少年は少女へ選択を迫る。
この重傷を戻して魔法を捨てるか、諦めずに傷を抱えたまま魔法を抱え続けるか。
それを可能としている手段を、十四は今保持している。後遺症が確実に残るこの重症を跡形もなく治療することも、彼女から魔法を取り上げることも……今の少年にとっては容易いことだ。
禁じられた稀少技能『
この力は、争いを呼ぶ。人に過ぎたものをもたらす。
「今の俺は、
十四自身が、己が最強だったと信じているのはあの事件当時の時に他ならない。
能力の応用により、十四は自分のリンカーコア以外に他人のリンカーコアを移植するという荒業を為した。これにより、魔力保有量は他者とは隔絶した数値となっている。
さらには己の全てを十全に把握している。これは、究極的に突き詰めた成長限界まで至らなければできはしない。如何なる達人ですら、自分の体に起きている全てを知ることは凄まじく難しい難行である。
十全に知っているからこそ、己に出来ることと出来ないことが全てわかる。可能と不可能の境界線を引いていれば、持ち得る手札を完全に理解出来る上、何が有効かということも把握できる。
「忘れたなんて言わせない。コイツがどんな力を持ってるかなんて」
なのはは、その赤錆色の妖精の持っている力を覚えている。忘れるわけがない。その妖精の力によって、十四がどれほど手を焼いた相手になったのか、今でも怖気が走る。
──無機物などの無生物を除いた生体に限り、その生体の時間を操ることができる。
それが、十四の持っている力。この力で、魔法キャリアが圧倒的に短い彼が、経験豊富な彼らと渡り合えた一因になっている。
応用の幅も広く、己の全てを知っている十四はこの力を限界まで使いこなした。
魔力と、立ち上がる意志さえあれば死すら取り上げる
遺伝子データを入力することで思い通りの私兵を作り上げる
流れゆく時間の流れを塞き止め、さらには時の流れより疾く疾走する
どれか一つだけでも驚異となる。だが彼はそれらを自在に行使することができる。十四という一個体の人間が
いずれも、何かを得て何かを失う。
「──選べ」
妖精王は提示する。傷ついた少女に岐路を選ばせる。
一方は、戦場。
一方は、退路。
何も失わないというのはない。そんなわがままは受け入れない。
彼女自身がわかっていたのだから。こうなる覚悟も、あったはずなのだ。
「選べっ!!」
「そこまでだ、十四」
少女と少年だけだった空間に、第三者の一声が割り込んだ。
十四は手のひらに乗ったブラウニーを消して、出入り口のある背後へと振り返った。
「クロノ……」
「やはり、禁を破ったか」
新たに部屋に入ってきたのは、十四の魔法の師であるクロノ・ハラオウン。その後ろには、フェイト・T・ハラオウンと八神はやて、そしてなのはが事故を負った原因になった仕事で同行していたヴィータも控えていた。
フェイトとはやては、なのは墜落の一報を聞いた瞬間に学校を飛び出した彼を追い、息が切れている。魔法なしの素の身体能力では、十四は女子で一番運動が得意なすずかすらも上回る。これは、男子と女子の性能の差異といったところだ。
ばつが悪い顔をする。割り込んできた者たち。考えてみればなのはは重症人。容体が安定しているとはいえ、まだ油断ができない状態には変わりない。部屋が無人でいることがまずありえない。十四は今、己がはめられたことに気付いた。
「趣味が悪いぞ、盗み聞きなんざ」
「別に盗み聞きなんかしていないさ。偶然、話し声が聞こえたからものだからな」
「偶然ね。とんだ偶然もあったもんだ」
わざとらしい、十四は舌打ちをした。師匠である男の性格など、弟子である少年が理解していないはずがなかった。
「なんで、十四がブラウニーを……」
「使えるんやって……それに、魔力も感じられるし……」
学校で共にいたフェイトとはやても、封印されて以降は十四が今のように魔力を感じられたことはなかった。
