東方美影伝   作:苦楽

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少し手を入れました。
引き続き、ご指摘をお待ちしております。1/30


西行妖花を開き、博麗霊夢世の不条理に憤ること

「ほとけには桜の花をたてまつれ 我が後の世を人とぶらはば」

 

 西行寺幽々子はお気に入りの和歌を口ずさんだ。白玉楼の内庭、自らの前に浮遊する紅白の巫女装束を纏った存在──博麗霊夢を歓迎するために。

 

「貴女、本当に紫を倒してきたの? 凄いわねえ」

 

 つい、問いかけてしまう。この少女がここまでやって来たことで、それが紫が敗れたということの疑う余地のない証明であっても。

 

「魔理沙のお陰よ」

 

 最強の博麗の巫女は、そう口にした。

 

「魔理沙が居てくれなかったら、こんなに順調に来れてないでしょうね」

 

 淡々とした口調に、僅かな感謝の色を滲ませて。

 

「あら、羨ましいわね。それなら私も紫の分まで頑張らないといけないわ」

 

 言葉と共に挨拶替わりの牽制の弾幕を放つ。風に揺れる柳の枝の様にしなやかに回避する巫女に、追撃のスペルカード。

 

「亡舞『生者必滅の理 -死蝶-』」

 

 巴を描くように無数の紫色の蝶が舞う。本来であれば、掠めただけで人を死に至らしめるそれは、弾幕になっても、一撃で人の生きる気力を根こそぎ奪うだけの威力を秘めていた。まともに受ければ、気の弱い者であれば三月は床から起き上がれない蝶の群れを、まるで蝶が自ら当たることを恐れて避けるかのように霊夢はすり抜けていく。

 

「ねえ、一つだけ聞いてもいい?」

 

 スペルカードをブレイクして、今度は霊夢の方から口を開いた。

 

「ええ、良いわよ」

 

 この、飄然とした巫女が何を問うのか興味があった。

 

「何のためにこんなことやってるの?」

 

「この桜の下にはね、何者かが封印されているのよ」

 

 幽々子は詠うように口にした。

 

「春を集めれば、この桜の封印が解けて満開になると同時にその何者かも復活する」

 

 そう、どうしても気になる。封印されている者の正体が。

 

「私はそれが知りたいのよ」

 

「貴女、もしかして、本物の馬鹿?」

 

「あら、馬鹿とはご挨拶ねえ」

 

 流石に、こう正面から言われると気に障るので、蝶を時間差で放つが、相変わらず当たらない。少し悔しい。

 

「もしかして、本当に知らない? 紫の奴から聞いてないの?」

 

 訝しむような巫女の態度が妙に気になる。

 

「何を?」

 

「あの桜の『力』って貴女の弾幕から感じるのと同類よ」

 

 

「成る程ねえ。幻想郷中の春を集めてその西行妖とかいう桜を咲かせる、か。……なんともスケールの大きな話だな」

 

 霧雨魔理沙は感嘆した。並んで石段上空を飛びながら西行妖を目指す魂魄妖夢に質問する。弾幕ごっこ心得その一、敗者は勝者に情報を提供する、の実践である。

 

「でも、なんで態々そんなことするんだ? 何か特別な桜なのか? 青い花が咲くとかさ」

 

「さあ、そこまでは私にもわかりません」

 

 どうにも真面目そうな庭師兼剣術指南役は訥々と答える。

 

「でも、幽々子様は一緒に気になる何かが封印されてると仰ってました」

 

「封印ねえ」

 

 魔理沙は首を捻った。

 

 ──封印されてる物を何故今になって? そもそも何が封印されてるんだ? そこまで考えて、

 

「っ! 畜生め!」

 

 魔理沙は危うく墜落しかけた。なんとか頂上の見えてきた石段の脇に箒を不時着させて、犬のように四つん這いになって呼吸を整える。ここ数ヶ月で急激に馴染みになった「濃厚な死の感覚」それも今回のは特級品だ。まだ手の震えが収まらない。

 

「大丈夫ですか? 魔理沙」 

 

 慌てて隣に降りて来た妖夢を手で押しとどめる。呼び方はちゃんと頼んだ通り呼び捨てになったようだ。そんな些細なことに意識を向けて、なんとかあの感覚を身体から追い払う。

 

「ああ、なんとかな。妖夢は大丈夫か?」

 

