東方美影伝   作:苦楽

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2013/02/21 01:11 ご指摘を頂いて誤字修正


四季映姫説教を受け、姫海棠はたて安堵すること

「閻魔の本業は人を裁くことであって説教ではない。それなのに自らの説教で人が動かないことを嘆くのは思い上がりも甚だしい。そう、貴女は少し増長している」

 

 四季映姫・ヤマザナドゥは口を開いた。目の前の分からず屋に道理を説こうと。

 

「何を言うのです。私は地獄行きを少しでも減らそうと、罪を少しでも軽くしようと日夜勤めているのみ。貴女から的外れの批判を受ける覚えは有りません」

 

 映姫は反論した。どうしてこの相手はこうも筋が通らないことを押しつけるのか。

 

「説教がいけないというのではない。説教を繰り返したのにも関わらず、結果として誰も行動を改めないのが問題だと言っている。そう、貴女は少し説教が下手すぎる」

 

「ぐっ」

 

 映姫は言葉に詰まった。目の前の相手は映姫の痛いところを的確に突いてみせたのだ。

 

「そもそも、貴女の説教は相手の立場や気持ちを斟酌せず、上から一方的な意見を押しつけるばかり。貴女が閻魔でなければ誰もあんな説教を最後まで聞きはしない。そう、貴女は少し権威に頼りすぎる」

 

「相手の事情を斟酌する必要などはないでしょう。裁判は上の立場から下の立場を一方的に裁く物。そこに斟酌や共感などは無用です」

 

 映姫は反論した。罪人の事情など斟酌するのは百害あって一利ない愚行ではないか。

 

「元より、説教は裁判ではない。裁判は動かぬ確かな判決が必要だが、説教は相手を動かして行いを改めさせる必要がある。相手の心を動かさずして、どうして相手の行いを改めさせることができますか。貴女は他者の罪を見いだすばかりで美徳に目を瞑り、善行を押しつけるばかりで行いを誉めない。そう、貴女は少し他者への思いやりが足りない」

 

 四季映姫・ヤマザナドゥは諄々と説いた。どうやらこの相手は最初から説かないと無理なようだと内心で溜息を付きながら。

 

「現に、貴女は部下の小野塚小町の行動すら改めさせられないではありませんか」

 

 映姫は言葉を失った。

 

「裁判にしても、他の閻魔はきちんと相手の事情を斟酌し、その上で相手が納得出来る裁きを行っているのに、貴女は能力に頼り切って他者を顧みようともしない。一事が万事この調子で努力しないから、貴女は説教が上手くならないのです。そう、貴女は少し能力に頼りすぎる」

 

 四季映姫・ヤマザナドゥは黙り込む映姫を前に言葉を続けた。

 

「だから、貴女は権威も能力も通用しない局面では無力なのです。先日の風見幽香のように」

 

 少しは相手も理解しただろうか。四季映姫・ヤマザナドゥは相手の様子を窺った。何かに耐えるように正座して膝の上に置いた手を固く握りしめる姿を。

 

「今後、幻想郷では『弾幕ごっこ』による勝負で意見を通すことが増えるでしょう。正しい主張が『弾幕ごっこ』で覆されるようであってはいけません。貴女も精進して言葉で相手を動かせるようにするのが肝心です」

 

「成る程、上から正論だけを語られるのがこんなに腹立たしいとは思いませんでした」

 

 俯いていた映姫は顔を上げた。正面の鏡で見慣れた顔に視線を送る。

 

「少なくとも、貴女に、いえ、『私』にだけはそんなことを言われたくはありません。どの顔で他人事のように語れるのですか!」

 

「『私』の事だからこそ私が言えるのです。裁く者は誰よりも自分に厳しくなければならない。私が『私』を批判せずして誰が私を批判するのです!」

 

 

 四季映姫は頓悟した。自らに説教する自分と、その自分に反論する自分を見つめながら。

 

 裁く自分と、裁かれる自分、それを見つめる自分、裁きにも、説教にも、その全ての自分が必要なのだと。思えば、これまでの自分は高みから説いているつもりで、ただ説く自分──相手と向かい合いながら相手を認めない自分──でしかなかった。

