巫女服の少女が雪原を駆け抜けていく。
白く染め上げられた大地を対照的な赤色がかなりの速さで走り抜けていく。
紅魔館まで一直線に走ったため、さほど時間はかからなかった。
文字通り一直線である。
つまり……。
「まさか霧の湖が凍ってたなんて……。おかげで近道できましたけど」
氷が割れる可能性もあるのだが、そんなことを無視して一直線に走ってきたようだ。
紅魔館の門にはいつものように紅美鈴が立っていた。
一十百お手製のマフラーと手袋をつけている。
寒空の下、辛そうだからと一十百が渡したものだ。
「こんにちは、美鈴さん」
「は、はい。こんにちは? ……って、十百さんですか!」
「そうですけど……あっ。服を変えてくるのを忘れてましたっ!」
急いでいたため巫女服のまま行動していたようだ。
「……似合ってますね」
「そ、そうですか? えへへ、ありがとうございます」
一十百がクルンと回る。
かわいい巫女見習いのような雰囲気だ。
「あっ、そうでした。パチュリーさんに会いたいんですけど、大丈夫ですか?」
「パチュリー様ですか? たぶん、いつものように本を読まれてると思いますけど…」
無事に大図書館に入ることができた一十百はパチュリーに今回の異変について尋ねた。
パチュリーはすでにいろいろ調べていたようで、春自体をどこかで封じている、もしくは強い力で引き留めている、と教えてくれた。
「春を引き留める……ですか。できるんでしょうか?」
「強い妖力を持つものがあればできなくはないわ。それと、春を集めたという事はそこのあたりは暖かいはずよ」
「暖かいんですか?」
「ええ。そこまでわかったから、いろいろ調べたんだけど……。このあたりにはそういう場所はなかったわ」
「ふぇっ?」
「まあ、代わりに寒い場所は見つかったんだけどね」
「寒い場所…ですか?」
「ええ」
紅茶を飲みながら、地図を指差す。
霧の湖からそう遠くないところだ。
「このあたりに冷気がたまってるのよ」
「何か今回の異変と関係があるんでしょうか?」
「それはわからないわ」
少し一十百は考える。
何かしらの手掛かりはあるかもしれない…。
「わかりました。パチュリーさん、ありがとうございます」
一礼して一十百は図書館から退出しようとする。
「…待ちなさい」
「ふぇっ?」
パチュリーに止められるとは思っていなかった一十百は驚いて振り返る。
「な、なんですか?」
「……その巫女服、よく似合ってるわよ」
「えっ? あ、ありがとうございます」
「まあ、素直に喜べないかもしれないけどね」
「ふぇ~。そういえばそうでした…」
一十百は霧の湖の近くを駆け抜けていく。
森がずっと続いているが、あるところで森が開けた。
そこには、ひっそりと家が建っていた。
「こんなところに誰か住んでるんでしょうか?」
パチュリーが言っていた冷気はこのあたりからのはずだ。
間違いなくこの家の者が関係しているはずだろう。
一十百は恐る恐るノックをしてみる。
「すみませ~ん」
「は~い?」
カチャリと扉が開かれる。
中からは、薄紫色の髪に青色と白の洋服を着た女性が出てきた。
こういう家には雪女がいてもおかしくないのだが……。
現れた女性はそこまで恐ろしそうなものではなさそうだ。
「えっと……、あなたは?」
「私? 私はレティ・ホワイトロック。ここに住んでいる…」
「レティ~、だれ~?」
家の奥から聞こえてきた声に一十百は聞き覚えがあった。
霧の湖にいるはずの……。
「今の声って、もしかしてチルノですか?」
「あら? チルノの知り合いかしら? てっきり新しい博麗の巫女さんかと思ったんだけど…」
「ち、違いますよ。あれ? でもチルノがここにいるってことは……、もしかして冬にしか起きてこない友達って…」
「あ~、私の事ね。別にずっと寝てるってわけじゃないんだけどね」
話していると待ちきれなくなったのか、チルノが出てきた。
一十百の姿を見て、少し悩んだみたいだった。
「だれ? ……十夢? 霊百?」
「ま、混ぜちゃダメだよ…」
チルノとレティの二人に今回の異変の事を伝えると、別の反応が返ってきた。
レティは長い冬に疑問を覚えていたようで、解決してくれるならそのほうがいいと思っているようだった。
対してチルノは……。
「ダメ! ぜったい、ダメ!」
「え? な、なんで?」
