幻想郷に日が昇る。
その光に当てられて、博麗霊夢はゆっくり布団から起き上がった。
いつもならば、一十百が起こしに来ないと起きない霊夢だが、寝ぼけ眼をこすりゆっくりと立ち上がる。
「……何かしら、巫女の勘がざわざわするわね」
異変のような予感がするわ。
一十百が起こしに来ない時って、異変の時が多いし、私の勘も異変だって告げてる気がする。
久々の異変に、心が躍る博麗霊夢。
「さて……、どんな異変かしら」
期待を込めて、寝室の障子を開ける。
すると……。
「……なにこれ?」
まず霊夢の目に飛び込んできたのは、桃色の空だった。
明け方近く、空が桃色っぽく見えることがあるが、それとは明らかに違う。
他には、神社の近くに生えている草木の色がおかしい。
まだ夏だと言うのに、葉が黄色くなっている。
確かに、それだけなら何ともないのだが、木の幹の色がクリーム色になっているのはおかしい。
「何この変な異変は……って、ええっ!」
おかしいのは景色だけではなかった。
自分の用意していた巫女服の色が完全におかしくなっているのだ。
白と赤主体の巫女服だったのに、黒と青主体の巫女服に変わっている。
「な、なによこれ! 私の巫女服どうしてくれんのよ、まったく!」
異変のせいで染められたのか、まるで元からその色だったように変化してしまっていた。
そのとき、霊夢なかを嫌な予感が走り抜けた。
もし、この異変が、服や、神社や、空や、草木にまで及んだとすれば……。
人間にも、影響が出ていると考えるのは当たり前だ。
つまり……。
「か、鏡……」
霊夢は洗面所に駆け込む。
そして、意を決して鏡を覗き込んだ。
そこに映ったのは、鮮やかな銀髪をなびかせた自分の姿だった。
「う、嘘でしょ――――!!!」
何とか落ち着くため、霊夢はお茶を入れる。
蜂蜜のような色のお茶になってしまっているが、味は緑茶だ。
これで味まで変わってしまっていたら、泣き崩れてしまっていたかもしれない。
「よし、落ち着くのよ私。まず、この異変について、よ~く考えるの」
熱いお茶を飲み、一息つく。
寝間着姿ではどうにも締まらないので、黒と青の巫女服を着ている。
鏡を見て自分の髪の色には確かに驚いた。
けれど、他は大した変化がなかったのが幸いだ。
目の色が反転してしまっているとか、肌の色が青くなっているとか、そういう絶望的な状況にはなっていなかったようだ。
「つまり、これは色がおかしくなる異変ね。パッと見て、白と黒、赤と青、緑と黄が反転してるわね」
霊夢が自分の髪や、巫女服を身ながら納得する。
艶やかな黒い髪だったため、反転して白っぽくなってしまったのだろう。
まあ、漆黒ってほど黒くなかったため、真っ白ではなく銀髪のようになった、と考える。
「不完全な異変なのか分からないけど、変わってない場所もある。目とか、歯とか、分かりやすい場所は変わってないのよね」
白目と黒目が逆になったり、口の中が真っ黒になったりする事はなさそうなので、そこは一安心だ。
ゆっくりと異変の事を考えようとした時、どこからか叫び声に似た呼び声が聞こえてきた。
「……れーいーむー!!」
ダーンと神社の石畳に何かが着地した音がする。
かなりの速度で飛んできたのか、その着地音もなかなか派手だ。
声からして、霧雨魔理沙だろう。
「何よ、こっちは今回の異変の事で、いそが……」
霊夢の言葉がとまる。
少し舞いあがった砂煙の中にいたのは、真っ白の魔女服に身を包んだ、透き通る緑色の髪をした少女だった。
「だ、誰?」
「いや、私だ、霧雨魔理沙だぜ……って、霊夢か!? なんかこう、竹林の不死人みたいな髪になってるぞ」
「……ああ、そう言うこと。異変の影響が出てるのって、ここだけじゃないわよね、そりゃ」
一瞬は驚いたものの、博麗霊夢は先ほどの落ち着きを取り戻す。