 そして、本当に高みにありて説くとは、今の自分のように、説く者、説かれる者、そしてそれを見る者、その三者全てを超えた所から説かねばならないのだ。丁度、今の「四季映姫」がそうであるように。

 

(自力でこの境地まで辿り着けるでしょうか)

 

 四季映姫は自問した。今のこの境地は仮初めに至ったもの。もうじき、身体を押す指の感触と共に自分から失われるだろう。それからは己一人で「慣れ」と「飽き」とそれらが産む「作業」という見えない敵と戦っていかなければならないのだ。常にこの境地にあって他者を導くことを目指しながら。

 

(いえ、元より地蔵とはそういうものでしたね)

 

 四季映姫は苦笑した。自分はそんなことも忘れてしまっていたのか、と。四季映姫の出発点である地蔵とは釈尊の入滅後、弥勒菩薩の降臨まで衆生を導く者ではなかったか。地蔵が閻魔に選ばれたのも、生者と死者を導くためではなかったか。裁きや説教など、そのための手段に過ぎなかった筈なのだ。

 

 ──さあ、戻ろう。自分の存在が少しでも他者を良い方向に進ませる手助けになるように。

 

 次第にはっきりしてくる身体を押す指の感覚に導かれるように、四季映姫の意識は覚醒に向けて進み始めた。

 

 

『お体の具合は如何ですか?』

 

 気が付くと、四季映姫は見慣れない畳の部屋で布団に伏せていた。目の前には、黒ずくめの人影が白い板に文字を浮き上がらせている。

 

(ああ、此処は田中神社で、私は彼の施術を受けていたのでした)

 

 映姫はぼんやりとそこまで思いだし、

 

「問題ありません」

 

 咄嗟にそれだけを口にして、それだけではあまりに失礼だと起き上がりながら急いで言葉を重ねる。

 

「かつて無い程快調です。有り難うございます」

 

 実際、心、体ともにこれまで感じたことがない程快調だった。肩も、目の奥も、胃も、腰も、自分を悩ませていた不快感が春の残雪のように消えている。何よりも、自分が進むべき方向が見えたということが、映姫に落ち着きと意欲と活力を与えていた。

 

『それは良かったです』

 

 文字だけがそう書き換わると、黒い人影は闇が伸び上がったように立ち上がった。映姫に伝言板のない方を向けると、鈴の澄んだ音色が人影の向こう側から響いた。ややあって、板の間に通じる障子が開いて、鍵山雛と秋静葉、秋穣子が続いて部屋に入ってきた。映姫は布団を畳み、その間に三者が座布団を用意する。

 映姫の横に三者が座ると、田吾作の黒い姿は床の間に置かれた壺の中に吸い込まれた。

 

「それで、閻魔様の見立てはどうですか?」

 

 堅い口調で、秋穣子が口を開いた。映姫が田吾作を訪ねてきた時、一番緊張して見せたのは彼女だった。尤も、程度の差こそあれ彼女の姉も、厄神も、映姫の田吾作に対する評価を気にしているのは同じということが同席しているだけで伝わってくる。

 

「私には彼を測りきれません」

 

 映姫は正直に告げた。浄玻璃の鏡を用いず、素顔を見、施術を受けた今の田中田吾作に対する評価を。三者の顔に浮かんだのは同意の色だった。

 

「おそらく、私はこれからずっと彼を見続けることでしか彼を理解できない。いや、最後まで彼を理解できないかも知れない」

 

 それは、四季映姫・ヤマザナドゥとしての言葉。

 

「何か、私達にできることはありませんか?」

 

 秋静葉が口を開いた。

 

「姉さんの言う通り、私達は先生の世話になりっぱなしです。今日だって、閻魔様が先生に罰を与えるつもりなら代わりに受けるつもりでいました」

 

 秋穣子も続き、鍵山雛も黙って頷いた。

 

「それも私にはわかりません」

 

 能力を使えば、強引に白黒付けることはできるだろう。しかし、今の映姫にはそうすることに意味が見いだせなかった。代わりに彼女達に告げる言葉を自分の中から汲み上げる。

 

