暗く長い冥界の階段、静かに灯る燈篭。
人が立ち入ってはいけないと本能的に感じることのできる世界。
静まり返った階段を一人の少女が下りてきた。
「あなたは…」
「どうやってここに入ってきたのですか?」
「ふえっ? えっと……飛んで?」
「結界が張ってあったはず…」
「結界?」
一十百は少し前のことを思い出す。
プリズムリバー楽団の演奏を聴いていたときに、後ろの方の魔法陣のようなものが少し歪んでいたので、ちょっとそれに触れてみた。
すると、その魔法陣のようなものは溶ける様に消えていった。
「……あ。えと、触ったら消えちゃいましたけど…」
「消えたんですか!!」
「ふぇっ! は、はい」
「冥界の結界をたやすく……、一体貴女は何者ですか!」
「えと、一十百というものです。今日一日だけ博麗の巫女の代理をしています」
「だ、代理…ですか? 博麗の巫女というのは、この幻想郷において重要な存在だと幽々子様が言っていたような気がしますが……。簡単に代理などを立ててもいいのでしょうか?」
少し首をかしげて銀髪の少女が尋ねる。
一十百も博麗の巫女の重要性はわかっており、自分などでは到底務まるものではないと分かっていた。
しかし、霊夢から任されてしまったのだ。
そうなってしまったのならやる事は一つ。
「確かに僕ではこの大役はきっと務まりません。でも、だからこそ、全力を尽くしてこの異変を解決しに来たんです!」
青く強い光が一十百の瞳に灯る。
その真っ直ぐな意志の強さに、一瞬銀髪の少女がたじろいだ。
しかし、たじろいだのは一瞬、すぐに元の鋭い雰囲気に戻った。
「どのような理由があろうとも、今白玉楼に向かわせるわけには行きません」
「あぅぅ、なぜですか?」
「これほど春度を集めたのに、未だ西行妖は満開にならない…」
どこか悔しそうに銀髪の少女は拳を握る。
一十百の質問など耳に入っていないようだ。
「春度……って? リリーさん達、何か分かる?」
「十百さんの持ってる桜の花びらみたいのですよ~」
「春の訪れを告げるもの。それ、あったかいでしょ?」
一十百が少し前に空で見つけた桜の花びらを手に取る。
確かに普通の桜の花びらとは違うようだ。
どこか、ほんわかした雰囲気がある。
「どうやらあなた達も春度を持っているようですね。それをこちらに渡していただけませんか?」
「ほぇ? 別にかまいませんけど……、春を集めているのって…あなたですか?」
「私ではないです。この先の……いえ、あなた達には関係のないことです」
「関係ありますよ! 春が訪れてないんです。春告精のリリーさん達も、幻想郷の人たちも困っているんです。春を返していただきます!」
「…そうですか。なるべく穏便に済ませたかったのですか、致し方ありません」
そう言って銀髪の少女はスラリと二振りの刀を抜いた。
刀に鈍く燈篭の光が映る。
「魂魄妖夢、いざ参る!」
魂魄妖夢と名乗った少女が放つ闘気の様なものが二振りの刀を一層鋭く映し出した。
「ふええっ!! なんだか、とっても切れ味の良さそうな名刀っぽいですね…」
「妖怪が鍛えたこの楼観剣に斬れぬものなど、あんまりない!」
「あ、あんまり? えと……本当ですか?」
そういって一十百は木の棒を取り出す。
「本当に斬れぬものがあんまりないのか、ためさせてもらいます!」
一十百は真っ直ぐに木の棒を持った。
まるで斬ってくれと言わんばかりの構えだ。
「……分かりました。なら、動かないでください! はっ!」
魂魄妖夢の刀が一閃する。
直後、一十百のもたれていた木の棒は中心から真っ二つに斬られていた。
「おおぉ……。すごい…」
「どうですか? 楼観剣の切れ味は?」
「むむぅ、なら……これで!」
次に一十百が取り出したのは同じ太さくらいの鉄の棒。
木と鉄ではあからさまに硬さが違う。
「木が斬れるのは当たり前です。でも……、鉄ならどうですか?」
「楼観剣に斬れぬものなど…」
一十百の目の前を楼観剣が一閃する。
「あんまりないっ!」
直後、持っていた鉄の棒があっさりと短くなっていた。
少し遅れて、カランと鉄の棒の先が石階段に落ちる。
「さすが…」
「…今ので微動だにしませんか。見た目によらず、肝が据わっているようですね」
「妖夢さん…でしたっけ。貴女くらいの腕前なら不意打ちなんてしなくたって十分すぎるほどですから。僕に当てるつもりがないのも分かってましたし」
