愛されたがりの妖精王   作:Soul Pride

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昔語、負けず嫌いは今日も笑う

 加添十四は、とてつもない負けず嫌いである。

 この事実は彼を知る者なら誰でも知っていることであり、彼を構成する性格の重要な要素である。 

 誰かに負ける、ということを彼は非常に我慢ならない。相手が誰であろうと、何であろうと負けない(・・・・)ことに拘る性質だ。

 特別勝つことが好きなわけではない。無論、人並み程度で勝つと嬉しいと思うのは当たり前であるが。

 誰かより劣っているのはいい。

 自分より優れているのはいい。

 ただ、負けたくない。

 負けることを、許したくない。

 優劣ではなく、勝敗。較べ合いをしたとき、負けることが我慢ならなかった。

 加添十四という少年は、それに対しては並々ならぬ執着を持っていた。

 

 誰かに負けないということは、容易なことではない。

 負けないということは、結果的には勝つことを言う。較べ合いは結局のところ勝敗を決めることであり、負けたくなければ勝つしかないのである。白黒付けるものに、引き分けというケースは非常に珍しいことである故に。

 負けないための努力を、十四は欠かさない。負けたくないから、ただそれだけの理由で努力を重ねる。

 苦手というものを作らなかった。出来ない事は完璧に出来るまで繰り返した。一度でも負けたことがある物なら、次で勝てるまで練習を重ねた。

 それだけの執念。それだけの妄念。あらゆることで負けたくない、というモチベーションを維持するのにも普通は限界があるはずであった。

 負けること自体が苦痛。十四にとっては毒を飲むような苦しみ。そうであるのなら、勝負そのものから逃げることが普通であるはず。戦うこと自体に、嫌気が差すのが普通の人だ。

 ……しかし十四はそれ以上に、誰かとの較べ合いを求めていた。

 戦うことを、競うことを、十四は負けるかもしれないという恐怖よりずっと大好きであった。

 

 そんな彼の性格の起源(ルーツ)は、彼の兄にあった。

 加添(かぞえ)百一(いわい)。四つ年の離れた十四の兄は、いつだって彼の壁でありつづけた。

 兄弟仲は決して悪くはなかったが……百一という少年は十四を上回っており、勝負事においては敗北したことがなかった。

 勉強、スポーツ、果てには喧嘩。些細な事ならじゃんけんですら。何をやっても、勝てた試しがなかった。

 年上、というハンデは十四には関係なかった。百一は本当に、何事においても負けなかったのだ。

 それ故、加添十四にとっての絶対の壁にして、打倒すべき目標。そして心の底から誇れる憧れだった。

 

 今の生活になっても、十四が未だに百一を目標としてることは変わらない。

 もう、永遠に超えられない壁。事件を経て生まれ変わったと自認している今であっても、百一が十四に大きい影響を与え続けていることは事実である。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 朱瀬市の霊園――加添家の墓に線香を供え、手を合わせる。

 墓碑に名前を刻まれていない少年は、線香の臭いは好きではない。家族を喪った日から、あまり嗅ぎたくなるようなものではなくなっていた。

 今日は、一周忌。あの雨の日から一年が過ぎ去った。

 長いと感じたのか、短いと思ったのか……十四にとってはどちらでもあったと言えた。

 墓前には黒い喪服姿の十四に、同じように黒で統一した服装をし、リハビリ中で前腕固定杖を突いたなのはと、フェイト、はやて、アリサ、すずかといった彼の友人たちと、引率の代表者として高町夫妻が、同じように墓前に向かって手を合わせている。

 あの日、加添十四は全てを失った。

 墓碑にはなくとも、十四にとっては自分の名前が刻まれ並んでいるように見えていた。あの日、確かに自分は死んだのだと、強く思っていた。

 色々あった、一年。悩んで、過ちを犯し、救われ、自分の本当にしたいことを知った。

 ……失いたくないと願う大切を、再び手に入れた。

 ────だから、心配しなくていい。しばらくはそっちに行きたいとは思わないから。

 もうちょっとだけ、待っていてくれないか。

 

「……よし」

 

 言いたいことを伝え、少し晴れた顔に十四はなる。 

 肩の荷が下りた、体が少し軽くなった気さえする。

 

「もう、いいの?」

「おう」

 

 ここにいる理由はもうない。

 自分が帰る場所は、居場所は、もうここではないのだから。

 

「帰ろーぜ。海鳴市(わがや)によ」

 

 

 

 

 

 海鳴市と朱瀬市との距離は、車での移動に三時間かかる。

 士郎が運転するミニバンに、子供たちは後部座席に座っていた。

 中央列の右端に十四、真ん中になのは、左端にフェイト。最後尾席は右からはやて、アリサ、すずか。助手席に桃子といった席順だった。

 