「彼は、これからも人並みの人生を送ることはできないでしょう。人並みの幸福を味わうこともできないでしょう。そして、それでいながら否応なく多くの存在に影響を与える。見返りを求めることなく」

 

 映姫は、田吾作の入った壺に視線を送った。

 

「何より、彼はおそらくそのことを不幸だとは思っていないのです」

 

 秋姉妹は驚いたように表情を動かし、鍵山雛は目を閉じて頷いた。

 

「彼は美しすぎ、その業が素晴らしすぎる。どちらか片方だけならもう少し違った生き方ができたかも知れませんが」

 

 

「それで、初めて目にした弾幕ごっこの感想は?」

 

「素晴らしかったです」

 

 パチュリー・ノーレッジの疑問に、稗田阿求はそう答えた。既に幻想郷は夜の帷に包まれ、先行する上白沢慧音を加えた三人が後にした博麗神社と、行く手遥かに見える人里の明かりを除いては、星が辺りを照らすばかりだった。次第に神社の喧噪と明かりが遠ざかっていくのを、阿求は名残惜しげに振り返った。

 

「皆、楽しそうでした。特に……伊吹萃香さんが」

 

 最後に挨拶した時、白玉楼の主と自分を破った剣士、妖怪の賢者、それに誰もいない席に置かれた酒器を前に、楽しげに酒を飲んでいた鬼の姿を思い出す。幻想郷から失われたという鬼は、あの場の誰よりも楽しんでいたように見えた。そして──

 

「霊夢さんは何時もあんな感じなんですか?」

 

「ええ、霊夢は何時もあんな感じよ」

 

 我関せずと一人手酌で酒を酌み、それでいて何故かその存在が場を盛り上げる不思議な存在。己の責務を無造作に他人に課し、それで異変を解決してしまった博麗の巫女。阿求は彼女を除いたあの宴会を思い描いた。どうもしっくりこない。彼女がいて初めて場が纏まる、そんな気がした。

 

「あ」

 

「どうしたの?」

 

 唐突に阿求は気付いた。

 

「皆が『納得した』からなんですね」

 

 阿求は呟いた。

 

「負けても楽しそうだったのも、霊夢さんの突拍子もない言動も、あり方も全て」

 

 負けた方が、周りが──納得してしまったのだから仕方がない。

 

「なるほどね」

 

 パチュリー・ノーレッジは頷いた。博麗霊夢が何故「楽園の素敵な巫女」なのか。「七曜の魔女」はそれを伝えてくれた少女に心からの賞賛の言葉を贈った。

 

「貴女、良い物書きになれるわ」

 

 

 先日の伊吹萃香さんに続いて、本日は閻魔の四季映姫様を施術することに。伊吹さんの時はいきなり八雲さんから話が来て驚いた。伊吹さんは風見さんとやりあったとかでぼろぼろだったので施術。

 伊吹さんも大分疲れていた。強いひと程こんな感じに疲れることが良くある。強いから一人で溜め込んで、疲れてしまう。八雲さんや風見さんと同じだと伝えたら、二人とも苦笑していた。

 伊吹さんが目を覚ました後、壺の外に出たらなんとそこは白玉楼だった。冥界にふらふら生きた人間が入って良いのだろうか。管理者の西行寺幽々子さんの許可が下りたので大丈夫だと信じたい。

 伊吹さんはすっかり元気になったようで、西行寺さんの作った朝食を何倍も食べていた。そのうち、自分を施術した人が見たいと言うことで、やむを得ず姿を晒すことに。外套を被った後、溜息を付いて「私は天蓋に映った月は割れても、本物の月は割れない。先生も攫えないなあ」と笑っていた。

 攫われたら困るのでその旨を伝えると、また笑っていた。ともかく、攫われずに済んだらしいので安心する。

 その後は八雲さん、風見さんと三人でなにやら話をすると言うことで、西行寺さんに白玉楼の中を案内してもらうことになった。とはいえ、二百由旬もあるのでは到底回りきれるものではない。先日のことでお礼を言われつつ、庭を拝見する。西行妖も花を咲かせて満足そうだった。

 その後、三人と合流すると、伊吹さんが「腕が鳴る」と笑っていた。僕には関係のない話のようなので壺に戻る。

 