「そうですか…」
「さてと、妖夢さん。ここからが本番です!」
「本番? どういう意味ですか?」
一十百が懐から新しい金属を取り出す。
白く、淡い光沢があり、どこか神秘的な雰囲気を纏った金属だ。
ただの石などではないようだ。
「それは…いったい…」
「今までは一般的に知られている金属や木でした。でも、これは一般的にはあまり見ることのない金属です」
「………」
「ミスリル…というものです。鉄より硬く、鋼より軽い。はたして、斬ることが出来ますか?」
「……なるほど。確かに今までとは別物のようですね。しかし…」
ゆっくりと楼観剣が鞘にしまわれる。
一十百は妖夢がなにをしようとしているのか、すぐに理解できた。
「分かっているとは思いますが、動かないでくださいね。下手に動かれたら、身体が二つになりかねません」
「安心して下さい。妖夢さんの実力を信じて、微動だにしませんから」
一十百が微笑んだ。
恐怖や疑心などがまったくない笑顔だ。
それを見て魂魄妖夢は少し驚く。
面識のない相手をそこまで信用できるなんて……。
そこまで考えて、首を振る。
今は目の前の金属を斬ることに集中しなければ。
「この楼観剣に斬れぬものなど、少ししかないっ!」
今までとは比べ物にならぬ一閃。
鞘より放たれた刀身が見えぬほどの居合い。
パチンと、刀身が戻ったときには、既に一十百の持っていたミスリルは両断されていた。
「!! あっさりと、両断…ですか」
「ふっ、私の能力とこの楼観剣があれば、文字通り斬れぬものなど、あんまりない!」
あんまり…という部分で少し台無しだが、確かにその切れ味はすさまじいものだった。
ミスリルの断面は鏡のようになっており、一十百でも驚くようなものだった。
「……こうなったら、これを使いましょう!」
いつの間にか一十百の手に新しい金属の延べ棒がもたれていた。
金色、それよりも少しくすんだ色のような金属。
どう見ても鉄や銅などの金属ではない。
「これは、オリハルコーンと呼ばれる金属です。魔法を増幅し、魔法を反射する幻の金属。近い金属ではヒヒイロノカネと呼ばれるものがあります。もしも、その楼観剣が何かの術で強化されているものならば、斬る事は出来ないでしょう」
「…なるほど。しかし、この楼観剣、魔法や妖術の類で強化はされていない。今からそれを……証明しますっ!!」
タンと踏み込み、白銀の刃が一閃する。
一十百の持っていたオリハルコーンは斜めに切り落とされた。
「どうですか?」
「ほえぇ、さすがです。そうなると……もう単純な硬さを持つ金属のみしか意味がないですね…」
一十百が懐から懐からまた新しい金属を取り出す。
それを見て、魂魄妖夢が疑問に思う。
どう見てもただの巫女服…少し普通のとはちがうけど、とにかくただの巫女服なんですけど、一体どこにあれほどのものをしまっておくスペースがあるのでしょうか?
結局悩んでも仕方ないので、今は目の前のことに集中することにした。
取り出された金属は、黒く重厚な金属。
それを見て、魂魄妖夢は少しばかり戦慄する。
今までとは格が違う……。
文字通り硬さのみに特化した金属…。
「ダマスカスという金属です。ダマスカス鋼という形でナイフや鎧にされることがあります。硬く、重く、錆びない……。使いこなせれば最高部類の金属というわけです」
「…今までのが前座に感じますね。まだこのようなものが残っていたとは……」
「あきらめますか?」
少し心配そうに一十百が尋ねる。
刀が折れてしまうのもそうだが、妖夢程の居合いの使い手ならば、斬った衝撃で腕の骨を折ってしまうかもしれない。
そういう心配が一十百にはあった。
しかし、魂魄妖夢の表情には一点の迷いもなかった。
「しっかりと持っていてくださいね。斬れなかった理由が手から抜け落ちた…なんて、笑えませんから」
既に楼観剣は鞘にしまわれ、斬る用意は出来ているようだ。
一十百は自分の心配が無用なもの、特に剣士に対しては侮辱に当たるものだったと思い、一度頷いてから強くダマスカスを押さえた。
冥界の風が吹き抜ける…。
抜き放たれた楼観剣は、周りでみていた妖精たちの目には映らなかった。
唯一、一十百だけがその剣閃を捕らえていた。
静かにダマスカスが石階段に落ちた……。
「……ふぇぇ」
