一十百と射命丸文は鈴蘭の咲き乱れた丘を後にし、真っ直ぐに進んでいく。
小さな山を越え、森を抜け、ようやく目的地に到着した。
「うわぁ……」
一十百が感嘆の声を上げる。
そこには一面の向日葵畑が存在していた。
先ほどの鈴蘭にも驚かされたが、迫力としてはこちらの方が断然上だ。
春の日差しに包まれ、大輪の向日葵が風に揺られている。
「これはすごいです……って、あれ? 文さん?」
一緒にいたはずの射命丸文がいない。
振り返ると、少し離れた木の陰から向日葵畑の様子をうかがうように、こちらを見ている。
「文さん、どうしたんですか?」
「……十百さん。ここが今回の異変の首謀者がいる可能性が最も高い場所、『太陽の畑』です。名前の由来は……まあ言わなくてもお分かりいただけますよね」
一十百もわかっているようで頷く。
「この畑を管理している妖怪こそ、今回の異変の首謀者であり、名だたる妖怪たちを微笑を浮かべながら屠ってきた大妖怪……」
「あら、随分な言われようじゃない?」
一十百の後ろから、透き通った声が聞こえてくる。
声の質からして女性の物だろう。
その声を聞いた射命丸文はビクッと震え、木の陰に隠れる。
一十百が振り返ると、そこには不服そうな表情で一人の女性が立っていた。
背はかなり高い。
白いブラウスの上に、赤と白のチェックの上着を着用し、上着と同じ柄のスカートをはいている。
鮮やかな若草を思い起こさせる緑色の髪と、大妖怪という格付けが誤ったものでないと確信させるような、鋭い光を灯した赤い瞳。
そして、日差しを遮りつつも、どこか暖かな印象を受ける大きな日傘。
一見すると、穏やかそうで素敵な女性だ。
しかし、やはりというべきか、体に纏っている雰囲気が明らかに違う。
相手を射殺すような、そんな雰囲気を纏っている。
「十、十百さん。そこにいる人こそ、私がさっき言っていた太陽の畑を管理している妖怪の、風見幽香、その人です」
「あら、誰かと思えば、どこぞのゴシップ天狗じゃない。それと……!!」
風見幽香の瞳が大きく見開かれる。
間違いなく、その瞳は一十百を見ている。
「あなた……、その服、誰からもらったの?」
「これですか? これは、僕のお手製ですよ」
一十百は紫色のジャンパーの裾を掴み、そう言った。
「手製、そう……。まあ、そうよね」
風見幽香と呼ばれた女性が、少し残念そうな表情を浮かべる。
それを見て一十百は尋ねる。
「このジャンパーが何か?」
「それそっくりの物を、私の友人が着ていたから。てっきり、近くまで来ているのかと思っただけ」
「これそっくりの物を、ですか……」
一十百は自分の着ているジャンパーを見る。
もうすぐ幻想郷に来て二年になるが、これに似た服装の人を見たことがない。
そうなると、かなり前に幻想郷を去っていった人……と言うことになるんでしょうか。
自分のジャンパーを見てそんなことを考える。
「手製だったわね、それ。 ……あなたの母親から譲ってもらった、ってわけでもないわよね」
「はい。このジャンパーは僕が小さいころ作ったものですから、たぶん一着しかないもののはずです」
「そう……」
小さくため息をついて、風見幽香は日傘を閉じた。
「さてと、それで、あなたはそこの天狗と一緒に、ここに何の用で来たのかしら?」
「えと、今回の異変の首謀者がここにいる可能性があるということで、ここまで足を延ばしました」
「異変の首謀者ねぇ……」
風見幽香は後ろの向日葵畑を見る。
春先だというのに、大輪の向日葵が咲き誇っている。
確かにこれなら、異変の首謀者に間違われても文句は言えないわね……。
「四季のフラワーマスターと呼ばれる貴女なら、こんな風に四季の花を一斉に開花させることも可能でしょう」
木の陰から射命丸文がそう口添えする。
「まあ、確かに、不可能ではないわよ。それで? 私が仮に首謀者だったら、どうするつもりかしら?」
「異変を止めるように説得します!」
一十百が軽く自分の胸に手を当ててそう答える。
「異変を止めるのを断ったらどうするつもり?」