 それから数日してノーレッジさん達が博麗神社に宴会で出かけるというので、入れ替わりで八雲さんに田中神社に戻して貰ったところ、閻魔である四季映姫・ヤマザナドゥ様がおいでになった。なんでも、僕が幻想郷に害を与えるのではないか、関わった人に良くない影響を与えるのではないか、見極めて頂けるらしい。

 指圧師が害を与えては商売にならないので、そういうことならこちらからお願いしたい、と申し上げたら、何故か秋静葉様、秋穣子様が驚いておられた。

 そんなに厚顔無恥な輩に思われていたのだろうか。そうだとしたら言動を改めなければいけないと思った。

 四季様の前で姿を晒した後、四季様に施術することになった。やはり四季様も疲れが溜まっておられる。同じ閻魔でも以前に施術した包公はもう少し疲労が軽かったのに。

 幻想郷の閻魔は忙しいのだろうか。それとも、四季様が真面目なのだろうか。お人柄からすると後者のような気がする。僕の指圧で少しでも四季様が楽になると良いと思う。施術が終わって結果を伺うと、施術は良かったらしいが、僕がどうなのかは今後の言動次第とのこと。考えてみれば当然であるが、「お前は存在自体が邪魔だ」と言われなくて良かった。

 でも、その後、神社の雰囲気が何故か暗いように思えた。何か良くない話が合ったのだろうか?

 そうこうしていると八雲さんがやって来て、明日、博麗神社で皆に施術して欲しいとのこと。何でも、伊吹さんが異変を起こして、それを皆が解決したということらしい。

 嬉しかったのは、稗田さんが博麗神社に出かけて異変解決の現場を目にしたと言うこと。しかも、贈った額を背負っていたとか。どこか沈みがちだった鍵山様も、この話を聞いたら明るくなられた。僕も嬉しい。八雲さんの話では、稗田さんはこれから新しい幻想郷についての本を書くために、幻想郷を彼方此方見て回るようだ。影ながら応援したい。

 

 

「宜しかったのですか?」

 

 十六夜咲夜はそっと主人の耳元で囁いた。文無しで宴会の手配などできないと開き直って笑いながら酒を飲んだ伊吹萃香と名乗る鬼。その鬼の負債を半分肩代わりすると申し出た気前の良いレミリア・スカーレットの申し出の後で。御阿礼の子が帰った後は本格的な人外達の時間、嫌が応にも宴会は盛り上がりを見せている。

 

「咲夜には何時も苦労をかけるわね」

 

「いえ、そのようなつもりは決して」

 

 労るように微笑む主の言葉を慌てて否定する。

 

「わかっているわ。これは私とフランの我が儘よ」

 

 そう言って紅魔館の主は妹に視線を向けた。視線を受けたフランドールは、御阿礼の子が飲んでいたのと同じ、葡萄の絞り汁が入ったグラスを置いて咲夜を見上げた。

 

「足りなかったら私も働くよ!」

 

「妹様、それには及びません。紅魔館の財政はそれしきの支出でどうにかなるようなものではありませんから」

 

 主の妹に頷いてみせながら、咲夜は内心の驚きを押さえ込んで見せた。この異変と先程の弾幕ごっこにそれだけの価値が──

 

「ええ、私とフランにとってはそれだけの意味があったのよ」

 

 主はその妹と顔を合わせて咲夜が思わず見惚れるような笑顔を見せた。

 

 

「残りの半分はいずれ働いて返すよ」

 

 伊吹萃香は博麗霊夢に笑ってそう答えた。

 

「本当でしょうね?」

 

「ああ、私は嘘が嫌いだからね」

 

 真面目な表情で頷いてみせる。

 

「今夜と明日の宴会の片付けは私がやるよ」

 

 そう言いながら、気持ちの良い負け方の魔法使いに視線を送る。

 

「わかったよ。私が幹事をやる」

 

 魔法使い──霧雨魔理沙は頷いた。萃香に向けて不敵な笑みを見せる。

 

「その代わり、今度また勝負してくれ。今度は負けないぜ?」

 

