幻想郷が夕焼けに包まれる頃、一十百によるすべての準備が整った……。
「やっと完成しました! 動力よし、軌道よし、時間よし!」
一十百が腕組みをしながら満足そうにうなずいた。
「本当に、これで帰れるの?」
「帰れますよ。色々と計算に時間がかかっちゃいましたけど、ばっちりです」
「そう……。はい、これ、頼まれていた切符」
博麗霊夢は赤い縁取りに一十百が頼んだ文様の入った札を渡す。
「ありがとうございます! ふぇ~、すごい綺麗にできてる」
「まあ、最後なんだし……、しっかりやっただけよ」
「? えと、ありがとうございます、霊夢さん」
一十百が笑顔を浮かべる。
この笑顔ともお別れか……。
「一十、向こうに帰ったら手紙くらい送ってほしいぜ」
「と、届きますか?」
「無理でしょ」
「そうですよね。郵便番号がわからないですし…」
「「そこ!?」」
霧雨魔理沙はやれやれと言ったような表情を浮かべる。
そして、すこし帽子を深くかぶり直す。
「まあ…、短い間だったけど、楽しかったぜ」
「えへへ……。そう言ってもらえると僕もうれしいです」
「そろそろ、出発かしら?」
「紫さん!」
寝ぼけ眼をこすって八雲紫が歩いてきた。
「無事、完成したのね」
「はい!」
「これで外の世界に帰れるとは思えないんだけど……。まあ、一十百君がそう言うなら間違いないわね」
どことなく安心した表情を浮かべて、八雲紫は日傘を広げた。
「それでは、霊夢さん、魔理沙さん、紫さん、行ってきます!」
一十百が切符に切り込みを入れると扉がひとりでに開いた。
それと同時に電車の中から不思議な声が聞こえてきた。
『この電車は“主の館”行です。間もなく出発いたします』
ボオォ……、と深い汽笛の音が鳴り響いた。
電車の扉が静かに閉まる。
ゆっくりと電車は動き出した。
一十百の組んだ木の線路の上を走る。
「おお、本当に動いたぜ!」
「でも、このままだと鳥居をくぐった後、階段から落ちるんじゃないの?」
一十百の作った線路は鳥居の前で止まっている。
鳥居の後ろは長い階段になっており、飛びでもしない限り間違いなく転がり落ちるだろう。
「たしか、あの鳥居から一十百君は現れたのよね。つまり、あれが出口なのよ」
八雲紫が鳥居を指差す。
「そうなんだろうけど、そうじゃなかったら大変なことになるわよ」
電車は速度を上げ鳥居に向かっていく。
そして鳥居をくぐりぬけた電車は幻想郷から消えていった。
「鳥居の向こうに落ちてないぜ! こう、鳥居の中に吸い込まれていったって感じだったな」
「……本当に帰っちゃったわね」
博麗霊夢はだんだんと暗くなる空を見上げた。
ずっと遠くに、星が瞬き始める。
「向こうに行っても、頑張りなさいよ!!」
霊夢は鳥居に向かって大きく手を振った。
「オイ、コンナ所ニ線路ガアルゼ。御主人ノ趣味カ?」
「何、線路だと? 昨日まではそんなものはなかったが……どれ」
鮮やかな金髪の少女がログハウス…いや、ログ豪邸ともいえる館から現れた。
容姿からすると小学生と思えるが……、その身にまとう雰囲気は、子供とは遥かにかけ離れたものだ。
どこか冷たく、それでいて強いカリスマを感じる……。
その少女は館の前に急に現れた線路に近づく。
「確かに線路だな。まったく、なんだというんだ」
「マア、コンナモノヲ作レルノハ、十百ダケダケドナ」
少女の腕には薄緑色の髪の人形が抱えられている。
まるで生きているかのようにその人形が話す。
「はぁ~……。一十の考えを理解するのは一苦労だ。大方、電車がここに走ることを考えて作ったのだろうが…」
「ソンナコト一言モ言ッテナカッタゼ」
「私も聞いていないな。一十に聞こうにも、たしか…亞心神社の調査に向かわせたばかりだ。夕方にならないと戻ってこないだろう」
はぁ、とため息を吐き、少女は線路の行方を見る。
線路は不自然に途中で途切れている。
「作りかけか?」
「珍シイナ。十百ナラ一気ニ仕上ゲソウナ気ガスルゼ」
「そう言えばそうだな。ということは……」
少女は瞳を閉じ考える。
そして思いついたように目を見開いた。
「これで完成か?」
「ドウヤッテ使ウンダ?」
