約半年間何やってたかというと……何やってたんだろうね(オイ
アリサ・バニングスは最近、高町なのはと加添十四の間にある距離感に変化が生じたことに気付いた。
迷いがなくなった。風邪を引いて治った後の十四は、病のほかに憑いていた物も払い落としたようだった。
二人の交わる視線も……どこか熱いものが混じっているのもまた確かである。
十四の悩ませていたモノ……正体不明の感情、自分を変えていく原因が、はっきりしたためか。
無自覚に抱いていたなのはへの恋心。家族として、親友としての親愛と誤魔化し続けてきた今までから、女性として意識し、真摯に向き合っていた。
リハビリに励むなのはを、日常の要所要所で自由に動けない彼女を、十四は誰よりも近くから支えている。それは今までもそうであったが、さらに献身的に尽くしている。
自分のかけた発破と、すずかのフォローが上手く作用した。アリサは最悪、二人の関係どころか自分たちの友情すら砕け散りかけないリスクを予想していたが、賭けは上手くいったようだった。
……それでも、どこでも構わず彼らが自分たちの世界を作り上げるのは勘弁願いたかったが。
「……」
午後十一時、バニングス邸。アリサ・バニングスは自身の部屋で、就寝するためにベットに入っていた。
しかし、寝付けない。眠れない。目を閉じて脱力しても、意識が闇に落ちることがない。
眠気はある。しかし、無心になれない。睡眠とは、かなりの繊細な精神状態に置かなければできない作業ということを実感させられている。
アリサをこうも落ち着かせない原因、それはとうにわかっている。
(……自分を誤魔化す、なんて出来ないものね)
自分の性格を自覚しているから、実直な己に嘘がつけない。そんなことはわかりきっていた。
十四にした、アリサの告白。好きだと告げた発言は、偽りのない心からの言葉だった。
アリサ・バニングスは加添十四が好き。純然たる事実で、嘘がないからこそ彼が高町なのはを女として見ることが出来た切っ掛けとなった。僅かでも他意があれば、十四はそれを読み取ることができる。
そして……彼女の恋は、決して実らない。
(知ってるわよ、そんなこと)
最初からわかっていたことだった。なのはと十四が一番最初に出会った瞬間から、妖精事件が終結した時点から、彼らの間に入り込む余地など微塵も存在しなかった。
十四はなのはが好きで、なのはは十四が好き。完全無欠の相思相愛なのだ。
自分は恋の敗北者であると。わかりきった事実だ。
アリサがこの恋心を自覚したのはいつだったか。彼女も覚えていなかった。
ただ、置いて行かれたくなかった。追いすがりたかった。他ならぬ十四に、対等であると認めてほしかった。
名前で呼ばせたのがその証だ。同じ位置に立ちたい、せめて魔法には関わらない日常では加添十四の中でアリサ・バニングスという存在を刻みつけたかった。
故に、必然的に十四の心に触れることになる。認めてもらいたいと思っていることは、十四のことを既に認めているということと同義なのだ。
テスト対決で引き分けを重ねる毎に。自分の名前を呼ばせる毎に。自分の中に棲む十四が大きくなっていく。
十四の心にアリサが触れる度に、十四の中にアリサが刻まれていく。それに比例するように、アリサの中の十四も膨らんでいくのだ。
そしていつしか……十四のことを意識しない日は皆無になっていた。
ずっと胸が痛かった。苦しかった。顔には出さないようにしていたが、張り裂ける心の痛みは耐えられるものじゃない。
唯一の鎮痛剤は、十四だった。十四しかなかった。
ただ、一緒に居てくれるだけでいい。それだけで痛みが和らいだ。
十四が『アリサ』と名前を呼んでくれた時には、心地よい暖かさに包まれた。
始まりは対抗心だったかもしれない。しかしそこから、別の気持ちが生まれることは決して不思議なことではない。
(なんで、好きになったのかな)
よりにもよって、親友の想い人を。
知っているのに。知っていたはずなのに。
……決して叶わない恋とわかっているというのに。
(諦めきれない……)
アリサ・バニングスという少女は、諦めが悪かった。
親友に似たのか、生来の性格なのか……諦めるということをしたくなかった。
目を閉じれば、自然と姿が浮かんでくる。
男友達じゃいられない。親友じゃいられない。
自分が抑えきれない。いけないことだとわかっていても、止まることができない。
(諦めたく、ない……!)
