それは、加添十四がクロノたちと共に降りかかる火の粉を払う前。管理局内の十四抹殺派を排除が本格化始動する以前の話。
彼らは管理局の闇と対峙し、その膿を取り除かなければならない。そしてその世界に、ルールなどない。
権力を。武力を。金を。様々な手段を、権謀を駆使して十四を抹殺にかかる。その周りに、誰がいようと構いなどしないで巻き込むだろう。大を救うために、小を切り捨てる。奴らの正義という奴は、そういうものなのだから。
そして彼らが何よりも恐れ、警戒しなければならないのは、大切な人たちに害が及ぶこと。
加添十四の一派にとって、最大のアキレス腱。大切だからこそ、重要だからこそ守りきらなければならない。
「アリサ、すずか。ちょっと来い」
最初は名前呼びに恥ずかしがっていた彼も、この頃になると慣れていた。
休日の、月村家のお茶会。十四はそれに呼ばれていた。
「何よ、十四」
「どうしたの?」
月村邸の猫たちと戯れていた二人は、くいくいと指先でこまねいた十四に呼ばれる。
十四は何も言わず、彼女たちの額に指先で当てる。
十四は一秒も満たぬ間で離し、テーブルの紅茶のカップに手を伸ばした。
「よし。もういいぞ」
「……何したの?」
「保険っつーか、お守り?」
「十四くん、もうちょっと詳しく」
加添十四が魔導師。それもなのはたちとは別次元で卓越した実力者であるというのは、魔法に関わらない彼女たちでも知っている。今現在、その源であるレアスキルを封じられていても、なのはと同レベルの才能を持っているということも。
魔法をいつの間にかやられていた、なんてことは堪った物ではない。訝しむのは当然だ。
だから、詳しく知る権利が彼女たちにあり、それを説明する義務が十四にある。
「ちょっと組織犯罪の山に当たってな。こういう任務って、関係者の親族や友人って結構狙われるケースが多いんだ」
対組織犯罪の……特に、大きな組織を相対する事件に関して、管理局員の親族友人が人質あるいは暗殺などで狙われるケースが多々ある。
手を引かないとこうなるぞ、という警告の意味で。追っている局員を狙わない所が悪辣で、そして効果的な手段である。
そして十四の追う組織は、自分の属する管理局の闇。生半な覚悟で当たれないのだ。
その説明だけで、聡明な彼女たちは理解する。危険が及ばないように、危機が迫っても守れるようにするための仕掛けをしたのだと。
「そっか、だからお守りなんだ」
「けど、何ともないけど。本当に効果あんの」
「そういう魔法なんだ。俺としては効力が発揮されて欲しくない代物だからな」
願わくば、何も起きてほしくない。それが十四の本心だった。
十四が二人に施した"お守り"──ブラウニーに彼女たちの平常状態のバイタルを設定し、ある一定の基準値を超えると彼女たちの感覚を十四と共有する術式が仕込まれている。
ある程度の自律意識があるブラウニーが危険状態にあると判断すると、十四へ信号を発信するという仕組みである。
もし致死にいたる外傷を受けたとしても、本来のブラウニーの効力を発揮し、生命維持に専念する。
故にお守り。故に保険。
使われる機会など、永遠あって欲しくない。そう、十四は願っていた。
「もしそういう事があっても、俺がすっ飛んで助けてやるから」
それが出来る力を持っている。守れる力を持っている。
彼女たちが危機に陥ったのなら、最速で駆けつけて十四は迷わず力を振るうだろう。
アリサ・バニングスが目を覚ました場所は、ハラオウン家のベッドの上だった。
見慣れない天井をぼーっとしながら眺め続け、心ここにあらずといった様子だった。
ここはどこなのだろう。どうしてここにいるのだろう。そんな頭の悪いことを考えていた。
眠気と気怠さが抜けない。寝不足だったことが原因なのか、枕元を見る余裕もなかった。
「……起きたんだ、アリサ」
声をかけられる。寝ていた自分が起きたことに気付かれ、寝惚けていた頭が半分覚醒した。
ここがフェイト・T・ハラオウンの部屋だと思い出した。故に彼女がここにいるのは当然だった。
そこからふつふつと、少しずつ思い出していく。今日が何の日で、何が起きて、どういう経緯でこうなったのだろうと。
完全に思い出した瞬間、アリサは跳ね上がって起きる。
「フェイト、今は何時!?」
「えっ、四時だけど……」
