モシコイ   作:53860

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ハーレムものの男主人公が美少女に性転換してヒロインとレズるのが見たかった。


もしも一条楽が女の子だったら

 話をしよう、あれは今から36万……いや、10年前だったか。まぁいい、二人の少女がある場所で出会ったんだ。過ごした時間は短かったが少女たちまるで親友のような仲良しになった。だが、少女たちは非情なる現実により引き裂かれてしまう。別れ際に少女たちはある約束をした。それが、この物語の始まりだ。

 

 

「ザクシャ イン ラブ」

 

 長い髪を揺らし少女は語る。

 

「あなたは『錠』を、わたしは『鍵』を、肌身離さずずっと大切に持っていよう」

 

 まるで壇上の劇団員のように。どこか大袈裟ではあるが、力強い決意とともに台詞を一つ一つ紡ぐ。

 

「いつか私達が大きくなって再会したらこの『鍵』でその中の物を取り出すから、そしたら……」

 

 一息つくと彼女は目一杯の笑顔を浮かべる。全ては別離の悲しみを見せぬため。そして彼女は頬を伝う涙を拭くことなく言い切る。

 

「結婚しよう」

 

 例え十年・二十年経とうが愛し合うことを誓う二人。もしこの約束が実行されれば二人の物語は感動を呼ぶ純愛ストーリーだっただろう。現代版ロミジュリだ。しかしその誓いに水を差す言葉が、もう片方の少女から放出される。

 

「けっこんって男の人とするものじゃないの?」

 

 冷たい空気が二人の間を吹き抜ける。常識という絶対的存在に基づく容赦のない言葉の暴力が、彼女たちの間に何か良からぬ亀裂を生み出した瞬間であった。そう、全ての少女が同性愛者であるわけがないのだ。むしろ別れ際の感動的雰囲気を叩き斬った少女のように、異性との恋愛や結婚を求める少女の方が圧倒的多数だろう。先ほどまで熱弁をふるっていた少女はその点を見落としていた。しかしそんなことに怯む少女ではなかった。

 

「いい沙楽っ? 女の子同士でも結婚していいのよっ!」

 

 少女はがしりと一条沙楽の肩を掴むと力強く言い切った。嘘だ。多様性が尊重される現代社会においてもなお、同性婚を認める自治体はごく僅かである。そのような事実を少女は知っていながらも彼女はそれを秘匿した。見事な隠ぺい工作だ。

 

「ううん、むしろ女の子同士が結婚すべきなのっ!」

 

 それどころか正反対のことを伝えるという情報操作(マインドコントロール)を成し遂げた。ある種のイデオロギーの押し付けである。これには古今東西における全体主義国家の独裁者たちも脱帽だ。少女の鬼気迫る勢いに沙楽は思わず後ずさる。ドン引きだ。永遠に続くと思われた二人の友情にも埋められない溝が存在したということか。それでも勢いを失わない少女は息を荒げながら、こう続ける。

 

 

 「百合こそが正義なのよっ!」

 

 

・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

 

 

 ある日の朝、黒髪の少女は台所で鍋をいじっていた。細く小柄な身体を軽やかに動かし腰にまでかかった黒髪をゆらしながら鼻歌混じりに調理するその姿は、神話世界の妖精のごとく美しく、またとてつもない良妻感がにじみ出ている。おたまで鍋の中身を掬い味見を終えると少女は台所から、ひょこりと顔を出し呼びかけた。

 

「みんな、ご飯出来たよ」

「ありがとうごぜぇやす、お嬢!」

 

 小鳥のさえずりのように儚くも愛くるしい少女の呼びかけに対し、地獄の底から這い出てきたような野太い声で傷だらけの漢たちが返事をした。此処は近辺の元締めである有名ヤクザ、集英組の拠点である。組長の一人娘である一条沙楽は、その恐ろしい雄叫びに微笑み返すとお手製の朝食をならず者たちに配った。

 

「うんめぇー! 流石、お嬢だー!」

「いや~いつもすいやせん」

 

 ならず者たちが口々に沙楽の料理を褒め称える中、若頭の竜が皆に代わって沙楽に感謝の気持ちを伝える。それに対し、沙楽は朝食をつまむ箸を下ろし応えた。

 

「気にしないでいいよ。みんな頑張ってるもんね」

 

