東方美影伝   作:苦楽

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次話は来週の月曜日の24:00までか火曜日の24:00までに投稿する予定です。

それまでは仮投稿と言うことでよろしくお願いします。

誤字、脱字、表現、内容などについてご意見があればお気軽にお寄せ下さい。

2013/02/09 11:30に感想でのご指摘を頂いて誤字を修正しました。


上白沢慧音厄神を頼り、人外集って宴会に興じること

「御免下さい」

 

 上白沢慧音は田中神社の社殿に向かって声をかけた。昼下がりの神社は閑散としており、境内には神主役も含めて人の気配がない。

 

(夜に来るべきだったか)

 

 慧音は自分の判断の拙さを悔やんだ。御阿礼の子の熱意に負けて、稗田の屋敷を辞去したその足で神社までやって来たが、考えてみれば神社の主も含めて今日は朝早くから総出で田植えや炭焼きに出払っている筈である。

 

「っ!?」

 

 出直そうかと考えて、慧音は高床の上、社殿入り口の臙脂色の帷の影から湧きだしたように、黒い人影が立っているのに気付いた。

 

『ようこそお出で下さいました。何か御用でしょうか?』

 

 人影の胸の前でそう表示された板が、

 

『驚かせてしまったようで大変申し訳ありません』

 

 に変わるのを、慧音は目の当たりにした。

 

「いや、こちらこそ失礼しました」

 

 慌てて慧音は頭を下げた。間違いない、昨日紹介された田中田吾作と名乗った外来人だ。農作業に参加出来ないために居残りで留守番をしているのだろう。そこまで考えて、慧音は口を開いた。

 

「私は人里で寺子屋の教師を務めている上白沢慧音と申します。厄神様はいらっしゃいますか?」

 

『直ぐにお呼びします。上がってお待ち下さい』

 

 慧音はその文字に導かれるように社殿に続く檜の階段を上った。帷を潜った先には十畳ほどの拝殿が広がり、左右の障子から春の柔らかな光が入り込んでいた。御簾に隔てられた奥の十畳ほどの本殿には誰の姿もなく、神座に二つ臙脂色の座布団が置かれているのである。

 拝殿に置かれた中央の座布団の前で黒い人影は軽く頭を下げると、慧音とすれ違うように帷を潜って拝殿から出て行った。両脇の障子戸を開けることなく。

 

(まさか、手も不自由なのか)

 

 座布団に腰を下ろしながら慧音は暗澹とした気分になった。昨日は人里で彼の面倒を見ることも考えてはいたが、手まで使えないとなればそれも望めまい。耳は聞こえるようだが、喋れず、手が使えないのであれば人里では穀潰しの厄介者でしかないのだ。

 

(秋様達が恩人だと仰るのが唯一の救いか)

 

 慧音はそう思った。神社の主であり、農家からの信仰が篤い秋姉妹の恩人であれば、神社で養われても目の敵にはされまい。おそらくは、それが彼のためには一番良いのだろう。

 当人に外の世界に帰る気があれば、自分も博麗の巫女に口添えして……

 

「待たせて御免なさいね」

 

 自分の考えに浸っていた慧音を、涼やかな声が現実に呼び戻した。いつの間にか、御簾の向こうの本殿に、朱色の衣装と翠の髪が印象的な女性が立っていた。その脇に、影のように黒い人影を従えて。

 

「そのままで構わないわよ、私は只の留守番だから」

 

 慌てて平伏しようとした慧音に、厄神は軽く押しとどめるような仕草をして見せた。

 

「楽にして、と言っても厄神相手では無理かしらね」

 

 悪戯っぽく笑って厄神は真顔になった。

 

「厄神の鍵山雛よ。私に何か御用?」

 

「大変恐縮ですが」

 

 厄神と田吾作が腰を下ろすのを待って慧音は口を開いた。厄神がやはり自分で濃緑の座布団を持ち出してそこに腰を下ろす一方で田吾作は影が蟠るように畳の上に身体を沈めた。その光景から慧音は自分の推測を確信する。やはり、田吾作は手が使えないのだ。

 気の毒な外来人への同情を抱きながら、慧音は言葉を続ける。

 

 人里には御阿礼の子──稗田阿求──がいること。彼女は幻想郷縁起を執筆するために、十代に渡って転生を繰り返していること。その影響で寿命が短く、人里から外に出て危険を冒すことも許されないこと。天狗の新聞で厄神の祠の話を聞き、それ以来ずっと願っていたこと──

 