急に起き上がったアリサに驚いたフェイトは、壁に掛けた時計を見上げてそれを答える。視線につられてアリサも同じ方を見ると、短針が四を示していた。
「……そっか。私、誘拐されてたんだ」
「……うん」
こうして、解決してから自分に起きたことを自覚する。何もかもわからない内に始まって、気付いた時には全部終わっていた。
魔法絡みの事件に巻き込まれた。そうでなきゃ、ここにはいない。
自分は魔法が使えない。魔力がない。そうだとわかっていても、納得しても、悔しいという気持ちが消えない。
何をやっているのだろう、とアリサは無力感に打ちのめされる。
「鮫島は……?」
「鮫島さんも大丈夫。十四がなんとかしてくれたから怪我も……」
「十四が!?」
「うん。襲われてすぐに、十四は教室を飛び出していって……そのままアリサも助けて」
「そう、なんだ……」
「お水、飲む?落ち着こう」
「ありがと」
用意されたグラスの水を飲み干すと、心が落ち着いてきた。
「十四が、助けてくれたんだ……」
誘拐された自分を、テストを放り出して助けに来てくれた。
迷惑をかけてしまった。そんな気持ちがあるのは確かだ。
────しかし、それ以上に。
「そっかぁ……」
十四が自分を助けてくれた。それがとても嬉しくて、幸せで。怖かった体験を払拭させるほどの幸福感をもたらした。
襲われてすぐ、ということは十四がしてくれた"お守り"が教えてくれたのだろう。危険な目に遭ったら、すぐに駆けつけるという約束を守ってくれた。
女の子は、王子様に憧れる。
想い人が颯爽と自分を助けてくれたのなら、こんな嬉しいことはない。
知らず知らず、アリサも気付かぬ内に笑顔になっていた。
「……どうしたの?」
「え?」
「その……笑ってたから」
「嘘、私笑ってた!?」
ペタペタと自分の顔を触れるアリサは、無意識の表情の変化に驚いていた。
何とかいつもの表情に戻そうとしようとも、セメントが乾いたかのように幸せな笑顔のまま固定されている。
女の子の顔。恋する女子の顔。アリサの顔とは、すなわちそれだ。
デレデレしていた顔をフェイトに見られた。それが恥ずかしくて、見られたくなくて、布団の中に潜って隠れてしまった。
「ど、どうしたのアリサ!?」
こんな顔、アリサは見られたくなかった。たとえ親友であるフェイトであっても。
嬉しすぎて。幸せすぎて。表情筋が固まっている。
頬が真っ赤に染まり、涙も溜め、そして何よりも心が切ない。
寂しくて、嬉しくて、苦しくて、暖かくて、心地よくて。今回のことで本気で自分が恋に落ちてしまったのだと、実感する。
会いたい。逢いたい。遇いたい。
十四を見つけたい。その肌に触れたい。抱きしめたい。温かみを感じたい。鼓動を聞きたい。
食べ物よりも。水よりも。空気よりも。何よりも、今……十四を欲している。
そんな気持ちが、欲求が、アリサの中で暴れている。
何とか理性で抑え付けているのが、精一杯な現状だ。
(ごめん、なのは。私、もう止まれない)
これが恋の魔力。恋愛小説で、どうしてここまで愛のために出来るのだろうという場面を見たことがあったが、なるほど。初めて、それが理解できる。これには抗えない。
十四となのはが間に何も入らないくらいの相思相愛であろうとも、もう関係ない。
そう言えば、なのはとすずかの友情の始まりは、すずかのヘアバンドが原因で喧嘩になり、仲直りして親友となった。
どうやら自分は、誰かの大切なものを欲しがってしまうのかもしれないと自嘲する。まるで泥棒ではないか。
それでも、愛しい気持ちは嘘ではないと確信している。なのはの大切な人だから、ではない。自分が惚れた加添十四だからこそ、彼が欲しいと断言できる。
加添十四を奪って見せる。こればかりはもう、譲れないのだ。
この友情が、ここで終わっても構わない。奪い合いから発展した友情なのだから、奪い合いで終わるのだろう。
──恋に落ちるということは、壊されるということ。
そういう意味で言うのならば。アリサ・バニングスは間違いなく恋というものに狂わされ、心を砕かれた。
ミッドチルダ北部、ベルカ自治区の聖王教会。
夜となり、二つの月の光が降る闇に。月光すら通さない暗幕で深淵となった部屋。
盗聴器、監視の目などを完全に排除し、関係者のみ集まった秘密の会議。蝋燭の光だけが光源で、ゆらゆらと不安定な輝きを発し続けている。
