バトル……回?
一限目のテストの最中に、
頭に走った、鈍痛。それが人為的なもので、自分にされたものではなくて、自分が大切だと思っている誰かが感じた痛みなのだと、加添十四は察知する。
本当に痛みが走ったわけではない。痛みを感じたという箇所にサインとして、十四にフィードバックされる。そういう仕掛けを、十四が大切と思う人に合意を得て施している。
それが保険。それがお守り。最重要危険人物である己を狙うにあたって、周囲を危険を晒そうとする連中に対する最低限のセンサー。
「…………!」
チラリと、目くばせする。カンニングと悟られないように、瞬時にさりげなく。
その席には、誰もない。自分の良きライバルで、親友の少女の席は空席のままだった。
手が震えている。鉛筆が零れ落ち、机から落ちる。
筆音だけが支配する静かな教室で、小さくとも異音は目立った。
何人かが、解答用紙から目を離して十四の方へと視線を向けた。無論、その視線を十四も感じている。
必死で平静さを装い、動揺を隠す。焦りと心配を表に出さないように、無表情の仮面で覆う。
震える手をへし折りかねない力で握って抑え、口の中で舌を噛み、血の味でいっぱいになりながらも冷静さを取り戻そうとする。
「……」
少し、落ち着く。しかし、動揺は激情へと変わっていく。
ああ、それは。どうしようもない、抑えようもない感情だ。
口に溜まった血を飲み干し、激昂の叫びも一旦腹に留める。
「……すみません、先生」
挙手。そして出来るだけ小声で。震えた声を出さないことに、苦労している。
「ちょっとトイレ行っていいっすか」
「ええ」
監督役の教師の許可をもらい、そそくさと教室を出ていく。
教室の外へ出た瞬間、廊下の窓を開けて何の躊躇いもなく乗り出した。
校舎の壁を、思いっきり蹴る。瞬間十四は、閃光となった。
莫大な魔力を爆発させ、その反動で弾け飛ぶ。空を蹴りながら疾走する十四に追いすがることが出来る人物は、まず限られる。
その魔力を感じ取ることのできた少女たち三人は……十四が何かに気付き、そしてもう追いつくことができないとすぐに悟った。
「禁忌、解放」
手のひらの上にある、赤錆色の
加添十四の本領。それは、本来ならば切ってはいけない切り札。
使えばこの一年、今まで積み上げてきた全部を水泡に帰してしまう。そんなリスクが付きまとう。
彼女を助けるのに、過ぎた力は必要ない。現在の力でさえ、並の魔導師を歯牙にかけない力量を持っている。
それでも十四は、躊躇わずその手の妖精を握り潰し──。
「『
──魔導師・加添十四から、妖精王・加添十四へと変貌を遂げた。
大切な人の危機を見て見ぬふりをしてしまうほど、何かを積み上げてきたわけではない。
この力のせいで、自分の知る誰かを傷つけてしまうというのなら未練はない。投げ捨てることに微塵の後悔はなく、自分の立場を危うくすることも憂いはない。
ただ、アリサを……彼女を害そうとする奴らを、十四は絶対に許さない。
一切の油断はない。一切の容赦はない。一切の慈悲はない。
本気で、全開で、全力で、全身全霊で、渾身の力で……。
感情的に、機械的に、執拗に、念入りに、狡猾に……。
あくどく、手早く、しつこく……。
たとえ敵が獅子であろうとも。羊であろうとも。蟻であろうとも。
見せる地獄は、何も変わらない。変えさせない。
……どんな弱卒が相手でも。妖精の王、加添十四は持てる手段全てを以て相対する。
──強大な力を持つ何かを竜に喩えるのならば、加添十四は間違いなく世界を滅ぼす龍だろう。
その逆鱗に、誰かが触れた。
手を出してはいけない領域に、土足で踏み込まれた。
彼の内に渦巻く激情と狂気は、憤怒一色で染め上げられており……その下手人の末路は決められたも同然であった。
アリサが危機に陥った場所のポイント、そこにはバニングス家の黒塗りの高級車が電柱にぶつかって停車していた。
事故っただけ?ノン、運転手はベテランの鮫島なのだということは、十四も知っている。知っている人の中では、誰よりも車の運転が上手い人だ。
その人が交通事故?視界が悪かったとかなら言い訳になるのかもしれないが、俯瞰視点で見れば視界が悪いような場所ではない。
ほんの数パーセント。小数点以下の確率で起きた事故。まるで現実的ではないと十四は切り捨てた。
車の近くに降り立つと、運転席を窓越しに覗く。
「おっさん!鮫島のおっさん!」
