突如、凡矢理市に襲来した桐崎千棘というクレイジーサイコレズの猛攻により、心身ともに多大なるダメージを負った一条沙楽。状況が良くなることを祈りつつ沙楽は一度気を失った。しかし意識の戻った沙楽に新たな試練が降りかかるのであった。
『……きこえますか…沙楽よ…今…あなたの…脳に…直接…呼びかけています……』
周囲の見えない暗闇に、少女の声が響く。それを聞き沙楽はぼんやりと意識を取り戻した。
『私は天の声。あなたを導く存在です』
突然降って湧いてきた素性のわからない声に沙楽は戸惑う。しかし、どこか聞き覚えのある声は構わずに続けた。
『サウジアラビアにこんなことわざがあります。砂嵐の後の夜空は奇麗、というものです』
マイナーで胡散臭い格言を持ち出す自称天の声に沙楽は訝しむ。なるほど、わからん。なに言ってるんだお前、状態である。天の声は強引に続ける。
『私にも意味はわかりません。ただ一つ確実なことがあります』
そう言うと胡散臭いペテン師は、すぅと息を吸い、続きの言葉を紡いだ。
『桐崎千棘という素敵な少女に嫁入りしなさい。そうすることが今のあなたが幸せになる……』
頓珍漢なことをほざく声がする方向に、沙楽は無言でアイアンクローをした。
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「あばばばば……」
意識の戻った沙楽がまず初めに目にしたのは、自身のアイアンクローにより顔を掴まれた千棘のアホ面であった。沙楽の手により顔の両側を潰されていたため、タコのように唇を突き出していた。折角の美しい顔が台無しだ。しかし、残念だが当然の結果である。アホ面少女を冷めた目で見つめると、沙楽は問いかけた。
「……何してたの?」
「ちょ……ちょっと洗脳を……あばばばば!」
千棘は素直に犯行を告白した。それに伴い沙楽は握力を強める。馬鹿なの?死ぬの?黙秘権すら行使せず即座にゲロった千棘のお馬鹿っぷりに沙楽はため息をついた。しかし力は弱めない。やる時はやる娘なのです。
「お、お嬢。その辺にしておいてくだせえ」
徐々に紫色に変色していく千棘の無様な姿を見かねた竜が助け舟を出す。沙楽はじろりと彼を見つめた。不信感というべきか不快感というべきか。負の感情を込めて見つめてくる沙楽に竜はたじろぐ。何故こいつを部屋に入れた? 沙楽の表情は、そう問うているように思えた。
一瞬の間が生じた。ほんの一瞬。どんなに長く見積もろうと、その間は数秒だった。しかし、それは何時間にも及ぶものであったかのように竜は錯覚した。虚ろな目で不愉快さを露わにする我が姫君。そのあまりにも人間味を感じない姿に竜は恐怖を感じた。まるで処刑場で罪人の首を跳ね飛ばす処刑人のようだ。機械のように冷たくて容赦のない、冷徹な女帝であった。
「……ぎぶ……さら……ぎぶ……」
しかし千棘の腑抜けた声により、沙楽を中心に形成された不気味な空間が消滅する。死を覚悟した竜にとって、千棘は恩人であった。そして諸悪の根源も千棘である。これもうわかんねぇな。何にせよ、千棘のうめき声に気づいた沙楽は、いつもの雰囲気に戻るとアイアンクローを解除した。
ぽとりと畳に落ちた千棘は、げほげほと咳き込む。流石に心配になった竜は背中を擦ろうとするが、千棘に手で制された。しばらくして落ち着いた千棘は、軽く深呼吸をして呼吸を整える。そして沙楽の方を、キッと鋭く見ると叫んだ。
「沙楽! 未来の旦那さんにDVなんてしちゃダメだよっ!?」
「黙れ」
妄言を吐く精神異常者の脇腹に、沙楽は蹴りを入れる。ケリ姫、スウィート要素はない。蹴られた千棘は脇腹を抱えながら畳の上に蹲った。それなりに痛かったようだ。普段の沙楽からは想像もできないような暴力行為に、竜は驚く。
「え、えっと」
「……竜」
かける言葉が思い浮かばず、どもっていた竜の方を沙楽は向くと、ドスのきいた声で問うた。
「何故こいつを家にあげた?」
仁王立ちする少女のまとう怒気は恐ろしく、背後に怒り狂う龍がいるかのようであった。その姿を見た竜が、ちょっともらしちゃったのはナイショだ。刹那、憤怒の化身が降臨した処刑場で不気味な笑い声が響いた。それは足元に、無様に、転がる千棘から発せられたものであった。
「ふ、ふふふ……おバカな沙楽」