 そう言い微笑む姿はさながら聖母のようである。構成員たちはそんな沙楽に対して、有り難や有り難やと唱える。RPGの呪文みたいだ。しかし、なにもおこらなかった! 賢さが足りないからだろう。そんな下っ端どもを尻目に竜は、ところでお嬢、と話を切り替えた。

 

「今日のご通学はもしや徒歩で?」

「勿論。どうして?」

 

 竜の問いかけに対して沙楽は首を傾げつつも素直に応える。すると竜は、いやぁ、と言いながらバツが悪そうに頬を掻いた。

 

「実ぁ最近見慣れねぇギャング共がウチの島ぁ荒し始めてやしてねぇ。お嬢の安全のためにもしばらくぁリムジンで通学して……」

「竜」

 

 沙楽は竜の話を途中で遮った。沙楽の竜を制する声により徐々に雲行きが怪しくなる。沙楽は顔をあげると正面に立つ竜を睨みつけ、ドスの利かせた声で話した。

 

「よそ者に何を手間取っている」

 

 突如、日常の和やかな空気が消滅した。その華奢な身体から放出される威圧に竜はごくりと喉を鳴らす。言葉が返せないのだ。反論を決して許さない暴君のオーラ。カリスマとは小手先の技術では偽ることのできない素質である。そして今の沙楽は、彼の畏怖する長のように他者を無意識的に屈服させる雰囲気(カリスマ)を纏っていた。その恐ろしさ。その偉大さ。その美しさ。その気高さ。まさに圧倒的王者、いや暴君、の風格である。

 

 少女を中心に形成された空気はさながらダークファンタジーの世界であった。暴力的だが幻想的で儚げな、極道の女王とも呼べるような沙楽の姿。そして彼女からにじみ出る圧倒的カリスマとそれにより形成される幻のような雰囲気。その場にいた者は悪魔の魅惑にかかった人形のように見惚れていた。

 

 はっと沙楽は冷静になる。今の場の空気は自分にとって不都合なもの、つまり組の跡取りは沙楽しかいないと組員たちが声を揃えかねない状況、であると察したのだ。

 

「と、とにかく! 私はリムジンには乗らないからね!」

 

 沙楽はそう言い切るとカバンを持って家を出ようとする。構成員たちは部屋を出た沙楽を慌てて引き止めようと立ち上がり後を追った。

 

「そっそれはなりません!」

「お嬢! 考え直してくだせぇ!」

 

 余談だが、強面の雄どもが血相を変えながら美少女を追い求めて立ち上がるその姿は凄まじい犯罪臭のする光景であった。

 

 

・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

 

 

「お嬢! 今日も元気にいってらっしゃいませ!」

「いってらっしゃいませ!」

 

 若頭である竜が見送りの言葉を叫ぶと周囲のならず者どもが続く。これが犯罪の蔓延る裏社会や人情もの映画のワンシーンであったら、ありきたりの光景だっただろう。しかし残念ながら、ここは現実世界の普通の高校の校門前である。顔中傷だらけの暗黒界戦士たちが、健全な学び舎であるはずの高等学校の前にいるのは、誰がどう見ても異様だ。

 

 周囲の好奇の視線が沙楽の華奢な身体を突き刺す。既にオーバーキル状態だ。容赦ない視線に沙楽は眩暈と吐き気を感じた。こうなりたくないから沙楽は家庭状況を隠ぺいしたうえで高校生活に臨む予定であった。しかし、登校時に既に反社会勢力との黒い関係が公になってしまった今、もはや沙楽に残された道は一つである。ある意味熱のこもったエールをその細身に全て受けた沙楽は小さくため息を吐くと振り返った。

 

「いってきます」

 

 微笑みながら旅立ちの言葉を紡ぐその姿は美しくも悲壮感と決意を含んでいた。さながら月へ帰るかぐや姫のようだ。本当は他人のフリをしたかった。しかし悲しいかな、既に多くの生徒は彼女が黒いストレッチリムジンから強面のおじさまがたとともに降りている姿を目撃していた。故に彼女が彼らと無関係であるという言い逃れはできない。だからこそ沙楽は敢えて彼らに笑顔を見せることで、自分が大丈夫だということを示したのである。そうでもしないと血の気の多い構成員たちは道行く生徒たちに因縁をつけかねない。全ては沙楽の安全のために。しかしその過剰な保護が却って彼女の安寧を揺るがしているという事実にはいつ気づくのだろうか。

