東方お仕事記   作:TomomonD

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二仕事目 駆け抜けて、人里

基本的に執事とは、主より早く起きる。

それは、主を起こすためでもあり、その他の仕事をするためでもある。

それゆえ、執事とはだいたい早起きでなくてはいけない。

一十百の場合、その傾向が顕著に現れている。

 

 

まず、起きるのは日の出る前。

時間にすると午前四時頃になるだろう。

たとえ季節が夏であろうと冬であろうと、彼の起床時間は変わらないはずだ。

 

そして、幻想郷にやってきて初めての朝でも変わらなかった。

「……あ、そうでした。食事の用意をしないと」

どうやら主のために食事を作ろうとしたようだ。

そういって障子張りの襖に手をかける。

その時、一十百の表情がはっとしたものに変わった。

「そうでした、幻想郷に来て帰れなかったんでした……。皆さん、大丈夫でしょうか?」

自分のことより先に、外の世界の主たちのことを心配するあたりが一十百らしい。

 

少し沈んだ表情をしたが、振り切るように目を閉じ息を大きく吸い込んだ。

日の出前の冷たく澄んだ空気が身体の中に入ってきた。

ふぅと深呼吸を済ませると、いつもの微笑ましい表情に戻っていた。

「さてと、せっかく宿を貸していただいたので、お掃除や朝食の用意くらいは手伝わないと!」

 

 

まず一十百が始めたのは、博麗神社の掃き掃除。

まだ眠っているであろう博麗霊夢を起こしてしまうわけにもいかないので、なるべく寝室から遠い場所から掃除をしていくようだ。

立てかけてあった竹箒を取り、構える。

 

「………」

一十百は目を閉じ、竹箒に集中する。

しん、と周りが静まり返る。

今までは使い慣れたモップや箒を使っていたのだが、それは外の世界においてきてしまった。

そのため、まずこの竹箒に意識を集中させ、自分の手の延長線上にあると思い込む。

ただの掃除にここまでする必要はないだろうが、彼には彼なりの考えがあるのだろう。

 

ゆっくりと目を開き、掃き掃除する空間をしっかりと見据える。

「……よし! これならいけそうです!」

後に“博麗神社大改装!”と『文々。新聞』の一面を飾る出来事が今始まろうとしていた。

 

タンと石畳を蹴り、一十百は掃き掃除を開始した。

他の人が見ていたら何をしているのか、本当に掃除をしているのか尋ねたくなるような状態だ。

 

まず、掃き掃除をしているはずの一十百の姿がブレてよく見えない。

それ以上に速く動かされている竹箒は一種の発光現象のような状態になり、淡く輝きながら地面すれすれを飛ぶ流星のように見えた。

一十百が通り過ぎた後の道からは枯れ葉や落ち葉、砂などが掃きとられている。

しかし、その速度が速すぎるため、枯れ葉は舞い、落ち葉は巻き上げられ、砂にいたっては小型の竜巻のようになっている。

その中心を、一人の少女が光と共に駆け抜けていくさまは、一種の風の精霊のようなものを思い浮かべてしまう。

 

数十分くらいすると段々と小型の竜巻が小さくなり始め、そして一箇所に固まった。

そこには、しっかりと掃きとられた落ち葉や枯れ葉が山のようになっていた。

「よしっ! これで掃き掃除は終わりです!」

竹箒をくるくると回転させ構え直した一十百の前には、邪魔な砂やほこりを全て取り除いたような立派な神社の景観が作られていた。

一日前にここを訪れていた人がいたなら、何かがあったのか尋ねるようなほど完璧に掃き掃除されていた。

これこそが、一十百の言う“掃除”らしい。

「……うん! これなら参拝客もたっくさん来ますよね。さてと、次は……」

 

 

次に向かったのは神社の境内。

舞い上がった砂は少なからず境内に降り注いでしまったようなので、次はここの掃除を行うようだ。

「う~ん、こういうところの掃除は慣れてないですね……。掃除したつもりが、汚してしまいました……」

一十百は少し呆れたような微笑を浮かべてから雑巾を手に取った。

井戸水を汲んできたバケツに雑巾を入れ、絞る。

朝方の水はとても冷たいが、そんな事を気にせずしっかりと水を切る。

 

「いつもはモップでしたが、今日は雑巾で頑張りましょう!」

境内の床に雑巾を置き、その上に手をのせる。

そして、クラウチングスタートのような構えを取る。

「……よし! てぁぁ!」

ダンと床を蹴り、走り始める。

 

