東方美影伝   作:苦楽

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2013/01/20 午前9:00頃、ご指摘を頂いた脱字及び気付いた誤字を修正。

ご指摘、有り難うございました。


風見幽香妖怪の山を訪問し、射命丸文動き出すこと

 それは、何時梅雨が始まってもおかしくないような水無月のある日──

 

 哨戒天狗の仕事は大体が単調で退屈な物である。鬼が去ってから随分歳月が過ぎたとは言え、妖怪の山の天狗達の結束力と戦力は幻想郷随一である。それに真っ向から挑むような命知らずは存在しない。精々が道に迷った杣人か、外来人。妖怪だとしてもこの山が天狗の縄張りとは知らない新参か迷子で、哨戒に当たっている当番が声をかければ大抵はそれで片が付く。

 故に、待機時に暇を潰すために、それぞれが何らかの趣味を持つことになる。絵を描く者、写真に凝る者、木工や彫刻を行う者……。

 犬走椛の趣味は将棋であった。中将棋──世間一般でいう将棋──では物足りないと、同じく将棋好きの仲間達と改良した「天狗大将棋」を楽しんでいる。今日も昼までは非番だと、友人の河童である河城にとりと一局指していたのだが……。

 

 遠くから聞こえる侵入者を知らせる呼子笛の音に友人に中座を詫びて飛び上がると、自らの「能力」──「千里先まで見通す程度の能力」を使う。

 

「拙い」

 

 視界の中に見えた、哨戒の白狼天狗や応援の鴉天狗の包囲の輪を無人の野を行くが如く悠然と闊歩する侵入者を、犬走椛は知っていた。

 風見幽香。現在の幻想郷で最も危険な妖怪の一人がそこに居た。鴉天狗の放つ鎌鼬、タイミングを合わせて斬りかかる白狼天狗の斬撃を、視線を向けることすらせずに手にした日傘で打ち払う。

 

 そして──光が奔った。日傘の先から生まれた極太の光の奔流が、鴉天狗白狼天狗を問わずに薙ぎ払っていく。

 

「くっ」

 

 椛は牙を咬み結んで激情を閉じ込めた。能力では見えているのに、風見幽香までは届かない。視界の中で、応援に来たと思われる鴉天狗指揮の下の部隊が一斉に襲いかかる。

 

「やめろっ!」届かないと頭の片隅で理解しつつ声を張り上げる。

 

「侵入者、侵入者!」「敵は一名、纏まって掛かれ!」「手強いぞ、気をつけ」

 

 再び一閃。ただそれだけで十指に余る天狗達が地に墜ちた。だが、彼らの犠牲の間に、椛はようやく風見幽香の行く手を遮る位置まで辿りついた。

 

「温いわね」風見幽香は呆れたように口を開いた。

 

「稽古台どころか、障害にもならないじゃない。数に奢って怠けすぎよ」

 

「風見幽香、天狗の領域に何の用だ?」

 

 剣を抜き放ち、盾を翳して身構えた椛に、風見幽香は視線を向けた。

 

 今、自分は墜とされた。椛にはそれがはっきりとわかった。打撃も弾幕もない。それどころか、身動き一つすることなく、風見幽香は自分を墜としたのだと。無言で剣を収め、盾を持った腕を下ろす。

 

「へえ、他の連中より見所があるわね」

 

 幽香の視線が幾分か柔らかさを帯びた。

 

「貴女、名前は?」

 

「椛、犬走椛。白狼天狗だ」

 

「では椛、射命丸文に伝えなさい。『風見幽香がちょっとした遊びに付き合って欲しい』と」

 

 風見幽香はふわりと浮き上がると、傍らの樫の老木の大枝へと腰掛けた。

 

「それと、自分が墜とされたこともわからないような未熟者を送って寄越すのはやめなさい。わざわざこちらが教えるのは興醒めもいいところよ」

 

 

 射命丸文の朝は不規則だ。朝早くからスクープを求めて飛び出すこともあれば、宴会や夜の取材で昼を過ぎてごそごそと起き出すこともある。天狗の寄り合いでもない限り、気ままに過ごすのが彼女の日常だ。素晴らしきかな我が人生。

 