 

 構成員たちによる見送りが終わったところで沙楽は、はぁとため息をつく。周囲に避けられることに慣れていることに悲しくなった。別に彼等に悪気がないことはわかっている。ただ少しばかり自由に放任してくれても良いのではないか。自分だって普通の女子高生のように新しくできた友達と談笑しながら登校したい。沙楽はかくりと肩を落としトボトボと昇降口へと歩いた。華奢な身体を縮めて歩くその姿はさながら傷心の姫君であった。そんな憂いをおびた悲劇の姫君(ヒロイン)の目の前に、突如少女が隣の塀から降ってきた。親方! 空から女の子が!

 

「えっ?」

 

 軽やかな着地音とともに少女の周囲に煙が舞う。突然の事態に沙楽はただ茫然と目の前の様子を眺めていた。一体どこの世界に朝の登校時に、2メートル以上もある学校の塀から飛び降りてくる女子高生がいるというのか。ゴリラじゃあるまいし。つまり長い金色の髪を持つ少女はある種の超人(ニンジャ)であったといえる。アイエエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?

 

 超人少女の周囲から土煙が晴れる。風圧で長い金髪がふわりと浮かんでいた。少女自身は凛とした雰囲気を纏っており、芯の通った美しさを持っていた。すっと何事も無かったかのように立ち上がると、少女はちらりと沙楽の方へと目を向けた。すると宝石のように美しい碧眼を輝かせ、瞬時に沙楽の両肩を掴んだ。

 

「可愛い!」

「え?」

 

 突然の奇行に沙楽は処理が追いつかず、二十世紀のパソコンのようにフリーズする。一方、金髪娘は鼻息が荒く眼も血走っていた。その姿は、いくら美少女といえども、不審者じみていて、どこか危険な香りがする。鏡を見ろ変態。おまわりさん、こいつです。

 

「あのっ! もしよければっ職員室まで案内してくれるかなっ!?」

 

 危険な不審者は沙楽に発言のターンを与えることなく強引に流れを変える。ずっと俺のターン! アクティブな変態だ。必死すぎワロタ。いや、沙楽にとっては笑えない状況だ。一体何が悲しくて高校登校初日からこんな不審者に遭遇しなくてはならないのだろうか。妖怪のせいなのだろうか? アクマヤ、アクマノシワザヤー。

 

 正直、沙楽はこの少女(不審者)と関わりたくなかった。誰が好き好んで見える地雷を踏むというのか、バカジャネーノ。しかしその一方でこの少女を放っておけないという気にもなった。恐らく、登校の際に塀を乗り越えるほどには、非常識で何も知らないであろうこの少女を無視したら、この娘は登校時刻に間に合わないだろう。沙楽はそう確信した。生まれ育った環境の影響もあり、沙楽は義理堅い。だからこそ、このような見える地雷たる不審者少女にも手を差し伸べるべきか迷っているのだ。いつかきっと酷い目に遭うぞ。危険回避と人情。結局、沙楽は後者を選んでしまった。

 

「……うん。いいよ」

「じゃあ、いこっか!」

 

 逡巡の後に沙楽が承諾すると即座に、不審者は沙楽の手を握りしめ沙楽を校昇降口へと引っ張る。ただ少女が踵を返した時、どこか懐かしい香りが沙楽の鼻を突いた。一瞬のことだったので彼女には判断がつかない。だがそれは紛れもなく、沙楽が嗅いだことのある匂いだった。

 

 

・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

 

 

 超人不審者を職員室まで送ると、沙楽は教室へと急いだ。常に余裕を持って登校する沙楽にとって遅刻はなるべく避けたいものだった。結局、遅刻ギリギリで1年C組の教室に入ることができた。遅刻せずに済んだことに安堵した沙楽はふぅと一息つくと自分の席に座る。すると二人のクラスメイトが彼女に近づく。二人とも中学からの付き合いであり、友だちの少ない沙楽にとっては特別な存在であった。私のおじいさんが以下略。

 

「おーす、遅刻ギリギリだな。ヒメサマ」

「……その呼び方、やめてよ」

 