雑巾がけは慣れていないのかと思いきや、そうではないようだ。

豹を思わせる速さで境内を駆け抜けていく。

雑巾がけ特有の格好でその速度を出すため、一種の猫の妖怪かと思われてもしかないような状態だ。

直角に曲がった廊下も速度を落とさず曲がり、行き止まりでは同じように速度を落とさずターンする。

そして元の位置まで戻って、雑巾を洗う。

 

十数分もすると顔が映るくらいまで磨かれた廊下になっていた。

「終わりましたね。う~ん、雑巾がけもたまにはいいですね!」

どうやら境内の廊下の掃除も終わったみたいだ。

「次は……」

 

 

今度は博麗神社の屋根に上ったようだ。

屋根の掃除というのも不思議なものだが、まだ博麗霊夢が起きてこないため他の部屋の掃除をするわけにもいかず、出来るところからという事となったようだ。

 

「うわぁ、遠くまでよく見えます。幻想郷ってとっても広いみたいですね」

日の出が近いのか、淡い紫色し始めた空の下、どこまでも続く幻想郷が見えた。

田畑があり、川があり、森がある。

自然と一体なった風景は外の世界ではあまり見られなくなった風景でもある。

 

「……あ、掃除をしないと!」

一十百は屋根に上った理由を思い出したようだ。

雑巾を片手に持ち、もう一つの手には汲みなおしてきた井戸水の入った桶を持っている。

両手がふさがっていてアンバランスなのだが、こういうところでの作業に慣れているのか、次々と神社の屋根の瓦を磨いていく。

 

日が昇り、朝日が差し始めたころ、丁度屋根の掃除が終わったようだ。

タンと、屋根からおり、鳥居の下まで走る。

そしてくるりと振り返る。

そこには、朝日に照らされて聳え立つ、立派な博麗神社があった。

「やっぱり、きれいな神社ですね! これで、参拝客もたっくさん来ますし、御利益もきっと向上します。そろそろ、霊夢さんが起きてくるころですね……」

そういって一十百は台所のほうに向かっていった。

 

 

「そういえば、あまり材料が無いんでした。せめて、お味噌とか、お魚とか、お野菜とかがないと朝食っていう感じがしません。どうしましょうか……、う~ん」

博麗霊夢が起きてくる時間を予想して、料理を作り始めようとした一十百だったが、主に材料が足りないため考え込んでいた。

一十百なら味噌や醤油なども作ってしまいそうだが、それでは時間が足りない。

「困りました。何か、出汁の取れるようなものがあれば……。とにかく、昨日行った川からお魚を取ってくるとして、他の物はその後考えましょう!」

 

そう思って、神社から出ようと外に出ると……。

「あれ? もう参拝客がいらっしゃってますね……」

朝日をバックに誰かが鳥居の下にいるようだ。

ここからでは眩しくてよく見えないが、とんがり帽子のシルエットが見える。

よく見れば、片手に箒を持っている。

とんがり帽子に箒となれば、魔女が真っ先に思い付く。

「こんな和風の所に魔女さんが来るなんて……」

好奇心を刺激させられたのか、鳥居の下のシルエットに近づいてみることにしたようだ。

 

近づくにつれて段々とその姿が明らかになってきた。

ふわりとした金色の髪、リボンのついた黒いとんがり帽子、同じ色のスカートに白いエプロンのようなものがついている。

そして、箒を片手に持った女の人だ。

 

「えと、参拝客のかたですか?」

「………」

話しかけても、反応が無い。

ただ、呆然と博麗神社を眺めている。

「?」

「………」

よく見てみると、唖然とした表情のまま止まっている。

一十百はこの表情に見覚えがあった。

初めて主の別荘を掃除したときに主が浮かべていた表情と同じだった。

「……と、いうことは」

夕焼け色の親友曰く“フリーズしている”という状態らしい。

こういうときは、何か大きなショックを与えると元に戻るらしい。

 