「なぁ、十四くん」

「あん?」

「聞かせてくれへん?私たちと会う前の、朱瀬市(ここ)での話」

 

 国道に乗ろうとした時に、はやてからそんな話を振られる。

 つい一年前までは普通の少年として過ごしてきた、十四の話。今まで十四は魔法に関わる以前の、自分の話をほとんどしなかった。

 この車の中にいる全員が聞きたい話であった。十四のためと思って聞かなかった事であったが、もう大丈夫と思い、話して欲しかった。

 

「私も聞きたいな、十四くんの話」

 

 なのはも同じように聞きたいとせがむ。

 じっと上目づかいで見るなのはに、十四は断れない。断れるはずがない。

 

「……面白い話はないぞ。いいのか」

「うん」

 

 嬉しそうに頷くなのはに、十四はやれやれと思いながらも口元は笑っている。

 記憶にあるエピソードを吟味し、何を話そうかと考える。

 ……一番話しやすい話題だったのは、やはり自分の家族の話だった。

 

「そうだな。俺の兄ちゃんの話なんだけど」

 

 四つ離れた十四の兄、加添百一。書類などで名前だけは知っているが、どういう人物であったかは彼らは知らない。

 しかし、魔法に出会う前の十四を語る上で欠かせない、一番近しかった者なのは間違いない。

 

「……一言で言えば、『負けるとホントに腹立つヤツ』だった」

「…………はい?」

「そのまんまだよ。絶対負けたくないヤツってあるだろ?アイツはホントに煽るのが上手くてな、負けるとすっげぇ悔しいんだ」

 

 十四にとって、百一という兄は……兄弟であり、宿敵だった。

 いつもいつも、兄の挑発に乗り、そして負けて悔しい思いを繰り返す。そんな思いを何度も何度も……超えがたい壁として、いつまでも君臨し続けてきた。

 絶対に負けたくない、という意識を十四に植え付けた張本人だった。尋常ならざるほどの負けず嫌いにした、十四の勝負意識の起源(ルーツ)がそこにあった。

 

「さらに面倒臭い話、生まれてこの方、俺は一度もアイツに勝ったことがねぇんだよ」

「勝ったことがない?一度も?」

「勉強もスポーツもゲームも、喧嘩も。じゃんけんだって、勝てたためしがない」

「そんな無茶苦茶な……」

 

 あり得ない、と言うのはアリサ。じゃんけんで勝てないというのは、さすがに荒唐無稽な作り話とさえ思った。

 そもそも、あの負けず嫌いの十四に無敗でいるということが普通ではない。

 テスト勝負を続けているアリサも、ここ最近は両者全教科満点ドローがずっと続いている。ケアレスミスすら許されない、気の抜けない勝負となっていた。

 

「けどま、誰かが兄ちゃんを負かしたところなんて一度も見たことなかったからな。何でもいいから、一回でも勝ちたかったよ」

 

 いつだって勝ち続け、いつだって無敗。加添百一は、十四にとっての頂点に見えていた。

 だから憧れた。手を伸ばした。挑み続けた。諦めなかった。小さな少年の、小さな夢だったが、思いは本物だったと胸を誇ることができた。

 ──加添十四の少年期とは、兄である百一を超えるための戦いであったと言える。

 十四の負けず嫌いは、そこから始まった。兄に勝ちたいと、ずっと願い、研鑽を怠らなかった。

 誰かに負けている時点で、兄に勝てるわけがない。年上?経験者?才能?そんなもの、欠片も言い訳になりはしない。

 誰だろうとも、なんであろうと、超えてやる。敗北を退ける意欲は、誰にも負けなかった。

 無敗を超えるには、同じように無敗でなければならないように。負けを忌避し、敗北をしたときは本気で悔しがった。

 いつだって、今だって……一番身近にいた頂点に、焦がれつづけた。

 

 ──ふと、なのはは気付いた。

 彼がいない今でも、十四は未だに負けず嫌いでいる。性格というものは中々変えられないものであるが、十四の場合は固持して変えていないようにも見えた。

 今でも十四は、百一を心から尊敬し、憧れている。

 兄の名誉を守り続ける唯一の行動は、戦い続けること。

 ……自分が負けないことで、兄の誇りを守るように。

 ……自分が勝ち続けることで、兄の栄誉を称えるように。

 いつだって、自分(だれか)のために戦ってきた十四だ。きっと、そうなのだろう……。

 

 兄を語る十四は、どこか誇らしげ。こんな凄いヤツがいたんだぞ。こんな凄いヤツが自分の兄であったぞ。

 語り継ぐ彼は、自分のことのように胸を張っていた。

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