────時は過ぎ去って……高町なのはが撃墜され、二代目祝福の風が誕生して、幾月経った頃。加添十四が魔法と出逢い、過ごしてきた日月があと数日で一年経つという時期に。
具体的に言えば、桜の花が雨に降られて散っていく──そんな頃に。
私立聖祥大学付属小の最終学年に進学した加添十四は、管理局内で自身を排斥・抹殺しようとしていた勢力をクロノ、ユーノ、ヴェロッサの協力で逆に社会的に抹殺し、反感を買ったら危険と強く印象付けさせて、自身とその周りの安全性を高めることに成功していた。
結果、十四の力を縛っていた魔力リミッターは
レアスキルがなくとも、元々十四はなのはたちに匹敵する才を秘めていた。その時点で十二分の能力を有しており、『
「……
管理局内の、加添十四抹殺論者の排斥。それが、クロノの言う第一段階である。
加添十四の価値……正確にはその力は、計り知れない価値が秘められている。そしてそれを狙う者は、管理局内よりも外部の人間の方が圧倒的な数を誇っている。
腐っても、治安維持を目的とした組織である管理局の内部には、十四の力を狙う者はいたがそれほど多い数ではなかった。むしろ、ここから本腰を入れなければならない。
外部から狙う者たちと戦うのなら、足場をしっかりしなければまともに抵抗できない。早急に管理局の巣食う外敵を排除しなければならなかった。
「ここからは、本物の外道共が相手か」
「君が大々的に声を広げなければここまで大事にならずに済んだが……まあ、徹底的にやらなければリスクを高めるだけだっただろうな」
「十四の能力を譲渡するって声明は、いわゆる馬鹿発見器だからね。一番厄介なのは息を潜めてる連中だから」
「逆を言ってしまえば、馬脚を見せた連中は見せしめとして吊し上ればいい」
欲望を表に見せたヤツらには遠慮はいらない。徹底的に叩きのめすと、この男四人は誓っている。
全ては、身近にある大切を守るために。クロノも十四も、ユーノもヴェロッサも共通の目的の下に行動している。
「というわけだ。第二段階に入って十四のランクも元に戻った。これからは十四も前線に積極的に入ってもらう」
「異論はない。そうしてくれ」
そうするために取り戻した力。身に過ぎたオモチャと思っても、使わなければ何も出来ない。無力で嘆くよりずっとマシだと彼は思う。
十四がクロノの言葉に同意すると応じるように、懐から女神の横顔が意匠されたレリーフが刻まれたバッジを渡した。
「これは?」
「お前のデバイスだ」
「いや、いらねぇよ」
十四は渡されたソレをクロノに突っ返した。魔法を知って一年弱、魔法を使ってきてデバイスを必要としたことは彼はない。
十四ほどの処理能力を有していれば、外部の処理装置は逆に邪魔になってしまう。なのはたちのように、心より信頼の置ける相棒ではなく、十四にしてみればデバイスとはあくまで物以上の価値は見いだせない。
魔導師は、デバイスを失ってしまえばただの人。もちろん、デバイスなしでの魔法運用は可能ではあるが、本格的な運用──魔法戦闘など──はデバイスとの併用行使でなければ通常は不可能である。
例外として、ユーノや十四など優れた高速処理能力の持ち主はデバイス抜きでも戦闘行動は出来る。
「いや、持っておけ」
「……邪魔になるもの持ってどうすんだ」
「邪魔になるなら捨ててもらってもいいさ。だが、試してもいないのに返されたら困るがな」
返したデバイスをまた渡された十四は、待機形態のバッジをよくよく見てみる。
バッジの裏はよくあるピンバッジのような針やその蓋はなく、何もついていない。管理世界ではよくある、魔力を流すと付着するタイプの物だ。淵には『4 T.Kazoe』とミッドチルダ言語で文字が刻まれている。
バッジの形は円形。五百円玉ほどの大きさに女神の横顔が刻まれているため、裏側を見ていなかったらコインと間違えるかもしれない。
刻まれた女神のモデルが誰なのかは十四はわからない。ミッド、もしくはベルカで名高い人物なのだろうと、勝手に思い込んだ。
「……製作者は?」
「マリエル・アテンザ技官だ。知ってるだろ?レイジングハートやバルディッシュにカートリッジシステムを組み込んだ人だ」
「対応術式は?」
「無論、ミッドチルダ式だ。必要なら近代ベルカ式も対応可能だ」
「AI、カートリッジシステムとかは?」
「搭載していない。人工知能どころか声もない……なんだ、いるのか」
「まさか、とことん俺好みだ」
