愛されたがりの妖精王   作:Soul Pride

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なのセントがぁああ……!
お姉ちゃんが……!俺の財布の中身を奪っていくぅ……!



姫君の告白、再戦の宣誓

 最後の学年になっての、一番最初の定期テスト。その結果が、聖祥小学校の廊下の掲示板に張り出された。

 学年のトップ50の名前と点数が張り出され、上位クラスの成績順はだいたい固定されていた。

 中でもトップ2――アリサ・バニングスと加添十四は、ここ最近は共に満点で一位タイを記録していた。

 そして、彼らが点数勝負をしているということも、学年では有名な話である。

 ――だが、今回はいつもとは違う様相を見せていた。

 

 1.加添十四      500

 2.アリサ・バニングス 498

 

 張り出された結果。いつもは順位の数字が1が並ぶ結果だというのに、今回は順当に2が並んでいる。

 僅かな……ほんの僅かな得点差。たった一問題の部分点を取り損なった。しかし、それは明らかな差として結果が証明している。

 たった一つのケアレスミス。それが明確な差を作り出した。

 アリサ・バニングスが負けた。小学校入学以来、ずっと成績トップを走ってきた彼女が、二位に落ちた。

 その話題は、他の同級生にも決して小さくない衝撃を与えていた。

 

 テスト結果の順位が張り出された掲示板を見た十四たちの反応は、それぞれだった。

 杖を突いての登校が許可されたなのはは、驚いた顔を浮かべ。

 フェイトは自分の名前が30位くらいにあるのを発見し。

 はやてとすずかは、十四とアリサの方に向き……。

 

 十四は勝鬨を上げるように天に拳を突き上げ。

 アリサは悔しさを前面に押し出した表情になった。

 

「勝った!」

 

 ここずっと、一位同士で決着がつかなかったテスト勝負だったが、今回は十四の勝利という形で終わった。

 

「おい、バニングス(・・・・・)。約束は覚えているな?」

「……う」

 

 一年前、十四とアリサがテスト勝負をするようになった切っ掛け。十四がなのは以外の女子たちに、名前呼びを強要するという内容。

 一番最初の勝負で負けたため、アリサの前では彼女たちにも名前呼びをずっとしていたが……十四にしてみれば家族(なのは)以外の同い年の女子に名前呼びをすることは非常に恥ずかしいものであった。

 それがやっと解放される。諦めず勉強を重ね続け、満点同点を何度も繰り返し、そしてやっと勝ちを得ることができた。

 

「どうした、バニングス。ケアレスか?らしくねぇな」

 

 堂々と勝ち誇る十四は、ニヤニヤとアリサを見下ろす。

 アリサの前で、堂々と苗字呼びができる。その権利を堂々と行使していた。

 

「十四くん、それくらいにしたら?」

「……まあ、なのはが言うならそれくらいにしてやるが」

 

 おちょくるのをなのはに諌められ、しょうがないと十四はアリサいじりをやめる。

 非常に上機嫌。我が世の春が来たと、浮かれている。

 十四が喜んでいる理由は、ただアリサに勝てた……それだけだった。一度負け、長い時間ずっと引き分けのままだった……勉強に多くの時間を費やし、その原動力は彼女に勝ちたいというごくごく単純なものだった。

 ……しかし、彼女から見れば――そんなに名前で呼びたくなかったのかと見えてしまう。

 名前で強要していた自分が、馬鹿らしく見えてしまう。

 ――どうして、なのはだけ。

 十四は気づかない。すぐそばにいる少女が、ひどく傷ついていることに……。

 

「アリサちゃん……?」

 

 アリサが自分たちの輪から出ていこうとしているのを、すずかが気づく。

 その顔はよく見えなかったが……目に涙を浮かべていたことを見逃さない。

 

「どこ行くんだ、バニングス」

「うるさい!」

 

 ……走り去っていく彼女を、十四は追えなかった。

 アリサが泣いていた……その理由を、十四は気づくことはなかった。

 周囲の目……特に、なのはたちの視線が冷たく突き刺さる。

 わけもわからず泣かれ、わけもわからず非難の目を向けられる。たまったものではなかった。

 女の子というものは訳がわからない。一体どういう構造をしているのだと思ってしまう。

 

「な、何だよ……」

「今のは十四くんが悪いよ」

「はぁ?」

 

 どういう理屈で……そんな文句すら許されない無言の圧力に、じりじりと後ずさる。

 喜び過ぎたのがいけないのか。もしくはいじりすぎたのがいけないのか。

 ……女子の機微に疎い十四には、ハードルが高い要求であった。

 