 生憎今日は厄日だったようだ。昨夜はネタ集めを兼ねて訪れた人里の酒場で鯨飲してしまい、帰宅は丑三つを過ぎた頃。それから寝床に潜り込んで、今日は昼まで朝寝と決め込んだのだが。戸を叩く音と聞き慣れた声ががなり立てる。

 

「ちょっと文、あんた一体なにやらかしたのよ!」

 

「はいはい、はたて、朝っぱらからどうしたのよ?」

 

 最低限の身繕いをして戸を開けると同時に飛び込んできたのは、姫海棠はたて。腐れ縁の自称ライバルである。はて、はたてが血相を変えてくるようなことがあっただろうか? 首を傾げる間もなくはたてが堰を切ったように喋り出す。

 

「どうしたもこうしたも、あんた名指しで風見幽香がカチ込んで来たのよ! 哨戒天狗達がまとめて吹き飛ばされたわ!」

 

「あやややや、幽香さんにカチ込まれるような覚えはないんですがねえ。何ですか、言論弾圧ですか? 私の記者魂は暴力には屈しませんよ?」

 

 一瞬で眠気が吹き飛び、新聞記者モードに入る。これは紛れもなく大スクープの予感がする。

 

「馬鹿言ってないで、さっさと来なさい。椛がどうしてもあんたに先に伝えないとといけないって査問に出るのを拒んでるんだから」

 

 あの堅物が査問に出るのを拒む? それ以前に査問?

 

「一体、何があったのよ」

 

 自分を引っ張るはたてに続いて家を出る。

 

「だから風見幽香があんたを名指しで殴り込んできたのよ。椛も他の連中に続いて迎撃に出たけど、一戦も交えずに伝言だけ持って帰ってきたばかりか、守備隊が風見幽香に向かうのも止めたから天魔様直々の査問にかけられるのよ!」

 

 はたては宙に舞い上がった。そのまま寄り合い場の方へ向かうのに自分も続く。

 

「でも、その前にどうしてもあんたに伝言を伝えるって聞かないのよ、ほら」

 

 天狗の里の寄り合い場は里の中央に位置する吹き抜けの高床の建物である。荒らしの時以外は四方の壁が取り外されており、誰でも自由に寄り合いの内容を聞くことが出来る。

 その寄り合い場の階の前で、武装を取り上げられ、守備隊の鴉天狗二人に挟まれた犬走椛がこちらを見上げていた。その前に着地する。

 

「椛、何があったの?」

 

「文さんに風見幽香から伝言です。『風見幽香がちょっとした遊びに付き合って欲しい』と」

 

 硬い表情で椛は語った。

 

「それと、『自分が墜とされたこともわからないような未熟者を送って寄越すのはやめなさい。わざわざこちらが知らせるのは興醒めもいいところよ』と。自分は……」

 

 椛は強張った口を懸命に動かして言葉を続けた。

 

「相手が身動き一つしないまま墜とされました」

 

「敵前逃亡した臆病者の戯言だ」

 

「天狗の面汚しめ。さ、行くぞ。大天狗様がお待ちだ」

 

 最後に頭を一つ下げると、両脇を固める二人の鴉天狗に付き添われて椛は階を上がっていった。

 

「何なのよあいつら、態度悪いわね。椛はそんなことするような奴じゃないのに」

 

 鴉天狗達に聞こえないように小声で、憤懣やるかたないように吐き捨てるはたてを余所に、文は自分の考えに沈んでいた。自分の勘が警報を鳴らしている。おかしい、何もかもが自分のイメージと違う。はたての言うとおり、椛は職務放棄や敵前逃亡できるような人柄ではない。そんな奴なら、わざわざ査問の前に自分に直接伝言を伝えたりしない。

 そして、風見幽香も、殴り込みや手合わせ──理由に心当たりはないが──はともかく、敵対姿勢を取った椛を無傷で返したり、妙な忠告をするような妖怪ではなかったはずだ。

 

「これは、自分の目で確かめる必要がありますね」

 

「え、何、ちょっと文、待ちなさいよ!」

 

 そう、わからないことは自分で納得いくまで確かめるべきなのだ。文はそれがわかってない未熟記者を尻目に風に乗って舞い上がった。

 

 

「意外と早かったわね」

 

「幻想郷最速を舐めないで欲しいですね」

 

 なんだこれは。これは本当に風見幽香なのか。

 