膨らんだエアバックによりかかるように、バニングスの執事鮫島は意識を失っていた。
……白いエアバックは赤黒い血が染み込んでいたのを見て、反射的に窓ガラスを殴り割っていた。
「ブラウニー!」
指先から飛ばす、赤錆色の妖精。それが鮫島の体に入り込んで溶けると、彼の負った傷が急速に治癒されていく。
機械仕掛けの妖精、その効果。生体の時間を巻き戻し、再生することができる。その応用力も凄まじく、治療と同時に鮫島の体情報も十四へと流れていき、何が起きたのかを脳の記憶と体の記録を通して読み取っていく。
「……殺傷設定の魔力弾か」
事故による怪我はほとんどない。問題は、何者かがやったであろう心臓近くを貫いた傷がよっぽど重傷であった。
数分遅れていれば、彼はこの世にいなかったかもしれない。ここにいたのが十四でなければ、命をつなぐことがなかった。
ほんの少しだけ残る魔力の残滓から、この傷は魔法によるものだと断定。直射型の魔力弾によるものだ。
そして記憶を読み取れば、突如として暗幕に包まれたことが事故の原因になっている。おそらく、目くらまし程度の効果付与がついた小規模の結界魔法だ。
……車の後部座席には、誰もいない。
「……うっ、うぅ……」
「おっさん!」
気を失っていた鮫島が意識を取り戻す。
残留していた血液を吐き出しながら、胡乱な目でなんとか十四が隣にいることを彼は認識する。
「加添……くんか。アリサお嬢様が……!」
「…………!」
それだけで、彼女がどういう状況に立たされているのかを理解する。
アリサがここにいない。それだけで説明は十分すぎるほどだった。
「鮫島のおっさん。ハラオウンの家に緊急事態だと連絡してくれ。この時間ならリンディさんはいると思うから」
これはもうれっきとした魔法事件だ。事件を終息させること自体は十四一人でもできるが、その事後処理に関しては管理局の手も借りなければならない。
残留魔力からして、次元世界を跨ぐほどの長距離の転移魔法を使っていないと判断。今からでも十分に追える範囲内だ。
「
デバイス、P4U起動。
バリアジャケットの展開と、転移先の捕捉。処理能力特化の十四専用デバイスの本領を発揮。
限界域が未だ見えない処理能力を、限度いっぱいまで酷使する。
「……見つけた」
捕捉した場所を転移先へと設定し、転移魔法の組み立てをする。
単身、敵拠点へと乗り込み……アリサの奪取と敵魔導師及び犯人グループの無力化をする。それだけで頭がいっぱいだった。
一旦待って、増援を待つという選択肢は十四の中にはなかった。
自分の力に驕っているわけではない。全能の域にまで引き上げられたブラウニーを持っている十四であるが、その内に油断はない。
ただ、一瞬たりともアリサを誰とも知らない危険な連中とともにあるのが我慢ならない。
「──転移」
この時の十四の精神は、かの妖精事件当時を上回る憤怒の色に染まっていた。
転移先は日本国内の廃工場であった。
「ご丁寧に結界まで」
ステルス特化の結界。魔法を知らぬ、魔力を持たぬ人間には毛ほども察知することができないであろう結界を廃工場を囲っていた。
高ランク魔導師の十四にはその結界は、まるで追ってくる自分を誘っているようにしか見えなかった。
「こんなあからさまな罠、普通なら引っかかるわけねぇんだが」
その挑発に、あえて乗る。
喧嘩を売った相手がどこの誰なのか。加添十四という危険物の取り扱いを誤るとどうなるのか。
やってはいけないことをやった見せしめと、己の危険性を身を以て思い知らせる。
結界の壁に拳をそえる。
大きく息を吐き、意識を完全に切り替える。
日常の自分から、非日常の自分へ……。
煮えたぎった激情を、一気に氷点下にまで……。
この瞬間から、加添十四は戦闘機械へと身を落とす。
「シッ」
腕や肘、肩を固定したまま結界を破壊する。
寸勁。腕を使わずに腰や体重移動などで打ち抜く空手や中国拳法の高等技術。
年若い十四には、そんな技は本来使えない。使えるほどの経験を積んでいない。魔力で強化するにも限界があり、そこに至るまでの技術を持っていない。
しかし、十四の体は
自分の体のことであれば隅々まで把握している十四にしてみれば、どこをどう動かせばどう動くのかを完全に把握しており。本来ならば届かない技術でさえ、それっぽく真似することもできるのだ。
たった一発で結界の破壊。隠蔽に特化した性能からなのか、強度はそれほど高くはなかった。
そのまま工場内へと足を踏み入れる。