「私は半霊ですから、こういうのには耐性が有ります」

 

「なら、行けるな」再び、箒に跨がり大地を蹴る。

 

「どう考えてもその桜は碌な物じゃないぜ」

 

 しかも、そこにはおそらく霊夢が居るのだ。

 

 

「拙いわね」

 

 博麗霊夢は視線を西行妖に向けた。間違いない。目の前の西行寺幽々子のスペルカードに合わせて、段々とこの拗くれて苔一つ付いていない桜の巨木から放たれる死の気配が強くなってきている。西行寺幽々子の居場所を突き止める要因になった、周囲を覆った死の気配が。

 

「確認するけど、本当に大丈夫なんでしょうね?」

 

 のほほんとした笑顔を崩さない亡霊に再度言質を取る。

 

「心配性ねえ。大丈夫よ、開花しても私が責任を持って管理するわ。私の『死を操る程度の能力』で」

 

 悪い予感が消えない。 

 

 

「紫が負けるのも納得ね」

 

 西行寺幽々子は笑顔のまま、内心で舌を巻いた。これが博麗の巫女か。常人なら押しつぶされてもおかしくない西行妖の漂わせる死の気配の中で、平然とこちらの弾幕を避けてみせる。

 しかも、まだスペルカードを一枚も切っていないのだ。弾幕ごっこで勝利するのは至難の業だろう。勝つにせよ、負けるせよそろそろ潮時だ。片を付けなければ、西行妖が開花してしまう。勝てば良し、負ければ西行妖を鎮めねば。

 

「身のうさを思ひしらでややみなまし そむくならひのなき世なりせば」

 

 身体の中から湧き上がってきた言葉を放つ。

 

「反魂蝶 -八分咲-」

 

 

「夢想天生」

 

 博麗霊夢は整然と広がる桜色と紫色の破滅を前に、自らの切り札を切った。これまで、こんなに短期間に連続して使用した事は無い。

 

(これを使えるのは魔理沙のお陰ね)

 

 自分の存在を蝕むような消耗に耐えながら、相棒に感謝する。彼女の助けがなければ、これを二回使ってなお余力を残すことは不可能だっただろう。異変が始まってからは自分の勘に従って極力、霊力を温存した。異変の調査も魔理沙に任せ、露払いまでやって貰った。これで負けたら魔理沙に合わせる顔がない。物事に拘らないと言われてはいるが、自分にも意地があるのだ。友達におんぶにだっこは申し訳ない。

 

 

 八雲紫は識の海の境界で浮遊していた。八雲紫が個として存在出来る境界。自分が自分でなくなる限界。存在という軛から半ば解き放たれて。

 

 嗚呼、存在するということは、こんなにも苦痛で、重荷で、辛くて、悲しくて、──愛おしいのか。こうなって初めてわかる、自らの妄執とも言える思い入れ。

 

 殺した。傷つけた。奪った。盗んだ。虚言を口にして他者を動かした。時に脅し、時に宥め、利で釣り、理で説き、情に訴えた。月に妖怪を率いて攻め込んだ。人を掠った。世界を区切った。自らの腹心にも、親友にも真実を告げることなく異変を引き起こした。

 

 ──全ては幻想郷の為に。たとえ、地獄に落ちようとも後悔はない。何度生まれ変わっても、何度やり直したとしても、自分は同じ事を繰り返すだろう。

 

(本当に?)

 

 自分の中で問いかける声がする。

 

 本当だ。幻想郷の為ならば、自分はどんな悪事でも笑って働くだろう。舌を引き抜かれても嘘を突き通すだろう。

 

 ──それならば、何故、こんなに心が苦しいのか。

 

 わかっている。自分自身は騙せない。もう真実から目を背けられない。幻想郷の為だけなら、こんな危険な橋を渡る必要は無い。大切な霊夢、掛け替えのない幽々子、なにより幻想郷それ自体を危険に晒す異変が幻想郷の為だけであるはずがない。

 

 ──八雲紫の為──

 

 そう、自分は現状に耐えられなくなったのだ。

 

 幽々子が自分と知り合った時の記憶を失ったままでいることに、幽々子に西行妖の真実を黙っていることに、藍が唯々諾々と自分の命令に従うだけの存在であることに、霊夢が霊夢自身の判断でしか動かないことに、映姫が常に正論を振りかざして泥を被る自分を認めないことに、そしてそんな自分が理解されないことに。