ぎゅっと、布団を抱きしめる。瞼の裏の十四を、抱きしめる。
負けが決まっていても、叶うことのない恋だとしても……足掻き続ける。アリサは、自分を曲げない選択を取った。
それがなのはとの友情を壊すことになろうとも、決して後悔しない。
──明日が、期末テスト当日。
強く轟く心音が眠りを妨げ続ける。
張り詰める緊張が、心を落ち着かせない。
……日付が、変わる。
「……あん?アリサいないのか」
いつもの時間のスクールバスに乗り合わせた十四たち。最後尾の席で座っていたのは月村すずかだけで、隣の席は空席。いつもなら必ずと言っていいくらいに隣にいるアリサ・バニングスの姿が見えなかった。
バスの中を見渡しても見当たらず。珍しいこともあるものだと、なのはもフェイトも驚いた。
松葉杖をつきながら歩くリハビリ中のなのはを支えながら、彼らは最後尾の席に座る。
「おはよう、すずか。アリサはどこいるか知ってるか?」
「おはよう十四くん。電話してみたんだけど、どうやら寝過ごしたみたい」
「寝過ごした、ってあれか。寝坊ってことか?あのアリサが」
完璧を良しとするあのアリサが寝坊。そんなこともあるのかと、十四は驚嘆した。
しかもよりによってこのテストの日に。天気予報で今日は晴れと言っていた予報士の言葉が嘘になりそうだ。雪どころか槍が降りかねない。
「……こんなことってあったか?幼馴染」
十四はアリサと付き合いが長いなのはとすずかに問うが、揃って首を横に振る。
やむを得ない用事があったりなどを除けば、アリサは無遅刻無欠席の超優等生だ。病欠なども片手の指の数で足りてしまう。
「吉兆と受け取るべきか、はたまた凶兆か」
「酷いよ、十四くん」
なのはが十四をそうたしなめるが、そう思いたくなるのは皆同じであった。
アリサも人の子で、まだまだ子供だ。失敗くらいいくらでもする。それくらいは頭でわかっている。
それでも、どこかで……拭えない不安があるのだ。
何かが、ある。よくない予感が、頭を過る。
誰もが顔に陰を落としながら、スクールバスは毎日の道順に違わず学校へと向かってく。
何をやっているのだ、とアリサは自分を責め続けていた。寝過ごして、心配してくれたすずかのモーニングコールでようやく目を覚まし、慌てて身支度を済ませて今、執事の鮫島が運転する黒い高級車で学校に向かっている最中だった。
彼女の髪は所々跳ねており、目も少し充血している。朝食も摂っておらず、肌ツヤもいつもより悪い。
期末テストの日に寝坊するなど、気が抜けている。自分から十四へと吹っ掛けた勝負の日に遅れるなど、無様にも程がある。
そして何よりも許せないのは。安眠できなかった原因に、なのはと十四のせいだと一瞬でも決めつけた自分が何よりも腹立たしい。
アリサ・バニングスはプライドが高く、誰よりも自分に厳しい。そして友達想いの優しい性格だ。
その激情は、決して友へ八つ当たりのために向けるものではない。
たとえ外へと吐き出していなくとも、矛先を一瞬でも向けたことに大きく恥じていた。
罰せられるのなら、今すぐ自分を裁きたい。
「お悩みですか?お嬢様」
「……うん、ちょっとだけね」
運転手をしている執事、鮫島に抱えている不安を悟られている。おそらく彼だけでなく、今日顔を合わせた皆に、思い詰めていることを気付かれているだろう。電話越しで、会話したすずかですら、違和感を汲み取っていたに違いない。
自分の周りにいる人たちは、友人や家族、様々な繋がりから見ても優しいと思える人ばかり。
「微力ですが、力になりますよ」
いつでも頼ってくれ。そう告げる鮫島の暖かな言葉に、力が沸く。
恵まれすぎている。そう、自覚している。
友にも、家族にも。
「ありがとう、鮫島」
一旦、思いつめるのはやめにしよう。
時計を見る。一限目には間に合い、途中からテストに参加できるだろう。
バックミラーを見る。いつもなら見るも耐えない姿、しかし目には力が漲っていた。
万全と言えないが、最良。頭は冷えているから、テストでケアレスミスをすることはない。限られた制限時間というのも心に良い緊張感を与えている。いつもより心の内は穏やかだった。
あと十分もしないで、学校に着くだろう。
──影が、差した。
車内が陰る。今日は晴れで、雲はほとんどない天候だった。
それが突然、トンネルに入ったように暗くなる。
アリサも、そして鮫島もここにトンネルがあることなど知らない。そもそもトンネルを通った覚えなど一切ない。
陰って数瞬で、車外が夜になる。否、夜というのは語弊がある。
まるで大きな厚い布に車を丸々覆われたような、人為的に作られた闇──。
「アリサお嬢さ──!」
タンッ──。
乾いた、何かが弾ける音。アリサには、あまり馴染みのない音。それが鮫島の声を遮り、何か生暖かいものが顔に降りかかった。
そして鉄が叩き潰れる轟音と、体を強く揺さぶられる衝撃がアリサを襲う。
シートベルトのおかげで車内を転がりまわることはなかったが、息が止まり、肺の空気が一気に吐き出された。
事故!?
(違う!)
長年運転手を勤めている鮫島が事故なんてするはずがない。超が付くほどのベテラン運転手がつまらない誤りをするわけがないとアリサは確信している。
事故が起きたのではない。事故を起こされた。
「さめ……じま!!」
うまく、声が出ない。
状況を呑み込むことが出来ない。冷静にモノを見ることが出来ない。混乱して頭が働かない。
驚くばかりで思考が停止したまま、アリサは頭部に固いもので殴られたような痛みを感じ、意識を落とす。
「──コイツか、対象Kの関係者は」
真黒の視界が瞼の裏の暗黒に溶ける前に、そんな声が聞こえた。