FAIRY TAIL 天空に煌めく魔導の息吹   作:天狼レイン

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お久しぶりです! 半年と少しぶりですね、皆さん!
FAIRY TAIL 『天空に煌めく魔導の息吹』再スタートです!
色々調整してたりしてたので本当に遅れまくりましたが、これからはたまに更新できるように頑張ります。
応援してくださる方に感謝を、喝采を、祝福を!
と、いうわけで。
前回あれほど待たせました、後篇です。
文字数は宣言よりも減ってしまいましたが、それでも一部のキャラに視点を置いたりしているのでそちらに目を向けていただければなと。
あと若干ヒャッハーしてるキャラ多いかもです。
そこのところも苦笑いしながらどうぞ。
それでは久しぶりの本編をどうぞご観覧あれ!




男たちの戦場 後篇

緊急事態から数分が経ち、漸く俺たちは危機を脱した。

昼間は海辺に変態が出るわ。少し話した後に大広間に行けば、地獄絵図、もとい地獄(グラズヘイム)が展開されているわ。

ただ単に抱き上げて逃走図ろうとすれば、シャナが鼻血を出して気絶しかけていたりとか。

本当に目まぐるしいことこの上なかった。と、愚痴ってみたが一番の戦果と言えば、突撃班に犠牲者が出なかったことと、未成年者からアルコールという毒物を完全に解毒できたことだ。

少々問答を受けていたフィーも今ではすっかりいつも通り。

酒を飲んでしまった理由はメイビスが持ってきていた酒を、用意されていたものだと勘違いしたエルザによる愚行。それに巻き込まれた各々に囲まれた結果らしい。

シャナは一口ずつなら大丈夫だったのだが、ちょっとした興味でグイっと飲ませたら酔い潰れてしまったとのこと。その間フィーはずっと一人で美味しそうに飲んでいた、と。

 

いやいや、なんで平然と追加で飲んでるの? 止めようぜ、そこで。

 

とツッコミたかったのだが、現場にいなかった俺が言える義理でもない。大変最低なことだが、兎に角二人を尖兵として行かせていて良かったと思ってしまった。

俺が尖兵で行っていれば、飲まされ続けたあとの酒癖である抱き上戸が発動し、記憶が飛んでしまうと謝りようにも実感がないこともあり、どうすればいいか頭が真っ白になるところだった。お陰様で前にこんなことがあって頭は真っ白となった。

おのれ許すマジ、カナ・アルベローナ。こっちは好きでグイグイ酒を飲む訳じゃねぇんだよ。記念やら気晴らし、その他諸々の特殊な場合だけなんだよ。

 

と教えてやりたいのも山々だが、現在カナはエルフマン、ミラ、リサーナの班で修行を行っている模様。コイツは驚いた、アイツ山なんか登る体力あったのか。前に24時間耐久レースした時は結構バテていたような気がしたのだが。

 

――さて。

 

「ウェンディ、そこの桶に沈めてある冷えたタオル、こっちに渡してくれ」

「はい、どうぞ」

 

「ありがとな。ん、ちゃんと絞ってるな。ウェンディ、やっぱ慣れてるな、こういうの」

 

受け取った濡れタオルの感触を確かめつつ、褒める。嬉しそうに頬を少し染め、照れるウェンディの姿をしかと目に焼き付けて、俺はタオルを軽く畳んで横になっているシャナの額に置いた。

 

「よし」

 

「お兄ちゃん、シャナさんは大丈夫…なんですか?」

 

「ん? ああ、大丈夫だ。ただの貧血。鼻血出し過ぎたんだろうな」

 

原因もわかっている。が、なんで鼻血が出るに至ったかは皆目検討がつかない。いやはや、なんでこういう時に俺の脳はそこまで答えに近づいているにも関わらず辿り着けないのだろうか。俺の脳の責任か、それとも日頃から鈍いと罵られる俺の責任か。

もし、後者であるならば、可能性だの原因だのを演算している自らの脳が哀れに思える。

いや、恐らく後者なのだろう。首を傾げている俺にジトーとした目を向けたウェンディとフィーがそれを物語っている。

その冷たさ混じりの目を言葉に現せば、多分……。

 

なんでまだ気がつかないんだろう?

 

というヤツなのだろうと思う。本当にそうなのかを聞いてはみたいが、遠慮しておくに限る。こういうのは知らぬが仏と言うし、自分自身を守るための戦略の一つだ。

 

ところで

 

「二人は風呂に行かないのか? 今頃酔いが覚めただろう女子陣が向かってると思うんだが」

 

手伝ってくれていたウェンディは勿論、事情聴取を既に終えているはずのフィーも未だにここに滞在している。理由は分からないが、何か残る理由があるのだろうと思う。

例えば、ウェンディなら俺の予備で治癒魔法を行使出来るだろうし、他にも応急措置などはお手のものだろう。

続いてフィーだが、パッと思い当たるものはないが、親友なのかもしれないし、心配だという理由なのではないかと推測する。

 

だが

 

「あ……」

 

「………忘れてた」

 

二人は驚きつつ、腰を上げて立ち上がる。

どうやら素で忘れていたらしい。二人らしい感じもしなくないし、なんだか可愛らしくも感じる。悔しいが若干あの変態の感性が理解できてしまいそうになる。

が、すぐに同情を含めた全てを凪ぎ払い追い出し滅尽滅相。邪魔なヤツは直ちに除外だ、クソッタレ。この程度で流されていたらキリがない。

 

と理性と何かがほんの僅か拮抗し直ぐ様消滅した最中で、ウェンディがこちらを向いていた。

 

「それじゃあ、私とフィーちゃんはお風呂に行ってきます。シャナさんのこと、責任をとって看病してあげて、お兄ちゃん」

 

「うっ……、わ、分かった……」

 

言い返せない現実。事実、俺が原因らしいし。それに――

 

「――ま、俺も個人的にシャナに()用が出来たからな。看病ついでに片付けておくさ」

 

嘘偽りのない表情で、そう告げる。初めての喧嘩以来、ウェンディは俺の表情や雰囲気をよく確認するようになっている。

当然ながら大抵の嘘を見抜けるようにもなった。だから俺は心配ないように本当の表情で答える。すると、安心したのかウェンディはフィーを連れ、そのまま部屋を後にした。

 

肩の力を抜き、息を吐く。別にストレスになっていた訳じゃない。かといって嘘を突き通そうとしていた訳でもない。

 

ただ――

 