「……知らん。やはり一十に聞くしかないか」
少女は諦めたようにログ豪邸の中に戻ろうとする。
その時、どこからか電車の走る音が聞こえてきた。
「電車の音だと! このあたりには電車は走っていないはずだぞ」
「……イヤ、走ッテルノカモ知レナイゼ」
「どこに……、まさか!!」
「御主人、少シ離レタホウガヨサソウダゼ」
少女が線路から離れる。
それを待っていたかのように、どこからともなく電車が現れた。
ボオォ……と深い汽笛が鳴り響く。
「なっ、なんだこれは!!」
『“主の館”~、“主の館”~、終点です。お荷物をお忘れにならないようにお降りください』
電車の扉が開く。
そこからは見慣れた従者がひょいと降りてきた。
「う~ん、ついた~!」
「なっ……。一十!」
「ふぇっ?」
「ケケケ、派手ナ帰宅ダナ」
「あっ、ただ今戻りました!!」
一十百は二人の主に今まで起こった出来事を話した。
人形の主は面白がって、吸血鬼の主は呆れてその話を聞いていた。
「…ということで帰ってきました」
「一十、貴様の話だと、その幻想郷というところで数日、いや数週間は暮らしていたようだが…」
「はいっ! あっ、その間の僕のお仕事がたまってますか?」
「ケケケ、ソウジャナイゼ。十百ガ御主人ニ頼マレタ神社ノ調査ニ行ッテカラ、マダ一時間モタッテネエヨ」
「えっ! でも…」
「大方、時間軸が違っているのだろう。別荘と同じ原理か、それとも貴様が戻ってきたときに何か別の力が働いたのか……。とにかく、こちらではほとんど時間が進んでいない」
「そうだったんですか…」
一十百は今まで起こったことを思い出す。
大きな異変、風変わりな人たち、たくさんの友達……。
「…モウ一度、ダナ」
「ふぇっ?」
「そうだな。このレポートだけでは足りないな」
一十百のレポートは少なくとも辞書一冊分なのだが、それでも足りないらしい。
「足りない…ですか?」
「ソウダゼ。異変、トカ言ウノガ、マダ一度シカ起キテネエカラナ」
「次の異変が起こるまで、向こうにいるといい」
「ふぇっ? それだと、長い間帰ってこれなくなるかも……」
「安心しろ。それほど長くなるのだったら戻ってくればいい。それに…」
「戻リタソウナ表情シテルゼ」
「そ、そうでしょうか?」
クックックと金髪の少女が笑う。
「ああ。貴様も守られてばかりでは、つまらないだろうからな。執事として、従者として守る立場も味わっておかないとな」
「弾幕ゴッコダッタカ? マアマア活躍デキテルミタイジャネエカ。少シ立派ニナッタ気ガスルゼ」
「えへへ……」
主に褒められ、一十百は少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「それじゃ、行ってきます!!」
「ああ、安心して行ってくるといい!」
「次帰ッテクルトキハ、土産デモ持ッテコイヨナ」
「はい!」
一十百が切符を取り出す。
片方に切り込みが入っている。
「ナンダ、戻ル気ダッタンジャネエカ」
「こんなに早く戻るとは思ってなかったですけど…」
「フン、“往復切符”か。それを作った巫女とやらは気が付いていたのか?」
「う~ん、どうでしょうか。切符とか電車は向こうにはなかったので…」
そういって切符の逆側を切る。
すると電車のドアが開いた。
『この電車は“博麗神社”行です。間もなく出発いたします』
一十百が電車に乗り込む。
低い汽笛が鳴り、ゆっくりと電車が走りだした。
線路の途切れた地点まで走った電車は、見えない道があるかのように消えていった。
「行ったか…」
金髪の少女は消えた電車を見送った後、ふっとため息を吐いた。
「御主人ドウシタ? 寂シイノカ?」
「馬鹿を言え。一十も随分と面倒事に足を突っ込んだと思ってな」
「ケケケ、御主人ノ執事ノ時点デ十分スギルホド厄介ダケドナ」
「フン、黙っていろ。一十、私の執事であることを忘れるな。貴様の活躍を楽しみに待たせてもらうぞ!」
バッと少女はマントを翻し、後ろ向きに大きく手を振った。
「霊夢……、そろそろ中に戻ろうぜ。暗くなってきたからな」
「……そうね」
霊夢と魔理沙が中に戻ろうとすると……。
