東方美影伝   作:苦楽

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自分で気付いた部分だけちょこちょこ修正しました。

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閑話・萃夢想
魂魄妖夢木を活かし、射命丸文特ダネを嗅ぎつけること


「凄いわね」

 

 秋穣子は感嘆の声を発した。用水路の堰が外され、柔らかな春の日差しを反射して水路をしぶきを上げながら流れる水が乾いて枯れた草がへばり付く田に流れ込み、一面を春の景色に変えて行く。

 

 そして──

 

 紫色の髪の魔女が手を一振りするだけで、泥に濁った田の水面が激しく動き、波打ち、命を持ったように動く泥が畦を厚く上塗りする。おそらくはかなりの人手と時間を必要とするであろう、人里最外周部の田の代掻きを、「七曜の魔女」パチュリー・ノーレッジは一人でやってのけているのだ。

 

「こんなものでいいかしら?」

 

 怜悧な魔女の声に、意識を軽く田に向けて田の状況を確認する。本領発揮可能な季節ではないとはいえ、大幅に増えた信仰があれば豊穣神としてこの程度の事は造作も無い。

 

「もう少し底を均すような感じでお願い」

 

「わかったわ」

 

 指示に応じて、再び魔女が手を動かす。視線を感じて振り返ると、田の持ち主の陽次郎がこの区画に水を導く堰の前で手を合わせてこちらに深々と頭を下げているのが見えた。彼は確か農家の次男で、ここが初めて持った田の筈。愛着も一入なのだろう。

 そこまで考えて、穣子は軽く陽次郎の方に頷いて見せた。魔女の手柄を横取りするようで申し訳ない気持ちもあるが、信仰と名誉はこちら、収入の分配は向こうが多めという事で話がついている以上、有り難く表に立たせてもらう。この調子なら、数日中に田植えも始まり、秋の収穫も期待出来るだろう。

 

(変われば変わるものね)

 

 昨年と比べれば自分達の置かれた状況は恐ろしく変わってしまった。素朴だが、よく手入れされた神社、定期的に寄せられる賽銭と奉納品、なによりも、里の農家が寄せる信仰心と心からの尊敬の眼差し。神社持ち、氏子持ちの神とはこういうものか。

 もう、以前のような野良神には戻れまい。おそらくは姉も同じ気持ちだろう。

 

「これくらいでどう?」

 

 この状況の仕掛け人の一人の声に、意識を引き戻す。

 

「十分よ。ご苦労様。次は向こうの田をお願いね」

 

 

 秋静葉は感嘆の吐息を漏らした。十数体の人形が舞い踊るように動き、急斜面に生えた朝露を纏う茶の新芽を摘み取っては茶畑の隅に置かれた人形より大きな籠の中に入れていく光景と、それを演出した「七色の人形遣い」アリス・マーガトロイドの手腕に。

 

「籠、交換しますよー」

 

 明るく声をかけて茶で一杯になった大きな籠を空籠に交換し、そのまま片手で満杯の茶籠を持って丘の麓の作業小屋に飛び去ったのは紅魔館の門番の紅美鈴。作業小屋では本来茶摘みを行うべき人員が茶摘みの代わりに茶蒸しの作業を行っており、彼女は離れて見回る冥界の庭師と共に作業小屋の人達の護衛も行っているのだ。異変のお陰でこの辺りの妖怪や獣が餓え、茶農家の皆はこの人里から少し離れた岡での茶摘みを不安がっていた。だからこそ、静葉が「偉大な神の威光に屈服した妖怪達を使役して」茶摘みを行っている。

 

 幻想郷の有るべき姿と現実としての異変の後始末、その両者の妥協点が静葉が今置かれている立場だった。

 人は妖怪を恐れなければならない。故に、必要以上に妖怪が友好的に見られる事態は避けなければならない。その一方で、妖怪の力無くして人里が成り立たないのもまた一面の事実なのだ。特に春雪異変によって農作業全般が大幅に遅れてしまっている現状では。

 

