東方美影伝   作:苦楽

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とりあえず、ひとまずこれで。


紅霧異変始まって一同頭を抱え、田中田吾作居心地の悪い思いをすること

 妖怪の賢者は頭を抱えていた。

 

「マイペースなのは理解していたつもりだけど、どこまで暢気なの、あの子」

 

 風見幽香は苛立っていた。

 

「私が異変を解決しても良いのよね?」

 

 紅魔館の主は青冷めていた。

 

「……自発的に終わらせた方が良いのか?」

 

 大図書館の魔女は我関せずと読書に勤しんでいた。

 

「想定外の事態だけど、最終責任はレミィにあるわ。私は只の脇役よ」

 

 紅魔館の門番は寝ていた。

 

「誰も来ませんね……zzz」

 

 

 幽霊達が冥界に帰って行く盆過ぎに始まった紅霧異変は、関係者全員の思惑を越えて、月が変わった後も継続していたのである。

 

 異変解決を志す者が、誰一人として異変首謀者に挑まなかった故に。

 

 彼等彼女等の名誉のために書き加えておくが、異変解決を志した者が存在しなかったわけではない。「普通の魔法使い」霧雨魔理沙は解決のために動いていた。人里の退魔師たちも独自に異変解決のために動いた。

 しかし、彼等の多くは異変によって活性化した妖精や妖怪達との戦闘にに忙殺され、首謀者の影すら踏むことは出来なかったし、普通の魔法使いは未だ経験不足で、幻想郷を迷走しては手当たり次第に弾幕ごっこを挑むという迂遠な方法を選んだ結果、妖怪の山にまで喧嘩を売って状況を更なる混迷の坩堝に叩き落としていた。

 

 後のインタビューで、この異変において参謀役を担った「七曜の魔女」パチュリー・ノーレッジはこう語っている。

 

「レミィ──レミリア・スカーレットの力が私の予想以上に強くなっていたのよ。お陰であの勘だけで動いている巫女を除いて誰にも尻尾を掴まれないような見事な紅霧を展開してしまった。勘違いしないで、責任は動かなかった博麗の巫女の巫女にあると言わざるを得ないわ。そのためのスペルカード・ルールでしょう?」

 

「紅霧異変の真実に迫る」花果子念報 特集原稿覚え書き

第百十八季 長月の項より抜粋

 

 

「厄いわ」

 

 鍵山雛は自らを祭った小さな祠の裏で、目の前の二人の神と一人の人間?を見つめた。彼女の集める厄を恐れて普段は殆ど人気が無いそこは、お盆過ぎから客人を迎えていた。彼女は孤独を苦にしないが、賑やかなのも嫌いではないのだ。残念なことに、この紅の霧が辺りを包みこむ前に訪れた客人達は、酷い有様だった。ぼうっと突っ立ってるように見える、何故か厄が取り憑かない黒い影を除いては。

 胸の前に浮かせた板で意思を疎通する奇妙な外来人。秋姉妹は多くを語らなかったが、自分のような事情があるのだろうか? つい、気になってしまう。 

 

 

「ど、どうしよう、姉さん」

 

 秋穣子は涙目になりながら姉に縋るように尋ねた。姉も青い顔で首を振っている。

 

 紅霧発生までは予定通りだったのだ。一時的に居を紅魔館の神棚に移し、妖精メイドや吸血鬼! の信仰を受けて力を蓄え、異変が始まる前にこっそりと、人目に付かない友人の厄神の所に保護して貰う。

 同行する田中田吾作と名乗る人間?があの胡散臭い衣と壺中天で厄から逃れられるという予測を元にした行動だったが、そこまでは確かに上手く行った。誤算は、博麗の巫女が異変解決に乗り出さなかったこと。

 最初の数日は、「怠け者だ」「腰が重い」などと笑っていられた。次の数日からは、紅魔館に行って異変を中止して貰おうという焦りとの戦いだった。

 

 しかし、もう限界だ。自分の力を持ってしても凶作はもう免れないだろう。この時期に二週間も日光が当たらないというのは稲の実りには致命的だ。姉が司る山の紅葉も今年は駄目だろう。

 里人は餓え、その膨れあがった敵意と憎悪は紅魔館──あの姉妹に向けられるに違いない。

 

「貴方、何とか出来るんでしょ! 何とかしなさいよ!」

 

 気が付くと、姉の静止を振り切ってあの胡散臭い外来人に詰め寄っていた。

 