「はぁ?」
ゆらりとゾンビのように立ち上がった千棘は、薄気味悪い笑みを浮かべている。見方によってはジョジョ立ちに……いや、見えないな。とにかく、よくわからん微妙なポーズをとっていた。
「私は、ひっじょ~にダ・イ・ジなことを沙楽に伝えるために、ここにいるんだよ」
意味深な回答をして、不敵に笑う千棘。沙楽は訝しむ。一体、大事なこととはなんだろうか。緊張感が場を支配する中、すぅと一呼吸をおいた千棘は、満面の笑みを浮かべて沙楽に告げた。
「沙楽! 今度の週末デートしよっ!」
この後、(沙楽が)滅茶苦茶DVした。
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大騒動のあった週末、沙楽は千棘とお出かけすることになった。曰く、親睦を深めるための交流イベントだとか。もちろん、周囲には二人を守るべくギャングやヤクザが張り付いている。現に、二人をナンパしようとした男が複数人、強面のおじさんたちによって裏路地へと連れ込まれていた。
「えへへへ、どこいこっか?」
そんな周囲の光景を微塵も気にすることなく、脳内花畑娘千棘は能天気に話す。有名な女性向けブランドの真っ白なトップスと緑のストレートデニムを着ていた。彼女のスタイルの良さが出ており、モデルのような立ち姿は周囲の注目を集めている。一方、沙楽は薄いピンク色のシンプルなワンピースを身にまとっていた。茶色いローファーとニーソックスを穿いている姿は、いわゆる清楚なお嬢様のようであった。こちらも周りの人々の視線を釘づけにしていた。しかし笑顔は全く浮かべていない。不本意ながらこの場にいる沙楽は、じとりと能天気に笑う千棘を睨んだ。しかし彼女を睨んだところで、このイベントから逃れることが出来ない(実際、沙楽は何度か試みたが、敢え無く阻止された)。強いられてるんだ! 流石に諦めた沙楽は、はぁ、とため息を吐くとぽつりと呟く。
「……映画館に行きたい」
「え? 何か観たい映画でもあるの?」
呟きに反応した千棘の顔をちらりと見ると、沙楽はバツが悪そうに頬をかいた。顔はほんのり赤くなっている。しおらしくなった沙楽は目配せすると、ぼそりと映画のタイトルを呟いた。
「……ニャックスの大冒険」
「そっか、じゃあそれを観にいこっか!(結婚しよ)」
年齢の低い層向けの動物映画のタイトルを恥ずかしそうに言う沙楽を見て、千棘は心の中で結婚を決意する。別に今更じゃね?とか言わない。愛の確認は実際ダイジ。とにかく千棘が沙楽の手を掴むと二人は映画館へと向かった。そしてそれに続くアウトローなオジサマたち。その日、『ニャックスの大冒険』は、ちびっこと傷だらけの漢たちで満員であったという。
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映画を見終えた二人は近くの公園のベンチに並んで座っていた。余談だが周囲には自称護衛たちが隠れている。そのため先ほどから多くの少年・青年たちが二つの美しい華に声をかけることなく散っている。
「いやぁ、あの映画面白かったね!」
「…………ん……」
千棘の言葉に軽く同意する沙楽。そんな彼女は感動のあまり映画の途中で何度も泣いていた。また時には子供たちと一緒になって応援したり、笑ったりしていた。きっと彼女も映画自体は楽しかっただろう。ただその様子を一部始終、隣に座る金髪娘に見られていたため、今は恥ずかしさのあまりまともに話すこともできずにいる。一方、千棘は恋人に向ける様な甘くて優しい笑みを浮かべて沙楽のことを見つめていた。その視線の生暖かさが、沙楽は苦手だった。ベンチに座る二人は、見方によっては初々しいカップルのようである。
「あれ? 沙楽ちゃんと……桐崎さん?」
そんな二人に、ある少女が声をかける。ベンチに座っていた沙楽は、聞き覚えのある声に反応し思わず立ち上がった。
「……小咲?」
声の主を見ると、それは沙楽の友人である小野寺小咲であった。心底驚いた、という表情を浮かべると、小咲はいつも通りにこりと微笑む。
「こんなところで会うなんて奇遇だね。……二人で何してるの?」
こてんと、首を傾ける様は実に愛らしい。しかしどこか陰のようなものを今の小咲からは感じた。それはほんの僅かな、微々たるものであった。当然、愛しの少女とのお出かけにスーパー・ハイ・テンションな千棘には、感じ取ることなどできない。