何かしらの緊急事態や、魔法行使を許可された場合でのみ、十四の魔力封印は限定的に解かれていた。それでも許された魔力量はせいぜいがCランク程度。ただ立っているだけで肌に感じられるほどの魔力など、ありえなかった。
さらに、特級の危険要素であるブラウニーの封印が解かれているという状態。十四自身が過ぎたおもちゃと認めているそれを、どうして使えるようになっているのか。
「そんなことはどうでもいい……おい、十四!早くなのはを治せ!お前ならこんなの簡単だろうが!」
使える理由なんて些細なことでしかない。
そう言わんばかりに、後ろにいたヴィータがフェイトやはやて、そしてクロノを抜いて十四へと詰め寄った。
ブラウニーをもってすれば、ヴィータの言うように簡単に事故が起きた前へと戻すことができる。
「それを選ぶのは、なのはだ」
「バカかテメェ!治す代わりに魔法を取り上げるなんざねーよ!そんな条件受け入れるか!」
強気で乱暴な口ぶりに対照的に、目は涙を溜めている。
目の前でなのはを撃墜されて、一番心が参っているのはヴィータである。
なのはの力は戦ったことのあるヴィータ自身が認めている。なのはが墜ちるなんてこと、考えたこともなかった。この状況がショックであり、平静さを失って感情的になってしまった。
「……お前、あの事件でなんも学習してないのかよ」
「んだとっ!?」
「断言してもいい。そのままコイツを戻したら、また同じことを繰り返す。……いや、繰り返せること自体が幸運だ」
死ななかっただけ、幸運だった。命を落とさなかったのは、偶然の賜物だったと十四は断言する。
生きているなら。死んでいないのなら、十四はいくらでも戻すことができる。その自負がある。確信がある。
だが、死んでしまったら……ソレはモノになってしまう。
魂が欠けた入れ物は所詮器でしかなく、生物が生物たらしめているのは魂というものだ。
死者は蘇らない。これは時間を限定的とはいえ逆らうことのできる十四といえど、覆すことのできない絶対法則。
「人は、呆気なく死ねる。俺がやった自殺の一回でもやれば、普通は誰でも死ぬ。そんだけ、魂ってのはこぼれやすいんだよ」
肉体が器で、魂が中身という考え方を持つ十四には、魂というものはこぼれるものであるという認識だ。
肉が機能しなくなれば、そこから中身が出て行っていく。出て行った中身は元には戻せない。
かつて身近に死を見た十四には、かつて死にたがっていた十四には、命は軽く壊れやすいものだとわかっていた。
「俺はな、魔法がコイツにとっての幸せに繋がるなんて、欠片も思っちゃいねえ」
「っ!」
「そんなっ!」
なのはの身を滅ぼしたのは、なのは自身の魔法である。十四は、そう信じている。
十四にとって魔法とは、道具であり武器。これは妖精事件以前も以後も変わらない認識である。
必要だから使っていた。扱い方を知らなければならなかったから学習した。その程度の思い入れしか、十四には己の魔法にはない。
子供に実銃を持たせているようなもの。そう考えたからこそ、魔法を手放すことに躊躇いはなかった。
「なのはだけじゃない。これはお前らにも言ってることだ。自分の持っている
誰かの幸せを願うなら、必要な力なのかもしれない。
だが、自分の幸せに魔法は必要なのか?魔法の存在が、己の幸せすら壊していないか?
この部屋にいる、全員に問う。人のふり見てわが振り直せ……魔法を信じている彼らにこそ、己自身を見つめなおす必要がある。
「なのは、今決めなくていい」
「あ……」
「けど、必ず答えを出してくれ」
言葉を残し、十四は頭から霧のように霧散して消えてしまう。
遺されたのは、彼が着ていた聖祥の制服だけ。残っている体温の残滓が、十四がここにいたという唯一の証明になっている。
……転送魔法や幻術ではなく、文字道理消えて行った。
その様子には、誰もが絶句の表情を浮かべる。
──ただ唯一、クロノを除いて。