「――そこにいるのはお前か? シノア」

 

――怪しい気配を感じたから。

 

「あれれ~? バレちゃいました?」

闇夜を切り裂くように何もない部屋の隅から姿を見せたのは薄い紫色の長髪の少女。ゴスロリに似た服装を身に纏い、天使のような笑みを浮かべている。

 

が、それはあくまでの“表”であり、“裏”ではない。ゆえ、コイツの本性は別にある。

 

「また“あれ”やってるのか? 聞いたぞ。最近少年少女が何人か行方不明らしいな」

 

「やっぱりマスターは耳が早いですねぇ~。ええ、そうですよ、私の犯行です」

 

最近になって起こり始めた行方不明案件。その犯人が自分だと素直にシノアは認める。

何処にも悪意は感じられないが、それ故にタチが悪い。自分が悪いだの何だのを自覚していないのだから。

しかし、それを問えば、必ず問いた側は言いくるめられてしまう。

 

何故なら――

 

「――だって私の食料ですし、吸わなきゃ私は生きていけませんから~♪」

 

ニッと笑いかける。しかし、口元からは鋭く尖った犬歯。あれを喉元やら首に突き刺し、シノアは血を吸い、肉を喰らう。

その時点で彼女の正体は露見する。だが、露見はしない。知っている者はごく僅かだし、何より見た者はほぼ殺されている。

ある時はバラバラに解体され。またある時は腹を切り裂かれ。またまたある時は精神に異常を来しながら出血多量と共に目の前で死ぬ。

 

だから誰にも知られていない。知っているのは俺ただ一人。だが、俺は言わない。

理由など単純明快。それは俺が――コイツらの(あるじ)だから。

 

「んで? いつも通り吸い殺してるのか?」

 

「いえいえ。今回はすごく美味しい血を飲めたので長持ちさせたくてですね。吸う量も加減してますよ。人間三分の一でも死ぬときは死んじゃいますから。だからいつも四分の一です。その代わり、他の子は沢山飲ませてもらってます。もう何人か死んじゃいましたけど」

 

罪悪感ひとつなし。当然だ、それが自然の摂理である。

人間が他の動物を殺して喰らうように。吸血鬼である彼女もまた人間を殺して喰らうこともあるし、生き血を啜ることもある。生態系と同じだ。

彼女に人間を殺すなと言えば、それは即ち自分たちに他の生き物を殺すな、と言うことになる。そうなれば、人間は栄養失調で死亡する。

つまり止めてはならないし、止めさせてもならない。生きるためには必要不可欠だから。

 

「………趣旨は順調か?」

 

「ええ、勿論ですよ、我が王(マスター)。今評議院に“憤怒”が潜入してます。まだ気がつけていない所をみると、やはりガバガバ管理と警備みたいです」

 

「お前なぁ…然り気無く、あの無能共をディスってやるなよ……。まあ、実際ガバガバ管理の無能共だが……、二人を除いて」

 

「ん~、二人ですか。あ、そういえばですね。また“強欲”と“怠惰”、“傲慢”が殺しあってましたよ? あの三人仲悪いですよね~」

 

「……またかよ………。何度目だ、あの馬鹿共……」

 

頭に手をつけ、ため息を溢しながら呆れ果てる。

アイツらは最初からそうだ。合わないだの、一緒にいたくないだので殺しあって殺しあって、回りを巻き込む。

未だに死者が出てないのはコイツら纏めて化け物だからだとして。周囲に痕跡残したら評議院がしつこいと何度も言った筈なのに……。

 

「……ちなみに評議院にあの馬鹿共は見つかったのか…?」

 

「えぇ、そりゃ簡単に見つかりましたね。馬鹿丸出しって言ってもいいぐらいに」

 

「………殺したのか?」

 

「当然だ――って言ってましたね。まぁ~、私は評議院の人たちの味気ない血は死んでも飲みたくないですし、被りたくもないです」

 

「……成程な。火消しが面倒になるな、それ。どうせ向こうは検討か何かつけて文書とか探ってるんだろうな。例えば――“渇望の具現化について”とかな」

 

「あのメモ書き纏めでしたっけ? よく残ってましたよね、あれからかなり年月が経ってるはずなのに」

 

「つっても、オレが百年単位で生きてるせいで、そのかなりが短く感じるけどな」

 

「それは仕方ありませんよ〜。だいたい、うちの団員は軽く50は歳をとってるはずですしね。

と、言いましても、このシノアちゃんはピチピチ17歳なので〜す♪」

 

「そりゃそうだろ、吸血鬼なんだから。伝承曰く、血吸い喰らう不死鳥なんだしさ」

 

「それを言ってはつまらないじゃないですかぁ〜。サキュバスなんかとは一緒くたにされるのは不満ですが、生命力を喰らうのは変わりませんしね」

 

「淫魔は正直勘弁だな。あれと気はあわねぇ。まだ吸血鬼の方が何倍もマシだな」

 

「見直しました?」

 

「婉曲にディスったんだよ、気がつけよ」

 

「あははっ♪ 相変わらずの毒舌で安心しました。ところでですね、我が王(マスター)

 

「ん?」

 

「そこの、今はグッタリしてる子は誰ですかぁ〜?」

 

吸血鬼シノアが俺の前に寝かせているシャナを指差す。

グッタリしてる。

その言葉がすっと出てきたのは、微かに膨らんだ胸が浴衣の下から上下する様子と呼吸の状況、血の気からの判断だろう。

確かに体調が良くないことは正しい。

だが、何故コイツは舌舐めずりをしながら言ったのだろうか?

