私立聖祥付属小学校に、高町なのはと加添十四は通学している。
近くにある市立学校でいい。わざわざ高い私立にする必要はないと十四は転校する手続きの際にそう言ったのだが、もしもの時手早く対応のできる魔導師が近くに居た方良いという理由で、この学校に通うことになっている。
それは事件後の今でも変わらず。むしろ、魔力完全封印状態の今だからこそ、十四を守らなければならない。
────加添十四は、常日頃から狙われている。
十四が魔力を保持していた時に有していた能力。それは余りにも有用で、凄まじく破壊的で、何よりも優しすぎた。
“魔導師”加添十四という存在が、次元世界全てを巻き込む戦争の火種になりかねない。それほどの危険要素を持っていた。
反管理局組織を始めとしたテロリスト、広域犯罪組織やマフィア、政財界の要人、宗教法人、さらには匿っているはずの管理局の一部すら一人の少年へと手を伸ばそうとしている。
十四を狙う目的は様々。十四の持つ武力、能力によって得られる財力、十四を利用して勝ち取る権力……そして、十四を危険要素として排除する目的を持つ者もいる。
それ故に彼は、事件以後独りでいることが格段に少なくなっていた。
「前のガッコにはスクールバスなんか、なかったんだがなー」
昔を懐かしみながら、十四はそんなことを言う。
市立小学校からこの学校に通うことになった十四は、最初は考えられなかった。学校に通うのに高級車で来るような人種がこの世のどこかにいるのは知識としては知っていた。
自分も高校、大学と進学したらバスや電車通学くらいはするとは思っていた。
しかし今、この小学生の身分で夏場でも冬場でも快適なバス通学になるとは思わなかった。
「そんなこと、前にも言ってなかった?」
「……言った気がするな」
いつだったかと十四は思い出した。初めて転校して通学した時だ。
今のように、バス停で待っている時にこうして喋っていた。
現在ではこの通り慣れたものだ。昔を懐かしむ余裕もある。
「で、頼みがあるわけだがテスタロッサ。そこの頬っぺ膨らませて『可愛い』なのはの機嫌を直すのに手を貸してくれないか?」
わざとらしく、『可愛い』の部分を強調して言う十四の目には悪意はない。あるのはなのはがどんな反応するのかという好奇心と若干の悪戯心だ。
十四となのはと同じようにバスを待つフェイト・T・ハラオウンは、苦笑いを浮かべている。なのはが朝から十四に冷たい態度を取っていたのはわかっているが、その原因が十四本人の自業自得であるのも見て取れた。
「ふんっ」
「あだっ!」
また人前で可愛いと言った十四に、なのはは彼のローファーへと思いっきり踏みつける。
これ以上こんなことを言ったら容赦しない。そういう意味のメッセージである。
「な?どうにかしてくれ」
「うん。どうにかしなきゃいけないのが十四なのがわかったよ」
「え~」
「え~、じゃないの」
フェイトは、やれやれと思いながらも十四を窘める。
十四という少年は、自分と同い年なのに幼く見えるというのがフェイトの印象だ。人より純朴で純粋、そして負けず嫌いで子供っぽい。妖精事件を経てから、それが顕著になってきた。
正確に言うなら、本来の十四へ戻ってきているというのが正しい。魔法を手に入れる前の、どこにでもいる少年だった頃に。
家族を失った頃の十四は、鉄の心を得ようとしていた。なにものにも動じない、強い心を。強くあるだけの心を。無理矢理にでも大人になろうと生き急いでいた。
だが、得たのはガラクタの壊れた心。成ったのは加添十四だった残骸。歪んだ欲望に縛られた怪物が、十四の果ての姿になった。
歪みは砕かれ、そして十四本人が望む本当の願いを自覚したことによって、妖精事件は解決した。
好きなものは好き。それを恥ずかしがらず言い切ることが出来る彼が、フェイトにはうらやましい。
その愛情の加減が出来ないところが、なのはがムキになっている原因にもなっているわけだ。
バスが来て乗り込むと、最後尾の席になのはたちが知っている顔が二人いる。朝のバス通学ではもう、その席は指定席みたいなものになっている。
十四はすかさず、入ってすぐの空いている席へと座ろうとする。最後尾に一番遠い、最前列の席に。
しかし、それを肩をつかまれて止められる。十四の肩をつかんでいるのは、なのはだ。
「あの、なのは……」
「こっち」
「いや、別にいいじゃないすか。たまには別々の席も」
思わず敬語になる。十四がこれほどへりくだった態度を取ることはあまりない。