「あまり乗り気ではないですけど、実力行使で止めさせて見せます」
「十百さん!? それは……」
射命丸文が制止させようとしたが、一歩遅かったようだ。
一十百の言葉を聞いた風見幽香は、口の端をニヤリとあげ、目を細める。
「なら、止めてもらいましょうか、実力行使とやらで」
閉じた日傘を一十百の方に向ける。
「あなたは普通の弾幕勝負と、接近戦ありの弾幕勝負、どっちが得意かしら?」
「えっ? ……う~ん、後者です」
一十百にしてみれば、通常弾幕が撃てない以上、どう考えても普通の弾幕勝負では分が悪い。
しかし、接近戦がありとなれば、通常弾幕が撃てない分、接近戦でカバーできる。
幻想郷では、あまりこの手の弾幕勝負は起こらない。
徒手とはいえ、残機等のルールがあいまいになる分、大けがにつながりやすい。
この手の勝負を得意とするのは、鬼の萃香と紅魔館の門番である美鈴くらいなものだ。
「あら、見た目によらず、随分と好戦的なのね。いいわ」
クルリと日傘を一回転させ、構えなおす。
そのまま、軽く拳を構えたため、一十百は驚く。
「えっ!? あの、幽香さん。危なくないですか? 一応、それなりに全力でお相手するつもりですけど……」
一十百が何を心配しているのかは、だいたい予想が付いた。
風見幽香は、やれやれといったように射命丸文の方を見る。
「そこの天狗。この十百とかいう子に、私の事何も教えてないの?」
「教えてませんよ。十百さんは正直ですから、下手に何か教えると、あなたの逆鱗に触れかねません」
「ほぅ……。何を教えるつもりだったのか、少し問いただしたいわね」
ニコォと風見幽香が微笑む。
顔の上半分が暗い影に覆われ、覚悟はいいかと言ったような微笑だ。
しまったと、射命丸文が木の陰に隠れる。
隠れたまま頭だけを出して、一十百に助言をする。
「十百さん、気を付けてください! そこの風見幽香さんは、見た目とは裏腹に、恐ろしいほど接近戦に長けています! ……というか、暴力に長けて……」
そこまで言った瞬間、射命丸文の真横を、巨大な光線が通過していった。
直撃こそしなかったものの、近くで見ていた文は、へたへたと腰を抜かす。
日傘の先から煙のようなものが上がっている。
どうやら、日傘が銃口の代わりになっているようだ。
「今のは……、魔理沙さんのマスタースパークにそっくり……」
「それは違うわ。あの魔法使いが私のを真似たのよ」
そう言って、風見幽香は日傘を地面に突き立てた。
「これはあなたには必要ないけどね」
「むっ、ハンデですか?」
「それで納得できないなら……」
軽く拳を握った幽香の姿が消える。
「嫌でも使わせてみなさい!」
目の前にいた幽香の声が後ろから響く。
握った拳を容赦なく一十百目掛けて振りぬく。
しかし、声を発したその一瞬を無駄にはしない一十百。
左足を軸にし半回転しつつ、左腕を薙ぎ払うようにふるう。
向日葵畑に破裂音のような音が響き渡る。
「くっ……」
「このっ!」
僅かな力の差で、風見幽香が吹き飛ばされた。
しかし、それほど大きな痛手ではないようで、吹き飛ばされつつも、あっさりと空中で体勢を立て直す。
……見た目によらず、なんて力。
それに、あの反応の速さも、並みじゃない。
ふふっ、面白くなってきたわね。
ニヤリと微笑みを浮かべた風見幽香の足が地面に付く。
その瞬間、土煙が立ちのぼる。
着地と同時に、地面を踏み込み、一気に一十百との距離を詰めにかかったようだ。
対する一十百は、先ほどの一撃を相当強く撃ち込んだようで、その反動で身体が一時的に痺れてしまったようだ。
その隙を見逃すほど風見幽香は甘くない。
勢いを殺さず、そのまま薙ぎ払うように、鋭い蹴りが一十百の身体にたたき込まれる。
「あぐっ……」
小柄な一十百の身体が宙に浮き、そのまま近くの木まで吹き飛ぶ。
どう見ても、一十百の方が致命的な一撃を受けたように見えた。
風見幽香は蹴り抜いた足を地面にゆっくり下ろす。
そのとき、蹴り抜いたはずの足に痛みが走る。
……今、私は何を蹴った?