 

「おいコラ、シノア。まさかとは思うが、“美味しそう”とか思ったんじゃねぇよな?」

 

「あははっ♪ そんなワケないじゃないですかぁ〜……まぁ、ちょっとは思いましたけど」

 

「お前の“ちょっと”は本気ではアテにならねぇからな。ま、でも残念だな、シノア」

 

「へ?」

 

「シャナは火の魔法を操る魔導士だ。それも()()魔法のな。吸血されてれば、途中で目が覚めて、お前を焼き殺すだろうよ」

 

「あ、あの魔法ですか……そ、それは遠慮しますね、一瞬で灰になっちゃいますよ」

 

「ま、そういうことだ。諦めとけ」

 

「ふっふ〜ん♪ でもそれなら余計に楽しみですねぇ〜、血を吸える時が。極上なんでしょうねぇ〜、今からヨダレがとまりませんよ〜♪」

 

「諦めてねぇのか……ま、死なない程度に頑張れ。つっても、コイツを殺させる気はねぇから、そこの辺りは理解しとけ。やり過ぎたら、お前はバラバラにしてから天日干ししてやる」

 

「私、溶けちゃいますよ、それ!?」

 

「知らん」

 

「相変わらず容赦ありませんねぇ〜。……っと、さて、そろそろお暇させていただきますね。どうせ、向こうで三人喧嘩してそうですし」

 

「そうか。なら、伝言頼む。“じきに厄災が起こる。それまで牙と爪だけ研いでろ”ってな」

 

「えぇ、きちんと伝えますよ〜。次会うときは貴方がお戻りになられる時が嬉しいですね〜」

 

「それはまだ後だ。先に厄災を片付ける」

 

「分かりましたぁ〜、それでは♪」

 

ニッと笑い、吸血鬼は闇夜に溶ける。消えゆくその身、その視線の先に射留めるは気を失った少女の姿。

何れ相見えるかもしれない両者の腐れ縁を感じながら、俺はひとり愚痴る。

 

「“大罪の激痛(ギルティ・ペイン)”か……、いやはや、自虐にも程があるな」

 

「……かもね、 レイン。少しは自分に優しくしたら?」

 

何処からとなく声が聞こえた。しまった、という本音を隠しながら、俺は視線を下げる。

 

「……起きてたのか。さっきの話、全部聞いてたのか?」

 

「うん。いくらか、ね。変なのに見初められちゃったかな」

 

「だろうよ。あんなのまるで、“焦がれる者(イカロス)”と変わんなぁよ」

 

「イカロス?」

 

「あぁ、太陽に近づき過ぎて羽が溶けて落ちた、ってヤツだ。何処かの小説でそんなのがあってな。依頼で別大陸に赴いた時に愛読してた」

 

「そっか。なら、私は太陽なんだ……ふふ、なんだか嬉しいな」

 

「そうだな。フィーが月で、シャナが太陽。でもまぁ、仲はいいんだろ? 無理矢理酒を飲まされても怒らないんだから」

 

「ん、そうだね。敵対はしたくないかな。……今ならわかる。あの子はきっと優しい……余程のことがない限り誰かを殺せないから」

 

ゆっくりと身体を起こし、シャナは微笑む。

その表情に気恥ずかしさを感じながら、俺も微かな笑みを浮かべる。

 

「ねぇ、レイン」

 

「ん?」

 

「私がレインとずっと一緒にいたい、って言ったら……どうする?」

 

「……そうだな、多分、認めはしないだろうな。けど、それを阻む理由は俺にはない。ある意味、さっきのヤツもそんな感じだからな」

 

よっ、と。

そろそろ風呂に入らないとな、と思い、立ち上がる。シャナも同じく立ち上がり、微かに緩んだ浴衣の帯を締め直す。

えへへ、と微笑み、それから今は黒い髪を揺らしながら、俺の前を歩く。恐らく、シャナも遅れてだが、風呂なのだろう。

男湯、女湯と分かれている旅館の風呂なら心配など微塵もない。俺に関してはそれらしい感情は自分自身うんざりするほど存在しない。

 

が、僅かな不安が脳内に浮かぶ。

そういや、あの変態はどうなったのか、と。

流石にアレを食らいかけてボロボロに近いとは言え、それでもアレは自らを「変態と言う名の紳士だからね(キリッ」だの、「変態の汚名を受ける勇気ッ!(ドヤァ」だのとほざく奴だ。

絶対に碌なことにならない。もしや、今ですらそんなことをしでかしているかもしれない。

 

加えて、あの地獄から時間が経っている。あの部屋にいた者だって解放されているはず。ならば、男子勢が復讐しない道理はない。

アイツらのポリシーはおおかた、『倍返し』か、『殴り込み』でしかない。そうなると、最悪の場合、突撃するかもしれないーー女湯に。

 

「アイツら、何かしてたら絶対殺す……」

 

「レインも大変だね。ムラクモもいつもそんな感じだし」

 

「そうだな。アイツにも謝罪はしないとな。あんなことになったんだから」

 

「……気にしてないよ、きっと。ムラクモはそんなに弱くはない。フィーを守るために私やラインハルトに立ち向かえたんだから」

 

「ハハッ、そうか。そんなに格好ついたのか。成程な、後日殴り込……挨拶に行くか」

 

「言いかけたね」

 

「なかったことにはならない?」

 

「ダーメ、私が聞いちゃったから」

 

ふふっ、と小悪魔っぽく笑い、俺の前で何度か回りながら歩み続ける。何だか変わったな、という気持ちのよそで微かな喜びを感じる。

7年間も音信不通だったんだ、本来ならどれだけ苦しかったのか、すら理解し切れるかすらわからないほどだ。

けれど、シャナにはそんな暗さも辛さも感じられない。むしろ、それを糧にして先を見ている。

寂しくはない、だってレインは死なないから、と。

そう無言で伝えてきているように。

 

「ん?」

 

眩しい何かに気がつき、視線を送る。

そこにあったのは満月。雲ひとつない綺麗な満月だ。

フィーが喜びそうだ。そういや、拾った日の月も満月だった。

風呂に入りながら、フィーも見ているのだろうか。逆上せることはないだろうが、微かに心配だ。

そんなことを思いながら、シャナに視線を向ける。

 

「……綺麗」

 

「そうだな」

 

「ねぇ、レイン」

 

「ん?」

 

「昔の妹と、今の妹。どちらかを捨てないといけなくなったら……レインはどうする?」

 

瞬間、シャナがクロナと重なった。

なにも答えられない。正解がないからではない。正解ならある。それもいくらでもだ。けれど、どちらかを切り捨てることは今の俺にはできない。

例えそれが、かつての妹の亡霊に呪われたシャナであっても。再三に次ぐ器のような存在であったとしても。

俺にはきっと選べない。今もそうやって悩み続けているから。

 

そんな俺の表情をみて、シャナは淡く微笑み、それから瞳を伏せる。

ギュッと閉じた後、ゆっくりと開き、そっと言葉を送ってきた。

 

「別にもういいよ。レインは苦しまなくていい。

例え、私がずっと前から決められたそんな想いを抱かされてても。

例え、そのために生まれたんだとしても。

それでも、私は私。レインの妹がどうこうなんて興味ない。当然、私にはそんなの関係ない。好きになるのが確定してても、それから私がどうするかなんて、私が決めること。だからね、レインーー」

