「埃臭っ・・・・・・聖堂教会から誰も派遣されてないんだ」
教会の中は何年の人の手が加えられていないからか、埃が積もり、荒れ果てている。
「ん・・・・・・?」
秋の足跡以外に成人男性程の足跡と何かを引き摺ったような跡が入り口から延びていることに秋は気づいた。
「真新しい足跡・・・・・・誰か礼拝にでも来たのか?」
足跡は入り口から祭壇横の扉にまで延びている。秋は無言で黒鍵を取り出し、扉まで歩いていく。
「・・・・・・・・・・」
扉をゆっくりと開き、部屋の中を覗きこむ。部屋の中には地下へと続く階段があった。秋は部屋に入り、階段を降りていく。辺りに靴の足音だけが響く。
「これは・・・・・・」
階段を降りた先には中世の拷問でもしたのか部屋中に血が飛び散っている。所々に肉片も落ちている。
「
「霊脈の異常は霊脈の真上で
秋は部屋に中央に血で書かれている魔方陣に近寄る。
「
「ーーーーーー一体
「ーーーーーーっ!!」
秋はとっさに背後に向かって黒鍵を投擲する。
「おっと、危ない。無駄ですよ無駄。私は影。君の攻撃は届きませんよ」
部屋中に男の声が反響する。秋は新しい黒鍵をいつでも投擲できるように構える。
「
「企み?いえいえ、私は魔術師として当然の目的、根源への到達の為にこの地に来たんですよ」
影は不気味に揺らめく。秋を嘲笑うかのように。
「しかし、駄目ですねぇ。たった五人ぽっちの生贄では
「
「ええ、出来ますよ。根源の渦に辿り着くにはもっと、もっと、生贄が必要ですが。しかし、此処で死ぬ貴方に聞かせる程、私は優しくはありませんよ」
「ーーーーーーっ!」
秋は魔方陣から飛び退く。同時に魔方陣の下から腕が飛び出してきた。地面から這い出てきたのはーーーーーー腐臭を撒き散らす
「まさかーーーーーー
一つの死体に他の死体を繋ぎ合わせたからか、所々に縫合された跡があり、繋ぎ目から血が流れている。
「それではごきげんよう、極東の魔術師」
影は消えていった。
「グキャアアアアアアアア!!!!!」
キメラは慟哭にも、助けを求める悲鳴にも聞こえる叫びを上げ、秋に襲い掛かる。
「っ・・・・・・!」
秋は降り下ろされた爪を屈んで避ける。
「ーーーーーー
強化の魔術を使い、キメラの腹部を殴る。キメラの腹部からグシャッと言う音が鳴り、部屋の壁に叩き付けられる。秋は両手に二本づつ黒鍵を持ち、部屋の四隅に向かって投擲する。黒鍵は淡い光を放っている。
「グキャ、グキャアアアアアアア!!」
キメラは腐敗した足を引っ張りながら秋に迫る。
「ーーーーーーごめんね、僕には君を助ける術は持ってないんだ」
秋の腰から吊るされている『夜天の書』が開き、頁が捲られていく。秋の手には黄金の
「グキャ、グキャ、キシャアァァァァァァァ!!!!!」
「ふっ・・・・・・!」
キメラの降り下ろされた爪を
「ーーーーーー
ーーーーーーキメラが転ぶ。秋は
「ーーーーーー次の人生は、平和に暮らせることを祈ってるよ」
秋は息を深く吸う。
「ーーーーーー主の恵みは深く、慈しみは
ーーーーーーあなたは人なき荒野に住まい、生きるべき場所に至る道も知らずに。
ーーーーーー餓え、渇き、魂は衰えていく。
ーーーーーー
ーーーーーー渇いた魂を満ち足らし、餓えた魂を良き物で満たす」
秋は言葉を紡ぐ。理不尽に、不条理に命を奪われた者の為に。『彼女』が教えてくれた言葉を。
「ーーーーーー深い闇の中、苦しみと
ーーーーーー今、枷を壊し、深い闇から救い出される。
ーーーーーー罪に汚れた行いを病み、不義に悩む者には救いあれ。
ーーーーーー正しき者には喜びの歌を、不義の者には沈黙を」
最初は暴れていたキメラは大人しくなり、今は僅かに痙攣をしている。
「ーーーーーー
洗礼詠唱。地上に縛り付けられた魂は解放され、キメラは動かなくなった。動かなくなる前にキメラの口が微かに動いていた。何を言っていたのか、それは秋にまで届かなかった。
「ーーーーーーお休み」
秋は黒鍵を回収する。そして、斧剣の柄を黄金の波紋から引き抜く。
「
秋は自身の体と斧剣を強化する。そして、斧剣を地面に叩き付ける。斧剣は魔方陣を破壊し、二メートル程の深さの穴を開ける。秋はキメラの死体を引っ張り穴に落とす。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・流石に
秋は壁に寄り掛かりながら座り込む。
「先生に怒られるね・・・・・・これは」
秋の右腕と両足から血が流れている。秋は服を破り、手早く止血していく。
「・・・・・・でも、幾つか収穫はあった」
更識の裏切りと外来の魔術師との結託、
「よし・・・・・・」
血が止まったことを確認した秋は立ち上がり、四隅の黒鍵と斧剣を回収する。
「・・・・・・・・・・・ごめんね」
秋は階段の前で立ち止まり、もう一度穴の方を向いて謝罪の言葉を残した。それは、生贄にされた人に対するものなのか、それは秋にも分からなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ただいま戻りました・・・・・・」
「あ、おかえり秋って、その怪我どうしたの!?」
伽藍の堂で始めに秋を迎えたのは春華だった。春華は秋の怪我を見て慌てて駆け寄る。
「春華。先生は?」
「蒼崎さんより秋の怪我の方が大切だよ!?ちょっと待ってて!すぐに救急箱持ってくるから!」
春華は慌てて自室に入っていく。
「戻ってきてたのか・・・・・・おい、その怪我はどうした?」
「ちょっとミスりまして・・・・・・それより幾つか収穫がありました」
「話は後で聞く。それより手当てが先だ。こっちに来い」
「えっ、あ、ちょっ!?」
橙子は秋を引っ張り、ソファーに座らせる。橙子は手慣れた手付きで秋の服を脱がしていく。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!いきなり何するんですか、先生!?」
「服を着てたら怪我の具合が分からないだろ。ほら、大人しくしてろ」
秋は抵抗を試みるが、無駄に終わる。橙子は秋の怪我を診察して、右腕の怪我を見て手を止める。
「・・・・・・おい、何段階まで強化した?」
「えっと・・・・・・
橙子は無言で秋の肩の怪我を握る。
「イタタタタタタタタタッ!!!!!?ご、ごめんなさい先生!?だ、だから、肩の怪我に触るの止めてください!!!?」
「まったく・・・・・・このバカ弟子が!最高でも
秋と橙子のじゃれあいは春華が戻ってくるまで続いた。
・キメラ