どこからか、ガタゴトという小気味の良い音が聞こえてきた。
「この音って……」
博麗霊夢が振り返る。
その音は鳥居のほうから確かに聞こえてくる。
それがだんだんと大きくなり、そして……電車が戻ってきた。
電車は元の位置まで戻ると、ゆっくりと停車した。
『“博麗神社”~、“博麗神社”~、終点です。お荷物をお忘れにならないようにお降りください』
少し前に聞いた不思議な声が響き渡った。
扉が開き、ひょいと一人の外来人が降りてきた。
今さっき見送ったはずの一十百だ。
「到着っ! ばっちりです……。あっ、ただ今戻りました」
いつものような笑顔を浮かべて一十百が戻ってきた。
「え? えっ? わ、忘れものでもしたの?」
「ほぇ? いえいえ、主の所まで戻って、もう一度ここに来たんですよ」
「いや~、今生の別れかと思ったんだぜ。それがこんなに早く戻ってくるとは」
「えへへ…。戻ってくるつもりではあったんですよ。でも、こんなに早くなるとは僕も思ってませんでした」
魔理沙はやれやれといった表情を浮かべた。
「ま、一十が帰ってそれなりに寂しがっている巫女もいたから、戻ってきたのはよかったけどな」
「ふぇ? 霊夢さんが?」
「な、何を言ってるのよ、魔理沙!!」
「うん? 寂しくなかったのか? 私は寂しかったけどな~」
口笛を吹きながら、あっさりとそう言った。
「ちょ……、はぁ~。まあ、少しはね…」
霊夢も少し顔をそむけてそう言った。
一十百は霊夢と魔理沙に外の世界の事を話した。
外の世界とはいっても、主のログ豪邸に住んでいる人の事なのだが……。
霊夢も魔理沙もそれぞれ興味を持ったようだ。
「ふ~ん、一十百には姉がいたのね。知らなかったわ」
「血は繋がってないですけど、とってもやさしいお姉ちゃんです」
「夕焼け色の髪の魔法使いに会ってみたいぜ! 爆炎の魔法とか言うのも見てみたいしな」
「とってもカッコいい人ですよ。魔法もすごいですし」
そこまで話して一十百はまわりを見る。
「どうしたの?」
「紫さんは帰っちゃいました?」
「スキマ妖怪なら帰ったぜ」
「紫さんにもいろいろとお話ししたかったです」
「紫に外の事を話してもしょうがないわよ。覗き見とかしてそうだし」
「まったくだぜ」
「なるほど。一十が随分と迷惑をかけたようだな」
「マア、十百ダト思ッテ諦メルンダナ」
「主であるあなた達なら少しはストッパーになると思ってついてきたんだけど……、無理みたいね」
「「無理」」
「即答は一十百君が可哀そうよ」
「ほう…。なら、キサマならどう答えた」
「……即答したわね」
「ケケケ、仕方ネエヨ。十百ダカラナ」
八雲紫はゆっくりと立ち上がる。
「もう少しゆっくりしていったらどうだ? 幻想郷の賢者とやら」
「嬉しいお誘いだけど、また今度にさせてもらうわ」
そういってスキマを開く。
「そうだ、言い忘れるところだった」
「何かしら?」
「十百を使うのは構わん。だがな……、アレは私の従者であり下僕でもある。壊すようなことがあれば、覚悟しておくことだ」
「……警告かしら?」
「どう受け取るかはキサマ次第だ」
一十百の主である金色の髪の少女を鋭い殺気が包み込んだ。
「……肝に銘じておくわ」
八雲紫はスキマに入る。
さすがに彼の主、性格も実力も一筋縄じゃいかないわね。
それよりも……、あの生物は一体……。
見えなくなった外の世界のほうを振り返る。
決して見えないはず向こうの世界から鋭い視線を感じ、身震いをする。
「あれだけは、幻想郷に来させてはいけないわね……」
静かに八雲紫は決意するのだった。
今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋
無事帰宅:いったん主のログハウスまで戻りました。いろいろとレポートにまとめたので読んでくれるとうれしいです。by一十百 読み切るのは……無理だな。by???
紫さんの心配:僕が戻ってきた次の日に紫さんに会ったんですけど……、なんだか難しい表情をしていました。僕の主に会ってきたと言っていたんですけど、それだけじゃないみたいです。by一十百 いろいろ……あったのよ。by紫