 

俺の浴衣の襟首を掴み、シャナはグッと引き寄せる。それに驚きながらも、距離が縮まり続け、僅かな隙を狙っていたかのように、恋する少女はそんな俺に迫って、唇を重ねさせた。

優しい感覚を感じ、それに驚いている間にシャナは終わらせる。離したあと、肩に自らの頭を乗せて、そっと言葉を紡ぐ。

 

「ーー初めても貴方にあげる。別に絶対に私を選んで、って訳じゃない。他の子が欲しがるかもしれないのはわかってる。けど、私もレインが欲しいし、やる事なす事に我慢なんてしない。

それにね、レインも私を欲しがってくれたら、すごく嬉しい。だからね、私は強くなって、ずっと一緒にいてあげたい。

例え、レインがみんなを裏切るような決断をしても、私は貴方の真意を理解する。本当の気持ちにもちゃんと気づいてみせる。

貴方の側には私がちゃんといる。この気持ちが形として実らなくても、それでも私は守りたいものを最期の時まで守り抜く。

こんな気持ちはきっと誰かのものじゃない、私自身のものだから」

 

月光の下で、一輪の紅い向日葵が咲く。

頰を朱に染め、はにかむように微笑む少女にーー俺は目を離せなかった。

 

 

 

 

 

 ーー◆ーー◇ーー

 

 

 

 

 

一方その頃。

風呂場ではある男たちの愚かなる計画が幕を開けようとしていた。

 

「紳士諸君! 日頃の恨みと欲望を晴らしたいかな!?」

 

「「「「「おう!!!」」」」」

 

「やられた分を倍返しにする覚悟はあるかな!?」

 

「「「「「おう!!!」」」」」

 

「幼女の胸元に飛び込み、スゥーハスゥーハしたいなッ!?」

 

「「「「「お……ん?」」」」」

 

「ならばこれより、『SBA』ーーサイレントバットアタック作戦を開始する。諸君、各々の位置に待機し、手振りでそれぞれ意思疎通を行うように!!」

 

何処が『ならば』なのかは不明な上に一度お前は死ねよ、と思わざるを得ないようなことを平然と口にした変態は兎も角。

男たちは数分前に発表された作戦の、決行の時を迎えていた。

 

現場指揮官はこの男。何度吹き飛ばされようと、何度殴られようとも怯まず、死地へと駆け抜け、評議員が飛んでくるようなことを時々起こす幼女趣味似非紳士(ロリコンフェミニスト)ーーカール・パラケルスス・ホーエンハイムだ。

所属は《四つ首の番犬(クワトロケルベロス)》であり、驚くべきことだが、この男はS級魔導士である。

尤も、聞こえしか良くないものであり、その実、コイツはドMの変態である。そのため、ドSの少女には特に目がない。

 

「ふっふっふ……現在、親友はここにはいない。ならばこそ、今こそ勝機ッ! たっぷり覗いてみせようじゃないか、同志たちと共に!」

 

ちなみに同士とはここに集っている愚かな男子諸君である。

どうやら各々、晩飯食べに言った時の暴走の借りを返したいご様子。

 

「おいナツ、お前は誰に仕返してやるんだ?」

 

「あ? んなもん決まってる。ルーシィだ!」

 

「アイサー!」

 

「俺はジュビアだな。もう少しで窒息するところだったしな」

 

「深く沈められすぎだろ……」

 

「だよな」

 

「さぁ諸君! 今こそ、我らの大願を叶えようじゃないか!」

 

男湯に漂う湯煙の中、男たちはそれぞれの獲物を見据えて、行動を開始する。

ナツ、ハッピーはルーシィに、グレイはジュビアに、ジェットとドロイはレビィだ。

勿論、ロリコンであるカールはウェンディ、フィー、シャナを獲物に覗きーーいや、もういっそ女湯へと突撃しようとしていた。

 

「まずはこの僕の魔法、《錬金魔法(アルケミスト)》をご覧あれ!!」

 

両手をパンっと合わせ、地面に手をつける。途端、魔力が彼の想像を(なぞら)えて求めるものを作り出す。

何故そこで幼女を作り出さないかといえば、そもそも作るための基盤は手が触れた場所の素材からであり、まず指向性がない。

そのため、ただの人形しかできず、本人からすれば、「可愛らしい反応が拝めない時点で論外じゃないか」となるらしい。

 

結局、今作り出したのは自分の足元から天へと押し出すような飛び込み台だった。要するに高台作って、風呂の湯の中に飛び込もうという魂胆だ。馬鹿だろテメェ、というツッコミが飛びそうな考えである。

そもそも計画考案者が作戦名であるサイレントを無視している時点で計画破綻は目に見えていた。

だが、愚かなる男子諸君はそのことに気がつかない。

 

「ふっふっふ……諸君ッ! 僕はこれより理想郷(アヴァロン)へと旅立たせてもらうよッ!」

 

「な、なんだよアレッ!?」

 

「造形魔法なのか、あれも!?」

 

「魔法なのか、錬金術なのか分かんねぇな」

 

「だな」

 

「あ、アイサー……」

 

「そのことについてはあとで話してあげようじゃないか! さて、僕はこれより急降下ダイブに入らせてもらうよ! 待っててね、愛しの楽園(ツァオル)、そして幼女たち!!」

 

高台が完成し、その眼下には女湯が広がる中。最後の難敵たる湯煙など知らんよと言わんばかりに飛び込もうとする変態。

その光景に驚愕する男数人と呆れる数人+猫一匹がいるが、それでもなお変態は楽園(ツァオル)を求めて飛び込んだ。

 

 

ーーはずだった。

 

 

ドゴオオオン!!! という爆裂が鳴り響き、高台は紅蓮の焔に包まれ大爆発。真っ黒焦げとなった男たちの勇者ーー世間的には変態はそのまま夜空に消えていったのだ。

その光景に誰もが唖然としながら、崩壊する高台の岩を各々で処理していく。

 

「……なんか爆発した、よな?」

 

「あ、あぁ……綺麗に、な」

 

「やっぱ飛びこむなんてロクなことにならねぇな」

 

「ホントだよ、だから覗くんだろ」

 

「だよねー」

 

「だなぁ。……だから誰かが鉄鎚降さねぇとならねぇんだよなぁ?」

 

不穏な雰囲気が男湯に瞬時に漂い、場を支配する中、覗きを働こうとしていた男たちは一斉にその声の主を確かめるべく、振り返った。

 