 それが、射命丸文が樫の大枝に腰を下ろし、右手で老大木の幹を愛おしげに撫でていた風見幽香を見た時の感想だった。

 これまで遭った時の風見幽香は、友好的な態度を取っていた時ですら、大妖怪としての気配を身に纏っていた。たとえ幽香が自らの意志で押さえ込もうと、文クラスの妖怪には隠しきれない存在感。それが微塵も感じられない。ただ、空気に溶けるように、樫の木の一部になったようにそこに居る。いや、風見幽香は本当にそこに存在するのだろうか。姿を見、言葉を交わしてすらそれを信じられない程、風見幽香は自然に溶け込んでいた。

 

「何が、あったんですか?」

 

「ちょっとした心境の変化よ」

 

 風見幽香は緩やかに枝から降りて大地に立った。

 

「今まで肩肘張りすぎてたことに気付いた、といったところかしらね」

 

「それで、私にわざわざ付き合うようにを伝言を寄越したんですか?」

 

「そうよ。古い付き合いの貴女に、心境の変化を真っ先に伝えたくて。これって記事になりそう?」

 

「ニュースバリューは今ひとつですが、深い記事になりそうな気がします」

 

「あら、有り難う。お世辞でも嬉しいわ」

 

 風見幽香は嬉しげに微笑んだ。

 

「お世辞なんてとんでもない」

 

 射命丸文は言葉で相手を測る。蝙蝠が音ならぬ音で測るように、相手に言葉を放ち、返ってきた反応で相手を測る。しかし、今の幽香は深い森の様で、その輪郭が掴めない。

 

「や、やっと追いついた、文! と、風見幽香?! あんた、哨戒天狗達をどうしたのよ?!」

 

 漸く追いついて来たはたて。頼むから、もう少し注意深くなってくれ。長生きしたかったら。

 ああ、あまりにも風見幽香に意識が集中して考慮の外だった。あちこちに外傷もなく倒れている天狗達。

 

「寝ているだけよ。そちらの天狗、よかったら起こして連れ帰ってくれないかしら?」

 

「はたて、今は起こさない方が良いです。幽香さんが仰るように眠っているだけでしょう。少し、静かにしていて下さい」

 

「え、ええ、わかったわ」

 

 流石に空気を読んだのか、はたてがそっと自分とも風見幽香とも距離を取った椎の若木の側に舞い降りる。

 

「どうしてわざわざ気付かせたんですか? 今の貴女なら、私の家どころか、天魔様の屋敷にだってそのまま入れるでしょうに」

 

 幽香はくすりと笑った。

 

「それで警備の天狗が処分されるのは可哀想じゃない」

 

「あんたのお陰で椛が処分されそうなのよ!」

 

 ああ、黙っていろと言ったのに。しかし、気持ちは理解できる。はたてはああ見えて人情家だ。椛の扱いに我慢できなかったのだろう。

 

「あの子、処罰されるの?」

 

 不思議そうな顔をした幽香に断言する。

 

「処分を受けないように私が上申します」

 

「そう、天狗もそこまで腐ってないわけね」

 

「腐ってる連中も多いですけどね。流石に天魔様はそこまでボンクラじゃないでしょう」

 

 哨戒天狗とは即ち偵察役だ。偵察役は情報を持ち帰るのが仕事。臆病で結構。勇敢に戦ってそこらに転がって何一つ伝えられない連中より椛の方が余程有能だ。面子に拘る連中はそれがわかっていない。

 

 風見幽香が愉快そうに笑う。

 

「そこまで言って大丈夫なの?」

 

 おい、そこの自称ライバル、その心配そうな顔付きをやめなさい。

 

「ジャーナリストは真実を暴くのが使命ですから」

 

 だから、その呆れたような顔をやめなさい、はたて。

 

「さて、それではそのジャーナリストさんに大サービス」

 

 笑顔のままで風見幽香が口を開く。はたても顔を引き締める。

 

「ちょっとした遊びで私に勝ったら、とっておきの特ダネを提供するわ」

 

「?!」「!!」

 

 口から漏れそうになった驚きの声を押し殺して、問いかけてみる。はたても口元を押さえている。

 

「私が負けたらどうなるんですか?」

 

「参加賞はヒントだけね」

 

「受けなかったら?」

 

「さあ、どうしましょうか。このまま家に帰るか、それとも受けたくなるまで前に進むか」

 