「なんでそんなのんびりできるんだよ。こんな状態になってるのに」
「まずは落ち着きなさい魔理沙。自分が異変に巻き込まれたからって、慌てたら深みにはまるだけよ」
そう言いつつ、二杯目の緑茶を入れる。
「それに、白魔理沙ってのも、なかなか新鮮でいいわね」
「なっ、いや、その、これは……」
いつもと違う自分に違和感があるのか、それとも単純に恥ずかしいのか、魔理沙は少し深めに帽子をかぶりなおす。
「と、とにかく、こんなはた迷惑な異変を起こす奴を、さっさと退治しに行こうぜ!」
「まあ、もうちょっと待ってなさい。あと数人はここに来るはずだから」
霊夢の言った通り、魔理沙が来た数分後、シュタンという音と共に誰かが博麗神社に降り立った。
神秘的な一対の白い翼が目を引く、銀髪の少女がこちらを見ていた。
対称的な黒い服が、いっそう背中の翼を際立たせている。
「え……だれ?」
「それは、こちらのセリフですよ!」
白い翼の少女の声で、初めて降り立った少女が誰なのかはっきりした。
そう、鴉天狗の射命丸文だ。
「ああ、文ね。誰だかわからなかったわよ」
「霊夢さん……ですよね。その黒い巫女服のせいか、少し暗黒面に落ちた巫女っぽく見えますよ」
「それはお互い様よ。アンタも随分とまあ、派手というか神秘的になったわね」
お互いが誰だかわかって、まず一安心と言ったところだ。
話し声が聞こえてきたので誰がが来たことに気が付いたのか、霧雨魔理沙も部屋の中から出てくる。
「霊夢、誰がきた……えっ? 天使の一種か!?」
「いえ、射命丸文です。魔理沙さんは……ほう。これは記念に一枚」
「わ、わ、撮るなぁ!」
カメラを構えた射命丸文から逃げるように、霧雨魔理沙は居間の方に逃げ込む。
それを追いかけるように、射命丸文が神社に上がる。
霊夢はため息交じりに二人に声をかける。
「全く、二人とも少し落ち着きなさいよ……」
「あら、ここはここでいろいろ忙しそうね」
呆れたような声が後ろから響く。
霊夢が振り返ると、そこには赤と黒のメイド服に身を包んだ黒髪の女性が立っていた。
霊夢も、そろそろこの異変に慣れてきたようで、なんとなく誰だかわかるようになってきた。
「咲夜よね。なんか、より一層吸血鬼のメイドっぽくなってるわね」
「色合いがそれっぽいのかしら。それよりもこの異変、さっさと解決してほしいのだけど」
「黒髪が嫌なのかしら? 意外と似合ってるわよ」
「私は髪の色とか服の色とかはどうでもいいのだけれど……。この異変の影響で、お嬢様が倒れられたのよ」
「レミリアが? どうかしたの」
とうとう異変で大きな影響が出たのかと、真剣な表情になる霊夢。
しかし、従者である咲夜はそれほど心配そうな表情はしていない。
主が倒れたのだから、それなりに心配してもよさそうなものなのだが……。
「“私の紅魔館が、あ、青く……ガクッ”と言って倒れられたのよ」
「……アホくさ」
心配した数秒前の私を小突いてやりたいわ。
流石に咲夜も苦笑いを浮かべている。
「まあ、紅魔館がいまや蒼魔館になっているから……。お嬢様が倒れられるのも仕方のないことだと思うわ」
「そんな事で倒れられてもね……って、看病しなくていいの?」
「妹様が、私に任せて、と仰られたのでお任せしてきたのよ。その間に私がこの異変をどうにか出来ればと思ってね」
「ふ~ん、あのフランがねぇ……。異変解決にはもう少ししたら行くつもりよ」
そう言って霊夢は少し遠い空を見る。
「誰か待っているのかしら?」
「自称半人前の庭師待ち、ってところ」
「彼女、ここに向かっているの?」
「たぶん、来るわ。なんとなく、今回の異変は騒がしくなりそうな気がするもの」
霊夢の言うとおり、少しすると、白玉楼の庭師、魂魄妖夢が博麗神社を訪ねてきた。
魂魄妖夢この異変の影響を受けており、黒髪になっていた。