クロノから詳しい性能を聞いた十四は、このデバイスがまさに自分のために用意されたものなのだと実感する。
無駄を徹底的に省いた、デバイスに必要なものを最小限にまとめ上げた代物。AI?カートリッジシステム?特殊機能?余計だ無駄だ贅肉だと言わんばかりに削ぎ落とされている。
そして官給用のデバイスを遥かに上回るオーバースペック。AIなどを搭載していただろう余地を埋めるかの如く、その術式処理能力は高性能であるはずのレイジングハートを寄せ付けない域にある。
言うなれば、一つの機能にのみに絞られた物。斬るという目的のためだけに作られた刀のように、たった一つの目的を果たすために生まれた超際物デバイス。
……普通なら、こんな汎用性の欠片も存在しないじゃじゃ馬デバイスは誰も扱いきれないだろう。
「……で、こんな物を渡すんだから……試す機会はあるんだろ?」
「勿論だ。お前に相応しい相手を用意してある」
「そりゃ楽しみだ」
──そんなどこかの閑古鳥が鳴く喫茶店にて。
男四人が卓を囲んでいるボックス席のテーブルにはそれぞれコーヒーと茶が置いてあり、男同士でつまらない会話をする休日の午前中──。
その日の午後。管理局の本局の演習施設に十四は立つ。
設定を入力することによって演習場の環境を変えることができるが、今回の場合は真っ新なプレーンフィールド……一切の障害物をなくし、外壁に結界だけ張られただけのシンプルな訓練場。さほど広いわけではないが、対空、対地、地対空、空対地戦も可能な程度には余裕のある空間である。
十四を相手取れる者、という時点でかなり限定されている。管理局に属して空戦AAAランク以上の超エース級魔導師になれば、いつだって多忙の身である。
「やっぱり、相手はお前らか」
となれば、予定を把握しやすい身内の者に限られる。そして、十四が得意とする戦闘スタイル――近接格闘寄りのオールラウンダー――を十全に発揮できる相手は、同じように近接戦闘においてのプロフェッショナルでなければならない。
対峙しているのは、黒衣のバリアジャケットに黒い戦斧を携えたフェイトと、騎士甲冑に身を包んで烈火の剣を腰に差したシグナムの両名。
新しい武装の試金石にはこれ以上ない相手。共に十四の同格以上の実力者を二人同時で相手に、どこまで食らいつけるか……。
「デバイスを貰ったんだよね、十四」
「一応、な。捨てるか使い続けるかはこれで決めるがな」
いつものジャージの襟につけてあるバッジ型デバイス……名前も未だ付けられずにいるソレは、この模擬戦で価値が試される。
使えなければ捨てる。要らないものは持たない主義の十四には、デバイスは余計な物という先入観がある。
逆に自らのデバイスに深い思い入れのあるフェイトには、物扱いする十四の考えは理解できない。
「では、どちらから始める?」
「どっち?寝ぼけてんのか、シグナム」
「……良い度胸だ。私たちを同時に相手取る気か」
鞘から彼女の愛剣──魔剣レヴァンティンを抜き、シグナムは増長漫甚だしい十四を叩き潰すという名目を得て、闘志を沸かせる。
彼女たちほどの実力者二人を同時に戦う……それがどれだけ容易でないかくらい、十四本人にもわかっている。
ブラウニーを使えるのであれば力任せで圧倒するのは簡単である。しかし今はリミッターが解放された程度であり、レアスキルは封印されたまま。単純なゴリ押しで戦えるほど優しい相手ではないのも確か。
本来なら彼女たちに勝つ策として真っ先に挙げられる戦術の一つ、
さらに、今回は
近接戦において、剣の達人の域に至っているシグナムを相手にするのは迂遠な自殺行為と言える。同じく、高機動戦をフェイトに持ち込まされて遠・中・近距離と自在に援護に回られたらその時点で十四は詰みである。
(とはいうものの、負けたくもない)
勝ち負けは重要ではない。あくまで、デバイスのテストが目的なのは変わらない。
しかし、十四の負けず嫌いの性格上、負けることを良しとしない。負けの美学などというものは、十四の中には存在しない。
十四は策を練る。目的を果たし、勝負にも勝つ戦術を。
対多数戦においては、敵戦力をどれだけ効率よく削ることが肝要になる。
……初っ端から全開で一方を沈めて、それから一対一に持ち込む──否、拮抗した実力者を相手に上手く事が運ぶなどあり得ない。
……結界魔法で両者を分断し、一人ずつ沈めていく──それこそ否、でなければ最初から二人がかりを相手にするなどとは吐いたりはしない。
(……やめた)
