ないない尽くしで転生   作:バンビーノ

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どこかの世界線でもなくただの狂人が語るもしもの話。
この話は一切今までの物語にもこれからの物語にも関与しない嘘の物語。
始まります。


嘘予告編
AnotherSide:再び。


 意識が覚醒して視覚が認識したのは黒一色だった。身体は自由に動く、全身を触っても痛むところはない。ただなにも見えないだけ。

 眼球を動かしている感覚があるので目は無事なはず、だから一切の光源がない暗闇に私がいるってこと。なんでだろうと意識が途絶える前を思い出そうとする。

 

 デバイスの修理依頼を受けて地上本部に向かっていた。その道中になにもないところで躓いて転んじゃったんだっけ、それで……それで? 思い出せないってことはそこでなにかされたせいで、ここにいるってことかな。駄目だ、なんの解決にもならない。

 とにかくここがどこか目処をつけるためにも明かりを灯そう。ミソッカス魔力しかない私でもそれくらいは出来る、はずだった。

 

「あれ、あれっ?」

 

 何度繰り返しても魔力を灯せない。というよりも私のなかのリンカーコアが生み出した魔力が片っ端からほどかれて霧散している。ここにきてようやく焦りが生じ始めた。基礎以下の魔法の行使が困難だなんていくら私でも、ミソッカス魔力な私でもおかしい。つまりは誰かに妨害されてて、その手段はきっとAMF。AAAランク相当の防御魔法だから、かなりの手練れが使っているってこと。

 

 それを私なんかに使う目的は戦闘能力の剥奪なんかじゃないんだろうなぁ。AAAランクの魔法が使えるなら直接私を攻撃した方が早いもん。トイレットペーパーを滝で破るくらい簡単なはずだよ。

 

 でもそれをしない。なら目的はって話になるけど、ここが視覚が無効化されちゃってる空間だから嫌でも想像できてしまう。端的にいって精神的な嫌がらせだろう。よっこらせと立ち上がってみるけど当然なにも見えないから手を前に突き出して前進。10歩くらいで壁らしきものに手がついた。それから壁伝いに歩いてわかったことは個室ってことと、ドアがないこと。一角に段ボールが置かれていて、ものは試しにと中身を出すと匂い的に食料。私をここに長期間置いておくつもりらしい。やっぱり精神的にクるような環境だね。

 

 ドラマならここで音声だけでも流れてきて私に何故拐ったかとか説明してくれるんだろうけど、こんな何もない空間なら第三者の声だって正気を保つ糧になる。だからきっとこのまま、律儀にご飯まで用意されてる。嫌だなぁ、早く助けてほしい。母さん、フェイトにアルフ、他の頼りになる皆を思い浮かべると少し勇気が湧いた。最後に過ったナナシの姿が全部台無しにしたけど、早く来てよー。

 

 

▽▽▽▽

 

 

「アリシアが、拐われた?」

 

 かつてない緊急事態だった。

 

 地上本部に向かったはずなのに来ないと連絡が来て、アリシアに連絡を取ろうとしたら繋がらず、プレシアが仕事を投げ出して捜索依頼を出すも見つからず。

 仕事に関しては真面目にこなすはずなのに勝手に投げ出して、冗談に何処かに姿を眩ますタイプでもない。そんなことは俺もプレシアもわかっているからこそ焦る。苛立ち以上のなにかを隠すつもりもないらしいプレシアが髪を乱雑に掻きむしりながら誰かと連絡を取っている。

 

 誘拐にしても犯行声明がないのが困る。今のところ拐われたらしい、ということしか情報がない。どこでいつどのように居なくなったか全くと言っていいほど足取りが掴めない。街に備えられたどの監視カメラにもアリシアの姿はなく、まるで世界から消え去ってしまったかのように痕跡がない。くそったれな、ないない尽くし。

 

 唐突にプレシアの通信端末が着信を知らせるサウンドを響かせた。自宅子機で連絡を取っているプレシアがこちらを睨む。はいはい、俺が出ればいいんすね。端末を取ろうと手を伸ばしたそのとき、なんの操作もなく空中に投射型の画面が広がった。

 

 画面に写された男の顔を見た瞬間にキモチワルイと思った。プレシアの見開かれた目は次第に鋭さを帯び発した言葉には殺意が乗せられていた。

 

「ジェイル・スカリエッティ……ッ!」

『あぁ、私はジェイル・スカリエッティだよ。プレシア女史に覚えていてもらえるとは光栄だ。おっと通信端末には触れないでくれ。君ならそこから私の位置を割り出して転移魔法を叩き込むだろう』

 