「厄神様が見事な漢詩の額をお持ちと伺いました。どうか、それをお貸し頂けないでしょうか?」

 

 慧音は深々と頭を下げた。物に拘らない、透き通った御阿礼の子が唯一拘った「物」。慧音自身も花果子念報でその存在を知って以来、何時かは見たいという欲求を抱いてはいたが、それ以上に阿求の切なる願いをどうしても叶えてやりたかった。

 慧音が頭を下げたまま、沈黙が続く。

 

「顔を上げてちょうだい」

 

 厄神の穏やかな声に慧音は顔を上げた。眼前には、右手の人差し指を立ててくるくると指を回す仕草の厄神と、頭を下げる前と全く変わった様子を見せない黒い姿があった。

 

「申し訳ないのだけど、あれは向こうの祠に作り付けてあるから直ぐには動かせないのよ」

 

「そうですか」

 

 慧音は頷いた。元より、今日明日になどと考えているわけではない。興奮した阿求に押し切られたとは言え、それくらいは慧音も理解している。だが、続く言葉に慧音は自らの耳を疑った。

 

「でも、あの天狗も知らない額なら上げられるわ」

 

 思わず、まじまじと顔を見つめた慧音に向かって、厄神はそっと右手の人差し指を唇に当てて見せた。

 

「一刻半ほどしたらまたいらっしゃい。誰にも内緒にね」

 

 

「寺子屋の先生、何かあったんでしょうかねえ?」

 

 射命丸文は首を傾げた。眼下の神社の拝殿から出てきた上白沢慧音は妙に強張った足取りで階段を降りて、境内から参道へとぎくしゃくと進んで行く。

 

(そちらにも興味はありますが、今日の目当てはそちらじゃありませんからね)

 

 慧音が十分に神社から離れるまで見送って、文は拝殿の前へと舞い降りた。

 

「御免下さーい」

 

 先程の慧音のように拝殿から奥へと呼びかける。あの黒い姿が現れることを期待して文は帷の奥の暗がりを見つめた。

 

(誰も来ませんね)

 

 文は首を傾げた。もう一度、風に乗せて呼びかける。

 

「御免下さーい!」

 

 昼下がりの春の日差しが神社の境内を満たし、どこからか飛んできた蜜蜂が境内を巡って再び去って行くも、拝殿はおろか神社の境内には声も、人の動きもない。

 

(何かあったんですかね。厄神の厄に当たったとか)

 

 そう考えて、文はぶるりと震えた。昨年のはたての惨状が頭をよぎる。

 

(しっかりしなさい、射命丸文。はたてが田植えに同行している今が千載一遇のチャンスなんですから)

 

 文は軽く両手で顔を押さえて自分に活を入れた。これは二重の意味のチャンスなのだ。

 

「何かあったんですか? 大丈夫ですか?」

 

 声をかけながら軽く宙に浮き、拝殿から本殿を覗き込む。御簾が下ろされたままの本殿にも人影はない。

 

 そのまま、拝殿の外周を覆う回廊沿いに裏へと向かう。本殿の奥の雨戸が仕舞われた障子のみの戸をするりと開けて、そっと部屋の中を文は覗き込んだ。床の間らしき八畳の間は物も無くがらんとしており、床の間に白い壺が一つぽつんと置かれているだけだった。

 

「厄神様、田中さん、居られませんかー!」

 

 声をかけながら次々と戸を開いて回るも、秋姉妹の私室らしき六畳の間二部屋、床の間から続く囲炉裏の間、土間から納戸、風呂場に至るまで文は人の影を見ることは出来なかった。

 

(おかしいですねえ)

 

 土間に続く玄関の戸を静かに閉めて、文は空に舞い上がった。上から神社全体を眺め渡す。

 

(土間と水回りを除いては高床なので、地下室とかは有り得ない筈ですが)

 

「何やってるのよ、文?」

 

 聞き覚えのある声に顔を上げると、滑るように滑空してくる姫海棠はたての姿があった。

 

「あややや、はたてはもうお帰りで?」

 

 予想外のはたての帰還に咄嗟に取り繕った文にはたては胡散臭い物を見るような視線を向けた。

 

「予想以上に早く田植えが終わってね。あのメイドとか人形遣いは農家に転職した方が良いんじゃない、って思うくらいよ」

 

 そこで言葉を切って、文の顔を覗き込む。

 

「そ・れ・で、あんたは一体何をやってたの? キリキリ吐いちゃいなさい」

 

「いや、それがですね」

 