「良いとも。だが、簡単に勝てる程私は甘くないよ?」

 

 機嫌良く再戦の約束に応じる。ああ、これも弾幕勝負ならではのことか。また、勝負が楽しめるのだ。きっと、魔理沙は力を付けてくるだろう。萃香は次の勝負を思って笑った。

 そのまま、まだ納得がいかない様子の剣士と古なじみの酒器に酒を注ぐ。

 

「どうしたのさ、二人とも。器が空いてるよ?」

 

「色々納得いかないのよ」

 

 八雲紫はそう答えた。

 

「特に私が貴女の保証人になったこととか」

 

「おお、やはり古い友人は頼りになるねえ」

 

 萃香はにやりと笑った。中々どうして博麗の巫女は抜け目がない。事の軽重を見抜いて要所を外さないのは見事なものだ。自分が幹事と話している間に抜け目なく今回の異変を嗾けた張本人に釘を刺して見せたらしい。

 

 それに比べてこちらはどうか……と、萃香はもう一人の立役者に視線を向けた。

 

「さあ、折角の鬼のお酌、一気に飲むのが礼義よ?」

 

 主に無茶振りされている生真面目な剣士に。

 

「あまり意地悪しないで欲しいなあ。その子は私を倒した勇者なんだ」

 

 なんとなく、無茶振りで困った誰かの思い出が脳裏を掠めて、萃香は助け船を出した。

 

「そうね、御免なさいね、妖夢」

 

 冥界の管理者は少し目を見開いてから眼を細めた。軽く頭を下げてから、酒器を無人の席に向けて掲げて口に運んだ。

 

 ──ああ、此処に一人、自分の気持ちをわかってくれる相手がいる。

 

 萃香も、酒器を掲げてから一気に酒を飲み干した。主の無茶振りから解放されて、少しずつ酒を飲んでいる剣士に視線を送る。

 この真っ直ぐな剣士が最後までその剣を貫けるようにと願いを込めて。

 

 

 姫海棠はたてはごくりと唾を飲み込んだ。自分に対して精一杯の応援を送る。

 

(頑張るのよ、私。文を引き離すチャンスなんだから)

 

 ちらりとライバルの方に視線を送る。風見幽香に捕まって、酌をさせられている射命丸文に心の中で両手を合わせ、はたては今回の取材対象──山の四天王、伊吹萃香──に近づいた。

 

「おお、鴉天狗とは懐かしいね。こっちにおいでよ」

 

 本人の手招きに応じて、鬼と、少し詰めて席を空けた妖怪の賢者の間に腰を下ろす。それだけではたての胃はきりきりと痛んだ。

 

「ど、どうも、こんばんは。鴉天狗の姫海棠はたてと申します」

 

 名乗って、顔馴染みになった半人半霊の剣士の差し出す酒器を口に運び、一気に喉の奥に流し込む。こんな取材は素面でやっていられるものではない。

 

「やあ、良い飲みっぷりだねえ。流石は天狗。もう一杯」

 

 鬼が注いだ酒をそのまま一息で飲み干し、酒精の助けを借りて口を開く。

 

「山の四天王の伊吹萃香さんですよね?」

 

「それはもう昔の話、今は只の伊吹萃香だよ」

 

 二本角の鬼はそう言って懐かしそうに笑った。

 

「山の天狗は元気にやってる?」

 

「はい、天魔様を中心に、何時鬼の方々が戻られても大丈夫なように山をまとめております」

 

 そこで一度呼吸を整えて、一番恐ろしい質問を恐る恐る口に乗せる。

 

「直ぐにでも山に戻られますか?」

 

「そのつもりはないよ」

 

 はたての気持ちを知ってか知らずか、萃香はあっさりと答えた。

 

「仕切るのも、宮仕えをしたりさせたりするのも、もう沢山だ」

 

 そう言って、萃香は向かいに視線を向ける。誰も座っていない、酒器だけがぽつんと置かれたその席を。

 

「そうですか」

 

 はたては安堵の吐息を押し殺した。この一言だけで突撃した甲斐はあった。この記事だけで天狗の間では記事が成功することは確実なのだから。

 そして、はたては高揚した気分のお陰で鬼の次の言葉に不用意に答えてしまう。

 