「だって、解決したら、冬が終わっちゃうんだよ! レティがいなくなっちゃうんだよ!」
冬の間を中心として行動するレティ・ホワイトロック。
異変を解決したら間違いなく春が来てしまう。
チルノにしてみれば、異変が解決はレティとの別れにつながってしまう。
だからこそ、反対しているのだった。
一十百もチルノの気持ちはよくわかっている。
けれど季節の移り変わりには誰も抗えない。
「チルノ……、春は絶対来るよ。ここで僕が異変を解決しなくても、きっと霊夢さんたちが解決しちゃう」
「なら、阻止してやるもん!」
「チルノ…」
一十百は考える。
大切な友達のために頑張ろうとしているチルノのために……。
そのチルノを納得させる理由。
「でも、ここで春が来なかったら、来年のレティさんには会えないんだよ?」
「えっ?」
「誰にだって眠る時間は必要だよ。レティさんもきっと同じ。いつもならもうお休みの時間なのに異変のせいで眠れなくなってる」
「そ、そうなの?」
「う~ん、そうといえばそうなんだけど…」
まあ実際は冬の間、まったく眠らないわけではないから一十百の言っていることは少し違うのだが……。
ここはチルノを納得させるために、いったんそういう事にしておこうと考えた。
「それに、もしここで春が来なかったら…、寝ている間に立派になったチルノを見てレティさんが驚けないよ?」
「はっ!」
チルノがその一言で何か気が付いたようだった。
少しうつむいて、そして顔を上げた。
チルノの表情から迷いが消えたような、キリリとした表情だった。
「レティ、あたいやるよ! レティがちゃんと寝られるように、この異変を解決する!」
レティは少し驚いた表情をしたが、すぐに優しげな表情に戻る。
「チルノ、頑張って。あなたならきっとできるわ」
そう言って、部屋の奥からチルノのかぶっていた帽子を持ってくる。
「気を付けていってくるのよ」
「うん!」
「十百さん、チルノをよろしくね」
「はいっ」
一十百とチルノは手を振りながらレティ・ホワイトロックの家を後にした。
一十百が次に向かったのは大妖精の家。
場所がわからなかったのだが、チルノの案内があってたどり着くことができた。
大きな木をそのまま使ったような家だ。
「ここ?」
「そうだよ。大ちゃ~ん!」
大きな声でチルノが呼ぶ。
すると二階のあたりの窓が開き、大妖精が顔を出した。
「あっ、チルノちゃんと……誰!?」
「十百だよ?」
「ええっ! 一十百さんですか!?」
一十百が異変の事を説明する。
「…という事なんだ」
「なるほど、春を引き留めてしまっていると」
「それで、春に詳しい妖精がいると思ったんだけど……。大妖精は何か知らない?」
大妖精は少し考えた後、一度頷いた。
「春を告げる妖精、春告精のリリーさんなら何か知っているかもしれません」
「リリーさん? その人…じゃなくて妖精はどこに?」
「春が来るころになると、どこからか飛んできているんですけど…」
大妖精が空を見上げる。
いまだ雪は降り続けている。
「まだ、来てないんでしょうか?」
「どんな妖精なの?」
「えっと、白色服に金色の髪の毛で、はるですよ~って言いながら飛んでいくんですよ」
「へぇ~……」
一十百が耳を澄ます。
もしかしたら、このあたりまで来ているのではないかと思ったようだ。
人間の聞き取れる範囲はそれほど広くない。
しかし……、遥か上空から、確かにその声が聞こえた気がした。
「!! 聞こえました。上からです!」
「えっ、私には聞こえなかったけど……。チルノちゃんは?」
「あたいにも聞こえなかった」
「でも、今確かに……」
チルノと大妖精が顔を見合わせる。
そして、二人は頷いた。
「わかった! 行ってみよう!」
「私たち二人で一十百さんを運びます」
こうして一十百とチルノと大妖精は冬と春が入り乱れる大空へと向かっていった。
今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋
レティ・ホワイトロック:冬の間に行動するチルノの友達です。優しそうなお姉さんで、チルノの事もちゃんとわかってあげている立派な人…じゃなくて妖怪だと思います!by一十百 きっと、あなたとチルノならやれると思うわ。がんばって。byレティ
春告精:リリーさんっていう妖精がいるみたいです。空から聞こえた楽しそうな声がそうなんでしょうか?by一十百