霧の湖を越えると見えてくる赤い館。
言わずと知れた紅魔館である。
かつて、ここの主が異変を起こし、幻想郷が赤い霧に包まれたことがあった。
その異変は博麗の巫女が解決し、それ以来、紅魔館も大きな動きをすることはなくなっていた。
そんな紅魔館から、今日は随分と鋭い殺気に似た何かを感じる。
紅魔館の客間では、一十百とレミリア・スカーレットが向かい合って座っていた。
「今回の異変、私が起こした、と疑っている様ね」
「レミリアさんなら、運命を操って四季の花を一斉に開花することも可能ですよね」
「ええ。不可能ではないわ」
ぴりぴりとした空気が二人の間に流れる。
一十百がレミリアをじっと見る。
「お花見がしたいだけで異変を起こした。まさかとは思いますが、そんなことはしてないですよね」
「せっかく暖かくなってきたのだし、紅魔館で花見も悪くないと思うけど」
「お花見のためだけに、これだけの異変を起こす……。もしも、レミリアさんが異変の首謀者だったら、それなりの覚悟をしてもらいますよ」
「あら、面白いことを言ってくれるわね、一十百。もしも、私が首謀者だったら、どうするつもりかしら」
ギラリとレミリア・スカーレットの瞳が光る。
警戒するように、一十百の纏う雰囲気が少しだけ鋭いものになる。
二人の間に、電撃が走るのではないかと思える空間が出来上がる。
しかし、紅魔館から漏れだしている殺気のようなものは、この二人が原因ではなかった。
「………」
「………」
「……あの~、文さん、フランちゃん、腕がすこし痛いです」
一十百の右隣に射命丸文、左隣にフランドール・スカーレットが座っている。
その二人が一十百の右腕と左腕をギュッと抱えている。
二人ともニコニコ微笑んでいるのだが、その微笑が表面上の物であるのは明白だった。
先ほどから一十百を挟んで、恐ろしいオーラのようなものがぶつかり合っているのだ。
レミリアと一十百の空間を猫がじゃれあっているようなものとするなら、文とフランの空間は鳳凰と魔王が世界の存亡をかけて戦っているような、そんな空間なのだ。
電撃が走るどころではなく、死神や天使がぶつかり合ってるのが見えてくるような状態になりつつある。
「その、今回の異変に、私は関係ないわよぅ……、う~」
「レミリアさん、カリスマオーラが消えかけてます! もう少しですから、頑張ってください」
涙目になりつつあるレミリアを、一十百が励ます。
修羅場や恋愛事情に致命的なほど鈍感な一十百は、今自分を挟んで恐ろしい空間が存在していることに全く気が付いていない。
そのためなのか、然したる影響はない。
しかし、レミリアの場合はそうもいかない。
恐ろしい空間と、凶悪なオーラのような物のぶつかり合いが見えてしまっているのだ。
カリスマどころではないのだ。
逃げ出さないだけでも、十分立派である。
「だって、あなたのまわりの空間が怖す……」
「お姉さま。少し静かにしてて」
「はぃ」
真紅に染まったフランの瞳に睨まれ、レミリアからプシューと抜けてはいけない何かが抜けていった。
「う~……、咲夜ぁ、この空間をどうにかしてぇ」
助けを乞うように咲夜がいるはずの方を見るが、そこには静かな空間が広がっているだけだ。
「咲夜さんなら、今さっきお茶を持ってくるために、退出なされましたけど」
「なんで一人にするのよぉ……」
レミリアはグッと帽子を深くかぶり、小さくなってしまった。
「フランさん。随分、十百さんにくっつきますね」
「こうしないと、あなたに取られちゃいそうだから」
「十百さんは、あなたの物ではないでしょうに」
「同じ言葉をかえしてあげる。十百はあなたの物でもないよ」
「「…………」」
バチィィィと、何かが弾ける音が聞こえてきそうな会話だ。
当の本人である一十百は、何のことを言っているのか、さっぱりと言った表情を浮かべている。
このままではレミリアの精神値がガリガリと削れていくだけの不毛な空間になってしまう。
そこへ天の助けか、咲夜が紅茶を乗せたカートを押して入室してきた。
部屋の雰囲気と、一十百の状態を見て咲夜は苦笑いを浮かべる。
「あら、十百君。大変そうね」
「まあ、そこまで大変ではないのですけど……。ほら、文さんも、フランちゃんも、咲夜さんが紅茶を持ってきてくれましたから、一旦手を離してください」
「まあ、十百さんがそう言うなら……」
「しょうがないなぁ」
そう言って、二人は一十百の腕を離す。
やっと両手が自由になった一十百は一度大きく伸びをした。
「えと、それで、レミリアさん。今回の異変には全く関わっていないんですよね」