 その状況を見て取って、助力を申し出たのが紅魔館とそこに良く出入りする面々だった。既に神社の勧請という前例があったこともあり、里に良く来ているパチュリー・ノーレッジが田中神社に話を持ち込み、春雪異変が終熄する前に既に計画は立てられていた。

 

 故に、秋静葉は此処に居る。目の前で自分にはとても出来そうにない精密作業を汗一つかくことなく複数併行して行っているアリス・マーガトロイドに申し訳なく思うと共に、その卓越した技術に敬意を抱かずには居られない。彼女は一番茶の茶摘みが終わり次第、穣子が監督する田植えの作業も行うという。自分や紅美鈴、それに冥界の庭師の魂魄妖夢はそちらに先んじて炭焼きのための伐採と植林の方だ。

 

(収穫祈願祭での習合、やってみましょうか)

 

 秋静葉は胸の中でそう呟いた。恥ずかしいので習合はあまり気が進まないが、それで信者の人達が喜ぶのであれば、自分も出来る限りのことをするべきではないか。あれは妹の力であると共に、自分の力でもあるのだから。

 

 秋静葉は両手を小さく握りしめた。

 

 

「橙」

 

 八雲藍はマヨイガで猫達に餌を与えている橙の背後から声をかけた。

 

「藍様、お仕事、終わったんですか?!」

 

 顔を輝かせて立ち上がり、こちらに寄ってくる橙に軽く頷いてみせる。

 

「ああ、これは紫様から我々にと頂いたお弁当だ。一緒に食べよう」

 

 手にした紫色の袱紗に包まれた四段のお重を見せる。

 

「お茶を入れてきますね」

 

 弾むような足取りで囲炉裏端に向かった橙を見送って先程の事を思い返す。

 

「ご苦労様ね、藍。これはご褒美。橙と一緒に食べなさい」

 

「私も一部手伝ったのよ。後で感想を聞かせてね」

 

 博麗大結界北東側の境界の引き直し作業を終えて報告のために訪れた白玉楼で、柔らかに微笑む主とその友人。

 

(紫様は変わられた)

 

 胸の中で呟く。これまで自分にあのように無邪気に振る舞うことはなかった。自らの式にすら素の自分を晒すことが無かった主がその構えを解いた。そのことが長年仕えてきた藍にとって大きな驚きだった。

 指示にしても、これまでは意図を明かさずに緻密な指示を出し、それに完璧に従うことのみを要求してきたのが八雲紫という主人であった。それが今回の異変で幻想郷の管理者を代行させる際には、意図こそ明かさないまでも代行者として自分で判断して自由に振る舞うことを命じ、解決後の結界の管理に至っては「『幻想郷に新風を吹き込むために』最善と思う事をせよ」、とまで命じたのである。

 

(あれで紫様の期待に応えられただろうか)

 

 結界の引き直しに伴い、これまでよりやや緩めに論理結界を設定してみた。その分、結界の見回り頻度は上がるが、それは自分と、少しずつ橙にも受け持たせるつもりでいる。

 正直に言って、これまで主人の命に忠実な式神であることを期待され、自らもその期待に応えようと生きてきた身としてはいきなりの方針転換は辛いものがある。

 

「藍様?」

 

「ああ、少し考え事をしていたよ。今そちらに行こう」

 

 茶の支度が出来たらしく、自分におずおずと声をかけてきた橙に返事して、藍は橙の後を追った。

 

 そうだ、迷うことなどはない。如何なる事であれ、主の要求に応えるのが式神ではないか。そう自分の中で結論を出して。

 

 

「花もみな散りぬる宿は 行く春のふるさととこそなりぬべらなれ」

 

 西行寺幽々子は呟いた。八雲藍が去った後の白玉楼の庭先で、舞い散る桜の花弁の中。

 

「気が早いわね、幽々子。桜が気を悪くするわよ」

 

 並んで藍を見送った八雲紫が愉快そうに笑った。

 

「仕方がないわ。お客様が皆帰ってしまったんですもの」

 