 

 だから、封印の詳細を伝えずに幽々子の願いを叶えるべく動いた。藍に管理者代行を押しつけた。幽明結界を解除して霊夢を動かし、映姫を刺激した。心の奥底に潜んでいた自分のエゴの為に。

 

 何より、そんなことも気にならない程、自分は──八雲紫は──歪んでいたのだ。

 

 

「紫もきっとこれでやられたのね」

 

 西行寺幽々子は、自らの弾幕が博麗霊夢をすり抜け、逆に輝く札が自らを打ち据えるのを諦観と共に受け入れた。手加減されたのか身体へのダメージは然程でもないが、抵抗する気力はもはやなかった。

 

「敗者は敗者らしく、後始末でもしましょうか。妖夢はちゃんと出来てたかしら?」

 

 自らの従者に思いを馳せながら、西行妖を振り向いて、そこで西行寺幽々子は動きを止めた。

 

 西行妖が燐光を放っている。満開になったのだ。溢れ出てくる彼女にとって馴染みの気配。

 

 そして、

 

 西行寺幽々子は、白い経帷子に包まれた自分自身が、地面から浮き上がってくるのを目の当たりにした。自分が自分に引き寄せられ──西行寺幽々子はおよそ千年余りの清月を経て、再び肉体を手に入れた。一瞬後に魂魄と共に消滅する肉体を。

 

 

「駄目です、止まって!」

 

 霧雨魔理沙は、立ち待ちの月に照らされた広大な白玉楼の一角を覆うように立ち上った桜色のドームを目にした。内に月光を受けて光る何かを大量に含んだ薄桃色のドームが次第に広がっていく。妙に惹きつけられる光景、あの中に入りたいという欲求が魔理沙を突き動かす。どうして妖夢は止めるんだろう。

 

「何で止めるんだ、妖夢? ってえ!」

 

 いきなり妖夢に頬を張られた。真剣な顔で妖夢が覗き込む。

 

「あれは危険です。あれに触れると死にますよ!」

 

「あ、ああ、有り難さん」

 

 ぶるりと一つ身震いする。そして、妖夢に張られた逆の頬に一発気合いを入れて、箒を前に進める。

 

「死ぬ気ですか?」

 

 妖夢が慌てて隣に並ぶ。

 

「あっちに相棒が居るんだよ! 妖夢のご主人も!」

 

「いえ、幽々子様は亡霊ですから……兎も角、私もお供します!」

 

 

「やはり西行妖ですか」

 

 四季映姫・ヤマザナドゥは眉をひそめた。白玉楼の一部から立ち上ったあれは、西行妖の力の発露だろう。そのまま放置しておけば、あれは溜め込んだ春と共に顕界に流れ出し、生けとし生ける者全てを死に誘うだろう。「沈黙の春」という単語が頭をよぎる。

 

 最悪の事態を食い止めるべく、映姫は先行した風見幽香に続いて西行妖の元へ向かった。

 

 

 西行寺幽々子は涙を流すことなく泣いていた。

 

 忘れていた肉体の感触と共に、記憶が蘇る。父のこと、西行妖のこと、あの春の夜に出会った初めての友人のこと、父の死と、望まぬ力を得た自分と西行妖のこと。

 

 そして、理解した。何者が、何のために西行妖と共に封印されていたか、八雲紫が何故自分にそれを告げずに、異変を起こすのを手伝ったか。

 

 愚かだった。あまりにも愚かだった。自分は、大切な友人を悲しませただけではなく、苦しませ続けていたのだ。

 

 そして愚かにも好奇心で友人の傷口を抉っただけでなく、博麗の巫女まで危機に晒している。

 目の前で西行妖の力に抗う博麗の巫女に向かって、幽々子は声無き声で哀願した。もう既に死んでいる身の愚かな自分などは見捨ててくれと。自分には存在する価値など無いのだと。

 

 

「何が大丈夫よ、あの脳天気亡霊!」

 

 博麗霊夢は、満開となった西行妖から津波のように押し寄せる「死へ誘う力」から自らを陰陽玉で守ると同時に、西行寺幽々子の周囲に結界を展開した。肉体と合一した亡霊は、この結界を解いた瞬間に蘇り──そして消滅するだろう。そんなことをさせるつもりはない。自分にツケを残して逃がしてなどやるものか。