人間、そう、ただの人間を蹴った。
普通の人間なら、肋骨数本が折れ、血反吐を掃いてのた打ち回るはず。
それなのに、この足の痛みは、まるで鉄の塊を蹴ってしまったような、そんな痛み。
一体何が、どうなって……。
幽香が反射的に蹴り抜いた相手の方を見る。
「まさかっ!」
幽香の視線の先、容赦なく吹き飛ばされたはずの一十百が空中で半回転、叩きつけられるはずの木を垂直に踏み蹴る。
ベキッと太い幹がきしむ音が響く。
次の瞬間、一十百の姿が消えた。
「どこに行……」
追撃をするため、風見幽香が一歩踏み出す。
そのときになって、一十百が目の前にいたのに気が付いた。
小柄な一十百の体格は、背の高い幽香の視界に入らなかったようだ。
「やああっ!!」
一十百が斜め下から掬うように掌底を放つ。
身体を反らせることで、何とかその一撃をかわす幽香。
しかし、拳撃によって巻き上げられた大気が幽香を弾き、元いた位置の辺りまで押し戻した。
「う~ん、今の、結構うまく狙ったはずだったのに……」
一十百がスッと幽香の方に向き直る。
この幽香さんって人……強い。
腕とか足とか、普通の人と変わらないくらい細いのに、そこらの妖怪とは比べ物にならないほど重い一撃が飛んでくる。
下手にスペルカードを使うと、その隙を突かれて一気に押し切られるかもしれません。
かなり辛いですけど、幽香さんの足が止まるか、大ぶりの一撃をした直後を狙えるまで、スペルカードは封印しておきましょう。
それまでは、何とか接近戦で持ちこたえないと……。
厳しい一戦になりそうです。
一十百はゆっくりと右足を引き、左半身を前に出すような構えを取った。
一方、風見幽香は一十百に対する警戒心を強めていた。
さっきの蹴りを受けて、何ともない……。
いや、それどころか、即座に反撃してくるなんて。
それに、ただ頑丈なだけじゃない。
あの一撃……、直撃を避けられたからよかったものの、もし当たっていたら少し危なかった。
本当に、人間かどうか疑いたくなるわ……。
……そういえば、前に同じことを考えさせられた事があったわね。
あの時の相手も、同じ紫色の服を着ていたっけ……。
ふふっ、と風見幽香は笑みをこぼす。
そして、近くに突き刺さっている日傘を手に取った。
「あれ? それ、僕相手には使わないんじゃ……」
「私の蹴りをもろに受けて、あっさり反撃してくる相手に手加減をすると思う?」
「えっ、えと、あれはその……」
「謙遜する必要はないわよ。少しは認めてあげるわ、その実力」
地面に突き立てられた日傘が引き抜かれる。
「だから、久しぶりに全力で、叩きのめしてあげる」
「えと、お、お手柔らかに……」
黒い笑みを浮かべた風見幽香が構えた日傘に光が集まっていく。
そして、第二ラウンドの開始の合図だと言わんばかりに、巨大な光の砲撃が放たれた。
今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋
異変の首謀者の可能性その三:太陽の畑にいる四季のフラワーマスター、風見幽香が異変を起こしたという可能性です。花にまつわる異変ならまず彼女を一番に疑うのが本筋でしょう。しかし……、実際に確かめに行くのは命がけです。無駄足になってもいいので、無事に帰れるといいのですが……。by文 無事に帰れると思っているなら、それは随分と甘い考え方ね。by幽香
風見幽香:太陽の畑に住む、四季のフラワーマスターさんです。若草のような緑色の髪、その髪に似合う赤いチェックの洋服とスカート、大きな日傘を差した女性です。文さんが言うには、かなり好戦的な女性で、危険らしいです。でも、こういう女性って、本当はとても優しいんですよね。by一十百 この状況で、よくそう思えますね……。by文 そのジャンパーにしても、あなたの実力にしても、彼女を思い出すわね……。by幽香
太陽の畑:妖怪の山の真逆にある、大きな向日葵畑です。一面、背の高い向日葵が咲き誇り、見る者を圧倒します。本来は夏の間しかこの景色は見られないそうなんですが、幽香さんの気まぐれで春と秋に咲き乱れたりするそうです。by一十百 別名、ゆうかりんラン……いえ、何でもありません。by文 何か言ったかしら?by幽香