「俺の何が悪かったんだ?」

「たまには自分で考えたらどうかな?」

「勘弁しろよ……」

 

 フェイトにそう切り捨てられ、十四は降参する。

 自分に女心が理解できるわけがない、それを十四は自覚している。

 理解する方法があるのなら教えてほしい、というのが十四の弁だ。それが出来ないから苦労しているわけであるが。

 

「八神、何で?」

 

 自分の相談役のはやてならわかるだろう。すがる思いで彼女に聞く。

 自分で考えろと言われても、わからないのであればお手上げである。一抹の希望で彼女に聞くが……。

 

「今回ばかりは自分で考えような、十四くん」

「そりゃねーだろが」

 

 頼みの綱であるはやての助けもなく、自力で考えなければならない状況へと陥った。

 ……仕方ない、と。

 

「んじゃ、ちょっといってくる」

「どこへ?」

「バニングスのとこだよ。何に怒ってんのか直接聞けばわかんだろーが」

 

 最終手段。わからないのならわかる本人に聞けばいい。一番手っ取り早く、確実で、楽な手段だ。

 わからないことを聞くことは恥ではないと、十四には抵抗感はない。無知でいることが恥ではなく、無知であるままが恥である。

 

「「「「ダメ」」」」

「……俺も泣きたくなってきた」

 

 声を揃えられて止められ、勝って嬉しい気分が長続きしなくなった。

 

 

 

 

 

 アリサ・バニングスが一番最初に十四と出会ったのは、正式に高町家に引き取られる日の前日であり、場所は喫茶翠屋だった。

 なのはたちから十四を紹介され、アリサとすずかは初めて彼と出会った。

 最初の印象は、何を考えているのか全くわからない……そこにいるのに、存在が薄く感じられた陽炎のようなものだった。

 ……その席で、アリサは十四が加添家惨殺事件の生き残りと知った。

 連日騒がせたショッキングな事件。まさか魔法絡みの事件とは思いもしなかった。

 なのはは、彼を支えたい。心の空白を、少しでも埋めてあげたいと言った。

 それが彼女の選択なら、止めはしなかった。一度決めたら頑固な質のなのはには、何を言っても聞かなかっただろうから。

 ……少し時間が経ち、件の事件が起きる。その最中で、巻き込まれもした。

 敵になれ。それが彼が要求した願い、自覚した欲望だった。

 ふざけるな、と激昂したものだった。なのはの気持ちを考えず、その果てに出た答えがそんなものなのか。

 アリサは、このときばかりは自分の無力を嘆いた。どうして自分は魔法の才がないのだ。どうして親友(なのは)ばかりが辛い目にあわなければならないのだ。

 家族がいなくなって、なにも知らない土地で過ごす……それがどれだけ苦しいのか、アリサにはわからないが、だからといって誰かを傷つけていい理由になりはしない。

 それでも、伝えられない。彼らの戦場に、足を踏み入れられない。

 結局のところ、自分は力を持たざる者なのだ……。

 

 事件が解決した後、十四の性格がまるで違うようになった。

 正確に言うのなら、それが本来の十四の姿と言うべきか。家族を喪う前の、少年らしい少年に戻ったのだった。

 ……事件以後に、十四がなのはのことを名前呼びするようになった。

 家族として受け入れられたのなら、なのはのことを名前で呼ぶのはわかる。納得できる。

 しかし、自分たちには?同じように名前で呼んでくれなければ対等じゃない。

 ──十四は、自分を認めていない。

 だから十四に勝負を挑んだ。魔法も何も関係ない、純粋な学力勝負。自分が戦える方法で勝ち、認めさせる。

 一回目は難なく勝った。苦手教科もなく、毎回満点を取る彼女に死角はなかった。

 勝ち取った権利を行使し、自分たちを名前で呼ばせた。最初はたどたどしく、恥ずかしがっていたが……半年も経てば自然と名前呼びが普通になっていた。

 試験テストがある度、何度も勝負をした。

 二回目でいきなり十四も満点を取って並ぶようになり、勝負は接戦を演じるようになった。

 負けない限り、十四は自分を認めてくれる。

 ……そう、信じていた。

 

「私がやってたことって……結局何だったのよ……」

 

 今日、十四に負けた。そしてまた、苗字呼びに戻ってしまった。

 認められたと思ったのは勘違いだったのか。

 十四は、自分を対等と見てくれないのか。

 自分を、認めてくれはしないのか。

 

「よう、アリサ(・・・)

 

