてるんだけど!?」
「そういやさっきまで絶叫系マシーン乗ってて何気に平衡感覚と体力削っててな……」
「頑張って、超頑張って! 倒れるとしても前に!」
「背中にクッションがあるから後ろでよくね?」
「よくないよ!」
アリシアが重いわけでもないけど、むしろ妹のフェイトより軽そうなんだが如何せんダメージを負いすぎた。なんでエリオは平然としてたのだろうか……?
「でもエリオが笑ってくれてよかったよかった」
「そうだねぇ、私としてはナナシが動いたことが驚きなんだけど」
「家のなかが辛気くさくて耐えれんかった……」
「らしすぎる理由で私は安心したよ」
背中でアリシアがカラカラと笑っている。俺の膝もカクカクと笑っている。
「ねぇ、ナナシ……凄い震えてるんだけど?」
「あ、駄目だこれ」
「ちょ、待って待って! せめてゆっくり座ろぁぁぁああああ!?」
結局遊園地を出てすぐにぶっ倒れた俺withアリシア。倒れた向きは真っ正面、芝生がなかったら即死だったぜ。芝生でも相当痛いけどな。
その後やっぱり体力の回復は俺の方が早く再び金髪の荷物を背負って帰宅したのであった。
「はー、こういうときちっちゃいままでよかったと思うよ」
「いや、伸びてきてるぞ?」
「え、嘘!? 帰ったら測る!」
▽▽▽▽
遊園地に行ったあの日から2年が経ち、エリオが時空管理局本局の保護施設でお世話になることが決まり、テスタロッサ家から去ってしばらく。
つい先日……というか数ヵ月前に空港で火災に巻き込まれたりもしたがそれは置いておく。今はそれどころじゃない。
再びフェイトが子供を連れ帰ってきた。フェイトがペットを拾うみたいな周期で子供を連れ帰ってくる。しかし、やはりと言うべきかしばらくテスタロッサ家で過ごしてもらうことになるらしい。
「キャ、キャロ・ル・ルシエです」
「噛みそうな名前だ」
「私はアリシア。あっちはナナシだよ、よろしくね」
「名無しなんですか……?」
「何気にそう勘違いされたのは初めてな気がすると心の片隅で思いつつ訂正するとナナシってのが名前なのだ」
「あ、すみません!」
うーん、エリオは初めの頃近寄るなってバリアー張ってたけどキャロはそうでもないらしい。ただ少し落ち着かないのは……ま、他人の家みたいなもんだしそりゃそうか。お持ち帰りのデバイス点検の仕事をしつつ――やっべ、配線繋げるのミスった――仕事をしつつ! キャロと挨拶を済ませた。
「ナナシ、手元大丈夫?」
「ダイジョウブダイジョウブ、まだ何とかなる。ちょっとお偉いさん寄りの人から頼まれたやつだけどセーフ! セーフ!」
「零距離ディバインバスター並みにヤバそうなんだけど」
「うっせ! 俺の不測の事態に対する適応力舐めんな!」
こちとら異世界に跳ばされたあげく記憶も魔力も所持金もなしの頭おかしいイレギュラー状態に適応してんだ。これくらいなんとかしてやらぁ! と言いつつかなり実は必死。うちにやって来たピンクの幼女を気にする暇もない。
「あ、あー……うわっ、おぉー何とかなりそう。この追い詰められるとやれる感じ――駄目人間の香りがするね!」
「割りと必死だからちょっとシャラップ」
「ん、手伝いは?」
「大丈夫」
結論、何とかなった。
それからのキャロという少女との生活の初日はある種エリオと過ごした日々より驚いた。何に驚くってキャロってばかなりのカントリーガールだった。
平日はフェイトは学校や管理局、プレシアも研究所に出るのでアルフを初めとした家に居やすい俺、アリシアが一緒に過ごしてたのだがコンロで驚くってどこ生まれだ。いや、フェイトにはル・ルシエの里って聞いたけど知らんがな。
例えば――
「じゃあ飯作るか」
「オムライスよろしくー」
「私も手伝います! ……火ってどこでおこせばいいんでしょう?」
例えば――
「風呂沸かしてくる」
「よろしくー」
「私も手伝います! ……火ってどこでおこせばいいんでしょう?」
例えば――
「暗くなってきたな、アリシア灯りつけてくれ」
「あいあいー」
「私が灯します! ……火ってどこでおこせばいいんでしょう?」