そこにいたのは、言うまでもなくーー

 

 

 

「よぉ、変態ども。股の()()とお別れする覚悟はできたか?」

 

 

 

大きめのハサミを片手に持って、もう一方に魔封石でできた手錠を持つ、銀髪の少年ーーレインの姿だった。

 

 

 

 

 

ーー◆ーー◇ーー

 

 

 

 

 

「……ふぅ。これでもう安全だね」

 

女湯にて、一人の少女が裸体を同性たちに晒しながら、天へと向けた右手を下ろした。その姿には威圧感を大きく感じさせる。

焼きつくような灼髪を揺らし、見通すような灼眼で夜空を視界に入れた。それから張り詰めていた緊張を解くように息を吐く。

それに呼応するように少女の容姿はみるみるうちに変化した。灼髪は黒髪へ、灼眼は茶色混じりの瞳へと。

灼刃煉獄(フレイムヘイズ)》を解いた後の少女ーーシャナにはあまり威圧感は感じられなかった。

 

「やっぱりレインの言う通りだった。男はやっぱりケダモノばっか。まともなのはレインとムラクモぐらいだね」

 

「シャナは相変わらずの命中精度だね」

 

「ふふ、ありがと、フィー」

 

「ナツさんたち大丈夫でしょうか……」

 

「た、多分もうダメかもしれないわね」

 

「グレイ様……」

 

「なんだ覗きか、別にそのくらい許してやっても構わなかったのだがな」

 

「そんなのエルザだけね」

 

「そ、そうなのか?」

 

「えぇ、そうね」

 

皆が同意する様子を見て、困惑するエルザはさておき。

女たちの危機を救ったシャナはゆっくりと足から風呂の湯に浸け、身体を沈めた。

 

「ふぅ〜……あったかい」

 

「ん、お風呂は良い文化」

 

「そうね。……ところで、お風呂は大丈夫なの?」

 

「ん、溺れる気配なし」

 

「足を吊った場合は?」

 

「お姉ちゃんに引き上げてもらう」

 

「私そんなにチカラはないかなぁー……」

 

「じゃあ、シャナが」

 

「その『じゃあ』が気になるけど、まぁその時は助けてあげる。ところで、フィー……ムラクモのこと聞かないの?」

 

プィッと母を背けるフィー。拗ねたかと思いきや、その実は頭部にある獣耳がピクピクと嬉しげに動いている。

 

「……ちゃんとご飯食べてる?」

 

「貴女に教えてもらったものをちゃんと作って食べてる。今の所ご飯を抜いた回数は少なめね」

 

「そっか……、ちゃんと食べてるんだムラクモ」

 

「恋する乙女」

 

「ブーメラン、って知ってる?」

 

痛いところを突かれ、黙り込むシャナ。フフンと自慢げにするフィーを恨めしげに見ている最中、湯の中でも揺れる尻尾に視線が向かう。

 

「尻尾触っていーー」

 

「流石にダメ」

 

「うっ……」

 

「お風呂は静かに入るもの。はしゃぐのはダメ。しかもここは私たちの家じゃない。だからダメ」

 

「……ん? じゃあ、風呂上がりーー」

 

「それもダメ。せっかく洗ったのに汗かく必要ない」

 

「人間、暴れなくても絶対に汗かくよ?」

 

「じゃあ、シャナは汗でビショビショのまま寝るの?」

 

「もう一度お風呂入るから大丈夫」

 

「…………シャナ、ズルイ」

 

「可愛いのがダメだと思う」

 

「……酔い、ちゃんと覚めてる?」

 

「うん、覚めてる覚めてる」

 

「……ホントに?」

 

「ホントだよ」

 

「……じゃあ、質問。

ここで私が尻尾触っていいよ、って言ったらどうする?」

 

「満足いくまで触る」

 

「……逆上(のぼ)せてる?」

 

普段しないような返答が返ってきたことで困惑するフィー。それに対し、シャナは指をワキワキと動かしながら、今か今かと尻尾を狙う。

この時のフィーは知らなかったのだが、シャナは普段ムスッとしている面が目立ってはいるが、ちゃんと女の子であり、可愛いものには目がなかった。

そのため、中々親しい間柄であるフィーの獣耳や尻尾を、たまに凝視したりしていた。会話するときにクールに振る舞ったりしていたのは、そういう面を隠すためだった。勿論、内心では触りたくて仕方なかったのだが、本人はあまりそれを見せたくなかったはずだった……。

現在ではこの通り、前述の酒による潰れや僅かに逆上(のぼ)せていることが、その枷を解き放っていたのだ。

 

「失礼だけど、シャナ。熱とかないよね?」

 

「ないよ。そもそも私自身が焔だし。今は違うけどね」

 

「……やっぱり酔ってないよね?」

 

「レインに解毒されてるから大丈夫」

 

「確かに……パパが手を抜くなんてことないし……」

 

原因が分からず考え込むフィーに、その背後から決定的な隙を狙うシャナ。その二人の姿に、誰も気がつかない中で、向こうで会話していたウェンディが気がついた。

 

(フィーちゃん、どうしたんだろう?)

 

疑問を浮かべながら、お湯の中を進んで近づいていく。ホワホワと立ち込める湯煙で前が僅かに見えづらくなり始める。

そんな中を進みに進み、ウェンディは先ほど二人がいたであろう地点に到達する。

 

「湯煙が濃くてよく見えない……、フィーちゃんは何処だろう?」

 

その場で止まり、首を傾げる。さてどうしよう、そう考えようと思考を巡らせた時だった。背後に人影が出現していたのだ。

そして、当然の如くーー

 

「ーー隙ありぃっ!!」

 

「わひゃあっ!?」

 

シャナが湯煙の中から出現した。

背後から襲撃を受けたウェンディは動くことすら儘ならないまま、シャナの餌食となる。

 

「わー、フニフニしてる……」

 

「やっ! やめっ、やめてくださいっ、んっ! そんなとこ触っちゃダメなですっ! んくっ! ひゃぁっ!」

 

「ふっふ〜ん、尻尾がダメならこれしかないよね」

 

「し、尻尾? んくっ! わひゃし、フィーひゃんじゃ、んっ! らいのにぃ……あっ! んぅっ!?」

 

「そんな訳ない、さっきそこにいたのはフィーだもん。嘘はついたらダメだよ」

 

「ほんひょにちらうのにぃっ……んんっ! ふぁっ! らめてくらはい、らめてくらはいぃぃっ!!」

 