 

「わかりました。お二人とも壺の中にお入り下さい」

 

 鍵山雛は瞳を閉じた。せめて、「声」の余韻に少しでも長く浸りたくて。音が絶えた暗闇の世界の中で、ひたすらあの響きを想起しようとあがく。無駄な試みなのがわかっていても。もしも、厄が完全に存在しない世界があったとしたら、その世界の住人はあんな声で話すのだろうか。

 

 どれくらい時間が経ったのか、沈黙と暗闇を破ったのは、傍らに突然出現した大きな神気だった。目を開けると、静葉でも穣子でもない、だが、両者の神気を感じる女神が、人里に向けて飛び立つ所だった。

 

(厄いわね)

 

 雛はそっと心の中で呟いた。

 

 

 秋静葉でも秋穣子でもなく、同時に秋静葉でも秋穣子でもある存在は壺中天を飛び出すと、人里に向かって紅の霧を切り裂いて飛んだ。

 

 わかる、今ならわかる。過去と現在と未来は一つの存在の異なる側面に過ぎない。丁度今の自分が、秋静葉でもあり秋穣子でもあり、その他八百万の秋の神でもあるように。

 

 夏は未だ至らざる秋の側面であり、冬は過ぎ去った秋の別の側面に過ぎない。ならば、自分達が力を振るうのに、何の支障があるだろう。

 

 信仰は力の源である、ああ、その通りだ。過去、現在、未来の信者達全員が力を貸してくれる。

 

 ──ならば、起こせない奇跡など存在しようか!

 

「聞け、人里の者達よ!」

 

「案ずるな、私達がお前達をこの霧から守護し、豊作を約束しよう! 『秋』の名に懸けて! やがて訪れる実りの秋のために!」

 

 その時、人里で農業を営む者達、山を生業の場とする者達全てが、紛れもない神の声を耳にして頭を下げた。信心深い者はそのまま跪いて耳を澄ませる。

 

 今年の確かな豊作と山の恵みを約束する偉大な女神の声に。

 

 

「お、おい、霊夢。いきなりどうしたんだよ?」

 

 霧雨魔理沙は驚愕した。異変解決の途中で休憩に立ち寄った博麗神社で、やる気なさげに境内の外に広がる紅の霧をぼけっと見つめながら縁側でお茶を啜っていた博麗霊夢が、いきなり血相を変えて立ち上がったのだから。

 

「魔理沙、行くわよ」

 

 そのまま、符、針、幣、そして博麗の秘宝である陰陽玉を取り出して身につけた霊夢の覇気が魔理沙を圧倒した。

 

「そりゃ良いが……いきなりどうしたんだ? 血相変えて」

 

 どういう風の吹き回しなのだろうか? 先程までは確かに、「うーん、この異変は放っておいたら解決するんじゃない?」などと言って自分の異変解決の誘いに乗らなかったのに。

 

「私の勘が告げてるのよ。このままだと、いずれお茶の代わりにお釜の焦げ汁か雑草汁飲む羽目になるって」

 

 厳しい表情でそう告げた霊夢に普段のともすれば怠惰な巫女の俤はなく、そのまま軽やかに空中に飛び上がった。

 

「まったく、何処の何奴だか知らないけど、余計なことをしてくれるわね」

 

 吐き捨てる霊夢に続いて、遅れないように箒に跨がって飛び上がる。

 

 

 あの距離まで詰め寄られると伝言板が意味なくなるのが難点だよねえ。まあ、いきなりだったから今回は仕方ないか。

 御二人同時施術というのはちょっと大変だった。タイミングを合わせないと上手く行かない。秋静葉様と秋穣子様の御二人で協力して頂けば何とかしてもらえるかな、と思ってやったけど、なんと習合なされるとは予想外だった。

 見た感じ、大分力が上がっておられるようだったから、なんとか凶作が回避出来ることを願う。

 しかし、幻想郷に来てから思いっきり腕を振るう機会が増えて嬉しい。余所の異界だと色々しがらみがあるから全力出せなかったり、出すと怒られたりするからなあ。今回は此処の管理人である八雲さんのお許し得てるから大丈夫だと思うけれども。

 

 壺から外に出ると、厄神様──鍵山雛様がこちらに視線を向けてきた。一礼して、落としておいた伝言板を胸元に戻す。

 

 あれ、なんでそんな露骨に残念そうな顔をされるんですか、鍵山様?