緑色の洋服も、鮮やかな黄色に変わっており、なかなか派手さがある容姿だ。
急いできたためか少し服も乱れており、どこか疲れた表情の魂魄妖夢。
けれど、来る途中で弾幕勝負をしたとか、そういう感じではない。
大方、主である西行寺幽々子の好奇心で、着せ替え人形にでもされていたのだろう。
「まあ、深くは聞かないけど、いろいろあったみたいね」
「幽々子様も幽々子様ですよ。黒い髪の妖夢は珍しいからって、面白がって色々な服を引っ張り出しすぎなんですよ」
「あ、やっぱり。そんなことだと思ってたわ」
やれやれと、霊夢は首を振る。
「わかっているなら止めに来て下さいよ」
「遠いから無理よ。自分の主のことぐらい何とかしなさい」
しかしこれで、霊夢の予想していたメンツはほとんど集まった。
しいて言えば、一十百がここに加わる予定だったが、既に博麗神社付近にはいなかった。
この異変を察知して、暗いうちから出発したのだろう。
「さてと、そろそろ異変解決に向けて動き出すわ」
「おっ、やっとか。これで、白い私ともお別れだな」
「そう言えば、十百さんがいませんね。先に出発したのでしょうか?」
射命丸文が辺りを見回す。
「朝からいなかったから、もう出発したんだと思うわ」
「それは残念です。十百さんも霊夢さんと同じような黒髪なので、銀髪の十百さんが見られるかと期待したのですが……」
「まあ、上手くすれば異変解決前に会えるわよ」
霊夢が地面を蹴り出発しようとする。
その時、霊夢の目の前の空間が裂ける。
これは紫のスキマね……。
一体何の用かしら?
無視して出発してもいいのだが、後々面倒になりそうなので出てくるのを待つことにする。
ゆっくりと八雲紫がスキマから顔を出した。
やはり異変の影響を受けているのか、髪が透き通るようなライムグリーンになっている。
しかし、服の色はそれほど変わっていない。
どうやら赤と青の中間にある紫色だったために、大した影響を受けなかったようだ。
「あら、もうすぐ出発みたいね。ちょうど良かったわ」
「この異変、早く解決しないといけないからね」
「銀髪の霊夢もなかなかいいのに~」
「……何の用よ?」
ジト目で霊夢が睨む。
「一十百君から、手紙を預かってるわ」
「一十百から?」
スッと、八雲紫は懐から黒い封筒を取り出す。
元は白い封筒だったのだろうが、異変の影響を受けているようだ。
「中身は?」
「読んでないわ。一十百君が言うには、たぶん霊夢さんの所に人が集まると思うので、その時になったら開けてください、だそうよ」
「ふ~ん、なら今開けても問題なさそうね」
霊夢は封筒の口を切る。
中には黒い手紙が折りたたまれて一枚入っているだけのようだ。
「珍しいですね。十百さんなら手紙ではなく書置きをしていくはずなのに」
「そうね。でも、こんな風に手紙を残したってことは、何か大切なことを伝えたかったんじゃないの?」
文と咲夜も興味津々だ。
「で、霊夢。なんて書かれてるんだ?」
「ちょっと待ちなさい。今から読み上げるから」
魔理沙に急かされつつ、折りたたまれた手紙を開く。
そこには、黒い紙面に銀色に輝く文字で、たった一文こう書かれていた。
『異変、起こしちゃいました。頑張って止めに来てくださいね』
今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋
変色異変:色が入れ替わるような異変ね。まだよく分からないけど、白と黒、赤と青、黄と緑が入れ替わっているわ。不完全な異変なのか、すべての色が入れ替わっているわけでもないみたい。ある意味、それのおかげで悲惨なことにはなってないけど……。by霊夢 元の色が濃ければ濃いほど、入れ替わった色は濃くなるわ。by紫 私の髪の色が真っ白ではなく、どちらかというと銀に近いのもそのためです。by文