三途の川、それを何往復したか分からない。
それほどの量の幽霊を今日一日で彼岸に送り届けた。
しかし……。
「いや~、これはさすがにくたびれるよ」
「はい、そこ! 休まず働く!」
霊夢の号令が三途の川に響く。
霊夢からすれば、さっさと異変を終わらせて帰りたいのだ。
しかし、この死神、サボり癖があるようで、しっかり監視しておかないと、いつまた昼寝を始めるか分からない。
手を腰に当て、面倒くさそうに声を上げる。
「私だってさっさと帰りたいんだから、テキパキ働く!」
「やれやれ……。ちょいと、そっちの十百だっけ? あんたからも何か言ってやってくれないかい?」
助けを求めるように、小野塚小町が一十百の方を見る。
先ほど親しげに話していたのだから、少しくらい歯止めになってくれるはず。
せめて休憩する時間くらいは……。
そんな淡い期待を込めて一十百の方に視線を投げかけると……。
「一つ積んでは主のため。一つ積んでは友のため……」
着々と、河原の石を小さな塔のように積んでいる。
「いや、縁起でもないから、やめなよ」
「せっかく賽の河原に来たのですから一応……」
そう言いつつ、なお着々と石を積む。
「一つ積んでは……」
「夢想封印!」
バァアンという音と共に、一十百の目の前にあった石の塔は粉々に砕け散った。
「ああっ! 霊夢さん、ダメですよ。これは賽の河原にいる鬼に壊してもらう予定なんですから」
「縁起でもないことしてるんじゃないわよ、まったく。それに、そういうことをやってると、そこの死神が変に興味を持って、働かなくなるじゃない」
「小町さんなら大丈夫ですよ。きっと、頑張ってくれます」
「その根拠はどこから出てくるのよ……」
やれやれと霊夢は軽く首を振った。
だんだんと日も傾き、三途の川に午後の日差しが差し込んでくる。
数時間休まず幽霊を送り続けた小町だが、さすがに疲れたのか小舟に軽く横になってしまった。
それを見た霊夢は即座に注意しに向かう。
「コラ! まだこんなにいるんだから、休まないの」
「これ以上休みなしで続けたら過労死しちまうよ。このままだと、あたいがこの船に運ばれるかもしれない」
「何を訳の分からないことを言ってるのよ」
「それに、今日は珍しく四季様がきてな……」
「私が、なんですか小町?」
少女のような高い声でありながら、威厳を含んだ声が後ろから聞こえてきた。
ビクッとその声に小町が反応する。
何か、聞いてはいけないような声を聞いてしまったかのような反応だ。
霊夢が振り返るとそこには、立派な帽子をかぶった緑色の少女が立っていた。
「珍しく小町が真面目に幽霊を送ってきていると思ってきてみれば、いつもと変わらず昼寝ですか」
「いえ、さっきまではしっかりと働いていたんですよ! 本当なんですって!」
「言い訳は分かりました。小町、あなたはすぐに仕事に戻りなさい」
「はい……」
一つ深いため息を吐いて、小野塚小町は舟をこぎ出した。
いつものお説教がこなかっただけ、運が良かったのかねぇ……。
そういや、前に四季様が十百の名前を出していた気がしたけど、あれはいつだったっけ?