 文は頭をフル回転させて言い訳を捻り出した。昨日の夜に小耳に挟んだ噂を撒き餌として差し出す。

 

「厄神様が今度こちらで人形の販売などを始められると伺ったんで取材に来たんですよ。でも、残念ながら居られないようで……」

 

「厄神様の? 厄神様は留守番をしておられるはずだけど……」

 

 視線を神社の方に向けるはたてに釣られるように文も視線を落とした。二匹の天狗が見下ろす視線の先で、八畳間の障子がするりと開いて、厳粛な顔の厄神が姿を現した。その荘厳な雰囲気に、二匹の天狗は言葉を失い、厄神が本殿に姿を消すまで黙ってその姿を見つめていた。

 

「厄神様、居られるじゃない! ってちょっと文! あんた待ちなさいよ!」

 

 我に返ったはたてが詰め寄るより早く、射命丸文は人里の方向へと飛び出していた。胸にいくつかの疑惑を抱えて。

 

 

「上司公認の散策ってのは良いもんだねえ」

 

 小野塚小町は大きく伸びをした。春の日はそろそろ西に傾きかけたが、未だ日が落ちるには早い。そんな時刻から大手を振って人里を歩ける自由を小町は満喫していた。ついつい足が酒と染め抜かれた暖簾に向きかけるのを何とか押さえる。

 

(危ない危ない、一杯やる前に最低限の事はしておかないとね。映姫様たっての頼みだ)

 

 小町は思い詰めた様子の映姫を思い出した。全く、あんな顔で自分の所に来られては堪らない。おまけに「小町、小町は良く人里に行きますか?」などと聞かれた日には、いよいよ最後かと覚悟を決めたというものだ。

 

(とはいえ、改まって人里での噂とか聞かれてもねえ)

 

 小町は腕を組んだ。大鎌は流石に目立ちすぎると置いてきたものの、死神の馴染みなど人里には殆どいないのだ。それこそ、酒場で一杯やりながら周囲の話に耳を傾けるか──

 

「ああ、あの子が居たよ」

 

 小町は手を打った。どちらかと言えば映姫の方が馴染みが深いが、その繋がりで自分とも顔見知りの上、死神にも偏見を持たない人里の記録者を思い出して。今から行って話を聞けば、帰りに一杯やるくらいはお堅い上司も許してくれるだろう。

 

 

「それくらいですね」

 

 語り終えて、稗田阿求は温くなったお茶で喉を潤した。春雪異変のこと、最近話題に上ることが多くなった紅魔館の賢者のこと、田中神社に厄神が滞在していること、黒ずくめの奇妙な外来人のこと、秋姉妹が妖怪を使って農作業を行っていること……自分が知っている最近の噂は一通り語ったはずだ。

 突然尋ねてきて、人里の話を聞きたいと言われた時には何事かと思ったが、期待には応えられただろうかと目の前の陽気な赤毛の死神を見つめる。

 

「いや、期待以上だったよ、有り難う。どうもあたいは里に伝手がなくてねえ」

 

 座布団の上に豪快に胡座をかいて、出された茶を熱いうちに飲み干した小野塚小町は、目の前で手を合わせて見せた。

 

「いえ、お役に立てばなによりです」

 

 阿求はその言葉にそっと胸をなで下ろした。この、同席しているだけで気分を明るくする死神の役に立てたことが嬉しかった。

 

「阿求様、お話中失礼します」

 

 襖の向こうから声がした。

 

「上白沢先生が荷物をお持ちになってお出でになりました。『どうしてもご覧に入れたいものがある』と仰っておられます」

 

「直ぐにお通しして下さい」

 

 自分の顔が一瞬で上気したのが阿求にはわかった。答える声がうわずる。上白沢先生は自分の願いを叶えてくれたのだ。

 

「来客かい? なら、あたいはこれで」

 

「いえ、お待ち下さい。小町様にもお目に掛けたいのです」

 

 

 上白沢慧音は震えていた。これを見て奮い立たない文筆家が居るだろうか。目の前では、稗田阿求が顔を袂で拭っている。

 

「慧音先生、有り難うございます。これで、どんなことがあっても最後まで頑張っていけます」

 

 振り返った阿求は、涙に濡れた顔のまま、そう言って笑った。誰もが笑みを返したくなるような、そんな満ち足りた笑顔で。この子は、この小さな身体で筆に人生を捧げることを改めて決意したのだ、そう慧音は悟った。

 そして、そのことを心から祝福出来ることも。

 

「うん、うん」

 