十四の性格は負けず嫌い。誰であろうと何であろうと負けることを善しとしない。
それでも、十四が敬意を払う相手は存在する。誰にでも喧嘩を売る狂犬ではないのだ。
第一に存在するのは、恩を持つ者。恩には義で返すのが人の道理であり、事件後はそれが顕著である。恩を仇で返してしまった負い目があるせいか、こればかりは絶対に逆らう気はない。
そして、第二に。十四を降した者、あるいは十四が負けたと認めた者には、ある程度は服従する。
このバスの最後尾の座席に、十四が負けた相手がいる。その者が十四に対する天敵であるということも、なのははよく知っていた。
「こっち」
そんなこと知らない。十四の言い分なんて聞かない。求めている返答は『YES』か『はい』のどちらかだけ。
有無を言わせない。今のなのはは、お話を聞くほど穏やかではない。
「……はい」
十四はなのはに引っ張られるようにバスの最後尾の席へと歩いていく。
その様は鎖に繋がれた奴隷のようにも見えた。
「おはよう、アリサちゃん、すずかちゃん」
「おはよう、アリサ、すずか」
なのはとフェイトが席に座っていた二人の少女へと挨拶をする。
「おはよ、なのは、フェイト」
「なのはちゃん、フェイトちゃん、おはよう」
少女たちも、それに答える。
ブロンドの少女のアリサ・バニングスと、白いヘアバンドをした少女の月村すずか。彼女らはなのはたちの親友である。
「……おはようございます、バニングス、月村」
連れて来られた十四も何も言わないわけにもいかず、彼も挨拶をする。
その表情は苦虫を磨り潰したものを口に入れたような、とても渋い顔色をしている。
「聞こえなかったわね。もう一回言いなさい、十四」
アリサがもう一度、十四に朝の挨拶を求める。
気に入らないところがある。そうじゃないだろう、と訂正を求めている。
十四本人も、アリサは何が気に入らないか最初から分かっている。分かっているからこそ、この席の近くには来たくなかった。
「……おはようございます、アリサ、すずか」
「お、おはよう、十四くん」
「おはよ、十四。言えるなら最初から言いなさい」
言い直してまで変わったのは、苗字から名前で呼び方を変えただけだった。
しかし、たったそれだけで十四の顔は真っ赤になっていた。
十四が同年代の女子に名前で呼べるのは、なのはだけである。それは居候であったり、十四が呼ぶことに慣れることができたという理由もある。
それでも未だに、なのは以外の女子には名前で呼ぶのはハードルが高い行為である。
それが納得出来ないのが、アリサ・バニングスという少女である。なのはが良くて、自分がダメ。そういう特別扱いが彼女には我慢出来ない。
しかし、十四もかなりの頑固者だ。呼び方を変えろと言われても嫌なものは嫌なのである。
そこで提案されたのが、勝負という形での決着である。
十四は負けず嫌いだ。だが、約束は必ず守る。
勝った方が、負けた方に何かしらの要求を通す。その条件でアリサは、十四に勝負を挑んだ。
内容は、テストの点数比べ。教科は『英語』『算数』『国語』『社会』『理科』の五教科。その総合得点で勝負を決めることになった。
十四自身、勉強は得意ではなかったが連日の塾通いの蓄積と、この負けず嫌いの性格のせいで前の市立学校でも成績は学年トップを誇っていた。聖祥への編入試験でもあっさり通過できたことも、学力の高さを証明している。
……結果として、十四は敗北した。
張り出された成績順位の張り紙に、『一位』アリサ・バニングスのその下に、僅差の数字の差で『二位』と並べられた加添十四の名を見たときには、十四は相手を見誤ったと今更ながらに思ったのである。
相手はあのバニングスグループのご令嬢。所謂大金持ちの娘である。その娘に、特別な教育が受けられていないわけがない。受ける勝負を、間違えたのだ。
アリサが十四にした命令は、『自分の目の届く範囲では私たちのことを名前で呼べ』というもの。ずっと、ではさすがに酷であるため、ある程度妥協した内容である。
その『私たち』に入るのは、命令を下したアリサ本人はもちろん、すずか、フェイト、そしてもう一人もその内に入っている。
真っ赤になって、恥ずかしがって照れている隣の彼に対して……なのはは、最高の皮肉を返す。
朝からさんざんっぱら聞かされて、自分を困らせたセリフだ。これで溜飲を下げることにする。
「恥ずかしがってるの『可愛い』よ、十四くん」
──十四の頭には、因果応報の四文字が思い浮かんでいた。