「天狗もその方がやりやすいんじゃない?」

 

「はい、そうですね。鬼の居ぬ間のなんとやらで……」

 

 そこまで口にして姫海棠はたては動きを止めた。ゆっくりと視線を巡らす。あからさまに笑いを堪えている妖怪の賢者、扇で口元を覆って目だけが笑っている冥界の管理人、気の毒そうに目を伏せている白玉楼の庭師。

 

(なんとか半殺し程度で済みますように。それが駄目ならどうか文がこの特ダネを記事にすることだけは避けられますように)

 

 無人の席に視線を止めてから、覚悟を決めてはたては最後の伊吹萃香に視線を向けた。

 

「正直者だねえ」

 

 伊吹萃香は肩をふるわせて笑いを堪えていたが、はたてが視線を向けた途端に爆発した。

 

「いや、天狗にしては珍しい。気に入ったよ」

 

 なんとか笑いを堪えて萃香が肩を叩くまで、はたては魂が抜けたようにその場に佇んでいた。

 

 

「それで、私をこちらに呼んだのは何故ですか?」

 

 射命丸文は、はたてが向かった伊吹萃香が大笑いしている方へ視線を向けた。小柄な萃香がはたての肩を何度も叩いており、八雲紫、西行寺幽々子の二人は扇子を口に当てて笑いをかみ殺している。

 

(はたて、何をやったんですか、貴女は)

 

 自分が向こうの席にいないことにもどかしさを感じつつ、自分に酌をさせている風見幽香に視線を向ける。

 

「この前の夜、私の畑の周りでうろうろしていたからよ。私に何か用事でもあるのかと思って」

 

 風見幽香は微笑したままそう口にした。恐ろしいことにこの妖怪はこの笑顔のままで伊吹萃香に散々千切られ、咬み割かれたあげく、萃香を倒して見せたのだ。内心の戦慄を押し殺しつつ、文は単刀直入に勝負に出た。

 

「あの壺はなんですか? 萃香さんはどうやって直ぐにあんなに元気になったのですか?」

 

「博識な貴女は知ってるでしょうけど、あれは壺中天。仙人が作った異界を収めた壺らしいわよ」

 

 無造作に返された幽香の言葉は、文の推測を裏付けるものだった。

 

「萃香が元気になったのは、あの中で治療を受けたから」

 

 そこまで話して、幽香は薄いぐい飲みを口に運んだ。すかさず文は酒を注ぐ。本題はこれからなのだ。

 

「その治療を行ったのは誰ですか? あの田中田吾作という外来人ですか? 彼は一体何者なんですか」

 

「申し訳ないけれど、それらの質問には答えられないわね」

 

 大妖怪、風見幽香は楽しげに笑った。

 

「秘密を漏らすと、怖ぁいお化けに酷い目に遭わされるもの」

 

「そこを何とか、お願いします」

 

 文は表情を改めて頭を下げた。これは単なる記事のためではない。文自身も気になっているのだ。あの正体を掴ませない外来人が何者であるのか。

 

「射命丸文」

 

 その表情より、その言葉に込められた何かに射命丸文は反応した。下げていた頭を上げて、正面から風見幽香に向かい合う。

 

「世の中には、傍観者では決して辿り着けない物事があるのよ。それを知りたいなら、」

 

 風見幽香は厳かに告げた。

 

「当事者になることね」

 

 

「連夜の宴会は鬼の仕業?!」 文々。新聞 第百十九季 水無月の項より抜粋

 

 昨今、博麗神社で連日のように開かれていた宴会は、幻想郷から失われて久しいと思われていた鬼の仕業であることが判明した。宴会を引き起こしていたのは、「小さな百鬼夜行」伊吹萃香。強大な鬼は大胆にも自らが酒宴を楽しむために、幻想郷の有力者達を萃めての宴会を実行したのだ。