 端末に手を伸ばしていたプレシアが舌打ちをする。画面の男、ジェイル・スカリエッティはニヤニヤと粘ついた笑みを浮かべたままのポーカーフェイス。感情の浮かび上がったポーカーフェイスとはこれ如何に。

 

『ああ、そうだ。娘を生き返らせることに成功したそうじゃないか。これには私も驚いたよ。生物学の観点なら私は君に勝っていると思っていたのだがね。反魂法を成してしまうとは恐れ入ったよ』

「黙りなさい」

『元気に生き返ってよかったじゃないか。慰みものとして生み出した代用品と仲良く暮らしていたようで私も自分のことのように嬉しかったものさ。なにしろその代用品の一部は私の技術を込めたようなものだからね』

「黙りなさいッ!」

『ハハッ、相変わらず君は短気なようだね。今も私をどうにかしようとマルチタスクをフル活用しているようだが……まぁ、反魂法には興味がなくもないが、実は君に用はないんだ』

 

 ジェイル・スカリエッティが視線をプレシアから俺へと移す。非常に珍しいんだけど生理的に受け付けないのだろうか、死ねばいいのに(キモチワルイ)ってレベル。

 

『あぁ、そうだ。プレシア女史は席を外してくれないかい?』

「どうし」

『君ほどの人物が疑問を持たないでくれ。これがお願いでないことくらいわかっているのだろう?』

「──ッ! わかったわ」

『ふむ、感謝するよ』

 

 気をつけなさいと視線で訴えて部屋を出ていくプレシア。あんな要求を飲むってことはジェイル・スカリエッティが容赦ない奴ってことは確定。

 しかし、このタイミングで突然の通信。こいつ犯人だろ。

 

「アリシア返せよ」

『第一声がそれかい。例えアリシア君がいなくなっていたとしても、私が誘拐の犯人と決めつけるのはよくないよ』

「暮らしていたって過去形にしてる時点で誤魔化す気ないくせに今さらとぼけられても。要求を速やかに述べてさっさと捕まってくんない?」

『思ったより言葉に刺があるね。もう少し温厚な性格と思っていたが何故だろうね? 私が受け付けないのかい? それともアリシア君が拐われたからかい?』

 

 両方なんだけどあまり会話もしたくないので閉口。

 

『黙りかい……あぁ要求だったね。なら端的に言ってしまおうか。ナナシ君に今夜、指定の所までひとりで来てほしい』

「はっ?」

『それだけだよ。では月並みながらもこう言っておこう。アリシア君の無事を祈るなら賢明な判断を頼むよ』

 

 何か聞き返す前に通信が切れる。そして通信端末に一通のメール、開けば郊外の住所が書かれていた。

 意図が全く読めない。

 

 部屋に戻ってきたプレシアは黙りこくっているし、ようやく掴んだ情報がこれだ。長くも短くも感じた時間の経過をへてプレシアがポツリと漏らした。

 

「最悪よ、よりにもよってアイツだなんて……」

「どういうことなのか説明をくれって」

「私のなかで史上最悪に匹敵する次元犯罪者、これを見なさい」

 

 投げ渡された端末にはジェイル・スカリエッティについての情報が……ってなんだこれ。スクロールバーが点になるほど小さい。羅列されてるのは確定した犯罪歴から容疑までの全て。内容は敢えてあげるなら生体実験に関わるものが多いか。

 

「性格は我が儘なガキそのもの、興味を持ったことを試さずにはいられない。それでいて、腹立たしいことにずば抜けて頭がいいのよ」

「興味を持ったものに……」

 

 俺が呼び出されたってことは俺に関心を向けられた? 理由がさっぱりわからない。けど、つまり、それは。

 

「アリシアが拐われたのは全部貴方のせい」

「……」

「ってわけでもないわ。一端は担ってるでしょうけどアイツは確かにアリシアを生き返らせたことに興味があると言っていた。

 だからむしろナナシに矛先が逸れたとも言えるわ……ただ、貴方に関心が向く理由の方がわからないのだけれど」

 

 俺への関心があるからこそアリシアへの興味が薄れ手を出されていない状態とも言えるらしい。俺がいたせいで拐われた、けど俺がいたから手は出されていないと。とんだマッチポンプだ。

 

「そっか、いやそれは俺もわからない。俺なんてミソッカス魔力で他には倉庫代わりのスキルしかないわけ、で──あ」

 

 あった。これ以上なく特殊すぎるものがひとつ。知る人間はふたりのはずの情報をどこから知ったのかはわからない。でも好奇心旺盛な賢い子供が興味を向けるには十二分なものがあったじゃん。

 

「『やり直し』だ……」

 

 自分で忘れ去るほど、何年も発生することのなかった能力。それもそのはずだ。なにしろ死なないと発動しないのだから。昔にアリシアに言い返したことがあった、そうホイホイ死んでたまるかって。