まあ、ただの人間の事だし、それほど大したことじゃないのだろうけど……。
「それで、アンタは何者? あの死神のボスみたいなのかしら?」
「わかりやすく言えばそんなところ。私は四季映姫。この幻想郷の……」
「あれ、霊夢さん。そちらの方は?」
緑色の髪の少女が名のっている途中、一十百が霊夢の方に向かっていく。
その姿を見て、その緑色の髪の少女の表情が苦虫をかみつぶしたようなものに変わる。
「……貴方は、一十百ですね」
「え、はい。僕が一十百ですけど……、えと、どこかでお会いしましたっけ?」
「直接会ったことはありません。しかし、貴方の事はよく知っています」
「……一十百の事を良く知っている? 一体どういう意味かしら?」
文の一件で虫の居所が悪い霊夢。
せっかくくすぶり消えかけていた怒りの炎だが、四季映姫と名乗った目の前の少女の一言で、またもや揺らめき燃え始めてきた。
いつもの霊夢ならば、聞き流せる程度の事なのだが、やはり文の一件が少なからず尾を引いているようだ。
「そのままの意味ですよ。彼が今まで行った善行、侵してしまった罪。その全てを熟知しています」
「なっ!?」
それってつまり……。
霊夢が何か言おうとした時、ポンと一十百が手を打つ。
「あっ! その手に持っているのは悔悟の棒ですか? と、言うことは、閻魔様ですね」
「閻魔? なんで閻魔がこっちに来てるのよ。この幽霊どもを天国だか地獄だかに行かせるんじゃないの? まさか、アンタまでサボり?」
「小町と一緒にしないでください」
くっと帽子を直しながら四季映姫が冷たく一言。
自分の部下なのだから、もう少し信頼してもいいものなのだが、やはり日ごろの行いなのだろう。
「小町がサボっていないように監視に来ただけです。そうしたら、まさか、あなたがいるとは思いませんでしたよ。一十百」
「随分、一十百に固執するわね。なにか閻魔の怒りでも買うような事でもしたの?」
「………」
何やら四季映姫の肩が微妙に震えている。
これは、何かあったわね……。
直感的に、霊夢はそう悟った。
同時に何かとても面倒なことが起こりそうな、そんな確かな予感が自分の中を駆け抜けた気がした。
「幻想郷には業の深いものたちが大勢います。その中でも、貴方は特に厄介な存在です」
「ぼ、僕がですか?」
身に覚えがないと一十百が目を丸くする。
四季映姫は首を軽く振るうと、懐から一冊の革表紙の本を取り出した。
ただの本のはずなのに、なにか重い雰囲気がその本から流れ出している。
「もしや、それは……、かの有名な、閻魔帳!?」
「その通りです。さて、私がこれを出したということは、どういう事か分かりますね。一十百」
「まさか……、僕のページに何か、不備が……」
「そのまさかです。この閻魔帳は機密書類のため内容を見せるわけにはいきませんが、どう不備があるのか、一目でわかるはずです」
そう言って四季映姫は閻魔帳を閉じたまま一十百と霊夢に見せてきた。
よく見ると、きっちり閉じられているはずの閻魔帳のある一ページだけが盛り上がっている。
なにやら、そのページだけ付箋やら何やらがいろいろついている。
この四季映姫という閻魔、そういう乱雑さを嫌うようなタイプのように見えるが……。
「あれ、そのページだけひどい状態ですね」
「誰のページだと思いますか?」
「えと、まさか……、そのページって」
「そう、一十百。貴方の事が書かれているページです」
ぷるぷると四季映姫の手が震える。
そして、彼女の中で何かが切れたのか、手に持っていた悔悟棒をビシッと一十百に突き付けた。
「本来、人が一生に歩む世界は一つ。その世界での業は、その世界を管轄とする閻魔が捌くものです。しかし、貴方の場合はそうもいかない。幾つもの世界を歩み、そして、とうとう世界を繋げてしまった」
「それって、異世界の交差点の事ですか?」
四季映姫が静かに頷く。
「でも、それなら、その業も一つになりそうですけど……」
「人の犯した業とはそれほど単純なものではないのです。重ねることも、隠すことも、消すこともできない。しっかりと裁くには、長い時間をかけないといけません」
「あ~、でも、できないわけではないんですね。よかった~」