 ジト眼で嫌悪感を示す沙楽に対し舞子集は、いやはや恐れ多い、と言い大袈裟にのけぞる。その姿に沙楽はため息を吐く。日頃からセクハラ発言が多い彼は女子のクラスメイトに敬遠されがちであった。しかし同時に彼は親しみやすいタイプの人間でもあり、彼の気さくさに沙楽は親しみを持っていた。まぁ友達であろうと例外なく、沙楽も集のセクハラ被害にちょくちょく遭っているのだが。

 

「沙楽ちゃん、大丈夫?疲れてない?」

 

 そう言うと心配そうな顔をして、小野寺小咲は沙楽の顔を覗き込んだ。小咲は優しい人柄であり気遣いの出来る子であった。多くのクラスメイトは彼女の優しさに癒されており沙楽も例外ではない。マイラブリーエンジェル小咲たん。気の休まった沙楽は大まかに今朝の出来事について話した。すると集はその話に強い興味を示した。

 

「もしかして、それって今日来る美少女転校生じゃないか!?」

 

 興奮した彼は転校生について洗いざらい聞こうとしたが、チャイムによりそれを阻まれる。チャイムが鳴るのに伴いクラス担任の女性が教室に入ってきた。

 

「ほらーみんな席につけー。ホームルームするぞー」

 

 担任である日原教子が呼びかけるとみな席につきだした。それに従い集も渋々と席へ戻る。その姿を見ながら沙楽は面倒な追求を逃れられたと内心ほっとした。しかしこれでめげないのが舞子集という男である。

 

「キョーコ先生! 転校生ちゃんはどこですか!?」

 

 席につくと集は真っ先に教子に対し質問する。集の貪欲さに対し、教子は苦笑しつつも転校生を教室内に呼び込んだ。

 

 転校生は教室の扉を開けると、金髪を靡かせながら教壇へと登った。その間、教室内のざわめきが静まった。突然の美少女の登場に皆困惑しているのだ。すらりとした脚、女神のように整った顔立ち、華奢な身体。彼女を構成する全てのものが生徒たちの目を惹きつけていた。

 

「みなさん初めまして! アメリカから転校してきた桐崎千棘です! 母が日本人で、父がアメリカ人のハーフですが、日本語はバッチリなので気軽に接してくださいね」

 

 転校生である桐崎千棘が挨拶を終えると室内のボルテージは最高潮にまで高まった。最高に「ハイ! 」ってやつだアアアアア。生徒たちは口々に、美人だ、かわいい、モデルみたい、と彼女のことを褒め称える。そうした賛美に照れつつも千棘は室内をキョロキョロと見渡す。そしてぽかんとしている沙楽と目が合うと満面の笑みを浮かべた。

 

「沙楽!」

 

 嬉しそうに名前を呼ぶ千棘に対して、沙楽は何故か悪寒が走る。虫の知らせとでもいうべきか。生まれ育った環境の影響もあり、沙楽は危険を察知する能力がきわめて高い。そしてその長年の勘が今、彼女に危険を告げているのだ。不必要な歯車が一つ加わり、機械のような何かが音を立てて崩れていく。沙楽の脳裏にはそのような幻覚が浮かび上がっていた。

 

 

・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

 

 

 金髪の美少女転校生が沙楽の通う凡矢理高校にやって来てから数日が経った。新たな高校生活に沙楽は若干疲れていた。というのも件の転校生である桐崎千棘が沙楽に猛烈にアピールをしてくるのだ。さながら主人を見つけた忠犬のごとくじゃれあってくる千棘に沙楽は少々辟易しつつも戸惑っていた。千棘の明らかに好意に満ちた触れ合いは、恐れや嫌悪を向けられがちだった沙楽が未だかつて経験したことのない関わり方だったからだろう。

 

 ……とでも言うと思ったか? そんなシリアス展開はない。話はもっと単純だ。沙楽はただ千棘の猛アピールにドン引きしているだけである。それどころか、もはやドン引きを通り越してある種のトラウマになりかけているようだ。美少女に迫られたら嬉しいはず? 鼻息が荒くて眼の血走った輩でも? お前それ現実世界(リアル)でも同じ事言えんの?