 幽々子は紫に向かって頬を膨らませて見せた。

 

「以前は二人と幽霊で十分だと思っていたけれど、あれだけ賑やかなお客様が居なくなると寂しいわ」

 

 宴会に使用した広間の方に視線を投げる。

 

「仕事さえきちんと目処が付けば、顕界に出られるようになるわよ。閻魔様もそれをご承知の上で結界のあり方を変えるように指示されたんでしょうし」

 

 紫は真顔でそう口にして、悪戯っぽく笑った。

 

「それとも、妖夢がそんなに心配かしら?」

 

「妖夢は大丈夫。若いうちに沢山失敗した方が良いのよ」

 

 ──私のように大きな失敗をする前に。

 

 幽々子は最後の言葉を胸の奥に収めた。微笑して逆に紫にやり返す。

 

「紫の方こそ、藍が戸惑っていたようだけど?」

 

「まず隗より始めよ」

 

 八雲紫は自らの忠実な式神が飛び去った冥界の空に視線を向けた。

 

「幻想郷が変わるのであれば、管理者も変わらなければならない。そして、私が変わるなら、真っ先に藍にそれを伝えなければならない」

 

 身体ごと幽々子に向き直り、正面から目を合わせる。

 

「言葉だけでなく、私の態度で。そうでしょう?」

 

「そうね」

 

 幽々子は頷いて、傍らの庭石の上に置かれた朱塗りの盆から酒杯を二つ取り上げた。一つを親友に手渡す。

 

「乾杯しましょうか」

 

「何に?」

 

「難儀な主人を持った従者達の先行きに」

 

「「乾杯」」

 

 

 魂魄妖夢は躊躇した。自分が切るべき小楢の木に、風見幽香の姿が重なって見えたのだ。頭を振って風見幽香の影を振り払う。ここは冬景色の無名の丘ではなく、春景色の里山で、自分が向かい合っているのも風見幽香ではなく、伐採を指示された小楢の木に過ぎないと自分に言い聞かせる。

 だが、一度生じた迷いは消えず、妖夢は構えた楼観剣を下ろした。風見幽香に一太刀も浴びせられず手も足も出ないままあしらわれ、その後怒りに身を任せて霧雨魔理沙に敗北したあの時から自分の剣に自信が持てない。

 

 ──もし、木すら切れなかったら。その恐れが身体を縛る。

 

「妖夢さん、何かありましたか?」

 

「申し訳ありません。……剣を振るうのが恐ろしくなりました」

 

 木の梢を押さえて、木を倒す役だった紅魔館の門番の紅美鈴が降りてくる。仕事の相方にまで迷惑を掛けた自分に怒りと情けなさを感じながら、魂魄妖夢は自分の抱える問題を口にした。

 

(「何かあったら隠さずに打ち明けて周りの人に相談しなさい」)

 

 自分を送り出す時の、自らの主の餞の言葉を思い出して。

 

 

「うーん、それは災難でしたねえ」

 

 紅美鈴は頷いた。目の前で項垂れる、大きな人魂を連れた剣士には心からそう思う。いきなりの実戦があの風見幽香相手、しかも攻撃を悉く当ててそれが全く通用しないで倒れたのであれば、自分の剣に自信が持てなくなるのも無理はない。それはおよそ武道に身を捧げた者にとっての悪夢なのだ。

 

(お嬢様や妹様のように、それより酷い物を乗り越えようとする方ならまた話は別でしょうけど)

 

 自分の主達が風見幽香に立ち向かった時のことを思い出す。あれは見ていて本当に辛かった。自分達の運命を切り開くために、自分が傷つこうが相手に通用しなかろうが、限界を超えて立ち向かったあの姿勢を、この目の前の少女に今の時点で求めるのは酷だろう。

 

(魔理沙さんのようにも行かないようですし)

 