一十百がホッと溜息をつく。
人間である一十百は、必ずいつかは閻魔の裁きを受けないといけない。
それが受けられないのではないかと心配したものの、時間はかかるようだが無事受けられると分かり一安心する。
しかし、四季映姫の表情を見るに、どうやらそんな簡単な状況ではないようだ。
「できればいいということではないのですよ。このままでは、いつか貴方の善行と悪行の積み重なりが許容量を超え、死ぬことが許されなくなってしまう」
「ふぇ?」
「死してなお、生き続けるという矛盾が起こり、貴方という存在が輪廻の輪から外れることになる。そう、貴方は少し自覚が足らな過ぎる」
「なら、簡単に死ななければ大丈夫ですね。いつか、しっかり裁いてもらえる日が来たら、お迎えも来るかもしれません。それまでは今まで通り、楽しく過ごします」
にっこりと微笑み、一十百が自分の胸を叩く。
そういうことが言いたかったのでは……、と四季映姫は言おうと思ったのだが、ため息を一つ吐くと、くるりと踵を返し彼岸の方に向かっていく。
それを見て、霊夢は追いかけて声をかける。
「何か言いたげだったけど、言わなくていいの? たぶん、さっきの話、一十百に伝わってないわよ」
「彼にこれ以上説明しても、今は意味がありません。いつか、彼が足を止め一つの世界に根を下ろした時、今回の分もまとめてしっかりと話すつもりです」
「それまでは、アンタの仕事が増え続けそうだけど……」
「これも閻魔としての務めだと思い、目をつぶります」
「あ~、お疲れ様」
四季映姫も川向こうに戻り、着々と幽霊の数も減ってきた。
「さてと、そろそろ戻るわよ。あれだけ厳しい上司がいるなら、そう簡単にサボれやしないでしょ」
霊夢は一度伸びをして立ち上がり辺りを見回す。
六十年に一度の異変、滅多に来ることの無い三途の川。
この風景を次見るのはいつになるのかしらね。
そんなことを考えながら体を軽く回す。
今回、これと言って妖怪退治や弾幕勝負をしていない。
どうにも不完全燃焼なのだ。
「いつもと違うと、逆に疲れるわね。ただ見ているだけってのも、変に体力使うわ」
霊夢が出発しようとするのを見て、三途の川を眺めていた一十百が霊夢の所に戻ってくる。
「あ、霊夢さん。戻りますか?」
「ええ。帰ったら……、まあ、宴会の準備になりそうね」
「そうですね。今回も無事異変を解決できましたし、いつものように宴会をしないといけませんね」
やれやれ、面倒ね……。
そう思って一歩前に踏み出した時、すこしふらりと霊夢の身体が揺れる。
ずっと座って監視していたためか、軽く足がしびれてしまったようだ。
まあ、飛んで帰る分には何ともないから、別にどうってことは……。
「霊夢さん。もしかして、疲れてます?」
「ん? まあ、ちょっとね」
「……それなら」
ふわりと、自分の身体が軽くなる。
……まさか。
顔を上げると、一十百の顔が見えた。
「ちょ、ちょっと! な、何をしてるのよ!?」
「博麗神社まで、送りますよ。今回、僕はそれほど疲れてませんし」
「いや、そうじゃなくて……。ほ、ほら、文はどうするのよ? 文、アンタからも何か言って……」
「霊夢さん、頑張ってください。私もその道を歩いてきたんです」
射命丸文が、天使のような微笑で軽く手を振る。
どうやら、止める気はさらさらないようだ。
「ひ、一十百。ちょ、ちょっと待っ……」
「それじゃ行きますよ! 博麗神社まで、一走り!」
しっかりと博麗霊夢の身体を抱きかかえ、一十百は三途の川を後にした。
その後、無事博麗神社に着いたものの、霊夢は顔を赤くして布団に包まってしまったそうだ。
今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋
四季映姫:幻想郷地域の担当の閻魔様です。役職名を入れると、四季映姫・ヤマザナドゥ、って言うらしいです。小町さんの上司に当たる方で、彼岸を渡った魂をしっかりと裁くことができるそうです。一応、僕も幻想郷に長居しているため、映姫さんに裁かれる可能性があるそうです。by一十百 自分自身の行いを今のうちにしっかりと振り返っておくことです。by映姫