執拗な悪戯を受け、声に艶が出始めるまでとなったウェンディが流石に耐えきれずに足腰が砕け、湯に半身が浸かる。

それに伴い、僅かにシャナの態勢も崩れるが、そこは空間把握の得意な彼女らしく、すぐさま立て直す。

とはいえ、その状況は流石に長くは続かない。かつて、フィーについた渾名の一つの由来通りの対応が発動したからだ。

 

「い・い・加・減・にーーしてッ!!」

 

「ひぎゃんっ!?」

 

湯煙の中から飛び出してきたのはフィー。その手は手刀に変えられており、それがシャナの頭頂部に振り下ろされた。

それを受け、何処ぞの悪党のやられ声のような悲鳴をあげるシャナ。そのまま、湯の中に軽く沈み、それから「え?」という顔を見せた。

 

「あれ? フィー? なんでそこに?」

 

「それは私の台詞。なんでお姉ちゃん襲ってるの、シャナ」

 

「フィーひゃん……たしゅすけてくれへ、ありがひょう……」

 

「お姉ちゃん、大丈夫? なんだが言葉遣いおかしいよ?」

 

「うぅ……胸触られてたら、そんな気分に……」

 

「まだ変な感じがする」とウェンディが恥ずかしげに胸を両手で押さえる姿を確認したフィーが般若の如き顔面をシャナに晒す。

あまりの怒りっぷりに流石のシャナも血の気が引き、すぐさま謝罪をウェンディに向けた。

 

「間違ってたとはいえ、散々遊んですみませんでした」

 

「……う、うん。だ、大丈夫だよ? なんかちょっと落ち着かないけど……」

 

「シャナ……あとで海辺に来てね。ちょっと遊ぼう(殺ろう)か」

 

「と、逃亡……ってありかな?」

 

「明日に伸びたら、もっと容赦なんてしないからね?」

 

「……はい」

 

念のためにエルザたちの元へと戻っていくウェンディを見送りながら、フィーは今一度念押しでシャナを睨む。

ショボンと落ち込むシャナ。それに対し、フィーは溜息をつく。一応嫌な予感が本能として感じていたために、無音でその場から距離を取っていたが、まさかウェンディが餌食になるとは考えていなかった。

ある意味、自分の落ち度である。それを痛感したフィーは軽く項垂れながら、湯の中から自分の尻尾を出して、それを自分で撫でる。

 

「はぁ……」

 

揺れに揺れるフィーの尻尾。その毛先を撫でながら、溜息をまたもつく。いまだ湯煙が立ち籠める中ではあるが、隙だらけだ。

しかし、そのことに猛反省中のフィーは気がつかない。背後からやってくるシャナの姿に。

またか、と思うだろうが仕方ないことだろう。だってシャナは現在テンション高すぎて自制が効いてないのだから。

 

そんなことを知らず、フィーは満月が光放つ夜空に目を向けた。無数の星空も浮かんでおり、幻想的な風景であることに間違いはない。

出来れば、レインとメイビスも一緒で見たかったことだろう。性別の違いとやらが、なんだか残念に感じる。

夜空に輝く瞬く星屑もまた酔狂なもので、かつては感じなかった哀愁のような微細なものも感じ入ることが出来る。

簡単にこの光景を言い表すなら、やはりあの言葉しかない。

 

「綺麗……」

 

他に感想なんていらない。細かいものは全部無言で察すればいい。わざわざ細かく研究するほどマニアではないのだ。

星空全てが全く同じだ、なんて無粋なことは言わないが、総じて綺麗なのは変わらない。ただその綺麗にどれだけの幅があるか。

総じた言葉である綺麗に良いも悪いも決めるのは、あまり良い気分ではないし、そもそも比べっこして互いを蔑む行為なんかは無意味だ。

ゆえに総じて綺麗でいいと思う。どこも綺麗なのは変わらないのだから。

 

「……………」

 

未だ濃いままの湯煙の中で、少しだけ腰を上げ、裸体を外気に晒した。暖まった身体に冷たい風が当たる。

少し逆上せたような感覚から覚めながら、人外の少女は自らの両手を見た。キチンと洗い、汚れ一つ見当たらない手のひら。

だが、そこには見えない血が付着している。殺してしまった人々の血だ。アレから何年か経った。もう迷うことはない。

それでも、奪った命と積み上げた骸は消えることはない。それこそ、歴史改変でもしなければ消えないだろう。

尤も、それは今の自分を全否定し、存在すら認めないことに繋がる。

 

結局、今ここにいるフィーリ・ムーンは永劫、人殺し(トガビト)でしかない。

ヒトの罪は一つしか背負えない。殺人一回が罪一つなら、きっとフィーは救われない。自分の死という罪を背負えないのだ。

加えて、他の罪はどうなるか。一つではない無数の罪をどうやって贖うのか。それは誰にも分からないし、理解できない領域だろう。

 

ただーーフィーリ・ムーンに救いはない。

 

背負う罪が定まり、愛する人が出来ても、その人の死という罪を背負えないのだから。

 

「……誰かを本当に好きになったら……私はどうしたらいいのかな」

 

微かに揺らめく心の温もりに手で包むように、そっと呟く。時に苦しく、時に暖かく、ツラく、悲しく、それでも嬉しいーーそんなごちゃ混ぜな想いに何度か考え込んだことはあったけれど、答えなんて見つかっていない。

それでも、傷ついた動物が安らぎを求めるように、この想いはみんなが帰ってくる前のあの頃に確かなもののように感じられた。

 

それは今でも変わらない。

 

本当に“好き”っていうのがよく分からないけれど、一緒にいて楽しいというのは分かる。それがまだ分からないからこそ、怖い。

大事な時に何をしてあげればいいのか、分からないからーー

 

「ムラクモ……ちゃんとご飯食べてるかな」

 

一同大丈夫だと聞かされたのに安心がし切れない思いで、満月の夜空に獣少女の呟きは闇に溶けた。

溜息を漏らし、少しずつ身体を湯に沈め直した。流石に寒くなったからだ。身体の熱を少しばかりコントロールすることも半分狼としての自分だからこそできる芸当だが、そこまでコントロールできる訳じゃない。精々簡単なことぐらいでしかなく、砂漠なんかじゃ意味はほぼない。そういう点では便利ではないし、外気に弱いのは人間と同じなのだ。そこを少し忘れていたことに失念していたことをフィーは今更ながらに気がついた。