考えることを止める。もう対峙してしまった。今更どうこうしても遅い。
やることは簡単だ。この五体で、魔法で叩き潰す。やることは何も変わらない。
倒れなかったら負けではない。なら、立ちつづければいい。ブラウニーが使えようとも使えなかろうとも、この一点は何も変わらない。
加添十四は、今までもずっとそうしてきたのだ。
「
襟のバッジを外し、コインのように指で弾く。
バリアジャケットの展開……青基調のパーカーが纏われ、ズボンも同じように青基調で白い炎模様が描かれた物へと変わり、ベルト代わりに白帯が締められてる。
両手、両足には黒いバンテージが巻かれる。素手こそが最大の武装となる空手家の十四には、これ以上のない武装である。
宙に舞ったバッジが落ちてきて、再び十四の手中に戻る。
手のひらに乗ったバッジは、光の粒子となって消えていった。
「……悪くない」
思ったより、自然。想像以上に、馴染む。
デバイスを使った気がまったくしない……いつものように魔法を使った感じ。余計な物が入り混じっていない、ありのまま……。
完全な外部処理装置。足を引っ張らない、ただそこにあるだけの
「一発逆転の必殺武器なんざ要らない。信じられるのは、いつだって俺の力だけだ」
戦うのは、いつだって自分だ。戦うときは、いつだって一人だ。
十四はそれを知っている。戦いとは孤独なものなのだと。
「来いよ。先手は譲ってやる」
「不服そうだな、マリエル技官」
午前中まで一緒にいたユーノとヴェロッサは各々の職務に戻り、クロノは別室で彼らの模擬戦闘の様子をモニタリングをしていた。
クロノの隣にいる不機嫌そうな顔をしている白衣を着た女性、マリエル・アテンザは納得のいかないという心持だった。
「……アレ、
「完成品と判断するのは現場の判断さ。性能は折り紙付なんだろ?」
「メカニックとしての!プライドとして!未完成の物を渡すのが我慢ならないんです!」
憤る彼女。十四の使用している名も無きデバイスの作成者はマリーで、未完成品を受領させたのがプライドを刺激させた。
「未完成とはいうが、もう実戦使用には耐えられるのだろう?」
「そうですけど……本当はカートリッジシステム付のインテリジェントデバイスにするつもりだったんですけど……」
どうしてああなったと彼女は落胆する。
十四のデバイスの作成は、マリーがクロノから依頼されたものであり、腕によりをかけて最高の物を作り上げようとしていた。
魔法の才に恵まれた寵児たち……高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやてに並ぶ、スーパールーキー。様々な意味で若年ながら話題に事欠かない加添十四に相応しいデバイスを制作していた。
デバイスとは、人によって関係が変わる。時には友人、時には相棒、時には主従……人によって、色々な形の付き合い方が存在している。
「十四は完全にデバイスを物以上の価値は見出さないからな」
「だったら私に頼らず官給品の物を渡せば良かったじゃないですか」
尤もな意見。デバイスを必要としているだけならオーダーメイドの一品物ではなく、大量生産品の官給用のストレージデバイスを使えばいい。
……しかし、クロノがそうしなかったわけがなかった。
「……一度だけな、事件を起こす前にアイツにデバイスを使わせたことがあるんだ。その官給品の物で」
「事件というと、妖精事件ですか」
「僕が魔法を教えていた時に、一環としてデバイスの使用法も教えてたんだが、一日で取りやめになった」
「原因は?」
「その日だけで武装隊の一部隊分のデバイスが壊されたんだ、十四に」
「……はい?ああ、魔力の流し過ぎでデバイスが耐えられなかったってことですか。その時は十四くんも魔法は覚えたてだったからコントロールも覚束なかったってことですね」
大きな魔力にデバイスが耐えきれなくなる、ということは高位魔力ランクの魔導師によくあることだ。そういった場合はデバイスそのものを強化したり、術者本人が加減をしたりと対策をしている。なのはたちのレベルになると専用デバイスが必要になるほどであり、より高性能のデバイスが求められている。
現に夜天の書の主であるはやてに関しては、杖型の魔法発動媒体であるシュベルトクロイツを幾度か壊しており、その都度改良が加えられている。
「……そうだったらどれだけ楽だったか」
「違うんですか?」
「デバイスの処理が十四の魔法行使の処理に追いつかなかったのさ。それに追いつこうとして限界を超えたオーバークロックした結果、オーバーヒートして故障というわけだ」