 彼女が独りになれた場所……屋上に十四は足を踏み入れた。

 ……彼は手ぶらで来たわけではない。難題を課せられ、そしてその答えを出してここへとやってきた。

 

「……どうしたのよ、もう苗字呼びはお終い?」

「ああ。久しぶりに読んでみたんだが。どうやら、名前呼びの方が慣れちまったらしい」

 

 十四の求めた条件は、名前の呼び方の強制を解くこと。つまり、十四がどう呼ぼうと自由なのである。

 文字数もそっちの方が短いし、と十四にしてみれば大した問題ではなくなってしまった。

 一年前にはあった気恥ずかしさも、今では欠片もない。

 ただ、アリサに勝てた。それが心から嬉しかったのだ。

 

「……言っとくが、これで一勝一敗だからな」

「何よ、まだ続ける気?」

「当たり前だ。俺はまだ、お前の口から参ったとは聞いてない」

 

 決着は、まだついていない。負けたと認めさせるまで、戦い続ける。

 十四が、倒れなければ負けではないという思想を持つように……屈服させなければ勝ちじゃない、という側面を持っていた。

 十四は勝ち負けにはとことんこだわる。一回勝とうが負けようが。百万回繰り返そうが、認めなければ決着はない。

 

「羨ましいわ、アンタのそういうとこ」

 

 男の子というのは、皆こういうものなのだろうか。彼女たちが大人過ぎるせいか、年相応の面を時折見せる十四が、とても幼く見えるのだ。

 そしてそれが、たまに羨ましい。

 

「十四……。私は、強敵だった?」

 

 自分は超え難かった者だったか?強敵だったのか、どうなのか知りたかった。

 アリサ・バニングスは、十四にとって強者だったのか。強者だと、認めていたのか。

 たかが小学校のテスト勉強。しかし、アリサにとっては大切な、十四との絆の一つなのは確かだから。

 

「勝つのが難しいからこそ、その喜びも半端じゃないと思うぜ」

 

 その言葉で、十四はアリサの誤解を解くのと同時に、強者として認めている事を証明した。

 勝ち誇ったのは、相手がアリサだったからこそ。勝って嬉しい相手だからこそ。

 容易な勝ちで、喜びを露わにしたりなどしない。

 彼女の思いは間違いなく、報われたのだ。

 

「アリサ」

「ん?」

「次は、何を賭けようか」

 

 次の勝負で、何を賭けるか。

 今までは、名前呼びの強制を争っていた。結果は一勝一敗で、競う理由もなくなった。

 なら今度は、何を賭けて戦おう。

 自販機の缶ジュース?コンビニのお菓子?何でもいい、どんな下らないものでも。

 別に何も賭けなくてもい。勝負することそのものが、彼らにとって大切なことなのだ。

 

「……そう、ね」

 

 んー、と考える。

 何も賭けなくていい。しかし、勝負に緊張感を持ちたい。賭けるものがあれば、白熱するのはわかっている。

 

 

 

 

 

「負けた方が好きな人に告白する、ってのはどう?」

 

 

 

 

 

 それは、十四の本心を聞き出すために。なのはのことを、どう思っているのか。

 加添十四が、本当に……高町なのはに対して、親愛の情しか抱いていないのか。

 ……なのはの親友として、十四を見極めたい。

 

「……なんだよ、告白って」

「文字通りよ」

「俺はなのはが好きだ。周知の事実だ。フェアじゃないだろ」

 

 皆が知っていることを賭けの対象にしても、賭けが成立するわけがない。

 隠すことじゃない。そうである自分を堂々と誇っている。高町なのはが好きでいることに、恥じ入るところは何も存在しない。

 そして逆に。アリサのそういう話題は全くというほど十四は聞いたことがなかった。アリサに限らず、すずかにもはやてにも誰を好いているという話を耳にしたことがない。

 情報の価値の差がありすぎる。あまりにも自分が有利過ぎる。賭けとして成立していない。

 

「どういう意味で?」

「どうって……」

「家族として?それとも友達として?」

「それは……」

 

 口が詰まる。アリサの問いに、言い返せない自分がいる。

 なのはのことが好きだ。疑いようのない本心であると十四ははっきり言える。

 しかし最近、家族として愛しているのかと、十四の中で決して小さくないわだかまりが存在していた。

 別の思いを。親愛以外に混じった心情があるのではないのか。

 なのはから抱き締められた時。なのはを抱き締めた時。今までとは違う何かが、思いが、愛が、欲望が、生まれていなかったか。

 

「わかん、ねぇよ……」

「そう……」

 

 断言ができなかった。なのはのことであれば、どこまでも真摯だった十四が、曖昧な返事を返すしかなかった。

 十四自身も戸惑っている。自分の心がわからない。己の十全を知っていたはずが、わからないことが存在した。

 

「十四」

「な、なんだ」

 

 動揺走っている十四に、アリサは好機と見る。

 やるなら徹底的に。中途半端で終わらせない。

 

 

 

 

 

「――――私は、あんたのことが好き」

 

 

 

 

 

「……ぁ……ぇ……」

 

 声が、うまく出ない。喉が枯草のように乾燥し、落葉が風に吹かれて転がる音しか発することしかできない。

 何を言った?