 

 そして、辰巳の方角から伝わってくる敵意は一体何なんだろう? もしかして、僕、誰かの虎の尾を踏みました?

 

 

「藍、私は部屋で休むから、後のことはよろしく」

 

 八雲紫はそう忠実な式に告げた。

 

「畏まりました……」

 

「何か言いたいことがあるなら、遠慮せずに言いなさい?」

 

 いつも通り頭を下げたものの、どことなくすっきりしない表情の自らの右腕に問いかける。

 

「では、伺いますが、事の顛末を見届け無くてよろしいのですか?」

 

「あら、師匠としては弟子が気になる?」

 

「そういうわけではありませんが、スペルカード・ルールを導入した初めての異変解決ということもあります。果たして博麗の巫女が勝利し、抑止力たり得るかという懸念が否定出来ません」

 

 生真面目に尋ねる可愛い従者に笑いかける。

 

「藍は心配性ねえ」

 

「紫様」

 

「この件に関しての私の役割は終わったわ。後はお願いね」

 

 きっぱりと告げる。

 

「畏まりました」

 

 今度こそ、深々と頭を下げた藍を背後に、紫は自室への隙間を潜り抜けた。

 

 そう、今回の一件の最も重要な局面は既に過ぎているのだ。霊夢が動いた以上、異変が思い描く絵柄で終結するのは間違いない。

 

 田中田吾作──やはり欲しい。使い勝手が良すぎる。まさか、あんなやり方で何物にも縛られぬ博麗の巫女を動かしてみせるとは。どうやって霊夢の尻を叩こうか苦慮していた自分が道化ではないか。

 なんとしてでも幻想郷の住人に引き入れたい。

 

 妖怪の賢者は静かに更なる一手を練り始める。

 

 

「何でも良いですから、異変について知っている情報を教えて下さい」

 

 姫海棠はたては、太陽の畑で風見幽香に向かって土下座した。夏のこの時期、向日葵が咲き誇るこの畑も、異変以来紅の霧が覆っている。天狗の記者達が総掛かりでも発生場所の見当が付かない紅の霧が。

 天狗としてのプライドなどもうどうでも良かった。どうしても情報が欲しかった。あの日からの連日の捜索の空振りと、先程人里の方向に感じた神気と響き渡った思念、今回も文に先を越されたという想いが、はたてを極限まで追い詰めていた。「自分は新聞記者としては無能なのではないか?」胸の中で囁く声がどうしても否定出来ない。結果、取材結果、記事でしかその声を否定出来ないのだから。

 

 

 風見幽香は、自らの前で土下座する鴉天狗を前に思案した。この鴉天狗は運が良い。先程までなら、顔を見た瞬間に四肢を引き千切ってやったところが、漸く役者が揃って舞台の幕が開いたところなのだ。

 しかも、幻想郷全体に響くような開幕の鐘で。あれならどんな怠け者でも動き出すだろう。紅魔館に滞在時に世話した花を通じて向こうの様子は見られるが、折角の大舞台だ、観客が少々増えても構うまい。一度叩きのめされた相手、この風見幽香の前に土下座した勇気に免じて。決して、ここしばらく羽虫のように取材と称してしつこく付き纏ってくれた射命丸文への意趣返しなどではない。

 

「紅魔館よ」

 

「は?」

 

 自分が情報を出すとは思っていなかったのか、驚いたような顔を上げた鴉天狗の間抜け面が可笑しい。

 

「あらゆる雑事を無視して霧の湖の畔の紅い洋館へ行きなさい」

 

 間抜け面が見る見る満面の笑みに変わる。が、これだけでは面白くない。一言釘を刺すことにする。

 

「その代わり、無様な記事を書いたらどうなるか、わかっているわよね?」

 

 

 筆者が紅魔館に到着したのは、門番の紅美鈴、メイド長の十六夜咲夜が博麗霊夢の前に力尽き、霧雨魔理沙はパチュリー・ノーレッジの前に屈して、フランドール・スカーレットと博麗霊夢が弾幕で対決している最中で、紅の霧に煙る洋館を背景に、羽を持った影と巫女服の影が激しく動いて交錯し、互いを色鮮やかな弾幕が包みこんでいた。

 恥を忍んで申し上げるが、筆者にはあの勝負と、それに続くレミリア・スカーレットと博麗霊夢の対決を読者の皆様にお伝え出来るだけの筆力がない。何を書いても誇張したデマ記事になってしまうだろう。掲載した写真もご覧になっているとおり、動きに追随出来ず、弾幕を躱す両者の写真一枚ずつである。