クロノの十四とデバイスにまつわる昔話を聞き、口を呆然と開けたままのマリー。
十四の天賦の才は生まれついた魔力ではなく、怪物じみた高速処理能力。並みのデバイスなら楽に置き去りにする超人的な術式処理は、生身の状態でもデバイスを持った同ランクの魔導師と同等以上の力を発揮するだろう。
この力についてクロノは、ブラウニーを運用する時点でそれほどの力が要求されることは予想していた。ブラウニーを使っていき、ブラウニーを完全に体得した時点で、十四の内にその力が備わっていたと考えた。
「十四くんにしてみれば、デバイスは枷でしかなかった……。ということですか?」
「そういうことになるな。だからこそ、その認識は改めなければ困る。肉体に処理能力を依存するなら、その時々のコンディションで左右されてしまうからな」
あえて言うのならば。レアスキルである『
ブラウニーが封印されている状態でなければ、その問題は解決されていた。いつも最善最高のコンディションで戦闘に臨め、負傷しようとも即座に戻せる。
しかしブラウニーがない今。デバイスを必要としていないと言い張った十四こそが、誰よりもデバイスが必須な状況に置かれている。十四の力を殺さず、本来の力を発揮するためのデバイスはオーダーメイドの高性能品でなければならない。
「けどせめてAIくらいは搭載させて欲しかったなぁー」
「インテリジェントタイプはどうしてもストレージタイプと比べて反応が鈍くなる。無駄を一切省いたのは、少しでも速さを求めた故だ」
「けどこう、心情的に……。そう、最高級の素材を集めて作り上げたのが結果ねこまんまになるような……そんな気分です」
「技術者側から見たらそうなんだろうが……僕個人としては、ああいうデバイスを使いこなせるというのはある種のステータスなんだがな」
マリーはそれを未完成の欠陥品と断じる。ただの一点特化デバイスなら理解はある。魔導師それぞれにタイプが存在しているように、デバイスも各々に合ったタイプの傾向の物が求められているからである。
十四の使うデバイスは、高速処理一点特化の超じゃじゃ馬機。並みの魔導師では扱いきれない代物である。言うなれば、直進の最高速度を叩きだすためのドラッグマシンのように曲がることができない、融通が利かない仕様なのである。普通のデバイスが乗用車と例えるなら、一級品のパーツを揃えられても欠陥品と蔑まされても不思議ではない。
しかしクロノにしてみれば、そこまで特化された物にロマンを感じていた。一点の機能に極まった代物は、とても美しい姿形をしている。無駄を嫌う十四にとっては、うってつけのデバイスだった。
それを扱いこなせるのもまた、生身で高級デバイスと同等クラスの演算能力を持つ十四しかいなかった。
「……使いこなせますかね」
「できるさ。十四はアレ以外は使おうと思わないだろうし、アレを使うための適正は凄まじく恵まれている」
一点特化型超高性能デバイスを扱う前提条件が、本人も凄まじいほどの能力を兼ね備えていなければならない、という欠陥機。
だからこそ、何もかもが足りている十四には……何もかもが足りていなくともたった一つだけでも他の追随を許さない力を持つコレが、いたく気に入ったのだ。
魔法の適正的に、何にでもなれる十四の才能ではあるが、特化された方向の技能を持つ者たちには、得意分野で勝ることは難しい。なのはには射撃・砲撃技能、フェイトには高速機動、はやてには広域殲滅、ユーノには並行処理と結界、ヴォルケンリッターの騎士たちには近接戦では一歩劣る。
魔導師として理想的過ぎるバランスに恵まれた十四には、ブラウニー以外の決定的な武器が欠けていた。知略の高さだけでは、同等以上の実力者と渡り合うには不足だった。
「今頃驚いてるだろうな。使ってるソレがどんな跳ね馬なのかをな」
それくらい尖った跳ね馬でなければ、十四の本当の才は表に出てこない。クロノは、それを十四に自覚させるために今まで必要としていなかったデバイスを贈った。
場合によってはブラウニーすら凌駕しかねない、陰で研磨され続けられた十四の武器を現せさせる。
──デバイスとは、ただ単に魔導師の杖というわけではない。
魔導師本人すら気づかない内なる力を引出し、制御し、術者本人のモノにさせることこそが──。
「これで少しは認識を変えてくれると嬉しいんだがな」
────デバイスという物の、真価であるのだから。