 風見幽香は首を傾げて見せた。

 

「棒でも倒して決めようかしらね。それも一興」

 

「どんな遊びなんですか?」

 

「簡単よ。貴女は私に弾幕でも攻撃でも一発でも当てたら勝ち。私は貴女を気絶させたら勝ちね」

 

 風見幽香、花の大妖怪、四季のフラワーマスターは涼しい顔でそう告げた。

 

 余程の自信があるのか。かなり風見幽香に厳しい条件ではあるが。少し考えてしまう。だが、その一瞬の逡巡が間違いだった。

 

「あんた、文を舐めすぎよ! あんたなんか私が相手で十分だわ」

 

 熱血娘が暴走してしまったのだ。

 

 

「もうすぐ梅雨ね」

 

 妖怪の山の麓の森の一角、一際大きな椚の木の下で、秋穣子は空を見上げてそう呟いた。梅雨は嫌いだ。冬の次に。神社のないこの身を恨めしく思う季節だから。普段は仕事が増えるため、神社持ちの身を敬遠しているが、流石に雨や雪の日は神社が欲しくなる。

 さくさくと足音が聞こえる。山の方を見に行っていた姉の静葉だった。先程から山の気が乱れているため、様子を見に行っていたのだ。姉は仕事柄、山の様子が気になるのだろう。自分が何かあると人里周辺の田畑の様子が気になるように。

 

「風見幽香が来ているわ。天狗と争っているみたい」

 

「うわっ」

 

 姉の困ったような顔に、自分も似たような顔をしていると思う。あの戦闘凶はどうにも苦手だ。同じように植物を愛する者同士、向こうは隔意を抱いていないようだが。

 

「良い機会だから、少し早いけど移動する?」

 

 例年、梅雨になると玄武の沢近くの洞窟に移っているのだ。あそこの岩は中々居心地が良い。人里から離れるのが不満なくらい。

 

「待って、誰か来るわ」

 

 姉の感覚は自分より鋭い。こういう点は羨ましい。自分ががさつなように感じられて嫌になるが。

 

 姉と並んで来訪者を待ち受ける。杣人か誰かだろうか?

 

 さほど待つこともなく、姿を現したのは二人。どう見ても幼い女の子に見える。片方は水色の髪に白い肌、薄い桃色のドレス。もう片割れは金の髪に白い肌、真紅のドレス。しかし、何より特徴的なのは、背中から生えた蝙蝠のような羽と、宝石のような羽。そして、二人に共通する真紅の瞳。

 

「もしかして……吸血鬼?」

 

 姉の訝しむような呟きに、思わず声が出てしまう。

 

「吸、吸血鬼?!」

 

 冗談ではない。先年の吸血鬼異変で幻想郷全域を荒らし回った吸血鬼とは。神だから血を吸われる心配が無いのだけが救いだ。風見幽香といい、吸血鬼といい、今日は厄日か何かなのだろう。後で雛に厄を祓って貰った方が良いかもしれない。

 

 こちらの混乱を余所に、二人の吸血鬼は、ドレスの裾を持ち上げて優雅に会釈した。水色の髪の娘が口を開く。

 

「初めまして、秋静葉様、秋穣子様。私は紅魔館の当主レミリア・スカーレット。これなるは妹のフランドール・スカーレットです。本日は私達の話を聞いて頂きたく、伺いました」

 

 思わず姉と顔を見合わせる。吸血鬼が神に話? どういう風の吹き回しだろう。

 

 

「それでは、私、射命丸文が開始を告げます。双方ともよろしいですか?」

 

 射命丸文は地上に降り立ち、森の上で距離を取った二人に呼びかけた。片や今どきの念写記者姫海棠はたて、片や四季のフラワーマスター風見幽香。風見幽香はトレードマークの日傘すら手にせず、両手を胸の前で組んで悠然と空に君臨しているように見えた。   

「問題無いわ」「いつでも良いわよ」

 

 二人の返事が返ってくる。流石のあの無鉄砲も緊張しているようだ。風見幽香の許可を得てから、倒れていた天狗達を起こして──本当に寝ていただけだったらしい。フラワーマスターの術だろうか?──何人かに報告に帰らせたから邪魔は入らないだろう。残りの連中は私と同じように地上に降りて空中の二人を見守っている。