議題の主役……加添十四は腕を組んでふんぞり返って椅子に座っている。
その隣には、クロノ・ハラオウン、ユーノ・スクライア、ヴェロッサ・アコースと並んでいる。
正しく彼らは、優等生の皮を被った問題児たちだった。
「……全く、貴方たちは……」
多忙で仕事に追われる立場であるカリム・グラシアは、自らの義弟とその仲間がやってきた行動をまとめた資料を見て頭を抱えた。多少の事では動じない精神力を持っていると自負している己でも、これの前では打ちのめされそうになる。
それは、十四抹殺派と呼ばれる者たちをどういう手段で排斥してきたかを書かれていた。
不祥事で消えて行った管理局高官や、検挙された闇組織の長。名だたるビッグネームが並んでいた。
それをこの四人が全て糸を引いていたというのならば……その手腕と巧妙さに驚かせるばかり。
何よりも、自分たちに気付かせる間もなくそれをやっていた。決して表舞台に出ることなく、闇の中で暗躍し、危ない橋を幾度も幾度も渡っていた。
察しられれば、彼女たちは間違いなく首を突っ込んでい来る。そう知っていたから。
「こっちは、人格と顔を与えて潜入している
リンディ・ハラオウンが見ているのは、十四が架空の人物の設定をティターニアに与え、あらゆる組織に潜り込ませている潜入員の情報の一覧。
実質、十四はたった一人で一個大隊分の人員を保有している。
"本体"が安置している場所の効果によって、ほぼ無限の魔力供給が可能となる。もっとも出力が限られているため千人が限度となっているがそれでも驚異的で脅威的である。
……そして目の前にいる十四自身すら、その千人の一人の内。
「十四さん。本体の……自分の体の場所は教えてくれないの?」
「こればっかりはな。俺の生命線なんだ」
十四の本体。つまり、十四自身の体。今の十四の体は魔力体であるティターニアであり、生身の肉体でない。
中身である精神は十四本人であるのは間違いない。ただ、器が違うだけで中身は同じあるというのが、十四自身の認識である。
いくら信頼できるリンディであろうと、話すことはできない。彼女の立場を考えれば、どこから漏れるかわからないからである。
真に信じられる相手。自分の命を預けられ、くれてやってもいい相手。十四が自分の体の場所を教える人はそれだけの人物だ。
それがクロノであり、ユーノであり、ヴェロッサだった。
十四だけが知っているというよりはずっとマシだとリンディは考え、これ以上は追及することはやめた。
「こっちの方が都合がいいんだ。生身と大差ないし、何より替えが効くし」
「そう聞くと人間辞めているように聞こえるな」
「そっか?ユーノ、俺人間辞めてる?」
「十分辞めてるよ。普通、体の替えが効くなんて言わない」
「フェレットもどきがよく言うよ」
「次それ言ったら怒るよ」
「とにかく!」
十四とユーノの茶化しあいにリンディが制す。
何かの犯罪に抵触している証拠があるわけではない。そういう証拠は巧妙に消されており、彼らを訴えることはできない。
グレーゾーンどころか、ホワイト。やっていたことは、降りかかる火の粉を払っていただけなのだから。
十四のブラウニーの使用に関しては、封印処置が完全でなかった管理局側の落ち度になる。
……そして聞く限り、十四のブラウニーを完全に封印する手段は、全てのブラウニー・ティターニアを消し去った上で本体に直接封印するか、本体である肉体を殺すしかない。
立場あるリンディ、カリムが不完全な封印を指摘して、完全な封印を施すことは……手間こそかかるが不可能ではない。
不可能ではないが……それが悪手であるということもわかっていた。
「レアスキルの有無構わず……十四さんを狙ってくるという事実は……決して無視できない」
それが今回のアリサ・バニングスの誘拐に発展したのだ。
アリサを誘拐した者たちの狙いは、十四の体。つまり、遺伝子情報を持ち帰ることこそが目的であった。
その遺伝子情報から、新たにブラウニーを持つ者を造り上げる──人造魔導師計画が背景にあることを、ヴェロッサが記憶を読み取って知ることが出来た。
人造魔導師の生産コストとリスクは、常軌を逸しているレベルで割に合わない。それこそ実行するのは、気狂いと呼ばれる者たちである。