「関わってないわ。紅魔館中の花という花が咲いたのには驚いたけど、特に行動を起こすつもりもなかったわ」
レミリアはスッと紅茶を飲みながら答える。
先ほど抜けてしまった何かも戻ってきたようで、それなりに貫録のある雰囲気を纏っている。
「それにしても、今日は随分と攻め気な感じだったわね。一十百、あなたにしては珍しいじゃない」
「う~ん、レミリアさん的に、こっち方が何となくいいんじゃないかと思いまして」
「まあ、その、否定はしないわ。久しぶりにピリピリした話し合いを楽しめたし」
フッと軽くレミリアは微笑む。
なんだかんだ言って、一番ノリノリであったのはレミリア・スカーレットのようだ。
もしも、フランと文がいなければ、異変に全く関わっていないのに、悪役を演じて一十百の前に立ちはだかったかもしれない。
「さてと、ここに異変の首謀者がいないとわかった以上、長居する必要はありませんね。次へ行きましょう十百さん」
「そうですね。紅茶、ありがとうございます」
ペコリと一礼して、一十百が立ち上がろうとする。
そのとき、グッと服の袖が引かれた。
引かれた袖の先を見ると、フランドール・スカーレットがギュッと袖を握りしめていた。
どことなく赤い瞳が潤んでいるようにも見えた。
「どうしたのフランちゃん?」
「十百、ちょっと……話したいことがあるの」
「話したいこと? ここじゃダメな話なの?」
「……うん」
一十百は、袖を握っていたフランの手をそっと包むように取る。
そして、にっこり微笑んだ。
「あまり長くはいられないけど、フランちゃんの頼みだし、少しならいいよ」
「本当!? ありがと、十百! こっち!」
ぱぁあ、と表情が明るくなったフランに手を引かれ、一十百は一旦部屋を退出することになった。
一十百が退出したのち、文は悔しそうにペンを握りしめる。
「今、十百さん……、少しも悩まずに! ノータイムで! フランさんの手を取りましたね」
「いや、そこまで強調しなくても……」
レミリアは呆れたようにため息を吐く。
それを見てか、射命丸文はビシッとレミリアにペンを突き付ける。
「レミリアさん! いつの間にフランさんはあんなに十百さんと距離を縮めていたのですか?」
「へっ? ……いや、フランと一十百は、そういう関係じゃないと思うわよ」
「ああっ、こういう話はレミリアさんではダメですか。なら……」
バッと射命丸文が振り向く。
その視線の先は、メイド長の十六夜咲夜。
「私に尋ねたところで、それほど納得のいく答えは出てこないわよ」
「それでも、少なくともレミリアさんに尋ねるよりは、幾分かマシな答えが返ってきそうですから」
グッと体を乗り出し、射命丸文が尋ねる。
十六夜咲夜は、軽く腕組みをし目を閉じる。
「そうね……。お嬢様が言うように、妹様と十百君の関係は、あなたの考えているようなものではないわよ」
「いや、しかしですね……。十百さんはともかく、フランさんのあの目。あの目は間違いなく十百さんを手中に収めようとしている者の目でした」
「まあ、そうなるのかもしれないわ。妹様にしてみれば、数少ない友人の一人ですから」
それを聞いて、射命丸文はハッとした表情を浮かべる。
いままでフランドール・スカーレットがどういう生活を送ってきたのか、情報通の射命丸文は知っている。
長い間、地下に幽閉されていた……、確かそうでしたね。
そうなると、気の許せる友人など作ることができなかったはずです。
フランさんにとって、十百さんはかけがえのない友人……。
それなら、あれだけ本気になるのもわかります。
大切な友人を取られそうになれば、必死になって引き止めたくもなります。
もし私が同じ状況だったとしたら、あれほど冷静ではいられなかったでしょう。
……少し、大人げなかったですね。
射命丸文は、そっとペンをしまい、軽く俯く。
「少しは分かってくれたみたいね」
「ええ。自分のことに手一杯で、フランさんの事を少し軽視しすぎてしまっていたようです」
そう言って、射命丸文は一十百とフランが出ていった扉へと向かう。
「誤解を解いてから出発しても、十分すぎるほど時間はありますから……。一度、フランさんに声をかけていきます」
「そうしてくれると助かるわ。私がフォローしても、あまり効果はなさそうだし。咲夜、念のためにフランの所まで一緒に着いていって」
咲夜と文がゆっくりとフランの部屋まで向かって行く。
「それにしても、十百君に話って、なんなのかしら?」
「私に取られないように、何か言うつもりなんでしょうか」
「それなら逆にあの場で言った方が効果的だと思うけど……」