 

「そんなものも、あったわね。それならアレは欲しがるでしょう」

「……じゃあ俺は行ってくるわ」

「なにをしにかしら。アレは素直にアリシアを返すような人間じゃないわ。精神構造は文字通り人でなしなのよ」

「じゃあどうしろと……ああ、じゃあプレシアさんに頼みたいことがある。たぶん捕まえれるかもしれない」

 

 無言で先を促される。プレシアの頭脳をもってしてもアリシアの奪還は難しいってことか。いつもなら怒り心頭で飛び出してもおかしくないのに、見た目だけでも冷静さが残っているだけでもジェイル・スカリエッティへの警戒心が伺える。

 そんなプレシアに一言。

 

「俺ごと撃ってくれ」

「任せなさい」

 

 説明も聞かず即答ってどうよ?

 

 

▽▽▽▽

 

 

 郊外のさらに外れ、森林へと差し掛かる境界。

 そこへと呼び出されたのでひとりでやって来た。今のところ誰もおらず気配もない。一応、デイブレイカーは所持しているものの気休めよりも下、本当にお守り程度の役目しか果たさないこと間違いなし。もしも交渉なく瞬時に戦闘に移行したとき、一瞬だけ凌げるようにもってきただけ。

 

 そう、どうあれ一瞬だけ時間を稼げばいい。そうすればプレシアが次元跳躍攻撃、サンダーレイジO.D.Jで敵を一掃する手筈になっている。もちろん俺ごとだ。所詮魔力ダメージだから死なないからと俺が提案した。少し早まったような気もするけど死なないし大丈夫だよな!

 

 それから相手が現れたかどうやって知らせるかなど話し合った。常に魔力や電波が出ていれば感づかれる可能性が高い。だからワンプッシュで一回きりのコールがプレシアへと伝わる簡易ボタンをポケットへ忍ばせることに落ち着いた。

 無意識にポケットのうえから触れて確認してしまうが、間違って押してしまったら洒落にならないので直ぐさま手を離す。俺だけサンダーレイジで焼かれても仕方ない。仲良く丸焦げになったあとにアリシアの居場所を吐かせないといけないからな。

 

「っと、さすがに緊張してきた」

 

 ここを乗り切ればあとは居場所の特定をして、なのはやフェイトに任せればちゃちゃっと解決してくれるはず。俺はちょっとプレシアから雷撃を貰うだけなんだから緊張しても仕方ないというのに困った。

 雷撃を貰うだけって時点でだいぶんおかしいけど。まぁ元からパーな頭なので多少のショックでどうにかなることもないはず。アリシアに愚痴ってそれで終わろう。

 

 待ち合わせの時間まであと5分ほど、誰の姿も影もない。5分前行動って習わなかったのだろうか? 俺やアリシアですら納期5分前には納入してるって言うのになぁ。その5分前行動は遅すぎるのではないかとリインに言われたけど期限内なのでセーフセーフ。

 今回は完全に仕事ほったらかした形になるから地上本部の部隊には謝りにいかないとなぁ。はやてがどこかの部隊長と知り合いだったかもしれない、ちょっとくらい口添えもらえないものか。

 

 なんて考えている間に約束の時刻も近い。時間を確認しようと視線を下げ。

 

「──ゴプッ」

 

 胸元から大きな刃が生えていた。ズルリと俺の血液を潤滑剤として引き抜かれると血潮が噴き出した。間もなく命が尽きるのがわかってしまうこの感覚。抗うには遅すぎる今際の際。

 

「ごめんなさいねぇ。名・無・し・の僕ぅ?」

「おぼっ……な、ん」

 

 誰になにをされたのか、わからない。せめてプレシアに知らせるため、ポケットへ手を伸ばそうとして気づく。腕が切り落とされた。せめて相手だけでも視認しようとして気づく。首を落とされた。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 目前には生理的に受け付けない顔が画面越しにあった。室内にプレシアは既に居らず、ジェイル・スカリエッティと視線が合う。

 このまま天寿を全うする予定だったにも関わらず再体験してしまった『やり直し』に込み上げてくるものを飲み込む。それにあんな生々しい死は初めてだったことも精神的疲労に拍車を駆けてくるけどやっぱり飲み込む。ジェイル・スカリエッティはニヤニヤとし続けている。俺の言葉を待っているというよりは……挙動を観察されている?