 この企ては、宴会の最終日に宴会に御阿礼の子が参加したことで発覚。当代の博麗の巫女が萃香にも挨拶するように御阿礼の子に促したことで、伊吹萃香が姿を現したのである。

 その後、宴会に参加した有力者達との激しい弾幕勝負で、氷精チルノ、「普通の魔法使い」霧雨魔理沙、「七色の人形遣い」アリス・マーガトロイド、「悪魔の妹」フランドール・スカーレットなどの並み居る猛者を打ち破った伊吹萃香だったが、博麗の巫女の指示で最後に立ちはだかった「半人半霊の庭師」魂魄妖夢の秘剣の前に力尽き、異変は幕を閉じた。

 なお、伊吹萃香は当分は博麗神社に滞在する模様。(射命丸文)

 

 

「幻想郷に鬼の帰還」 花果子念報 第百十九季 水無月の項より抜粋 

 

 幻想郷から失われたと思われていた鬼。それが再び幻想郷に姿を現したのだ。この鬼、伊吹萃香はその「密と疎を操る程度の能力」を用いて幻想郷の各地から人間や妖怪を集め、博麗神社で隔日の宴会を開いたのである。その理由については「いやあ、噂に聞く『弾幕勝負』をやってみたくてね。酒も飲みたかったし」(伊吹萃香)との証言が得られている。

 宴会最終日に自ら姿を現したが、それについても「稗田阿求だっけ? あの子が全員に挨拶すると言ってくれたからには姿を見せないとね」(伊吹萃香)ということらしい。姿を現した後、「今度は負けないわよ」(氷精チルノ)、「いやあ、負けた負けた。強かったよ。次は負けないぜ!」(霧雨魔理沙)、「力が強かったし、あの岩は脅威ね」(アリス・マーガトロイド)、「正々堂々勝負して、とっても楽しかった!」(フランドール・スカーレット)を倒し、「何故自分が勝てたのか未だにわかりません」(魂魄妖夢)の前に敗れ去った。

 なお、魂魄妖夢を自分の代わりに推薦したのは、「妖夢が一番あの鬼を倒すのに適任だったからよ。他の理由はないわ」(博麗霊夢)ということらしい。

 かつては妖怪の山に住んでいたというが、「もう山に戻るつもりはないよ。これからは一人で好きに暮らすつもり」(伊吹萃香)ということで、しばらくは博麗神社を塒とするとのこと。

 幻想郷に久方ぶりに帰還した鬼は、その戦歴からも強大さが伝わってくる存在である。今後もその動向に注意して見守りたい。(姫海棠はたて)




これにて、閑話・萃夢想は終了でございます。


次回はまた四日後の24:00までを予定しております。

以下、蛇の足となりますので、余計な物をお読みになりたくない方はここでお戻りください。

















終わった、燃え尽きちまった、真っ白にな。


今回はタイトルからしてクレイモア地雷ですが、映姫様なら直球勝負だろうなあ色んな意味で、と思いましたのでタイトルも直球勝負です。

やはり、オリ主物で説教は外せないでしょう。
するのもされるのもえーき様ですが。

ビーボより美味いのはビーボだけ。
えーき様に説教出来るのはえーき様だけなのです。

でも、これ自分に言われたら腹立つだろうなあ、きっと。

演説とか説教とか上手い人はガチで上手いです。
カエサルとか、お釈迦様とか。特にお釈迦様、対機説法で相手に合わせて説教の内容やスタイルを自由に変える超絶技巧派ですから。

とりあえず、昔のNOVAのCM見て、「超一流のよくできました訓練」を受けようと思ったり思わなかったり。

構成に関しては、前回の萃香さんの話と今回のえーき様の話を混ぜたくなかった&前回のラストまで田吾作パートを挟みたくなかったのでこうなりました。

ご意見等ありましたらよろしくお願いします。

後はまあ、萃香さん絡みは前回で殆ど終わってるので、後はおまけです。
設定の辻褄を合わせようとしたりしなかったり。

霊夢さんほっとくとフリーダムに動きすぎる。

はたて可愛いよはたて。
文は考えすぎてあと一歩踏み込めないタイプかなあと。


月人&兎組、うどんげは設定がわからん、えーりんは思考がわからん、姫様は趣味がわからん、てゐは人柄がわからんとわからんづくしで頭を抱えておりましたが、開き直ってマイウェイで行かせて頂きます。

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