「…………」
「悪かった、十四。僕も悪いとは思っている」
「…………」
「だから無言で泣くな。いつまでも泣いていてもしょうがないだろう」
「…………」
「仕方ないだろう、緊急を要する仕事なんだ。フェイトとはやては事前に休暇が認められているし、ヴォルケンリッターも別件だ。残っているのはお前しかいない」
「…………」
「大体、なのはの見舞いなら毎日行っているだろう。一日くらい休んでもバチは当たらない」
「…………」
「代わりにフェイトたちが行ってくれている。だったらなのはも寂しくないじゃないか」
「…………っ!」
「わっ、バカ、叩いてくるな!子供か本当に!」
時空管理局の次元航行艦アースラ。そのブリーフィングルームにて。
加添十四とクロノ・ハラオウン……弟子と師匠、部下と上司、そして親友同士で共犯者。
またある時は、このように……泣いている弟を宥める兄みたいな姿を見せている。
このアースラに来てからずっと、十四はへそを曲げたままだった。
本日、予定していたなのはの見舞い。フェイトたちと共に五人で行くはずだったのが、今こうして無言で泣きながらクロノに猛抗議している。
「こーら、十四くん。あんまりクロノくん苛めちゃだめだよー」
ポカポカと殴って暴れる十四を抱え上げて、クロノから離したのはエイミィ・リミエッタだ。
弟子思いのクロノが断腸の思いで彼をここに呼んだのを、彼女はわかっている。彼女は頭の固い相棒の、最高の理解者である。
むせび泣いている十四は目も充血し、顔もしわくちゃで真っ赤になっている。気に入っていたおもちゃを壊された……例えるならそういう表現である。
11、という年齢が嘘に見えてしまう幼さだ。というのも周りの彼女たちが大人過ぎているから、これが平均的な少年としての姿なのだろう。
「許してくれとは言わない。だが、この通りだ」
手を合わせて、頭を下げる。
クロノとて、悪いと思っている。十四がこの日に予定が入っていたのは、彼も重々知っていたのだ。
だが、それを許さないのは立場と現実。クロノは執務官、十四は犯罪者上がりの無償奉仕の労働者。現実はいつだって悪い方向に転がっていく。
十四は、元犯罪者という断れない立場にいる。フェイトやはやても似たような境遇であるが、十四の場合は指折りの問題児である。
管理局体制の崩壊すらも可能に出来る、災厄の部類に入る固有技能を持つ少年。その力を、誰彼構わず与えることを可能とし、それをやろうかとさえ声明に出したのだ。
管理局の上層部にまで轟く十四の悪名と脅威は、たとえ大幅に力が削がれたとしても消えることはない。
今でもまだ、加添十四抹殺論が蔓延っている現状である。
「…………頭上げろよ、クロノ。みっともない」
「……」
「やってやるよ馬鹿野郎。泣いて感謝しやがれ」
そっぽ向いて、生意気な口調ながらも仕事を受ける。
師のそんな格好を見てまで、わがままを通す気にはなれない。ここまでされたら、自分が悪いように見えてしまうではないか。
「ほほー、そんな口を聞いてもいいのかな、十四くーん」
「い゛だい゛だい゛だい゛ッッ!!やめ、エイミィ、やーめーてぇえっ!!」
こめかみを拳でグリグリされる。ウメボシ……それをくらって名前の通りに、酸っぱいものを食べたように顔をしかめた。
どうも、締まらない。これから修羅場へと切り込む空気ではない。
しかし、これが自分たちらしい……そう、クロノは思うのだった。
「……管理世界内での質量兵器の密輸取引現場の制圧……シケた内容だな」
「仕事の内容に貴賤はない。なんならこの艦のトイレ掃除に変えるか?」
「オーケー、了解。俺好みの任務だよ」
クロノより渡された仕事内容の書類。今ここに十四がいる元凶そのものである。
反管理局組織と犯罪組織が今日、質量兵器の大規模な取引を行おうとしていると情報を得た。それを制圧しろというのが任務内容である。