 慧音も頷き、頷いて初めて自分も涙を流していることに気が付いた。

 

 

(恐ろしいねえ)

 

 小野塚小町は胸の中でそう呟いた。元の通り濃緑の袱紗に収められた額に描かれた文とその文字は、覆いを掛けられたにも関わらず、小町の中に焼き付いていた。

 

『蓋文章經國之大業 不朽之盛事 

 

 年壽有時而尽 榮樂止乎其身 

 

 二者必至之常期 未若文章之無窮』

 

 たった三行の文章。それは文字の形をした黒い光だった。それを見た者の魂に焼き付ける光。

 

(「けだし文章は経国の大業にして不朽の盛事なり」)

 

(まさしく文章というものは国を治めるのに匹敵する永久不滅の大事業である)

 

(「年寿は時ありて尽き、栄楽は其の身に止まる」)

 

(寿命は時の経過で尽き果て、栄華や快楽もただ生きているその個人の物に過ぎない)

 

(「二者は必至の常期にして、未だ文章の無窮なるに若かず」)

 

(その二つには限りがあり、優れた文章が不滅でその影響に限りがない事に遠く及ばない)

 

 小町は額に記されていた文章を思い描いた。文筆とはほど遠い生き方をしている自分でさえ、これほど印象に残り、あの額を元通り包みこむのに渾身の意志の力を必要としたのだ。

 あれが目の前で涙を流す二人に与えた影響はどれほどのものか、小町には想像出来なかった。小町が感じたことはただ一つ。阿求はこれからあの額を掲げて、人里の人々とは違った、他人より短い生を生きていくのだろう。他人を羨んだ時、落ち込んだ時に見つめながら。おそらくそれは、とても素晴らしいことで──酷く切ないことのように小町には感じられた。

 

(映姫様が気に掛けておられたのはこれかい)

 

 小町は二人に掛ける言葉を見つけられないままそっと立ち上がり、気付かれないように静かにその部屋を後にした。

 酒と、他愛のないお喋り、それに上司の説教が今は無性に恋しかった。

 

 

「皆さん、本日は大変ご苦労様でした。皆さんのおかげで予定より早く田植えを終えることが出来ました。大したお持てなしは出来ませんが、どうか楽しんで下さい、乾杯!」

 

「乾杯!」

 

 アリス・マーガトロイドは秋静葉の乾杯の音頭に酒碗を掲げた。そのまま酒碗を口に運び、芳醇な香りと甘みを口全体と鼻腔で味わう。溜息を一つついて余韻に浸ってから、斜め向かいから笑みを含んだ視線を向けているパチュリー・ノーレッジを軽く睨んだ。

 

「貴女、こんな良い目に合ってたわけね」

 

「だから今回誘ってあげたんでしょう」

 

「七曜の魔女」はアリスの追求をあっさりと流して見せた。杯を干した後で、アリスに対する反撃の狼煙を上げる。

 

「大体、私が誘ったとして以前の貴女は素直に誘いを受けたのか疑問なのだけれど。……先生のことも含めて」

 

「それは否定出来ないわね」

 

 反撃しようとして言葉に詰まったアリスは酒碗を口に運んだ。普段は飲み付けない清酒がこれほど美味に感じられるとは。やはり、「先生」の手腕に依るものなのだろうか。

 思い出しただけでアリスは恍惚としかけた。目の前のライバルに醜態を見せたくない一心で意識を逸らす。傍らの人形達も普段より機嫌が良いように見えた。

 

「人形まで施術するとはねえ」

 

 話題反らしのためにそう口にしてみる。自分に続いて人形達の指圧を行うことを提案した先生、彼の目に世界はどのように見えているのか。アリスはふと疑問に思った。

 そのまま周囲を見渡す。夕日の最後の残照が微かに残る田中神社の集会場は、秋静葉を始めとする今回の異変の後始末を手伝った人外達の宴会場になっていた。上から吊された魔法のランタンに照らされた二十畳敷きの大広間には、秋静葉、紅美鈴、魂魄妖夢、十六夜咲夜、パチュリー・ノーレッジ、小悪魔に結界の修復を行っていた八雲藍、橙とアリス自身を加えた面々が集って思い思いに宴を楽しんでいる。

 全面を開いた座敷の外、篝火が見えるのは、神社の外の広場で農家の人々が行っている宴会だろう。向こうは秋穣子が主人役を務めているとアリスは聞いていた。

 当初は人外は何処か余所でという話だったのだが、今回の働きに感謝した農家の人々が、集会場を使うように勧めたのだとも。

 これだけのことを演出して見せた魔女に対する賞賛と僅かな嫉妬を改めて言葉に載せてみる。

 