「それもそうですね……」
二人が話しながら歩いていくと、フランドール・スカーレットの部屋が見えてきた。
どうやら、扉が閉まりきっておらず、少しだけ開いている。
「おや、これなら、中をのぞくことが出来そうです」
「貴女ねぇ……。誤解を解くんじゃなかったのかしら?」
「それもそうですが、何をしているのかも気になります」
射命丸文は、そっと扉の隙間から覗き見る。
それなりのネタになりそうなら、誤解を解いた後でしっかりと新聞に載せさせていただきます。
しかし、中をのぞき見た瞬間、ピシッと文が固まった。
「どうしたのよ。そんなに硬直して」
「………」
返事がない。
どうしたのかと、咲夜もそっと扉越しにのぞいてみる。
すると……。
「……えっ」
咲夜の目に、飛び込んできた光景。
それは、一十百とフランドール・スカーレットが抱き合っているものだった。
一十百は立膝のような格好でフランの背中に手を回し、しっかりと支えている様な状態だ。
角度的にフランの顔は見えないが、一十百の肩の辺りに顔をうずめているように見える。
何かの見間違いだと、咲夜は言ったん二人から視線を逸らす。
いくらなんでも、こういう状況にはならないはず。
そう、ちょっと疲れてるのね。
大きく深呼吸をし、もう一度部屋の中をのぞく。
状況は……変わっていなかった。
「……これは、どうなってるの?」
「私が知りたいですよ!」
ダンと床を強く踏み、文は扉に手をかける。
こうなったら、思いっきり扉を開けて、この雰囲気を粉々に打ち砕くしかないですね。
フッフッフ……、覚悟はできましたか!
許されないんですよ、そんな甘い空間は!
「二人とも! 何をやって……」
バンと音を立てて扉が開かれる。
「ぷはぁ~。ごちそうさま、十百」
思いっきり扉が開いたのとほぼ同時にフランが顔を上げた。
どことなく、顔がつやつやしている。
「あれ、文さん。迎えに来てくれたんですか? 部屋で待っていてくれれば、迎えに行きましたのに」
扉を開けた姿勢のまま硬直している文に向けて一十百が話しかける。
しかし、射命丸文は何かに気が付いたようで、まったく反応がない。
代わりに隣にいた咲夜が反応する。
「……えっと、十百君。今、何をやっていたの? それに、妹様の言ってたご馳走様って……」
「フランちゃんがどうしても僕の血を飲んでみたいと言ったので、飲ませてあげていたところです」
「うん! 不思議な血だったよ! 味は薄いんだけど、身体全身が満たされていくみたいな、そんな感じの血だった」
にこっと笑ったフランの口元に少しだけ赤い液体が付いている。
さっきのはもしかして……、抱き合ってたんじゃなくて、吸血をしていただけ?
そう理解すると、どっと疲れが押し寄せてきた。
今の一瞬の間に、思いっきり精神をすり減らした気がする。
咲夜は、大きなため息を吐く。
「十百君……」
「何でしょうか?」
キョトンとした表情で一十百が振り向く。
その表情を見て咲夜は、ゆっくりと息を吸う。
そして……。
「紛らわしいじゃないの! 今ので、今日一日分の体力を持って行かれた気がするわ!」
「ふえっ!? え、え? えと、何のことですか?」
「あ~、もう! この一投は、あまんじて受けなさい!」
思いっきりナイフを投げたのだった。
今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋
異変の首謀者の可能性その二:紅魔館の主である、レミリアさんの能力を使い、一斉に花が咲き乱れる運命にしたという可能性でした。まあ、もちろんそんなことはありませんでしたけど……。by文 レミリアさんが意外とノリノリで、悪役を演じていましたね。by一十百 カリスマオーラが溢れていたでしょ?byレミリア 途中までは、ばっちりだったよ、お姉さま。byフラン
一十百の血:普通の人間の血とは違って、全身にじわ~って広がっていく感じだった。お腹がいっぱいになるってよりも、身体が満たされていく、って方が近いかな。あの金髪のお姉さんが言っていた通りだったよ。byフラン フランちゃんは、僕の主と会ったことがあるそうです。by一十百 あのお祭りの時に、それらしい人がいたらしいわ。byレミリア
吸血行為:フランちゃんがどうしても、ということで僕の血を飲ませてあげました。でもなぜかその後、咲夜さんに怒られました。文さんは固まったままだったし、何かまずいことでもあったのでしょうか?by一十百 お嬢様になんて言おうかとか、妹様本気ですかとか、あの一瞬、本気で悩まされたわ。by咲夜