 かといって、霧雨魔理沙の、敗北をそのまま自らの力に変える独特の力もこの少女は持たない。あれは霧雨魔理沙という「気持ちよく敗北し、かつ気持ちよく相手を勝利させる」希有の人柄によるものなのだ。彼女なら素直に相手の力量を賞賛し、それを負けん気に変えて努力に励むだろう。パチュリー・ノーレッジに力負けした後、自分に指南を頼んできたように。

 

(やれるだけやってみますか)

 

「少しここで待っていて下さい」

 

 自己嫌悪で打ち拉がれている少女に一声掛けてから、美鈴は空中に飛び上がって伐採する木を選んでいるはずの秋の神を探した。自分も色々と悩んだことがある。その経験が少しでもこの生真面目な剣士の役に立てることを願って。

 

「静葉様、ちょっとよろしいですかー」

 

 

「魂魄妖夢、貴女に木を切って貰うのは、この木を活かすためです」

 

 魂魄妖夢は意表を突かれた。紅美鈴と共に目の前に降りてきた、秋の女神の口から出た言葉に。

 

「木を活かすため、ですか」

 

 妖夢の言葉に、紅葉を表す衣装を身に纏った女神は穏やかに頷いた。

 

「そうです。こちらを見て下さい」

 

 少し離れた場所にある切り株へと案内される。風雨に晒されて変色した切り口を持つ切り株の周囲から、若々しい枝が生えて新しい葉を付けていた。

 

「萌芽と言います。この生えた蘖がまた木に育ってこの森の一部になるでしょう」

 

 再び元の木の前に引き返しながら、秋静葉は妖夢に向かって言葉を続けた。

 

「ただ伐採するだけなら美鈴に引き抜いて貰っても、折って貰ってもいいのですが、この木を活かすためには貴女に切って貰う必要があるのです」

 

 そして、妖夢を見て微笑んだ。

 

「あまり気負わずとも大丈夫です。失敗したら私が木に謝りますから」

 

「静葉様より私の方が謝り慣れてますから、それは私に任せて下さい。自慢じゃありませんが、謝罪をさせたら紅魔館一です」

 

 紅美鈴が胸を叩く。

 

「……有り難うございます」

 

 妖夢は深々と頭を下げた。今から自分が切る小楢の木に向き直って楼観剣を脇に構え、美鈴が位置に着くのを待つ。

 

「準備できました」

 

(活かすために切る)

 

 梢を押さえた美鈴の声に、軽く息を吸って、吐きながら踏み込み、腰を沈めて捻り、そのまま両手を振り抜く──残心。

 

 あの時を思い起こす手応えとは呼べない程の手応え。

 

 しかし──

 

「お見事です」

 

 美鈴がゆっくりと地上一尺程のところで横に断ち切られた小楢を横たえていく。

 

 庭師であったのに、何度となく枝を打ち、葉を払ったのに、自分はそんなことを考えたこともなかった。風見幽香に襲いかかった時、霧雨魔理沙に斬りかかった時、自分は何を考えていたのか。

 

「活かすために切る」

 

 妖夢はもう一度呟いた。

 

 

「これは、浄玻璃の鏡に頼ることなく自分で調べろ、ということなのでしょうね」

 

 四季映姫・ヤマザナドゥは、自分の執務室の机に向かって、書類を読み返した。何度読み直しても内容が変わるわけでもないそれを、手が空く度に読み返してしまう。

 

『田中田吾作に関する浄玻璃の鏡の使用を厳禁する』

 

 自らが出した調査願いに対する回答が一行だけ書かれた素っ気ない、公式な文書を。

 

 ──博麗の巫女や風見幽香の「忠告」は妥当だったと考えざるを得ない。それだけの何かがあの人間の過去にあったのか。確かに容姿は非凡であるし、指圧の腕も神がかり的だと推測出来るが──

 

 映姫はそこまで考えて、書類を未解決事項・継続の書類入れへと仕舞い込んだ。自ら出向くにせよ、しばらくは先になるだろう。幽明結界のあり方が変化した事による幽霊の管理、西行寺幽々子の身の上に起きたことに関しての報告書など、急を要する仕事が裁判以外にも山積みである以上、自らが調査に行くなどという贅沢は許されないことはわかっている。