「デートだよ!」
千棘は元気良く答える。その時、かすかに小咲の眉が動き、彼女の陰が増幅された。不信感?不快感?怒り?嫉妬?そういったドロドロとした負の感情の混ざり合ったナニカが、小咲から漏れ出た瞬間であった。しかしそのことに気づく者はいない。沙楽は千棘の首根っこを掴むと、彼女の左耳を自分の顔の近くに引き寄せた。
「お願いだから誤解を与えるようなことはしないで」
「こ……こわいよ沙楽」
ぼそりと小声で呟く沙楽に千棘は怯える。だって目がマジなんだもん。一流スナイパーも裸足で逃げる様な凄みのある瞳で千棘を睨む沙楽。
「折角の可愛いお顔が台無し……痛い痛い! 痛いよ沙楽!」
「わ・か・っ・た?」
「……はい」
内容はどうであれこそこそと相談する二人の姿は、何も知らない人からしたら仲睦まじいように見える。小咲も例外ではない。彼女は苦笑いをしながら尋ねた。ただし目は笑っていない。
「え、えーと……二人は付き合ってるのかな?」
「ちょ、違うよ!」
慌てて小咲の言葉を否定する千棘。その姿に小咲は首を傾げる。小野寺さん、あざとかわいい。そして千棘は満面の笑みを浮かべると、超大型の爆弾を落とした。
「付き合ってるんじゃなくて婚約してるの!」
想定外の言葉に小咲は固まった。エターナルフォースブリザード、相手は死ぬ。哀れ、小咲は笑顔のまま硬直してしまった! 一方千棘は、この世の幸せを独り占めしています!と言わんばかりに満面の笑みを浮かべている。殴りたい、この笑顔。頭がお花畑なだけあって自らが仕出かした罪がわからないようである。そして現状を正しく認識できている沙楽は真顔だ。表情からは感情が一切読み解けない。三者三様の顔をしているが、端的に言って正常とは思えない、異常事態であった。
何やら視線を感じた沙楽は隣に顔を向けた。見ると千棘が、太陽のように熱苦しくウザったい笑顔で、沙楽を見つめているではないか。さも誤解を解いたよ、褒めて!と言わんばかりの目をしている。それに気づいた沙楽はにこりと微笑んだ。愛くるしい、天使のような笑みである。その可憐な笑顔に反応し、千棘の幸せオーラが濃くなった。天使からご褒美をもらえると思ったのだろう。
が、次の瞬間、悲痛な叫び声をあげると、千棘は地面をのた打ち回った。悲鳴があがる直前、足元で、ぐしゃり、という悍ましい音がした。沙楽がローファーで千棘の左足を踏みつけた音だ。嗚呼、何と残酷な天使だろうか。微笑みを浮かべながら天罰を下すその姿は、無意識のうちに昆虫を蹂躙する無邪気な子供のようである。慈悲はない。蜘蛛の糸とは何だったのだろうか。
未だにあーあー叫びながら転げまわる千棘。残念だが当然の結果である。悪と愚者は滅びる運命なのだ。現実は非情だった。それは地面とダンスしている大馬鹿者にだけでなく、被害者である沙楽に対してもである。悲しきかな、阿呆に罰を下したところで誤解が晴れるわけではないのだ。
「おかしい。こんなことは許されない……」
見事に誤解した小咲は、ぼそぼそと淀んだ眼で呟いていた。何かに憑りつかれたように、その愛らしい唇から、聞き取ることのできない呪詛めいた言葉を延々と垂れ流している。ひくわー、小野寺さんマジひくわー。これには中学以来の友人である沙楽も若干引いた。親友の知らない面が知れたからといって、友情が深まるとは限らないということがここに証明されたのである。
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波乱のデートは夕方まで続いた。結局、あの後小咲は一人でふらりとどこかへと消えてしまった。果たして彼女は大丈夫だろうか。沙楽はそう心配しながら歩いていたが、気付くと自宅の門の前に到着した。隣には微笑んでいる千棘がいる。その姿はさながら家までお嬢様をエスコートする紳士のようである。変態淑女なのに、変態淑女なのに。