「意地が悪いわね、パチュリー」

 

 アリスの言葉に、小悪魔が乗った。

 

「そうなんですよ、聞いて下さい。パチュリー様は事もあろうに私を留守番にしようとしたんですよ。あんまりじゃありませんか」

 

「貴女は咲夜やアリス程役に立たないでしょう。そのくせ、報酬だけは人一倍欲しがるんだから」

 

 呆れたようなパチュリーの声。

 

「それはもう、こんなチャンスは逃せませんよ。先生の施術を逃すなんてとんでもない!」

 

 力説する小悪魔の言葉に、アリスも思わず頷いた。あの魔理沙や霊夢が食い下がったというのもよくわかる。大仕事をして、入浴して、先生の指圧を受けて、酒宴を楽しむ。これ以上の極楽がこの世に存在するだろうか。アリスはもう一口、日本酒を口に含んだ。

 

(人形に爆弾を仕込むのはもうやめようかしらね)

 

 取り留めのない思考を巡らせながら。

 

 

 鍵山雛は繕っていた雛人形をランタンの明かりに翳した。衣装のほつれが繕われているのを確認して箱に収め、裁縫道具を片付ける。自分に宛がわれた八畳間の床の間に置かれた壺を見つめながら耳を澄ます。遠くから聞こえてくる喧噪。宴会は盛り上がっているようだ。

 祭りの音を楽しむのは慣れている。これまで、ずっとそうだったのだから。遠くから聞こえてくる音が雛にとっての祭りだった。それは今でも変わらない。

 変わったのは、自分と同じように他人とは違う生き方、楽しみを持っている仲間を見つけたこと。田吾作が休んでいる壺を見ながら、人里にいるという御阿礼の子に思いを馳せる。彼女には、自分達が贈ったあの額に込められた想いが伝わったのだろうか、と。

 

 

 本日は皆さんで田植えの手伝い。僕と鍵山様は神社で留守番である。適材適所ということで自分を納得させる。おそらく僕が作業したら皆さんの足を引っ張るだけだろう。

 昼過ぎに来客がある。驚かせてしまったようで恐縮する。やはり自分が留守番に向かないことを再確認。わかっていたがつくづく共同生活に向いてない。

 来客は人里で寺子屋の教師をしている上白沢慧音さん。なんでも、僕が書いた額を貸して欲しいとのこと。あれは鍵山様に贈ったものなので、他人に見せるのは、と思ったのだが、事情を聞いて驚いた。

 稗田阿求という人は凄いと思う。自分の生き方を貫いている。そんな人に何かしてあげたいのは鍵山様も同じ気持ちだったようで、こちらを見ておられたので、新しい額を書きます、とお伝えしたら嬉しそうに頷いておられた。

 少しでも応援する気持ちが伝わるように、壺の中で用意して頂いた額に書くのは『文選』収録の「典論」、魏の文帝の著作の一節だ。鍵山様と二人分の願いが届くように、鍵山様に見守られながら書く。

 出来上がった物は鍵山様から上白沢さんへ預けてもらった。その後、予定より早く皆さんが戻ってくる。

 どうやら田植えは順調に終わったらしい。その後、参加した方々を順に施療。小悪魔さんはノーレッジさんの希望でノーレッジさんの監視+目隠し付きでの施療となった。また、マーガトロイドさんに、一緒に作業したと伺った人形の施療をお願いしたら、驚いたような顔をした後嬉しそうに頷いてくれたので施療する。

 

 厄神様の祠に行けると思っていたら、明日からしばらくは博麗神社に滞在する模様。

 

 

「杯、空いてるわね」

 

「有り難うございます」

 

 十六夜咲夜は恐縮して秋静葉の酌を受けた。

 

「お酒、苦手だった?」

 

 訝しげな静葉の言葉に苦笑して答える。

 

「いえ、普段は給仕する方ですから、される方は不調法で」

 

 杯を口に運ぶと喉の奥に熱さが少しずつ染み通る気がした。

 

「遠慮せずに飲みなさい、貴女とアリス・マーガトロイドが今日の功労者なのだから」

 

 静葉の言葉に周囲から賛同の声が上がる。

 

「そうですよ、咲夜さんとアリスさんで半分以上植え付けたようなものじゃないですか」

 

「はい、本当にお疲れ様でした。お体の方は大丈夫ですか?」

 