 

「流石に冷えちゃった。お湯が暖かい……」

 

「暖かいのはお湯だけじゃないけどね」

 

「ふぇ……?」

 

「ーー隙ありっ!」

 

先程からの思考で完全に気配なんて探るのを忘れていたフィーの背後からシャナが飛びついた。まるでその動きは獲物を狙う肉食動物のよう。ただし、すぐに殺してくれる肉食動物と違い、今のシャナはたっぷりと可愛がった挙句、持ち帰るような存在だが。

 

「ふっふっふ……隙だらけだったよ、フィー♬」

 

「今すぐ離したら許してあげる……」

 

「それは無理なご相談かな。だってフィーは可愛いから」

 

「その理屈は可笑しーーんっ!?」

 

ビクンッと身体が跳ねるフィー。それをみ、ニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべながら、シャナは捕まえた獲物をじっくり楽しむ。

 

「ふにふにしてるね、フィー♬ やっぱりあの子と感覚が似てるなぁ〜♬」

 

「んっ!? そんなに、触らっ!? ない……でぇっ!? あっ! んっ!? やめ……!?」

 

「ダーメ、やめない。少なくとも今はやめない。あとでフィーにいっぱいお仕置きされるの分かってるから〜♬」

 

「倍返し……んくっ!? ……してや、あんっ! るんだからぁ……やっ! 覚悟……んっ! んぁっ……してぇーーひゃぁっ!?」

 

「可愛い〜なぁもう♬ そろそろ尻尾とかも触っちゃおうかなぁ〜」

 

「しょれだけは……んっ! ら、らめぇ……尻尾はやだぁ……!」

 

「フィーはホントに可愛いなぁ〜、私も妹がいたらこんな感じだったのかなぁ〜」

 

「んくっ!? あひゃあっ!? ふぁ……んっ、らめぇ……らめだってぇ……おねひゃい、らめて……らめてぇ!」

 

「にひひ〜♬ 可愛いな〜♬」

 

瞬間、フィーの中で何かが切れたような音がした。

額に血管が浮き出て、まだ動かせる右腕がシャナの腕を掴んだ。

 

「へ?」

 

「いい加減にーーしろッ!」

 

冷たい声音が漏れ、意図も容易くシャナを片手で放り投げた。宙を短い間ながら舞う少女。それは意図せずとも近くにいなかったはずのウェンディたちにも視界に入るものだった。

ドボンと湯船に落ちる。それから何度かぶくぶくと泡が立ち、シャナが姿を現した。

 

「な、投げられた……?」

 

「……ねぇ、シャナ」

 

驚愕している彼女に対し、冷たい声音を漏らすフィーはゆっくりと近づく。それに当然気がつくシャナだが、あまりの鬼形相に後退る。

だが、湯船の中ではあまり後ろに動くことも出来ず、むしろバランスを崩しそうになり、余計に距離を縮められていた。

 

「私ね……どんなことでも三度までは許すんだ」

 

「あっはい。……ん? これって二度目じゃ……」

 

「男も女も二まで数えられるならそれでいい」

 

「つまり?」

 

「じゃっじめんと・ぎるてぃ」

 

「デスヨネー」

 

すぐさまフィーがシャナの背後に回り、腰骨あたりに腕を回す。同時に勢いよく反り返る。腕を回されたシャナが宙に浮き、その後見事に湯船に沈まされた。

俗に言うジャーマンスープレックスである。

流石に脳天へ大ダメージを与える本家と同じことをしないフィーだが、それでも勢いよく湯船に突っ込んだシャナは一瞬のうちに意識を刈り取られ、そのまま湯船の上で浮かんでいた。

態勢を戻すとフィーは手で額を拭うようなら動作をした後、心配かけましたとばかりにウェンディたちの方へと一礼する。

 

「お騒がせしました」

 

「えっと……フィーちゃん?」

 

「どうかしたのお姉ちゃん」

 

「シャナちゃん……大丈夫?」

 

「大丈夫、多分」

 

「多分!?」

 

「そこらの魔導士よりは本当に頑丈だし、多分受身は取ってると思うーー気絶してるけど」

 

「それって本当に大丈夫なのかな……」

 

心配そうにこちらに近づくウェンディ。それに伴い、フィーもまたシャナの容体を確認しようと振り返り、彼女の額に手を当てようと手を伸ばす。

 

「あれ……?」

 

ぐらりと視界が歪んだ。

覚束ない足取り。次第に歪み増す視界。頭に手を置き、鈍い痛みを堪えようとするも、それは意味を成さずに膝が笑う。

そのままフィーの視界は横に流れた。慌てるみんなの姿を映して。

 

 

 

 

 

ーー◆ーー◇ーー

 

 

 

 

 

「逆上せただけだな。……ったくはしゃぎ過ぎだ」

 

「……ごめんなさい」

 

旅館の一室。そこには四人の少年少女と猫一匹がいた。比率は1:3。男一人の女三人。一見男からすれば天国のような環境だろうが、そうとも言えない。何しろ、その男がそういうことに興味が薄く、そもそも女三人のうち二人が病人だったからだ。

布団の中で安静にしているのは意識が戻ったフィーと未だ気絶しているシャナ。それをレインとウェンディ、シャルルが看病していた。

フィーとシャナの頭には大きめの氷嚢が乗っており、逆上せた身体を休ませていた。

 

「あの変態を片付けた後にどうしてそうなるんだか……まさか移ったか? それなら早めに解毒だ消毒だ殺菌だ。ウェンディ、俺のカバンからその他の類のものをーー」

 

「ーー移ってない。そもそも私はそんなのに移る理由が思い当たらない」

 

「だろうな。シャナもどうせーーアレではしゃいでたんだろうな。いやまぁそんな気は薄々してたが」

 

「お兄ちゃん、アレってなんですか?」

 

「ん? 気にすんな。ウェンディとフィーには色々早い」

 

「そうね」

 

「私もお姉ちゃんも、シャナと同じ歳なのに?」

 

「歳で判断するのは飲酒だけでいい」

 

「パパの身体は未成年だよ?」

 

「精神は百超えてるから」

 

「それは反則」

 

「仕方ないだろ。事実なんだから」

 