 その一方で、周囲を埋め尽くして溢れかえる桜色の「死へ誘う力」を陰陽玉による結界越しに確認する。西行妖の溜めに溜め込んだ「死に誘う程度の能力」の具現がもはや物理的な圧力を持って周囲を埋め尽くしているのだ。

 今の霊夢は、濁流の中で子供を抱え上げている母親だった。いずれ力尽きれば霊夢は死に、幽々子は消滅する。

 

 だが、霊夢の直観は、自身の死を告げてはいなかった。

 自分の中で呼吸するごとに削り取られていく霊力を感じながら、霊夢は西行妖を睨みつけた。

 

「『世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし』って奴ね」

 

 返事は、上空からの笑いを含んだ声だった。

 

「それだけ元気なのは大したものだ──フラン」

 

「はい、お姉様」

 

 

 フランドール・スカーレットは姉の言葉に従って、手の中の「目」を選り分けた。彼女のスペルカードである「フォーオブアカインド」は四人のフランドール・スカーレットに分かれるのではない。

 

 ──三人のフランドール・スカーレットとU.N.オーエンとに分かれるのだ。

 

 U.N.オーエンでもある今の彼女にとって、眼下に広がる西行妖から放たれている「力」の「目」だけを選び出すのは児戯に等しい。それに、今は先生の前なのだ。自分の能力で先生の手助けをできる喜びに顔を輝かせながら、フランドールは「目」を無造作に握り潰した。

 

 

「魔理沙、気が付きましたか?!」

 

 魂魄妖夢は驚愕した。あれ程までに濃密だった死の気配が、闇夜の明かりを吹き消したように消えていた。少しずつ範囲を広げる薄紅色の半球──桜の花片に満たされた空間──にも、もはや死を感じさせるものは何も無い。

 

「ああ、何があったんだ? 霊夢か?」

 

 その言葉に畏怖の念が沸き起こる。博麗の巫女とは其程の者なのか。では、自分の主はどうなってしまったのか。

 

「幽々子様!」

 

 妖夢は全力で西行妖と共にいるであろう、自分の主の元に向けて薄紅色の空間に突入し、そして、その光景を目にした。その姿を見るだけで恐怖が蘇る、風見幽香の後ろ姿ごしに。

 

 

「妖夢、ちょっと待てよ!」

 

 急激に速度を上げて桜色のドームに突入した魔理沙は、春の暖かな空気に包まれた。宙を舞う桜の花弁と辺りに満ちる春、ここの建物は和風ながら全体としてはどこか大陸の影響を感じさせる広大な白玉楼の一角にそれはあった。

 

「霊夢……と、紅魔館の連中?」

 

 一際大きく、年を経て、枝を広げた一本の黒々とした桜。その前に浮かんだ白衣に身を包んだ桃色の髪の白鑞のような美女が妖夢の主、西行寺幽々子か。その前で陰陽玉を従えながら幣を身体の前に翳す自分の親友、二人を見下ろす建物の上に佇む無表情に金髪美女を横抱きにした銀髪のメイド。

 そして──夜と月の支配者、悪魔の羽を持つ紅魔館の主、レミリア・スカーレット、その妹である破壊の申し子、フランドール・スカーレットを従えて、霊夢と幽々子の間に立つ漆黒の人影。頭から脚のつま先まで漆黒の外套で包んだ人影は、闇が形を為したように見えた。

 

「どうやら間に合ったようね」

 

 隣から掛けられる笑みを含んだ聞き覚えのある声。

 

「幽香か、一体何が始まるんだ?」

 

 一瞥した風見幽香は、初めて目にする表情で、届かぬ恋を内に秘めた乙女のように微笑んだ。

 

「言葉では表すのは私には無理ね」

 

 

 博麗霊夢は納得した。

 

 なるほど、これが美か。

 

 立ち待ちの月の光に照らされて、紅魔館の吸血鬼二人が見守る中、黒衣を纏った「美」はゆっくりと結界の中の西行寺幽々子に近づいた。その足取り、地に映した影。霊夢は初めて知った。本当の「美」とは、一挙手一投足どころか落とす影まで美しいのだと。

 

 差し出された手が無造作に結界を越える。これも仕方がない。あんなものを止められる結界は張れないのだから。

 

「岩間とぢし氷も今朝はとけそめて 苔の下水みちもとむらん」

 