 

(小町にそれとなく様子を調べて貰いましょうか)

 

 仕事に対する姿勢は誠実とは言い難い部下だが、その分だけ世故に長けるし顕界の住人とも気軽に話せる分、調査という点では頼りになるかも知れない。

 

 映姫はそう結論付けて、次なる裁判のために執務室を後にした。

 

 

「盛況ですねえ」

 

 射命丸文は呟いた。眼下に見える田中神社は建立当時とは大きく姿を変えていた。神社までの参道は、人一人通るのがやっとの畦道から、荷車すらすれ違うことが可能な立派な石畳へと変わり、参道から社に至る通路も、土を固めた坂から大岩の名残を削った石段へその座を譲っている。

 境内も、本殿に加えて宿泊所兼寄り合い所が作られ、榊の他に、楓、栗、柿の木などが神社を取り囲むように植えられ、田園の神社としての堂々とした佇まいを見せている。

 そしてその田中神社は、これから収穫祈願祭が開かれるとあって、然程広くない境内から石段の下まで農家を中心とした人で賑わっていた。石段の下に見知った姿を見つけて文は群衆を驚かせないようにゆっくりと舞い降りた。

 

「あやや、慧音先生もお出ましですか」

 

「射命丸も取材で?」

 

 文の声に、上白沢慧音は振り返った。突然舞い降りた天狗に驚きを見せた周りの人々に、軽く頷いて問題がないことを態度で示す。

 

「ええ、此処は今一番注目されてる場所ですからね」

 

 取材用の口調と笑顔で本心を隠しながら、文は内心で舌打ちした。寺子屋の教師の口ぶりでは、もうはたては来ているようだ。

 今の文にとって、姫海棠はたてはライバルとまでは行かないまでも、昨年のようにわざわざ足りない点を気軽に指摘してやるような相手ではなくなっていた。紅霧異変以来記者として開眼したらしいはたては、速報性と記事の文章で文に後れを取っているのを逆手に取った、当事者のインタビュー記事と里の暮らしに密着した記事によって確実に人里での購読者を増やしていた。

 特にこの田中神社と秋姉妹との繋がりを活かしての農事関係の記事と広報記事に加えて神社への置き新聞は文にとっても衝撃を受けるような手法だった。

 つい先日の春雪異変にしても、異変の記事で先手を取った文を当事者へのインタビュー記事と秋姉妹直々の農事の手助けの広報で鮮やかに差して見せたのだ。

 事件性の少ない神社の収穫祈願祭に文がわざわざ足を伸ばした理由もはたてへの対抗意識だった。妖怪には兎も角、人里ではそれなりのニュースバリューが見込める。そう文も判断したのである。

    

「昨年、今年と異変が農家にとって大事な時期に起こったからなあ。秋様達のお陰で助かったという農家も多い」

 

 慧音は文の言葉に頷いて見せた。周囲でも慧音の言葉に同意する声や頷く姿が目立つ所を見ると、やはりこの神社は農家にとって大きな存在のようだ、と文は自分の判断の正しさを再確認した。

 

「お出になるようだ」

 

 前方から伝わってくるざわめきと慧音の声に前方に意識を向けると、高床式の社殿から、紅葉を表す祭祀服を身に纏った秋の女神──紅霧異変の時に一度だけ姿を見せた秋姉妹の習合体──が姿を現した。

 

(これは思わぬ成果ですね)

 

 内心で呟きながら、素早くカメラのシャッターを押す。そのまま続けざまにシャッターを切って、文はぎょっとして手を止めた。

 

「厄神……」

 

 慧音の呟きと共に、集まった人々のざわめきも大きくなる。秋の女神に続いて社殿の帷から姿を現したのは、その存在だけで周囲に厄を与える厄神の鍵山雛だった。その力の程は、対抗心を燃やして突撃取材を行ったはたてが怪我をしたことで、文も十分に理解していた。思わず逃げ腰になりながら、連続してシャッターを切る。

 