しかし、十四のクローンであるならば話は別になる。たった一つでも完全な複製──『
不老不死を実現する力。絶大な武力。そしてそこから得られる巨万の富と、峰の頂に立つ権力。それを得られるのだ。
十四がレアスキルを持っていようと持っていなかろうと……持っていたという事実が重要だった。
「持っていようと持っていなかろうと……結局狙われ続ける。だったら、力はあった方がいい」
「ロッサ、でも……!」
「義姉さん。僕は十四の事が他人事に見えないんだ。同じように天涯孤独だったからね。それに、能力を捨ててしまったら十四は死ぬより辛い目に遭うかもしれない」
「死ぬより、辛い目?」
「────大切な誰かが、手から零れ落ちること」
ヴェロッサの言葉に、カリムもリンディもハッとなって十四の方を見た。
十四は何も語らず、無表情。ただ組んでいる腕を掴む手の力が、幾分か強くなっている。
十四は一度、何もかもを奪われた。残ったのは、命と名前と思い出くらいだった。
そして、妖精事件による衝突を経てようやく得た居場所と、大切な人たち。もう二度と零れ落としたくない宝石なのだ。
それは、自分の命よりずっと大事なものであった。
十四にしてみれば、大切な誰かのために生きることこそが存在理由。それを失ってしまえば、今度こそ空虚な鉄のガラクタに成り下がってしまうだろう。
「……力を捨てれば何もかもが解決するっていうなら俺は迷わずそうする」
力に執着はない。ただ、必要だったから持っていたから、要らなくなったらすぐに捨ててもいい。
しかし、それでは何も変わらない。力を失っても、自分に執着する者たちは変わらずいる。
「……俺が皆から消えれば誰も傷つかないっていうなら、俺は喜んでそうする」
本当はこんな選択はしたくないものの、孤独に耐えることはできる。寂しさこそあるものの、大切な人たちが傷つかないのであれば本望だ。
しかし、それは前と変わらない。誰もが優しい。優しすぎるから、結局自分のために傷ついてしまう。同じような事件を繰り返すだけで、下手したらもっと大事になってしまう。
「……俺はどうしたらいい?」
十四は、助けを求める。信頼できる大人たちへ。命を預けることができる友たちへ。
身の丈を超えた力を持っている。そのせいで、大切な人たちと過ごす日常をまともに生きていけない。
自分は欲張りなのだろうか。ささやかで、たくさんの、小さな幸せがある世界を望んでいるだけだというのに。
こんな力があるのがいけないのだろうか。こんな力を持っているくせにそんな願いを持つのがいけないのか。
──加添十四は、強欲なのだろうか。
「教えて、くれよ……!」
────もう、十四は限界であった。
振る舞いこそなんてことのないようにしているが、元々年端もいかない少年なのだ。
アリサの誘拐から始まって。十四の心には大きな傷が刻まれていた。
自分のせいで、アリサを危険な目に遭わせてしまった。自分がいたからこそアリサは誘拐されてしまった
。
──自分の大切な人が、自分のせいで壊れてしまいそうになった。
故に十四は誰よりも、何よりも、加添十四自身を憎悪する。
こんなにも自分の命を絶ちたいと願ったのは、妖精事件以前の、自分が空虚だと思った時期よりはるかに強く。
そしてこのままではアリサだけでなく、他の誰かも巻き込んでしまうのではないかと震える恐怖で、十四の心は怯えきっている。
「助けて、くれよ……!」
弱音を吐く、十四の姿はあまりにも印象的だった。
塞き止めていたダムが決壊し、ぽろぽろと泪をこぼしているその姿は、あまりにも年相応で。
背負っていたものに押し潰されそうな、苦悶の表情であった。
──その顔を、その姿を。ここにいる全員は一生忘れそうにないだろう。
たった一人の子供を守れないで、何が管理局だ。何が管理局員だ。何が執務官だ。何が提督だ。何が査察官だ。何が理事か。何が大人だ。何が親友だ。何が悪友だ。
全員が自分に腹を立てた。なんとかしてやりたいと切に願うしかない自分に、何よりも憤った。
「……わかった」
クロノは、ただそれだけ言った。
ユーノも、ヴェロッサも、リンディも、カリムも。何も言わずに頷いた。
魔導師である十四のためではなく。
ブラウニーの所有者である十四のためでもなく。
負けず嫌いで、生意気で、そして誰よりも
彼らは、戦うことを誓った。