 届いた声は春の幻なのか。周囲を舞う桜の花片に溶けて消えた。

 

 

 西行寺幽々子は目を開いた。絶望に打ち拉がれて自らの消滅の刻を待つだけの幽々子の耳に届いた歌。それを告げた「声」の主を確認したくて。

 

 目を開いた瞬間、西行寺幽々子は停止した。身に満ちる絶望も、悔恨も、自己嫌悪すら「それ」を間近で見てしまった幽々子にとっては無意味だった。その瞬間、「美」とそれを感じる存在のみに意味があった。

 

 それに続く西行寺幽々子という不確かな実在そのものを揺さぶる衝撃。西行寺幽々子は、再び自らがこの世界に確たるものとして生まれ出でたことを五感に依らずして実感した。

 

 

 耳から流れ込む「美」と共に延ばされた手の形を取った「奇跡」が西行寺幽々子の頭頂部を軽く触れる。霊夢は静寂を破らぬように長く微かに息を吐いて、幽々子の周りに張った結界を解いた。もうこの結界は必要ない。舞い落ちる桜の花片のように幽々子が奇跡の具現に支えられて地面に降り立つ。

 

 

 八雲紫は、自分の奥底から浮き上がるように目を覚ました。目の前には、西行妖を背後に走り寄ってくる友人の姿。言わなければならないことはわかっている。

 

「御免なさい、幽々子」

 

「御免なさい、紫」

 

 ああ、自分達は友人だ。こんなところまで息が合うのだから。八雲紫はもう涙を抑えられなかった。子供のように泣きじゃくりながら掛け替えのない友人に告げる。今まで言えなかった言葉を。

 

「今まで黙っていて御免なさい。言わずに異変を起こしてしまって御免なさい」

 

「今まで忘れていて御免なさい。ずっと思い出せなくて御免なさい」

 

 もう言葉は要らなかった。友人の身体の温もりを抱きしめながら、八雲紫は親友と一緒に、自分が空っぽになるまで泣いた。

 

 

 十六夜咲夜は目の前の光景が信じられなかった。

 

 一時期とは言え、自分達の生殺与奪を握っていた筈の幻想郷の支配者、油断ならない妖怪の賢者は何処にも居なかった。ただ、友人に長い間言えなかった秘密を打ち明けて謝る一人の少女がそこに居るだけだった。

 視線をこの奇跡の立役者の方に移す。自分と同じような誇らしげな光景の主と主の妹に寄り添われた、黒衣の影を。先生は何時ものように、有り得ない光景を出現させたとは張本人とは思えない程ひっそりと佇んでいた。

 

 

 魂魄妖夢は滂沱の涙を流していた。

 

 正直な所、妖夢には何が起こったのか全くわかっていなかった。あの魂を吸い取られるような美しすぎて恐ろしい光景も、傍らの風見幽香がそこに居る理由も、始めて見る四季映姫の茫然自失とした姿も。

 だが、そんなことは問題ではなかった。西行寺幽々子が子供のように泣きじゃくっている。八雲紫と抱き合って、笑いながら泣きじゃくっている。それだけで、妖夢の目から涙が溢れてくる。

 自分が何故泣いているのか理解出来ないまま、魂魄妖夢も泣き続けた。

 

 

 風見幽香は喜びに打ち震えていた。

 

 これほど見事な花が咲くとは。だから先生は素晴らしいのだ。少女のように泣きじゃくる八雲紫と西行寺幽々子、それを信じられないような顔で見つめる四季映姫、これだけで当分楽しめるだろう。

 

 ──その前の有り得ないような光景を除いたとしても。

 

 静かに涙を流す庭師と、未だ固まったままの魔理沙、一人だけ不機嫌な様子の霊夢に順に視線を移す。

 

 ──花も人も色々に咲くから面白い。

 

 最後に幽香は自分と同じように、目の前の光景を静かに見つめる西行妖に視線を向けた。

 

「『匂へどもしる人もなき桜花 ただひとり見て哀れとぞ思ふ』 ……やはり桜は、咲いた方が良いわね」

 

 

 博麗霊夢はこの世の不条理に憤っていた。

 

 人の形をした「美」があの忌々しい桜に「手」を当ててから紅魔館のメイドの腕の中に抱えられていた八雲紫の額に軽く触れて再び外套を纏うまでを瞬き一つせずに見届けてから、泣き声が聞こえてくる方向に背を向けて、美味しい所を持って行った紅魔館の連中と諸悪の根源を見つめながら。