その姿を見た沙楽はふと今日の「デート」を振り返ってみる。千棘は終始、沙楽のことを優先してくれていた。それは映画、次の行き先、果てはランチのメニューまで、沙楽のために選択していたことからも察することが出来る。色々と考え直すと、今日の彼女の行動は全て沙楽を楽しませるためであるように思えた。そしてその優しさに沙楽は甘えてきっていた。久しぶりに我儘を他人に沢山言った気がする。沙楽はそう思うと胸に手を当てた。そんな彼女に一体自分は何をしてやれただろうか?その自問自答にちくりと胸が痛む。何も思いつかないからだ。自分が今までにしてやれたこと、あるいはこれから彼女のためにお礼としてできること。沙楽は唇をきゅっと噛みしめる。
「……ねぇ、桐崎さん」
「えっ……な、何かな!?」
決意をこめて千棘の苗字を呼ぶ沙楽。その声に反応した千棘は一瞬、悲しげな表情になる。しかしかぶりを振ると満面の笑みを無理矢理浮かべた。
「……ありがと」
バツが悪そうにお礼を手短に述べる沙楽。照れを隠すかのようにぶっきらぼうな声で、目をそらしながら、手をスカートと黒髪に添えている。笑顔すら浮かべていない、お粗末なお礼に千棘は一瞬、呆ける。ほんの数秒だろう。静寂が場を支配し、優しい春の風が二人の少女の髪をゆらしている。不意に千棘は吹き出すと、腹を抱えて大笑いし始めた。その姿に沙楽は困惑するしかない。笑いの収まった千棘は、目尻にたまった涙を拭うと屈託のない笑みを浮かべた。
「本当に可愛いね、沙楽!」
無邪気な笑みを見せる千棘にどきりとした沙楽は、その感情を打ち消そうと眉を寄せる。そして少しだけ頬を膨らませ、拗ねた。
「……なによ」
沙楽は不服そうにぽつりと呟く。そんな少女に一歩近づくと千棘は、手をお姫様の頭に添えて軽く撫でた。
「そういうところが 」
そして、沙楽の顔を引き寄せると。
「 大好きだよ」
軽く頬にキスをした。突然の事態に沙楽はぽかんと口を開ける。そんな沙楽に微笑むと千棘は彼女から離れた。
「とりあえず、今はこれだけで許したげる!」
そう言って舌をちろりと出すと、千棘は立ち去って行く。一瞬遅れて状況を理解した沙楽は、力なくその場にへたり込んだ。しばらくの間、ぼーっと婚約者様の去って行った方角を眺めていた。ふと、指で千棘に口づけされた場所をなぞる。脳裏に浮かぶのは先ほどまで一緒にいたはずの、少し色っぽい、落ち着いた雰囲気を纏った金髪の美少女。そしてほんの一瞬だけ、一人の女の子と真っ黒に塗りつぶされたナニカが思い浮かんだ。
「なんなのよ……もう……」
両手で顔面を覆う。顔は熱く、恐らく真っ赤だろう。一体どのような顔をして家に帰れと言うのだろうか。思わず沙楽は罵倒した。
「ばか……」
夕日に照らされた少女は、独り門の前で呟く。その姿は、ほんの少しだけ、少女漫画に登場する乙女たちと似ていた。
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沈みかけの夕日に照らされ、周囲は茜色に染まっている。簡素な住宅街は静寂に包まれており、人はおろか鳥や動物たちの鳴き声も聞こえない。そこは非日常的な空間ではあったが、気味の悪い不気味さもなく、むしろ幻想的であった。そのような普段とは異なる雰囲気の道を、小野寺小咲は独り歩いていた。
「ふふふ、そっかぁ……」
小咲は何かに憑りつかれたかのように呟くと、焦点の定まらない虚無的な眼で空を見上げた。ぼんやりと、生気を抜かれた亡者のように。
「沙楽ちゃんも本当はこっち側の人間だったんだね」
口角をあげると愛おしそうに言葉を発する。心底嬉しそうに呟く少女の眼には既に光がない。しかし生気のない姿とは裏腹に、彼女は楽しげな雰囲気を纏っている。そして少女はにんまりと笑みを浮かべた。狂人のように薄気味の悪い笑みを。
「でもね……、ポッと出の女なんかに渡さないんだから」
闇に満ちていく黄昏の中、ケラケラと狂気めいた笑い声が響く。得体の知れぬ魔が世紀末を祝福するかのように。少女の首にぶら下がっている鍵がゆらりと揺れて鈍く光る。鳴り響く悪魔の笑い声に呼応するかのように。
「待っていてね、沙楽ちゃん」
一条沙楽の受難は始まったばかりであった。
匙黒さん、あははのはさん、シア中尉さん:感想ありがとうございます。いつもニヤニヤしながら読んでいます。
また、多数のお気に入りありがとうございます。励みになっています。
5か月経って、まさか続くとは(自分でも)思っていませんでした。また時間があれば何か書きたいです。
では。