 

 勝てないとは思うが、はたてには勝って欲しいと思う。スクープのネタのため、ではなくて純粋に友人としての感情だ。何より、あのフラワーマスターの鼻がへし折れるところが見たいという気分はある。天狗だけに。周りの天狗達もそう思ってるのだろう。風見幽香を見る視線が険しい。

 

「それでは、始めて下さい!」

 

「連写『ラピッドショット』!」

 弾幕をばらまきつつ強引に方向転換。速度の利を活かして弾幕で相手を覆い尽くすつもりだろう。

 

 だが、

 

「あややや、これは困りましたね」

 

 周囲の天狗達のざわめく声が聞こえる。彼ら彼女らもわかっていないのか。

 

 意識を失ったはたてが幽香に抱えられている。幽香が何かしたようには見えなかった。だが、弾幕を撃っていたはたては意識を失い、それを幽香が墜ちる前に拾い上げたように見えた。写真は撮ったが正直インパクトが薄い。

 そのまま風見幽香は地上へ降りてくるので、意識を失ったはたてを受け取って草の上に寝かせる。ついでに一枚はたての写真を撮っておこう。

 

「この鴉天狗、経験不足ね」

 

「仰る通りです」

 

 はたての実戦経験は少ない。おそらく椛以下だろう。椛が気づけた何かに、はたては気付けなかったのだ。

 

「姫海棠も大したことないな」「がっかりだよね」「結局、口だけか」 外野の天狗達がここぞとばかり囀る。

 

 ──濃密な敵意を感じた。

 

 息が苦しくなる程の研ぎ澄まされて濃密な、鬼気と呼べる程の敵意。鬼気に当てられた哨戒天狗達がばたばたと倒れる。風見幽香の仕業だ。

 

「どうしてですか?」

 

 半ば答えを理解しつつ、尋ねてみる。

 

「単なる気分よ。陰口は好きじゃないわ」

 

 風見幽香を問い詰めつつも、理由はわかっていた。よく我慢したものだ、あの風見幽香が。今までなら全員が惨たらしい死体になっていただろう。彼女は彼女の美意識を傷つける者を許さない。それが力不足や愚かさに依るものであったとしても。

 だが、風見幽香は確かに変わったのだ。

 

 今の敵意を感じたのか、はたてが小さくうめき声を上げた。気が付いたようだ。

 

「大丈夫、はたて、状況がわかりますか?」

 

「あ、うん、文? ……あ、私、負けたんだ」

 

 身体を起こしたはたてが沈み込む。

 

「相手の実力くらい理解できないと、死ぬわよ?」

 

 さらに追い打ちをかける風見幽香。これは間違いなく人の傷口を抉って喜ぶ人種だ。

 

「あまり傷口に塩を塗り込まないでやって下さい。彼女は引き籠もりの内勤記者なんですから」

 

「酷い追い撃ちね」それは貴女が言って良い台詞じゃありません。

 

「文、貴女も十分酷いわよ」

 

 それは失礼。真実を発表するのがジャーナリズムの務めですから。

 

「気分が削がれたわ。今日の所は此処までにしておきましょう」

 

 そう言って踵を返す風見幽香。愛用の日傘を拾い上げる。

 

「ま、待ちなさいよ」 

 

 その後を立ち上がったはたてが追いかける。どれだけ無謀なんですか、貴女。

 

「何かしら?」

 

「あんた、約束したくせにスクープのヒント与えてないじゃない、約束くらい守りなさいよ!」

 

 頑張ったはたてがそう思う気持ちはわかる、わかるのだが……。

 

「ヒントなら十分与えたじゃない、ねえ」

 

「確かに。約束を履行して頂いたと思います」

 

 これは風見幽香に同意せざるを得ない。それがわからないからはたては記者として一流になれないのだ。

 

 はたてにはわからなかったようだが、報酬は既に払われている。風見幽香の変化こそが最も大きなヒントだ。あれほどの大妖怪を変化させる程の何か、その何かのために彼女がわざわざ動いたのだ。それだけでも是非ともスクープせねばなるまい。その前に、今回の一件の報告と椛の弁護を片付ける必要があるが。 