「皆の者、静まれ! この社にいる限り、厄神の厄が皆に及ぶことはない」

 

 神社の外まで響く凜とした声に、集まった人々が一瞬で静まりかえる。

 

「かつて我らが山野に起居していた折り、鍵山雛に大いなる恩を受けた。その恩を今こそ返したいと思う」

 

(この筋書きを書いたのはやはり「七曜の魔女」ですかねえ)

 

 厄神の祠を田中神社内に置くことを告げる秋の女神の声を聞き流しながら、文はこの裏で動いたであろう紅魔館のブレインの姿を脳裏に浮かべた。女神と厄神という恩恵と祟りを前面に出して、影で実利を得ているであろう黒幕を。

 

「もう一人、皆に紹介したい者がいる」

 

 女神の声に、文は再び社殿に意識を向けた。

 

「あやややや、これはまた何とも……」

 

「何者だ、あれは?」

 

 帷の奥に姿を消した厄神と入れ替わるように姿を現したのは、頭の上から足下まですっぽりと黒い外套のようなもので全身を覆った黒い影だった。年齢、性別どころか身長や体型まで見当が付かない。社殿の中の影が出来損ないの人の形を取って立ち上がったような姿は、胸の前に枠の付いた白い板のような物を付けている。

 

「この者、田中田吾作は、故在って顔も、声も出すことは出来ぬが、我らの恩人であり、この神社の客人でもある外来人だ。どうか皆もそのつもりで接して欲しい。この通りだ」

 

 頭を下げた女神に、一同からどよめきが上がる。

 

「ああ、あの板のような物に文章を浮かべてやりとりするわけですか」

 

 文の鋭い目は、社殿の前の高床に立つ人影の胸の板に、

 

『田中田吾作と申します。お見苦しい姿で恐縮ですが、何卒よろしくお願いします』

 

 と浮かび上がったのをハッキリと見て取った。

 

「何とも気の毒な話だが……まさか興味本位で記事にするのではあるまいな」

 

「私も記事にして良いことと悪いことの区別くらい付きますよ」

 

 慧音の言葉に、文は真剣な表情で答えた。

 

(これはどう考えても記事にして良い、いや、記事にすべきことですけどね)

 

 胸の奥でそう付け加えて。

 

(七曜の魔女が糸を引いていると思っていましたが、考えてみれば紅霧異変の時から怪しい外来人の話は有ったんですよね。これは特ダネの予感がします)

 

 射命丸文は、それからの秋の女神の豊作祈願の踊りを余所に、どうやってはたてを出し抜いてあの外来人とコンタクトを取るか、そのことを考え続けていた。

 

 

 結局、博麗神社、紅魔館、田中神社、厄神の祠をぐるぐる回ることになりました。突発的に風見さんのお宅や霧雨さんのお宅にお邪魔することもあるかもしれない、とのこと。

 それは兎も角、なんと秋静葉様、秋穣子様の紹介で人里の皆さんの前で挨拶することに。正直、胃が痛いのです。人前に出るのは苦手なので。とはいえ、どう考えてもこの風体では不審人物なので、信用のある神様が氏子の皆さんに紹介するという形が良いだろうと言われると、それはその通りなのです。妖怪より怪しいよねえ、我ながら。

 

 なんとかお披露目が終わりました。そのうち、人里の守護者という方に紹介して貰えるそうです。早く厄神様の祠に行きたい。




お待たせ致しました。
リアルで少し立て込んでおりまして、三月まではペースが落ちると思われます。
週二更新できたらいいなあ、ということで。

さて、いよいよ萃夢想突入ですが、もはや原作とはかけ離れた幻想郷になりつつあります。ここまでは比較的年表沿いに進んできましたが、これ以降は年表からも逸脱して事件や異変が起こり始めると思います。

一応、自分の中では辻褄を合わせる方向でテーブルを組んでおりますが、何分一人の作業では気付かないことも多かろうと思います。

その場でお返事出来るかわかりませんが、何かお気づきの点など在りましたらご指摘頂ければ大変有り難いです。

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