「へくちっ・・・・・・寝てたんだ」
秋は自分のくしゃみで起きた。時刻はまだ日が昇る前。境内には男の頭部とキメラの死体だけが残っている。『氷』のルーンを刻んでいる黒鍵をキメラの死体に投擲する。キメラの死体は凍っていき、狐眼の男と同じように砕けて霧散した。
「この頭は・・・・・・どうしよう?」
秋は残された男の頭部の処理に困っていると、黄金の波紋から棘が伸び、頭を丸呑みにしていった。
「・・・・・・あの子、あんなことも出来たんだ」
秋は自身の魔術礼装の新たな可能性に戦慄しながらも、境内をあとにした。朝も早いからか住宅街には明かりが点いていない。住宅街を抜け、冬木大橋を抜け、繁華街に入った。繁華街も人は疎らにしか歩いていない。秋は繁華街を抜けて工場地帯に入った。そして、家兼事務所『伽藍の堂』の前についた。鉄製の階段を上り、四階を目指す。
「ただいま戻りましたー」
秋は事務所の扉をゆっくりと閉める。中は電気がついておらず、誰かの寝息だけが聞こえる。
「先生・・・・・・?」
秋は橙子に近づき顔を覗き込む。起きていても美人な橙子は眠っていても美人で、まるで絵画のようだと秋は思ってしまった。テーブルの上に毛布と枕、救急箱、そして書き置きが置いてあることに気づいた。
『バカ弟子へ。いつ帰ってくるか分からないので私は先に寝る。怪我をしているなら適当に処置しておけ。私が起きたら診てやる』
走り書きながらも綺麗な字で書かれていた。秋は傷を消毒し、包帯を巻いていく。
「お休みなさい、先生・・・・・・」
秋は毛布を被り、二度目の眠りについた。
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「んぅ・・・・・・あれ?」
秋はゆっくりと瞼を開く。
「おはよう、秋君」
「・・・・・・おはようございます、幹也さん」
目覚めて始めに視界に映ったのは伽藍の堂唯一の従業員、黒桐幹也だ。幹也は机の前で資料を整理している。
「・・・・・・幹也さん。先生は?」
秋は事務所内を見渡して、事務所内に橙子が居ないことに気づいた。
「橙子さんは出掛けてるよ。もうすぐ帰ってくるんじゃないかな?」
「そう・・・・・・ですか」
「何か飲むかい?」
「えっと・・・・・・お願いします」
「うん、ちょっと待ってね」
幹也はパイプ椅子から立ち上がって、キッチンに入っていった。
「なんだ、もう起きてたのか」
「あ、先生・・・・・・」
事務所の扉が開き、橙色のコートを着た橙子が入ってきた。
「黒桐。私もコーヒーだ」
「わかりましたー」
橙子は自分の席に歩いて行きながらキッチンでインスタントのコーヒーを沸かしていている幹也に注文する。幹也も慣れているのか橙子の分のカップを棚から取り出す。
「秋。黒魔術使いはどうした?」
「始末しましたよ。生かしておくメリットも無いですし」
「そうか・・・・・・」
橙子はパイプ椅子に座り、煙草に火を点けて吸う。
「黒魔術使いはどうやって根源に至るつもりだったかは聞き出したか?」
「向こうが勝手にベラベラと喋ってくれましたよ。・・・・・・神霊が根源にいると仮定して、
橙子は秋の話を聞いて眼を見開きながら、煙草を落とした。
「呼び出そうとした神霊はテスカトリポカ。アステカ神話の一柱、創造神の他に悪魔としての側面がある神霊ですね」
「テスカトリポカ・・・・・・ふん、こんなことなら魔術協会からもっとふんだっくておけば良かった」
橙子は新しい煙草をくわえながら、秋に通帳を投げる。
「今回の報酬だそうだ。中を見てみろ」
「はぁ・・・・・・はぁ!?」
秋は通帳を見ると大声を上げた。
「ぼ、僕の年収より多いね・・・・・・」
コーヒーを淹れ終わった幹也は秋の通帳を覗き込む。そして、自分の年収より多いことに驚いている。入金された額が額だけに秋の通帳を持つ手が震えている。
「通帳は閉まっとけとよ。・・・・・・それから、まあ、なんだ、お前が無事で安心したよ」
橙子は煙草を吸いながら秋から顔を逸らす。幹也は小さく笑う。そして、秋は橙子の方を向く。
「ーーーーーーただいまです、
「ーーーーーーおかえり、秋」
・入金された金額
0が九個だったりします。