 美鈴の賞賛の声に、妖夢の気遣わしげな声が続く。

 

「大丈夫よ、先生のお陰で疲れが取れたのは、貴女達も同じでしょう?」

 

 咲夜の言葉に全員が頷いた。

 

「何というか、あれはもう言葉にならないな」

 

 静かに杯を傾けていた八雲藍がそう口にした。首を振って言葉を続ける。

 

「紫様から伺ってはいたが、いざ自分で見て、体験するとな」

 

 そのまま杯を手放した右手で顔を覆った。

 

「先生に異性を、などと口にした自分が恥ずかしい。……こんな私だから紫様の期待に応えられないのだろうな」

 

「藍様、そんなことありません! 先生が凄すぎるんです」

 

 橙の言葉に、妖夢が続いた。

 

「至らないのは私の方です。私は今まで、何も考えずに剣を振るっていた。『切ればわかる』それだけを信じて。あげく、幽々子様を危険に晒し、何も出来なかった。橙にまで迷惑を掛けて」

 

 懺悔するように妖夢は頭を垂れた。

 

「従者失格の未熟者です」

 

「よ、妖夢は頑張ったよ、ほら、風見幽香にも立ち向かったし!」

 

 藍に縋り付くように慰めていた橙が顔を起こして妖夢を見つめる。咲夜は溜息をついた。

 

「貴女達は考え違いをしています」

 

 その言葉に、藍、妖夢、橙の視線が咲夜に集中する。

 

「従者の働き振りを評価するのは従者本人ではなく、主人でしょう。従者が自らの働きを評価するとは烏滸がましいではありませんか」

 

 湯飲みに酒を注いで一気に呷る。この不心得者達に従者としての心得を教えてやろうと十六夜咲夜は決意した。

 

 

「皆さん、真面目ですねえ」

 

 紅美鈴は大根の浅漬けを口にした。次いで湯飲みを傾けると、ほのかな辛みと塩を焼酎が押し流していく。

 

「何時も、こんな調子なの?」

 

 囁くような秋静葉の声に、美鈴は笑って首を左右に振った。

 

「咲夜さん、何時もはもっと隙を見せませんよ。完璧瀟洒なメイド長ですから」

 

 美鈴は視線を落とした。湯飲みの底に残った水面を見つめてから、湯飲みに焼酎を満たす。

 

「同じような立場の皆さんと一緒に働いて、飲んで、話すって機会がありませんでしたからね」

 

 美鈴は湯飲みを軽く掲げて見せた。

 

「偶にはこうして咲夜さんも羽根を伸ばした方がいいんじゃないですか? 御自分達が残られて、咲夜さんを送り出されたお嬢様や妹様はそのつもりだと思いますよ」

 

 

「ようこそ、紅魔館へ。紅魔館の当主、レミリア・スカーレットと」

 

「フランドール・スカーレットは」

 

「客人を歓迎する。たとえそれが、招かれざる客であっても、だ」

 

 レミリア・スカーレットはワインが注がれたグラスを掲げて見せた。闇に包まれた紅魔館の前庭に用意されたテーブルに妹と共に着きながら。

 

「へえ、霧になった私に気付くとはね」

 

 声と共に周囲から何かが萃まる気配。瞬く内にそれは二本の長い角を持つ影へと姿を変えた。

 

「新顔さんにも中々やるのがいるなあ」




何時もながら内容が薄い話で申し訳ありません。
盛り上がるような状況になる前に終わってしまいました。

世間では受験シーズンで受験生の方々お疲れ様です。

私が学生だった頃、こんな話を聞きました。現代文の問題です。

Q1-1.以下の文において、どのような理由で小野塚小町には酷く切ないことのように感じられたのか、その理由を二十字以内でまとめよ。

「おそらくそれは、とても素晴らしいことで──酷く切ないことのように小町には感じられた。」

Q1-2.また、作者はどのような意図からこの文を書いたのか。作者の意図を百字以内で論述せよ。

という設問があって、実際にその小説の作者が名前を伏せて正直に回答したら不適切な回答と見なされて、点数が貰えなかったそうです。

自分が何かを書く側になって、初めてその話が実感として心で理解出来たような気がします。だからどうしたと言われると困りますが、苦楽は受験生の方々を心から応援しております。

また、当時こんな勉強が何の役に立つのかと思っていた受験用の古文、漢文、数学、etc、SSを書く時に役に立っております。当時の先生方に何の役に立っているのか申し上げることが出来ないのが残念ですが。

それでは、次こそは活劇を書けることを願いつつ。

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