 

 とにかくそうした目まぐるしい日々を送る中、沙楽はとある部屋に父親により呼び出されていた。

 

「待たせたな、沙楽。ちょいと大事な話があるんだが……」

「いきなりどうしたの、お父さん?」

 

 胡坐をかいて座る集英組組長、一条一征と向かい合う形で、沙楽は横座りした。やくざの首領としての父親による突然の呼び出しに沙楽は不安そうに瞳を揺らす。警戒する沙楽の目を見つめると、一征はふぅと息を吐き、話を始めた。

 

「実はギャングとの抗争が想像以上に激しくなってな。いよいよ全面戦争になりそうなのよ」

「……それって大丈夫なの?」

「いや、お互いにタダじゃすまねぇだろうよ」

 

 白磁のように滑らかで真っ白な手に力が籠められる。無意識のうちに沙楽はスカートをぎゅっと掴んでいた。絹のように艶やかな顔に浮かぶ感情は、恐怖。無理もない。いくらやくざの娘とはいえ、彼女はまだ高校生だ。どんなに周囲に罵られようとも避けられようとも、自分のことをずっと励まし支え続けてくれた人たちが抗争により被害を受けるのではないか。父親や組員たちとの平穏な日常を崩されることへの恐れを沙楽は抱いていたのだ。その反応をじとりと見つめると、一征はいつも通りの調子で言葉を発した。心配はいらないと言わんばかりに。

 

「そこでだ。お前に少しばかし手伝ってもらいたくてな」

「手伝い?」

「なぁに、大したことじゃねぇよ。向こうの組の娘さんと親友になってくんねぇか?」

 

 急な「お願い」に沙楽は身構えたが、「手伝い」の内容を聞くと、ふぅ、と安堵した。何てことはない。ただ友達になればいいだけの話だ。友人の少ない沙楽にとってはむしろ望むところだった。やったねさらちゃん! 友だちが増えるよ! しかも同じような境遇にあるとなれば、きっとすぐ仲良くなれるだろう。そう沙楽は楽観的に思っていた。

 

「そんなことなら別にいいよ」

「おう、そうか! いやぁ助かったわ」

 

 沙楽が快諾すると一征は豪快に笑いながら立ち上がった。そして隣の部屋の襖の前へと歩いて行くと、にやりと笑みを浮かべ沙楽の方を向いた。

 

「実はな、もう既に向こうさんには来てもらってるんだが……」

「さらぁぁぁああああ!!」

 

 襖が開くと同時に金髪の少女が沙楽へと突進してきた。上から来るぞ! 気をつけろぉ! 背格好からして同い年だろう。というか、同じ制服を着ている。何やら聞き覚えのある声に沙楽は嫌な予感がした。ぎぎぎと音をたてながら沙楽は、すりすりと顔を寄せてくる「お友達候補」を見た。得体のしれない少女は、沙楽を悩ませていた転校生、桐崎千棘だった。助けを求めようと周りを見たところ、千棘の父親でビーハイブの首領でもあるアーデルト・桐崎・ウォグナーが一征とともに笑い合っていた。そして彼ら以外に人はいなかった。孤立無援である。メーデー、メーデー。

 

「沙楽! 会いたかったよ!」

 

 千棘は目を爛々と輝かせ沙楽を見つめる。その様は読心術を知らぬ沙楽でも用意に考えている事が推察できた。どうせ、スゴイ! 私たちは運命の赤い糸で結ばれているんだ! とでも思い込んでいるのだろう。この脳内お花畑め。マジ運命(デスティニー)とかクソだわ。

 

 一体どうしてこうなってしまったのか。沙楽は天井を見つめながら考えた。心なしか目が濁っているように見える。悲しみの~向こうへと~。きっと私は呪われているんだ。そうだ、そうに違いない。ファッキンジーザス。沙楽はそう自虐的になるほど精神的ダメージを負っていた。翼の折れたエンジェル状態だ。無理もない。心躍らせていた初めての理解者(予定)との邂逅がこんな結果(新しい素敵な友達が出来ると思った? 残念! 既知の変態でした! という事態)に終わってしまったのだから。そんな辛い現実、知りたくなかった。ウソダドンドコドーン! 何はともあれ沙楽の、「似た家庭を持つ初めてのお友達」への期待は、一瞬にして粉々に粉砕されたのであった。

 

 

・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

 

 

 集英組とビーハイブの同盟が結ばれた翌日、双方の構成員を招いた大宴会が集英組の拠点で行われた。両首領とその一人娘たちが仲良しであるというのに、構成員たちがいがみ合ってるのは良くない。そのような発想から親睦会と銘打って開かれたのだが。

 

「極東のサルどもがっ!」

「あんだとこらぁ! 腐れメリケンがよぉ!」

 