 

 前回は何とか我慢できたがもう限界だった。

 

 異変を起こした連中ばかりが良い目に遭って、解決した自分達が苦労だけでは、あまりにも報われないではないか。こんな理不尽はたとえ神や仏が許しても、この博麗霊夢が許さない。

 

 ──文句言う奴らは誰であろうとぶちのめす。

 

 

 いやあ、今回は焦りましたよ。スカーレットさんとフランドール・スカーレットさん、それに十六夜さんが迎えに来てくれたのは有り難かったけれど、いきなりスカーレットさんに抱え上げられて空中旅行に行く羽目に。

 

 途中、よくわからない三人組に襲撃されたので、どうなるかと思ったけれど、十六夜さんがあっという間にスペルカードによる決闘でやっつけてしまったとのこと。時間を操る方々のやることはもうわけがわからない。

 

 やっとのことで到着した雲の上の巨大なお屋敷で待っていたのは、ぼろぼろになっていた八雲さんでした。「自分のことは良いから幽々子を」とか言われても放っておけませんよ。 八雲さんは酷く疲れていた。やはり異界を管理するというのは心労が溜まるんだと思う。疲れていると碌な事を考えないので、身体の疲れを重点的に取る。寝てしまった八雲さんを十六夜さんに運んで貰ってスカーレットさんの案内で今回の治療対象の方の所に向かう。

 近づくのが大変そうだったけれど、そこはフランドール・スカーレットさんが一撃で何とかしてしまった。凄い。

 

 今回の本命は、なんと亡霊、しかも肉体に戻って消滅しそうになっている亡霊の方だった。ここまで来てしまうと、普通のやり方だとちょっと難しい。なんとか肉体を維持しつつ霊魂が存在出来るように、霊魂で肉体を保護して貰うようにチャクラを開く。

 このやり方は本人の霊力を沢山使うので、それを補うために生き返ったら健啖家になると思うけれども、健康な証ということで勘弁して貰えたら良いなあ。二ツ岩さん曰く、「沢山食べる女性の方が魅力的」らしいので、その線で言い訳を考えておく。もう一つ、西行さんに縁がある方らしいので、西行さんの和歌で励ましてみる。

 最後にスカーレットさんに言付けていた風見さんの指示で、大きな桜に施術する。これは結構簡単で、自分が桜であることを自覚して貰うだけで何とかなった。桜だから生き物を死に誘わなければならない理由は特にないわけだから。どうしても死に誘うのが好きなら、そういう仕事に就けば良いと思ったが、ご本木には特にそういう希望はないようだった。

 これで今回の施術は終わり、ならめでたしめでたしだけど、何か紅白の服装を着た巫女さんがこちらを睨んでいる。あれは噂の博麗の巫女、博麗霊夢さんだ。何か気に障ることをやってしまったのだろうか? 恐ろしいので大人しくしておく。

 




 終わりませんでした。誠に申し訳ありません。切りの良い所で切って次話は水曜日の夜には上げたいと思います。

 ご指摘を頂いて、改定の方に手を付けておりますが、改定すると更新出来ない法則が発動してしまい、まずは次話を投稿する方を優先させて頂こうと思っております。

 改定しようとすると迷いが出てしまい、続きが書けなくなってしまうのです。こんなイロモノな話書いて大丈夫だろうか、面白いと思って貰えるのだろうか、と迷いが出ると恐ろしくなって一文字も書けなくなるのがよくわかりました。

 私は脳内麻薬出して勢いで書いていかないと駄目なタイプのようです。

 以下、いつも通りのネタ話を。


紫は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の天人を除かなければならぬと決意した。紫には天界がわからぬ。紫は、幻想郷の牧人である。ほらを吹き、外来人と遊んで暮して来た。けれども博麗神社に対しては、人一倍に敏感であった。

ゆかりん=メロス、ゆゆ様=セリヌンティウスを書いてみたかった。今は反省している。

音高くお互いの顔殴って友情深める前に、ゆゆ様が邪知暴虐な天人をこまっちゃんの所に一発で送りそうで話にならない気がするのですよ。

ゆかりんは普通に寝てて期日までに間に合わないか、隙間で移動して走らない紫になりそうだし。
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