ぷぅ……と頰を膨らませ、フィーは「ずるい」とだけ呟く。幼さ残るその姿に苦笑を溢しながら、レインは髪を優しく撫でる。

安心した顔をしているが、実際のところ数分前は違っていた。男子全員の処断を決行しようと動いた途端、緊急事態とはいえ、躊躇いなく男湯に突っ込んできたウェンディ。

若く純粋な少女である彼女の目に映った何かが彼女をテンパらせたものの、急いでそちらに向かったレインは浴衣に着替えて二人の看病へと出たのだ。

ちなみにウェンディに何かを見せたものたちはレインの容赦と慈悲の一切ない『無回転クリティカルキック』で天高らかに蹴り飛ばされた。何処を蹴られたかなど男子なら大体察しがつくとのこと。

 

「それにしても男どもは何考えてんだか。覗きも無粋だが、飛び込む馬鹿は純粋に死ねッ!」

 

「お、お兄ちゃん、落ち着いて」

 

「レインの言うことも分かるけど、確かに落ち着きなさいよアンタは」

 

「パパ、しゃらっぷ。頭に響いちゃう」

 

「あっはい。……娘に黙れって言われた」

 

猛るように吠えていたレインを一言で黙らせたフィーの行いに、ウェンディは驚きを、シャルルは感心を抱いた。

感心はさておき、驚くのは当然だ。七年前の彼女は人間不信が今より酷く、一定の人以外は話すことすらしないほどであった。

それに伴い、レインやウェンディにベッタリだったほどであるため、こんな言葉を口にするとも思っていなかったのだ。

時の流れは恐ろしいものだ、とはよく言ったものである。

 

「……シャナは大丈夫?」

 

「あぁ、ただ逆上せただけだーーって言いたかったんだが、どうやらコイツは僅かながら酒が残ってたみたいでな。それではしゃいだんだろ。酒には耐性あまりないことがよく分かった」

 

「それ本人起きてる時に言わない方がいいわね。ショック受けそうだし」

 

「それ以前に私たち、未成年だから……」

 

「パパはずるい」

 

「仕方ないことだから諦めなさい」

 

「むぅ……」

 

ふたたび不服そうにするフィーを手慣れた動きで慰めながら、レインは少し前にあった出来事の思考へと入る。

 

(計画は順調……か。当初の予定より遅くれたが、誤差の範疇。イレギュラーにも対応可能。他に弱点らしい弱点はすぐには見つからない。期待通りの動きをしてくれてるな。問題は……)

 

そこで思考を止める。考えるまでもなかったのだ。問題点など山ほどだ。むしろ、今の今までその問題に至っていないのが不思議なほどだったのだ。

 

“大罪の激痛”。

『ギルティ・ペイン』としたそのギルドにはそれぞれ魔なる名と大罪が与えられる。その一人として吸血鬼シノアもまたそうであった。

与えられた大罪は『嫉妬』、魔名はギャラハッド。

完全であることを望んだが故の大罪。吸血鬼は思いの外、弱点が多い。業火や十字架がその例だ。

それだからこその『嫉妬』。彼女はそれを意識してなお、それを諦めようとしない。「愚かであろうと夢は果たします」とは彼女の弁だ。

 

このようにそれぞれに大罪と魔名を持つものが全部で8人所属している。一人一人がそれこそ聖十大魔道に匹敵する。

更に一部のメンバーはイシュガルの四天王と呼ばれる上位四人の喉元に食いつけるほどだ。

だからこそ、共倒れを恐れた。中でもシノアとの話で出ていた三人の関係は劣悪だった。それゆえに

 

(余計なことをしてくれるなよ……本当に)

 

計画を破綻させかねない。

共倒れは事が終わってからにしてほしいものだ。

それがレインの考えだった。

そして

 

ーーその時、浴衣の袖がぐいっと引っ張られた。

 

現実に引き戻されるような感覚を味わいながら、引っ張った誰かを視線で探した。すぐ近くにいた。

 

「パパ」

 

愛娘のフィーだった。

目が合うと彼女は何かを知っているような風に口にした。

 

()()()()()()()()?」

 

心臓が跳ねた。心を見透かされたような、そんな気持ちになるほどに。レインは初めて()()()

目を見開いて驚き、それからゆっくりと語りかけるように告げた。

 

()()()()()()()()()()()

 

穏やかに、しかし、何かを隠しているような感じを隠さず、レインはそれに答えた。

他人が聞けば、支離滅裂の言葉に聞こえるソレ。事実、それは何か真に迫ったようで壁一枚を挟んだような言葉。

だが、何かに気がついたフィーはそっと「そっか。でも、帰ってきて」と返すと、会話をそこで止めた。

 

ウェンディとシャルルは意味が分からず、互いに首を傾げる。困惑した顔を二人に向けるが、その話のようなものは一切口にしなかった。

ただそこから口にした言葉は他愛のない優しげなものばかり。まるで嵐が来る前のような静けさを持っていた。

 

「ウェンディ、シャルル、フィー」

 

そっとレインは三人の名を呼ぶ。眠るシャナの頭を優しく片手で撫でながら、穏やかに、そして何よりも現実的な想いを込めた上で、彼は自らの過去を振り返るようなつもりで『ある質問』を訊いた。

 

 

 

「人間は業の塊だ。罪と厄災をそれぞれが身に宿している。それは俺も同じで皆んなも同じだ。誰か火を放てば、それは広がる。止めるために水をかければ、それは止まる。そんな感じに人間は時に愚かで、時に賢い。

だからこそ問わせてくれーーお前たちは人間を信じ続けられるか?

また間違う。それだけならまだしも、さらに飛躍させ、手の施しようのない所まで迫らせる。ついには人間どころか全てに降りかかる日が来てしまうかもしれない。それでもーー信じられるか?」

 

 

 

 

それは彼からの最後通牒。

人間であって人間ではない彼が。

悪魔であって悪魔ではない彼が。

必死に抗い、歩み続けた後悔の轍と引き摺り続けた過去が創り出した、一握の願い。全人類に向けた『とある物語』。

何れ起こるーー災厄へのカウントダウンだった。

 

 

 

 




合宿初日を終え、妖精たちはついに合宿本格スタートを迎える。
だが、その頃、精霊界に危機が!?

次回、『まだタイトル考えてませんでした』。

と、いう感じで締めようと思ったのですが、タイトル思いついていない時点で無理だったなと後悔しております。
他に思いつかなかったので、どうしようもねー感じでして。
原作も白熱してきたので早めに演舞に行きたいなと思っています。
大会自体の流れは完璧にできておりますので、ご安心を。
作者の時間都合と手が動けば書けますので。
そんな訳で今回はここまで。次回をお楽しみに!

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