どんだけ火をつけたいんだ。あと電気の概念どこで迷子になってる? キャロも初日は現代科学に目から鱗を落とす勢いでその便利さに驚いてたけど、俺も魔法の世界は大体発達してるって偏見がぶっ飛んだ。魔法と昔ながらの生活様式という生活圏……というよりも世界はあるらしい。
しかし目を見張るべきはキャロの適応力。
噛みそうな名前のわりに生活にはすぐ噛み合い始めてた、とアリシアに話したら5点と言われた。辛い。
「キャロが来てからちょっと経ったけど魔力とか足したらあんたが勝ててるのがデバイス関係だけになってきてないかい?」
「おう、アルフ止めろ。むしろ魔力は元々大敗だし、家事においてももう横並びしてんだ」
「イコールで私もマズい、保護者とはなんだったのか。あ、フェイトだった」
「あ、皆さんお昼はサンドイッチでいいですか?」
「うん、ありがとう……じゃなくて! キャロは休んでていいから! 家事は私たちがやるから!」
こうしてキャロがあまりにも自然に家事をこなしていくので流されそうになる。このままでは駄目人間になってしまうとアリシアと俺も家事をこなす。元から駄目人間な気もするがそんなことは無視だ。
キャロに任せてて一番大変なのはフェイトが知ったときに怒られる。それはもうプンスカプンスカ怒って、かなり時間がかかる。プレシアみたいに電気は飛んでこないがお説教が長いのだ。
これは完全にプレシアの親バカはフェイトに引き継がれていると確信した。
「まぁ、サンドイッチなら皆で作ればいいんじゃないかい?」
「それだ。じゃあナナシはパンの耳をカットして具材を洗ってそれもカット。パンにマーガリン、マヨネーズ、カラシを塗って具材を挟んでおいてね! キャロのはカラシ抜きで!」
「よしきた、アリシアの具材はワサビと唐辛子、ハバネロでよかったよな?」
「いい要素が何一つない!」
「なら手伝え」
料理を作っててわかった、ぶっちゃけ包丁さばきは元からキャロが一番だ。だって鶏までなら解体できると言われたらなにも言えない。このカントリーガール逞しすぎるだろ。
「デバイスの解体と組み立てなら負けないんだけどねぇ」
「さすがに鶏は組み立てれません……」
「いや、デバイスの解体速度に鶏の解体速度で対抗しないで」
「ふふー、冗談です!」
「ナナシぃ、カントリーガールが逞しすぎるよぉ」
「奇遇だな、同じこと考えてたわ」
完全にインドア系で、いやたまに強制的にアウトドア(模擬戦)になることを除けばだがインドア系で都会っ子よりの俺たち。キャロがたまにぶち込んでくるブラックよりなジョークについていけない不覚……
ま、それから一年ほど経ちキャロは自然保護隊へ入ることが決まった。
「いやー、らしいなぁ」
「このまえ来た手紙によれば自然保護隊で鳥獣調査中だってさ……私たちが行ったらどうなるかな?」
「鳥の餌になって帰ってこれない」
骨すら帰ってこれねぇんじゃないかな。たぶん家に帰れず森に、自然に還るってブラックジョークみたいな事態になる。キャロなら笑いそうだが俺たちは切実すぎて笑えない。
「だね。フェイトー、次どんな子拾ってくるの?」
「期間的にはあと一年ほどしたら連れてくると予想」
「そんなペットを拾うわけじゃないんだから……でも泣いてる子がいたら私はその子が笑顔になれるように頑張るよ?」
「眩しいなー、さっすが私の妹!」
「あの母とこの姉からどうしてこんないい子が生まれたのか甚だ疑問だわ」
「ナナシどういう意味かなー?」
「ほっへひっはんは」
額に怒筋浮かべたアリシアに両方のほっぺを引っ張られつつ思った。プレシアに聞かれてたら死んでたな、と。震える携帯を放置しほっぺの微妙な痛みを無視しそう考えてたのだが、
「ほはっ」
「ぶふぉ!」
――しかしやられっぱなしもなんなので脇腹をつつき反撃した、そんな昼下がりであった。
ここまで読んでくださった方に感謝を。
あと少しで全くもって空白じゃない空白期も終わりそうです。エリオは初め暗そうなイメージで動かしにくかったです。カントリーガールは竜のこと以外逞しそうなイメージで書きました。
ル・ルシエの里は作者のイメージの犠牲になった。