 

『突然蒼白な顔になったがどうしたんだい? ()()()()()()()()()()()()()

「アリシアはどこだ」

『無視とは悲しいね。しかしアリシア君の居場所なら条件次第で教えようじゃないか』

 

 見るものを不快にする嗤った能面を張りつけたかのような表情。わかりやすくまとめるとゴキブリ100倍濃縮の存在。それが楽しそうにしているだけで憎たらしい。坊主憎けりゃじゃないけどたぶんコイツに殺されたのでそりゃもう激おこでも仕方なかろう。

 

『まぁ、もっとも君は私がどんな交換条件を出すか、その結果君がどうなるかまで知ってるのかもしれないのだが』

「俺に未来視みたいなカッコいい力はないぞ。倉庫代わりのレアスキルだけだから」

『とぼけるならもう少し瞳の震えを押さえることをお勧めするよ』

 

 瞳の震えとかどないしろというのか、グラサンでもしてやろうか。

 

『君は奇跡に等しい力が、呪いにも等しい力があるのだろう? 私はそれを知っているし、今夜君を殺す予定だった……ふむ、その反応を見るに一度殺されて帰ってきたようだね』

「そんな」

『とぼけるならアリシア君をバラしてみよう。私とて反魂法に興味がないわけではないのだからね。

ただ今はそんなものより君の力が気になっているだけのことだ。それに君がどういう行動を取るかも気になるからね』

「俺にはそういう力がある!」

『速答とはありがたいね。君に対してのアリシア君の人質としての価値も確認できた』

 

 性格が歪みすぎてないだろうか。もういずれバレることだしここは開き直ってやろう。あと絶対牢屋に入る前に殴ってやる。

 

『ではまた君には会いに来てもらおうか。安心してほしい。今度は出会い頭に殺しはしないとも』

「……わかった」

『ただし今回はプレシア女史との会話はなしでお願いするよ』

「どういうことだよ」

『彼女は賢いからね。落ち着きを取り戻した彼女と相談されると少しばかり厄介なのだよ。

 そのまま窓からでも出てくれればいい。なに、足に擦過傷が出来るくらいだ』

 

 そっと窓を開けて飛び出す。通信端末は持ったまま、メールで指示されるがままに駆ける。指示された場所に自分の好きなように来いという単純な命令。街から離れていくのは前回と同じ。ただ最短距離を選んで走る。

 デイブレイカーをセットアップして、なけなしの魔力で速力付与を行うも雀の涙、こんなことなら鍛えとけばよかったと思う。後悔先に立たずとはよく言ったもんだよ。

 

 体力と魔力の減りを自覚しながら目的の建物まであと半分というところで立ち塞がる影がひとつ。紫のショートカットの女が仁王立ちで道を塞いでいる。

 

「ジェイル・スカリエッティが作品、ナンバーズ3番。トーレだ。一応尋ねるが私は何人目だ……その反応から察するに私が初めてのようだな」

 

 ジェイル・スカリエッティという単語に足を止め、切れた息を整えながらトーレと名乗る女の話に耳を傾ける。しかし全身タイツみたいな格好してるのは痴女なのだろうか、もしくはアレの趣味なのか。どちらにしても変態なので大差ないけど。

 

「……でなにか用? 言われた場所まではまだ割りとあるんだけど」

「フッ、簡単なことだ。私はおまえの邪魔をしに来た。ここを通りたくば私を倒すことだ」

「ふっざけんなよ……なにが今度は出会い頭に殺さないだ」

「挨拶をしたのだからその約束は果たされただろう。そら、構えるくらいは待ってや」

「クイックバスタァァァ!」

《QuickBuster》

 

 発言の末尾を待つことなくデイブレイカーを向けてクイックバスター。砲撃の光に飲まれたトーレの姿は掻き消える。砲撃が当たった訳じゃない。比喩なく視界から、消え、いや距離を詰められて──側面から腹部への衝撃に身体が横に“く”の字に折れ曲がる。

 地面をバウンドしながら転がり飛ばされ、剥き出しの岩に打ち付けられてようやく止まる。視界が赤く染まっている。全身が痛くてどこが痛くないのかわからない。デイブレイカーを握れているのかわからない。自動障壁が機能してなかった理由もわからない。わからない。わからない。

 

 ──バンッ! と大きな水風船が割れたような音が耳に届いた。違う、割れたのは俺の腹だった。トーレの脚が引き抜かれるのと同じくして腹から温かなナニかが溢れ落ちていく。ドロリと命が漏れ出していることだけがわかる。あぁこれは死ぬな。というか腹をぶち抜くキックとかメガトンキックかっての……いてぇ。

 

「この程度か」

 

 最期に聞こえた言葉がやけに耳障りだった。




ここまで読んでくださった方に感謝を。
前書きの通りです。嘘予告の台詞を削ってオミットしまくって組み立てた2万文字程度、基本駆け足の全三話のお話です。お付き合いいただける方は明後日までよしなに。

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