 アリサ・バニングスは、自分に対して何を伝えた?

 

「それ、は……」

 

 ようやく、まともな発音ができる。それでも、頭はまるで氷のように固まって働かない。

 迷いのなかった本心が揺さぶられたところに、金槌で叩きつられたような衝撃が走った彼女の突然の告白。

 驚かない方がおかしい。見知った友人にさらりとそんなことを言われれば、呆気にとられること間違いない。

 彼女らしい、といえばらしいのであろうが……。

 

「どういう、意味で……」

 

 なんとか返せた言葉が、これだった。

 アリサへの意趣返しとなったのは十四の意図したところではない。本当に、どういう意味なのか。

 

「さぁね?」

 

 悪戯に、不敵に笑う彼女。

 

「けど、アンタのことが好きなのは事実よ」

 

 そうでなければ、こんなことは言わない。本心から言えることだから、欠片も恥ずかしがってもいない。

 だからこそ、聞き出さなければならなかった。

 その『好き』に込められた、感情を。

 

「私が負けたら、もう一度言うわ」

 

 十四の傍へと近づき、十四だけに聞こえるよう耳元で囁く。

 

なのはの前(・・・・・)でね」

 

 アリサはそれだけを伝えて、屋上を去っていく。

 十四は何も言えぬまま、何もできぬまま……立ち尽くして放心したまま。

 

 ――十四に向けた微笑みは、とても同年代の少女とは思えないほど妖艶で。

 なんとも言えない恐怖心を、十四は彼女に抱いた。

 

 

 

 

 

「アリサちゃん」

「すずか」

 

 屋上から戻ったアリサをすずかは迎えた。

 表情はいつもの様子に戻ったようで、すずかがフォローに回る必要はなくなった。

 もしも、十四がしくじったことを考えて、彼女はここにいたのだが。

 

「どういうこと……アリサちゃん」

「……聞かれちゃったか」

 

 逆に険しい表情をしていたのはすずかの方であった。

 彼女に、アリサの告白を聞かれてしまっていた。

 嘘を言っていない。長い付き合いで、彼女の性格上こんな嘘をつくことはない。すずかはわかってしまう。

 どういう意図で、十四に伝えたのか。

 

「なのはちゃんが十四くんのことを好きって、知ってて言ったんだよね」

 

 知らない、など言わせる気はない。アリサもすずかも、なのはが十四のことを好きだと明かされた病室に立ち会っている。

 友情の上での好意から言った言葉なのか。一人の少女として、気になる少年へと伝えた告白なのか。

 場合によっては、なのはを含めた全員で話し合わなければならない。

 

「教えてよ、アリサちゃん」

 

 彼女は今、とても心が痛い。今にも、泣き出しそうなくらいに。

 親友を疑うなど、すずかはしたくない。

 もし……もし、これがきっかけとなって、なのはとアリサの間に修復不可な溝が開いてしまうのなら。聞いてしまったすずかはこれを食い止めたい。

 友達だから。親友だから。彼女たちが、涙を流して決別する未来など、見たくないのだから。

 

「すずか。この事を、なのはに言おうと誰に言おうと自由にすればいいわ」

「えっ……」

「……必要なことだから。なのはにとっても、アイツにとっても……すずかやはやて、フェイトにも――」

 

 ――私にとって、も。

 アリサは多くを語らない。そうすることに理由もあり、何より自分で気がついて欲しかった。そして誰かに相談するということすら、すずかの自由意思に任せた。

 

「────ようは、私が負けなきゃいい話よ」

 

 

 

 

 

 ――歯車が、軋む音が鳴る。噛み合って回り続けた友情に、疑いようのなかった信頼に、ほんの僅かな齟齬が起きる。

 

 ――それは福音なのか。または凶兆の表れか。

 

 それを知る者は誰にも知らぬし、知っていようとその囀りは止まらない。

 

 今までにない、悲鳴に似た音を鳴らしながらも……歯車は、止まることなく回り続ける。

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