仕方が無いので、一十百は唖然としている金髪の魔女の前でパンと拍手を打った。

「!! ビックリしたんだぜ!」

「あ、おはようございます。参拝客の方ですか?」

どうやら意識が戻ってきたようなので、にっこりと笑って話しかけた。

「そういうわけじゃないん……って、何者なんだぜ?」

「あ、僕は一十百っていいます。もしかして、霊夢さんのお友達ですか?」

「うん、まあそんなところだな」

「朝早いですね。いつもこの時間からいらっしゃっているんですか?」

「いや、今日は早くに目が覚めてな、やることもないから空の散歩をしてたんだ。そうしたら、博麗神社がこうなってて驚いたぜ」

「そうだったんですか。せっかくですから、朝食を一緒にどうですか? たぶん霊夢さんも喜びますよ」

「おお、いいのか。まだ朝食を食べてなかったから、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

そこまでいって、一十百はハッとした顔になった。

「そ、そうでした。今から朝食のおかずを調達に行ってきます、霊夢さんが起きたらよろしく伝えてください」

そういって一十百は川のほうに向かって走っていった。

「……名前言いそびれたぜ。まあ、後でいいか」

魔女服の少女はゆっくりと空を見上げた。

 

 

一十百の行動は素早く魔女服の少女が賽銭箱のある境内に着く前に魚を取って戻ってきた。

その速さに魔女服の少女は何か質問をしようとしたようだが、一十百はまたどこかに走り去っていたので結局聞けずじまいとなった。

 

そして今、一十百がいるのは博麗神社から少しばかり歩いたところにある人里。

日も昇り始めたので段々とお店も開店し始めたようだ。

「何とかしてお味噌と、山菜のようなものを仕入れないと……」

いくつかお店を回り、調味料を売っている店までたどり着いた。

その時、一十百は大事なことに気がつく。

「あ、お財布って博麗神社に置いて来ちゃったんだ……。ふむぅ、取りに戻らないと……」

 

「おや? 朝早いのに買出しかい?」

店の奥から体格の良い、ねじり鉢巻をした男性が出てきた。

どうやら店主のようだ。

しっかりと店の名前が書かれたエプロンをしている。

「あ、えと、買出しをしようと思ったんですけど、お財布をちょっと置いてきちゃって……」

「そうか? それにしても変わった服装だな? どのあたりに住んでいるんだい」

「えと、今は博麗神社に泊まらせてもらってます」

「何、ということはそこまで戻るのか? さすがに遠いだろ」

博麗神社からこの人里までは普通の人なら二時間といったところ。

けれど一十百の走力があれば五分とかからない。

もちろん店主がこのことを知っているわけがないので心配されるのも無理はない。

 

「それで、何を買っていく予定だったんだい?」

「その、お味噌を買っていこうかと……」

「う~む、そうだな、ただでやるわけにはいかんからな……よし。一仕事してくれたら、そこの瓶の味噌を持っていっていいぞ」

「ふえっ、本当ですか!?」

「ああ、まあやってもらう仕事は、瓶を洗うくらいのことだが、大丈夫か?」

「はいっ」

そういうことで、一十百は店の奥で黙々と瓶を洗い磨くことになった。

移動時間の往復十分を考えてみると、財布を取りに帰ったほうが早かったのかもしれないが、わざわざ店主が提案を持ちかけてくれたので、それにあまえる事にしたようだ。

 

ここでも一十百の実力は発揮されていた。

山のように……というのは言いすぎだが、少なくない量の瓶があったはずだ。

それが既に終わりかけている。

手を抜いているというわけではない、その証拠に調味料を入れるための瓶は汚れ一つ、ほこり一つない。

 

結局、全ての瓶を洗い磨き上げるまで五分とかからなかった。

「終わりました~」

「いや、驚いた。手付きを見ていたが、只者ではないな。どこぞのお偉方の従者の方だったのかい?」

「えっ? ……はい!」

主は外の世界にいるので一瞬答えるのを戸惑ったが、主の従者であるのは間違いないのでにっこり微笑んで答えた。

「そうだったか。いや、若いのに偉いものだ。約束どおり持っていくといい」

そういって店主は瓶に入った味噌を渡してくれた。

「ありがとうございます!」

「無事に帰るんだぞ」

「はいっ」

一十百はこうして人里を後にした。

 

 

神社に帰ってから山菜を買うのを忘れたことに気付き結局人里まで戻ることとなった。

 




今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋

博麗神社の掃除:宿をお借りしてしまったので、神社内の掃き掃除と、境内の廊下磨きと、屋根の掃除をしました。これで、参拝客が増えるといいです。by一十百

魔女さん:朝早くにいらっしゃった方です。霊夢さんのお友達らしいので朝食にご招待しました!by一十百  何でアンタがいるのよ?by霊夢  気にしちゃダメだぜ。by魔理沙

瓶洗い磨き:お財布を忘れてしまったので困っていたところ、このお仕事をしたらお味噌をくれると言ってくれました!by一十百
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