その様はあまりにも無防備。狙ってください、叩き落してくださいと言わんばかりの、油断している様。
──だからこそ、いい。
これは油断ではない。蹂躙するために闊歩しているのだ。
「……!」
工場内に入ると、反対側の奥にチェーンバインドで縛られ、小規模結界に閉じ込められたアリサ・バニングスを発見する。
気を失っているようで、十四が姿を見せても反応一つしない。額から一筋の赤い血が流れていた。
今すぐにでも駆け寄りたい衝動に駆られる。事実、敵地でありながらもなりふり構わずに走り出そうとした。
その足も、強制的に止められたが。
「……バインドか」
設置型のリングバインド。それを十四の体を縛り、逸る足を止めた。
「やっぱガキだな。いくら上等な能力を持っていようと、使い手がこれじゃな」
物陰などから姿を現してきたのは、杖型ストレージデバイスを携えた男の魔導師たち。
全員がバリアジャケットを纏い、ミッドチルダ式の使い手の魔導師である。その数は八人……二個小隊といった数だ。
ランクは軒並みA以上。エースと呼ばれてもおかしくない人材で固まっている。
どこから集めてきたのか、とその労力に十四は嘆息する。武装隊並みの過剰な戦力……一級品のロストロギア級の危険物を取り扱うレベルである。
つまりは……己を狙った目的であるというのは自明の理だった。
「何が目的?」
無駄だと知りながら、十四はアリサを誘拐という行動を犯してまで自分を狙う理由というものを尋ねた。
興味はない。ただ、その行動によるリスクを知っているのか。それを確かめたかった。
「うぜぇ」
返答は杖の殴打。倒れることはなかったが、額が切れて流血が滴る。
そのまま顎を杖で持ち上げられる。
「黙ってろバケモン。質問をするな。返答はハイ以外認めぇ」
会話が成り立たない。力があっても、品性がまるで足りていない。チンピラに銃を持たせた、という表現がピタリと当てはまる。
十四には同じ人に見えず、人と話している気がしなかった。そもそも相手側が人扱いしていないのだ。
見下すように大人たちを十四は哄笑する。あまりにも滑稽なのだ。
「……なんだ、怖いのか。俺が」
こうしてバインドで縛っておきながらまるで安心していない。大の大人が、檻にいる子供に怯えている。
その大人たちには、自分が恐ろしい怪物に見えるのだろう。それが可笑しい。度の合った眼鏡の購入をお勧めしたい気分であった。
「黙れ!」
そしてまた、杖を振り上げる。
追い詰めているのは自分たちである。捕まえているのは自分たちである。
だからこそ認められなかった。一回り以上年下の子供に、恐怖心を抱いていることを指摘されるなど。ちっぽけな自尊心だけは一人前だったからこそ。
「いいの、殴っても?」
「ッ!」
「バケモンなんだろ?だったら無暗に刺激を与えない方がいいんじゃないの」
「うっせぇ!」
一度、杖は止まったが……挑発として受け取ったのか再び殴打される。
……十四の口元が、吊り上っていたのも知らずに。
「BANG」
────瞬間、十四の体が爆発する。
その爆風は、廃工場を跡形もなく消し飛ばして余りある破壊力と範囲。
十四の有するレアスキル、『機械仕掛けの妖精』の応用──
単純にブラウニーを数千体分の魔力を凝縮した力を持ち、それを用いた再生能力は死の淵からの再生すら容易となる。
精神の器として、肉体の代用品として魔力による体を構成することも可能であり、十四の肉体は現在コレで活動している。
つまり、言ってしまえばティターニアとは……AAAランク魔導師としての活動を可能にする程の魔力の塊。モノによっては、それ以上すら可能になる。
燃料として破格な代物。自由に操ることができる十四にしてみれば、自分の体を爆発物に変えるなど朝飯前なのだ。
「……戦闘すらしたくないって思うのは初めてだ」
拓けた場所になったこの場で、八人の魔導師は倒れ伏していた。全員意識はないが、息はある。
すかさず全員にバインドで拘束し、怠らず警戒を続ける。
敵にすら値しない、戦闘ですらない。これはただの作業だ。こんな奴らも世の中にはいるのだと、爆発して消滅したはずの十四は学習した。
彼はアリサを背にして、防御魔法で爆風から彼女を守っていた。アリサを閉じ込める結界も縛っていたバインドも、術者が気絶していて消滅していた。
……ティターニアは、十四の意思で魔力が許す限りいくらでも量産が出来る。当然、自分の体も例外ではない。