 よって、当事者へのインタビューを持って当日の対決のまとめとさせて頂くことをご了承願いたい。

 

「本当に、強かったの一言です。鬼気迫る強さでした。『万人之敵』というのはああいう人のことを言うんでしょうねえ」

 

博麗霊夢戦を評して、紅美鈴

 

「全身に目が付いているようだったわ。……お嬢様方に顔向け出来る戦いが出来ていたらいいのだけれど」

 

博麗霊夢戦を評して、十六夜咲夜

 

「いやー、魔法を覚えたてとは思えませんでしたね。気迫も十分。度胸は満点。早死にするか上り詰めるか、中間がない感じですね」

 

霧雨魔理沙戦を評して、小悪魔

 

「弾幕を恐れない、見切りが果断、大技の使い所を間違えない。叩けば叩く程伸びるタイプね。スペルカード・ルールというのは彼女の為にあるようなルールと言っても過言でないくらい。敗北を糧にきっと強くなるでしょう」

 

霧雨魔理沙戦を評して、パチュリー・ノーレッジ

 

「ん、全部自分は出し切れたと思う。お姉様の妹として胸を張れるよ」

 

博麗霊夢戦を評して、フランドール・スカーレット

 

「皆、よくやってくれた。紅魔館の主として誇らしい戦い振りを見せてくれた。我々が誇り高い吸血鬼の血族であることを幻想郷中に示せたのではないかと思う。博麗の巫女も噂に違わず見事な戦い振りだった。我々の敗北を認める」

 

今回の異変を振り返って、レミリア・スカーレット

 

「おいおい、私に聞くかよ。虐めだぜ、まったく。今回、私はいいとこなくボコボコにされちまったってのに。小悪魔があれで小悪魔ってのが信じられないぜ。パチュリーにはホント完封されるし。ま、次は見てろってとこだな」

今回の異変を振り返って、霧雨魔理沙

 

「これ、謝礼出るんでしょうね? それならいいわ。……とにかく、めんどくさい連中だったわね。全員が全員最後のスペルカード使うまで粘ってくるし。異変起こした連中が皆あんな感じならやってられないわね。もちろん、最後はぶちのめしてやったけど。……そうそう、今度異変起こしたら私がギタギタにするから覚悟しておきなさい、って言ったら全員嬉しそうに笑ってたけど、何なの、あれ? 変態の集団? まあ、負けた後はあっさり異変終わらせた分、これまでの連中よりマシだと思うけど。……ところで、人里でのうちの神社の評判はどう? 参拝客、じゃなかった、お賽銭は増えそうなの?」

 

今回の異変を振り返って、博麗霊夢

 

※なお、宵闇の妖怪と氷精は、博麗の巫女の説明をしただけで逃走したため、インタビュー出来なかったことをお詫び申し上げます。

 

「紅霧異変の真実に迫る」花果子念報 特集原稿覚え書き

 第百十八季 長月の項より抜粋

 

 

「私の勝ちね?」

 

「ああ、私の負けだ。異変を終熄させよう」

 

 最後のスペルカードをブレイクして、自らの勝利を告げた博麗霊夢と、自らの敗北を宣言したレミリア・スカーレットがゆっくりと地上に降りてくるのを、姫海棠はたてはカメラを構えることなく見つめていた。紅の霧があたかも幻であったように晴れていく。

 

 おそらく、今、双方を勝者と敗者として写真に撮って記事にするのが記者としては正しいのだろう。文なら迷わずそうするのだろう。

 しかし、途中からとはいえ、紅魔館での対決を見つめ続けていたはたては、どうしてもそういう気分になれなかった。

 

 それでいいではないか。文には文の、自分には自分のやり方がある。激闘を繰り広げた両者を囲むように、はたてと同じように対決を見守っていた紅魔館の面々と霧雨魔理沙が近づいていく。

 

 最後に一枚、全員の集合写真を撮らせて貰おう。我ながら良い思い付きだとにんまりしたはたての耳に、一番聞きたくない声が入ってきた。

 

 

「あやややや、出遅れてしまいましたか」

 

 射命丸文は姫海棠はたての姿を目にして、そう口にした。それと共に、現場の写真を一枚押さえておく。異変の顛末を書いた記事は「文々。新聞」の目玉記事なのだが……。

 