 双方の幹部的立ち位置である竜とクロードを筆頭に両陣営の構成員が火花を散らしている現状である。前途多難のようだ。

 

「全く、クロード君は……」

「いいじゃねぇか。元気なのはいいことだ」

 

 その光景を両陣営の首領は苦笑しつつも酒を片手に眺めていた。止める気はないということだろう。何せ今日は無礼講ともいえる大宴会だ。ここで今までの確執を水に流してほしいとでも二人は考えているのだろう。千棘からのアプローチを適当にあしらいながら沙楽はため息をつく。何が起きるかわからないからこそ二人にはしっかりと両陣営の狂犬どもの手綱を握ってもらったうえで、平和な宴会がしたい。そう沙楽は思っていた。しかし目の前の喧騒は沙楽の理想と正反対の状況であった。うんうん、でもそれもまた宴会だよ。

 

「もう我慢ならん! ここで始末してくれる!」

「上等だおらぁ!」

 

 堪忍袋の緒が切れたとでもいうのか。竜とクロードの二人が互いににらみ合いながら勢いよく立ち上がった。それにつられて下っ端どもが各自の得物に手をかける。もはや戦争の一歩手前だ。第三次世界大戦か? この事態に沙楽は思わず顔をしかめる。それは争いごとを目にしたくないから、というわけではない。下らない言い争いの延長線上に得物による抗争が起きるのが我慢ならなかったのだ。沙楽にとってやくざとは父親のように仁義を重んじるカッコイイ存在であり、むやみやたらに騒ぎ立て武器を振り回す馬鹿ではない。力の差を誇張し暴れるなど、まるでチンピラではないか。不愉快な気分になった沙楽は思わず竜の名前を呼んだ。

 

「竜」

 

 透き通るような沙楽の一言が場に響く。流れ変わったな。姫君のご指名に竜はすぐさま反応する。いつもと様子が違うからだ。通常の沙楽が纏うオーラにはある種の甘さがあった。それは優しさでもあるし、気遣いでもあるし、配慮でもある。そしてそのような甘さこそが沙楽の良さである。しかし今の彼女にはそれがない。それどころか刃物のような鋭利さが今の彼女からは感じられる。一体何事かと竜は沙楽の顔色を窺う。

 

「耳障りだわ、黙りなさい」

 

 有無を言わせぬ声色に、一触即発だった空気が一瞬で変わった。圧倒的な凄みをみせる沙楽にビーハイブの面々は惹きこまれる。そして同時に、華奢な身体から生み出されるプレッシャーに言い表せないような恐怖を感じた。年端もゆかぬ少女がそのようなオーラを纏っていることの異様さに理解が追いつかないのだ。

 

 一方、集英組の組員たちは青ざめた。沙楽の表情、声色、雰囲気、全てが普段の愛らしい彼女からは連想できないような真剣さに満ちていたからだ。長年の付き合いから彼らは沙楽がお怒りであることを察していた。そして本来なら微笑んでいるはずの姫君が見せる怒りというものはとてつもないインパクトがあった。集英組の者どもはすぐさま両膝をつくと沙楽の方へと頭を垂れる。

 

「すっすいやせんでしたぁぁぁあああ!!」

「そこのよそ者も」

 

 竜を中心として自分へと土下座する組員たちを尻目に、沙楽はクロードを指さす。突然、指されたクロードは戸惑いながら沙楽を見た。適切な対応をすべく慎重に観察している。まるで得体の知れぬものを目にしたかのような反応であった。

 

「下らないことでウチの組のもんに突っかかるな」

 

 射抜くような沙楽の視線にビーハイブの面々はびくりと怯える。しかし自尊心の強いクロードは、たかが女学生にメンツをつぶされたことに対し怒りをあらわにした。彼は腰のホルスターにかかった拳銃に手をかけ少女を威嚇しようとする。だが沙楽の態度に変化はない。その様にクロードは余計怒りが増した。

 

「き、貴様……!」

「さらぁぁぁあああ!!」

 

 クロード激昂しかけた瞬間に、千棘は沙楽を横から抱きしめた。そのタックルは某工業高校のラグビー部を彷彿とさせる見事なものであった。良いタックルだ。世界を狙えるぜ。沙楽を横から押し倒した千棘は、彼女の脇腹に顔を埋めると、さら、さら、と沙楽の名前を繰り返し続けた。まるで壊れたテープレコーダーのように。らりるれろ、らりるれろ。恐らく精神(HD)に重大な損傷があるのだろう。ここに病院を建てよう。