このやり場のない怒りは、このクソッタレ共に叩き付ける。正しいストレスの解消法だ。
「この作戦の参加人数は?」
「トップに加添十四、バックアップにクロノ・ハラオウン、後方のナビゲーションにエイミィ・リミエッタ。以上」
「想定される敵の数」
「不明」
「内、魔導師の数。およびそのランクの程度は」
「不明」
「…………なるほど、まさに俺向きの仕事だ」
自分に向いた仕事……十四はこの仕事が、管理局の上層部の一部が自分を潰すためにあてがった物だとすぐに考えが至る。
余りにも情報量が不足しすぎている。さらに言えば、この規模の作戦に他の武装隊の協力がないこと事態が怪しすぎる。
……恐らく、取引している質量兵器も管理局が押収した横流し品。そして、取引をしようとしているこの両組織も、管理局の上層部とパイプが繋がっているに違いない。
「こんな内容、あいつらに任せられねぇからな。俺にぴったりだ」
彼は笑う。大いに笑う。これほど自分に適したものはないと大いに喜ぶ。
わざわざ老人たちが、こんな芝居をあつらえてまでたった一人の子供を殺すために躍起になっている。これが滑稽に見えて笑えてくる。道化が自分を笑わせるために踊ってくれている。これに感謝しないわけにはいかないだろう。
「十四、こんな無理を言っている内容だ。魔力量もリミッターなしで良いと許可を下ろさせた」
魔力リミッターなし。つまり、完全封印状態から魔力のみ妖精事件当時の状態へと戻ることが許可された。
とはいえ、十四の内にある四基のリンカーコアの十四本人しか完全開放はされず、ブラウニーも使用は不可能。最盛期とはほど遠い力にある。
それでも、なのはやフェイトたちに迫る才覚があるのは間違いない。魔導師ランクに換算すれば、空戦AAA-は確実視される。
「やけにあっさり下りたな。今回は様子見なのか、もしくは……」
「僕ら穏健派が粘ったよ。局の膿を追い出すのにも君は一役買っているわけだ」
「利用されているのはわかっていたが、抜け目ねぇなー」
加添十四抹殺を目論む上層部過激派の中にいる、犯罪組織と繋がっている人間をあぶりだすために彼は利用された。
時空管理局という組織は巨大である。そして巨大な組織は、一枚岩であることは決してない。
同じ組織の中で、排斥するものされるもの。足を引っ張り引っ張られ、蹴落とし蹴落とされるのが日常茶飯事である。
大人の世界は怖い怖い。やだやだと呆れながら、子供である十四はうんざりさせられていた。
「やだなー、大人なんかにはなりたくないなー」
「……それはきっと、大人はみんなそう思っているさ」
──なりたくて、なったのではない。大人は皆そう思っている。
「いつだって子供でいられない。時間は止められはしないんだ」
「そう、なのかな……」
十四は想像してみる。大人になった自分を。背が高くなり、心が成熟し、……そして、世の中というものに縛られた自分を。
世間体、立場、お金……それらが大切なものというのは、子供である十四もわかっている。
しかしそれは、今自分が抱いている大切な情熱を奪い去ってしまうほどのものなのだろうか。
──なのはのことを、どうでもよくなってしまえるものなのだろうか……?
「俺は嫌だな。自分の中の大切を忘れるくらいなら、一生子供でいてやる」
十四は想像しただけで腹が立つ。今自分の持っている大切を捨ててしまって大人になるくらいなら、抱えたまま子供でいてやる。
幸い、肉体はいくらでも若返ることができる。自分らしさを貫くことを決意する。
「お前はそれで、いいんんじゃないか」
若くて幼くて、それゆえ真っ直ぐだ。しかし、今はそれでいい。
遠い先のことを、今決めても仕方ない。焦って決めても、時間が余ってしまうだけである。
先のことは先で決めればいい。今はゆっくり、考えればいい。
それが加添十四があの事件を経て得た教訓であり、今を生きるための生き方である。