工場へと突入する前に。代わりとなるティターニアを
故に、こうした特攻戦術も可能となる。戦術と呼ぶにもおこがましいと、十四自身は自嘲するのだが。
「さてと」
アリサにブラウニーを送り込み、額の傷を治療する。
人を傷つけるのではなく、ただ誰かの傷を癒すためだけに自分の能力は役に立てたらなと十四は常々思う。それが出来たらどんなに幸せなのだろう。
不死身だとか、無敵の武力だとか、金儲けの道具とか……そんな付録は必要なかった。
──本当は、こんな程度で終わらす気はさらさらなかった。マグマの如く煮えたぎった激情は、全員を生かしたまま事を終わることはありえないと、十四自身でも思っていた。
しかしいざ相対してみれば、考えられないほどの小物で、つまらなくて、関わり合いになりたくないとすら思わされた程の連中だった。だからこの結果に終わった。自分が抱いていた怒りが、憤激が、余りにも馬鹿馬鹿しくなっていた。
怒りをぶつける価値すらない。真っ赤に熱した軽石が冷めた後のように……十四の中に残っていたのは、真っ白な虚しさだけであった。
「……ごめんな、アリサ。巻き込んじまって」
申し訳なさで、いっぱいだった。自分がいたからこそ、こうして危険な目に遭わせているのだと自分を責め続けていた。
彼女は、何の関係もない。魔法を知ってはいるが、関わりは薄い。
ただ、加添十四の傍にいた。それだけの理由で、狙われたのだ。
自分がいなくなれば、彼女たちから姿を消せば巻き込まないというのなら……十四は躊躇いもなく行方をくらませる。大切な人たちのためならば、孤独になる覚悟くらいは持っている。
しかし十四はそうしない。そうできない。それをしてしまえば、妖精事件の二の舞になるのは目に見えている。彼らは優しすぎるのだ。十四を切り捨てるという選択を、絶対に選択しない。そもそも選択肢に入らない。
この能力と付き合って生きていく。そうやって生きていくしかないのは、わかっている。例え封印処置をされても、狙ってくる人間は絶えることはない……この積み上げてきた一年で、それを思い知らされた。
「ホント、俺はどうして
こんな力、魔王やラスボスが似合いの代物だろうと十四は笑う。前の事件で、散々指摘されたことだ。加添十四は、悪にはなれない。
悪であれば、こんなことで悩んだりする必要はないだろう。悪であれば、暴虐の限りを尽くしていればいいだろう。好き勝手に振る舞い、誰であろうと傷つけることに憂いはないはずだ。
「……でも、なんでかな」
そんな自分が、嫌いになれない。
大切な人たちと囲まれる日々が、この上なく愛おしい。
自由に放浪するよりずっと、雁字搦めに縛られる自分でいいと思えてしまう。
──"十四くん、応答してください、十四くん!"
頭に響く、焦った様子の念話。
リンディの声だ。鮫島に連絡するように言ってから、十分と経っていなかった。
なりふり構わず突撃したから待っているのは長い説教だと十四はぞっとする。そういえばここにいるのはテスト中に抜け出したからだと思い出す。
今更ながら、自分はどれだけ焦っていたのだろう。だが、彼女だったからこそこんなに慌てて、心を揺り動かした。大切だと思っていることに、嘘はなかった……不謹慎だが、少し心が満たされた。
アリサの危機だったから、という言い訳は通用しない。そういう時だからこそ、冷静さを求められるのだから。
きっと、ブラウニーを解放したことも咎められるだろう。これに関してはもう誤魔化しがきかない。
今の自分の体がティターニアであるということも、十四の意思で自在にブラウニーを解放できることも。隠してきたことが白日に晒される。
これで積み上げてきた物全部がパーだ。一時の感情に任せて、失った物は一年間の自分たちの苦労だ。
付き合ってくれたクロノとユーノ、ヴェロッサには合わす顔がない。勝手に記憶を弄ったはやてにもだ。
危ない橋を何度も何度も潜って、降りかかる火の粉を払って……その結果がこうなった。
──それでも、クロノとユーノは何だかんだと納得するだろうし、ヴェロッサもやれやれと言いながら許してくれると、思えるのだ。
なのはも、フェイトも、はやても、ヴォルケンリッターの皆も、リンディも、エイミィも、アルフも、笑って許してくれると思うのだ。
そう、信じることが出来た。
そう、信じられる仲間ができた。
それが心が張り裂けるくらい嬉しくて。自分の居場所があることに幸福をかみしめた。