 しかし、はたてもスクープ出来たとは限るまい、と思考を切り替える。なにせ、こちらには人里の救世主となった秋姉妹の合体技の写真という特ダネがあるのだ。

 途中で追求を諦めてこちらに来たお陰で、何故か二人に分離後、顔を真っ赤にして逃げ出した秋姉妹へのインタビューが出来なかったのは残念だが、こちらは少し落ち着いてから再度記事にしても良いだろう。何故あんな力を発揮出来たのか、二人にはゆっくり話して貰う必要がある。

 

 さて、ライバル殿の手の内を見せて貰いましょうか。

 

 そう思った矢先、はたてが振り返って声をかけてきた。

 

「ねえ文、あんたの言ってた『現場が大事』って言葉の意味が、やっとわかったような気がする、私」

 

 少しは記者らしい、良い顔をするようになったじゃないですか、はたて。

 

 ちょっと手強くなるかも知れませんが、私は負けませんよ。記者としての格の違いを見せて上げましょう。

 

 

 秋静葉は、羞恥に悶え、転げ回っていた。

 

「あ、あ、あ、あ、あ」

 

 茹だった頭ではまともな言葉も出てこない。

 

 あんなに美しくて、あんなに気持ちよくて、あんなに力漲って、あんなに妹と一体化して、あんなに調子づいて、あんなに大きな態度で、あんなこと言って、あまつさえ、あんなに大きな力を振るってしまった。

 

 一連の成り行きが走馬燈のように頭の中を周り、その度に身が縮むような恥ずかしさに襲われる。

 

 昂揚した気分のまま神力を送って里の畑の作物を守り、山々の恵みを保護した後、天狗の写真と取材で正気に戻ると共に、湧き上がる羞恥心と後悔。

 

 こ、こ、こ、この私があんなコトをしてしまうなんて……。

 

 玄武の沢の馴染みの洞窟の、入り口を封鎖して静葉は顔を押さえて転げ回っていた。外から響いてくる、妹の声も聞こえぬままに。

 

 

「姉さん、此処を開けてよ、お願いだから!」

 

 他人が沸騰すると、自分は却って冷静になる、そんな話を聞いたことがあった。その時はそんなものかと聞き流していたが、今それを自分が体験しているんだ。

 

 秋穣子は、洞窟の入り口を塞ぐ大岩の外から声をかけながら、そんなことを考えた。

 

 ついでに、岩戸に隠れた天照大御神を引っ張り出そうとした天津神もこんな気分だったのかと考えながら。分離した時に、残った神力を大分姉に持って行かれたため、やはりこの大岩は一人では動かせそうもない。

 

「ほぅ……」

 

 思わず、溜息をついてしまう。

 

 ──溜息をつくと言えば、田中田吾作のあの美しさ。出雲で見かけたことのある大国主命が美男子だともてはやされ、自分も今までそう思ってきたが、彼の美しさは根本的に違う。少なくとも、大国主命は影ながらとはいえ、顔を見つめることが出来たのだから。

 

 そして、あの指圧。自分と隣で指圧を受けていた姉の境界がなくなるような感覚。その後に過去、未来に広がっていく自分達。

 

「気持ちよかったなあ」

 

 つい、素直な気持ちが口から零れてしまう。あれが信仰を得た状態なのだろうか? 神社を持つような神々は皆あんな感覚を感じているのだろうか。今まで、神社を持つなんて面倒ごとが増えるだけだと思っていたが……

 

 うん、割りと良いかもしれない。

 

 宮司には彼なんてどうだろう……

 

 そう考えただけで、胸の熱が一気に耳まで上がり、穣子は顔を押さえて洞窟の入り口で転げ回った。 

 

 

 紅の霧は晴れた。どうやら無事に異変は終わったらしい。やれやれと思うけど……

 

 秋静葉様と秋穣子様が帰っておいでにならない。何かあったのだろうか。

 

 隣で鍵山雛様がこちらをずっと見つめておられる。伝言板で理由を聞くと、悲しそうな顔をされる。何かあったのだろうか。

 

 どなたでも結構ですから、この状況を何とかして下さい。お願いします。




事件が記者を育てる、のだそうです。
名記者の影には、転機になった事件が必ず存在すると。

大学デビューやお酒を飲むなど、ハイテンションの時の言動は気をつけましょう。
後で布団の中で思い出して転げ回る羽目になります。

ゆで理論とか嫌いじゃない。

明日は紅霧異変のエピローグが書けたら、と思っております。

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