 

 形成されかけていたシリアス空間が消滅する。スクラップ・アンド・スクラップ、全てをぶち壊すことだ。その代わりといっては何だが、気味の悪いギャグZONEが成立した。そんなものは地獄の火の中に投げ込むべきだ。

 

 突然の事態に双方の構成員と首領たちは、ぽかんとする。誰もが、千棘の奇行が理解できずにいたのだ。抱きつかれた沙楽もまた困惑することしか出来なかった。ただ一つ確実なのは、鼻息荒く沙楽の脇腹に顔を擦り付ける千棘は危険人物だと言うことだ。逃げろ、奇行種(クレイジーサイコレズ)だ! 黄色い救急車を呼べ!

 

 一通り沙楽の感触を楽しんだであろう千棘は、突如身を起こすと沙楽を抱きかかえた。所謂お姫様抱っこである。ふわりと浮く感覚にいよいよ沙楽は処理が追いつかなくなった。ロード中状態である。察しが悪いな、朴念仁。ハーレム物の主人公じゃあるまいし。そんなおバカなお姫様を尻目に千棘は息を深く吸うと胸を張り力強く宣言した。

 

「私、桐崎千棘は、一条沙楽と、婚約します!」

 

 常人の理解の範疇を超えた千棘ドクトリンの表明に場の空気が凍る。まるで時間が止められたかのようにその場にいた人々は一瞬、活動を停止していた。ザ・ワールド状態である。そして時は、一征の豪快な笑い声と共に動き出す。刹那、両陣営の構成員たちは口々に雄叫びのような叫び声を出し始めた。柄の悪い多種多様な見た目の雄たちが騒ぎ慌てふためく光景は地獄絵図であった。皆が混乱し錯乱状態にある中、クロードだけが必死に千棘を説得しようと試みる。

 

「お嬢、いけません! 同性愛だなんて、非生産的な!」

「何よ! どうして女の子同士で愛し合ってはいけないのっ!?」

 

 クロードの説得もむなしく千棘はより一層態度を硬化させた。話せばわかる? うるせぇ、くそして寝ろ! もはや修復は不可能だろう。千棘の開き直ったともいえる清々しさはどこか既視感のあるものであった。ふと沙楽は十年前のある出来事を思い出す。ある少女との楽しかった日々。それをなぜか今になって思い出したのだ。思い出の中の、顔も名前もわからぬ少女。その少女はがしりと沙楽の肩を掴むと力強く言い切った。

 

 『百合こそが正義なのよっ!』

 

 ふっと沙楽は菩薩のような笑みを浮かべて目を閉じる。そして目の前に思い浮かんだ想像上の少女を黒く塗りつぶした。世の中には二種類の人間がいる。普通の人と変態だ。そして後者は人の話を一切聞かない。それは目の前の金髪娘も、思い出の中の変態少女も同じだ。そんな輩に何を言っても無駄だ。かといって阿鼻叫喚に陥った現状を打開する手立てもない。いっそのこと全てなるようになってしまえ。沙楽はそう諦めると全てを千棘に委ね、寝ることにした。悲しいかな、一般人と境遇の異なる沙楽は、諦めることに慣れてしまっていた。全てが良い方向に向かうことを願いながら、騒然となる現世から沙楽は夢の世界へと堕ちていく。

 






一条 沙楽
「儚い極道の姫」
 ヤクザ「集英組」組長の一人娘。黒色の長髪。右側の前髪に白い髪飾りを着けており、「約束の女の子」からもらった鍵穴があるペンダントを現在でも肌身離さず持っている。血液型はA型。身長は155cm。容姿端麗であり、裏では「極道の姫君」とも呼ばれている。大人しい性格だが、義理や人情を重んじ仲間や家族のことを大事にする。やるときはやるタイプであり、意志も強くその生き様はまさに極道の姫。将来の夢は、一般人(ここ重要)の素敵な旦那様のお嫁さんになること。組員の食事も作っているため料理が大得意。頭がよく成績は上位。
 幼少期に約束した少女の顔や名前を忘れているが、約束だけはしっかりと覚えている。同性愛者ではない。
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