 まあ、今の一幕で椛の弁護は大分楽になった。風見幽香のあれは、おそらく「不射の射」だろう。名人は矢を射るのに弓矢を必要とせず、射ることすらないと言う。信じられないが、風見幽香はその境地に至ったのかも知れない。写真で表現できないのが残念でならない。

 

 それにしても、このライバル

殿には一言くらい文句を言っても良かろう。部屋に籠もって念写ばかりでは、こういう荒事の取材は務まらないのだと。

 

 

 わざと目立つように高度を取って妖怪の山を後にする風見幽香は上機嫌だった。射命丸文とやり合えなかったのは当初の予定通りなので問題は無い。どのみち、普通に「手合わせ」を要求したところで、あの鴉天狗はなんだかんだと避けてしまうのは長い付き合いで理解している。

 ギリギリの「手合わせ」ならばこの前のあの姉妹の分で十分だ。やはり、「戦うべき理由」がある戦いの方が面白い。「戦うべき理由」は時に技量を凌駕する輝きを見せてくれるのだから。

 それに、勝敗に拘るつもりもない。八雲紫の思惑通りにスペルカード・ルールが普及すれば、これからの幻想郷で命のやりとりは減るだろう。どうしても「負けられない」戦いは減るのだ。その「負けられない戦い」だけ勝てばいい。

 

 「限りあれば吹かねど花は散るものを 心みじかき春の山風」

 

 フランドール・スカーレットが、片腕を失い、胸を貫かれた後で呟いた和歌。後で聞くと、「能力」を妄りに使わないための戒めだという。

 

 あの、誰よりも破壊に特化した「能力」を持つ娘が、花を散らさないように、この風見幽香を相手に心を折らず、狂気に陥らずに最後まで戦って見せた。ならば、自分も花を育てるべきなのだろう。

 

 ──この私がこれだけお膳立てしたのだから、上手くやりなさいよ。

 

 天狗の風に拾われないように、心の中でそう呟く。これだけかき回しておけば、噂好きで耳聡い天狗達といえども妖怪の山の麓での静かな動きには気がつくまい。只でさえ、あの姉妹は秋以外の季節では影が薄いのだから。後は、レミリア達の説得次第だ。同じ姉妹ということで、吸血鬼姉妹に正面から正直に打ち明けて頼むように勧めたのは、あの田中田吾作だった。スペルカード・ルールでの「説得」を勧めた自分や、騒動を引き起こしての強制引っ越しを提案した八雲紫とは大違いだ、と苦笑する。

 確かに、田吾作「先生」の立場では、施療に「追い込む」ことに抵抗があるのだろう。 そうでなくても、迷い込んだ幻想郷で、吸血鬼の姉妹に親身になる程のお人好しだ。正道を歩くのが彼の流儀なのかもしれない。

 

 さて、ヒントは与えた。あの鴉天狗はこの騒ぎ自体が陽動だと気付いて、異変前に紅魔館に辿り着けるだろうか。辿り着ければ大金星で独占取材、辿り着けなければ事後の取材で頑張れということ、どちらに転んでも事態に大きな影響は与えまい。八雲紫らしい、手の込んだ仕込みではあるが、時にこういう小細工も必要なのは理解できる。自分の好みとは離れているが。

 なにより、事の成り行きを知った鴉天狗が「あれ」をどうやって筆で表現し、記事にするのか。まったく、最近は楽しみが多すぎて困る。種を蒔き、水を与えた。後は花を咲かせるのを塒で待つばかり。

 

「新聞記者の筆力が試されるわね、射命丸文。精々頑張りなさい」

 

 呟いた言葉は風に乗ってあの鴉天狗に届いただろうか?




ゆうかりんちょっとデレるの巻
(片腕ちぎって心臓ぶち抜いた後でだけど)

天狗三人娘登場。はたてはやれば出来る子、経験不足なだけで。
逆に考えるんだ、後発な分、射命丸とは別方向に成長できると考えるんだ。

秋姉妹の情報が手元に少なすぎて辛いでござる。
幼女組がちょっと精神年齢高めなのでそれに合わせて「お姉ちゃん」は封印の方向で。

正直、過渡期の幻想郷はわからない。こんな時期を選んだ自分の馬鹿、馬鹿、馬鹿。

やはり当初の構想通りもっと後の時代にするべきだったかとちょっと反省。
でも、異変の前後を書きたくなったんだから仕方ないよね。

また明日頑張ります。
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