「どうですか? そろそろ、そちらの金属がなくなるころでは?」
「うむぅ、まさかこれを使うことになるとは思っていませんでした。僕の切り札、です!」
一十百が切り札というくらいだ。
少なくとも、常軌を逸した金属なのだろう。
ゆっくりと取り出された金属は、薄緑色のような金属だった。
エメラルドのような光沢、装飾品にしても十分なほど美しい金属だ。
普通の人ならこの程度だろう。
しかし、この数分で数多くの金属を斬ってきた魂魄妖夢になら分かる。
この金属は…硬い。
たぶん、今さっき自分が斬ったダマスカスと呼ばれるものより、遥かに……。
「さすがは切り札……。ただの石や金属ではないですね…」
「はい。古より伝わる、鉱石。緑水晶のように美しく、人をひきつける…。同時にそれはありとあらゆる刀身から身を守る城となる。人はこの金属に畏れと願いを込めて、神の名をつけたそうです。アダマンタイト、と」
一十百がそっと持ち上げる。
そして、決して放さぬよう強く握る。
「貴女に、これが斬れますか?」
「……斬れる、ではなく、斬るのです」
ゆらりと楼観剣が鞘にしまわれる。
今までとは比べ物にならないほどの集中力を研ぎ澄ます。
しんと辺りが静まり返る。
時間が止まったような感覚、一瞬なのか、それとも一時間くらいたったのか分からないが、楼観剣が抜き放たれた。
狙い違わず楼観剣は確かに一十百の持っている鉱石を捉えた。
そして……、カランと小気味のいい音が響く。
一十百の持っていた金属は……切り落とされていた。
「………」
「………」
幻の金属を越えた硬さを持つ金属を斬ったというのに魂魄妖夢の表情は優れなかった。
同じように一十百も切り払われた金属を見て、表情を曇らせた。
周りで見ている妖精たちにはまったく分からなかったが……、斬った本人と斬られた本人には今の斬撃が今までと違っていたことに気が付いていた。
「……楼観剣に斬れぬものなど、殆どない。殆ど……ないのです」
「確かに、殆どないのかもしれません。でも……、限界はありました」
楼観剣がアダマンタイトを切り払う瞬間、ほんの一瞬だけ刀が止まった…。
常人では気が付くことのできないくらい、まさに刹那の瞬間というものだ。
これは今までの金属では起こらなかったことだ。
つまり……。
「これよりもさらに硬い金属があるなら、斬れない可能性があるということです」
「もしも、そんなものがあればの話ですけれどね」
「……ありますよ」
「えっ?」
そっと一十百がつぶやいた。
そして、一十百が懐からそっと取り出す。
取り出された物は、静かに淡く青い光沢を放っていた。
「……木の軽さ、鉄の多様性、ミスリルの神秘性、オリハルコーンの能力、ダマスクスの強靭さ、そしてアダマンタイトの硬さ……。その全てを越えた、唯一つの金属」
「なっ……、なんですか……、その金属は…」
「僕が作り上げた、金属です。そのため名前はありません。かつて、アヴソリュートと呼ばれたことがありましたけど…。これが正真正銘の、最後の金属です」
一十百がその金属をそっと持つ。
ゆらりと淡い光が一十百の目に灯った。
「魂魄妖夢さん。貴女に、これが斬れますか?」
一十百が静かに尋ねる。
その言葉には、心配と、信頼と、それ以上の期待が含まれていた。
魂魄妖夢はゆっくりと頷く。
本来なら目の前の巫女は敵のはずなのに、この期待に応えなくてはいけない気がした。
冥界の階段からすべての音が消える……。
「剣士として、魂魄妖夢として……、その金属を斬らせていただきます!」
すべての意識を桜観剣に注ぐ。
そして……、剣が放たれた。
今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋
魂魄妖夢:冥界の階段であった剣士さんです。真っ直ぐな志を持っている、立派な方です!
同じように、主に仕える者として見習いたいところがたくさんあります。今度、色々とお話ししてみたいです。by一十百 ……一体どこからあれ程色々なものが出てきたのでしょうか?by妖夢
幻鉱石:ミスリル、オリハルコーン、ダマスカス、アダマンタイト……。今はあまり見られなくなった鉱石です。でも、探せば結構ありそうなんですけど……。by一十百 ないわよ!by霊夢 一つほしいぜ!by魔理沙
アヴソリュート:僕が作り出した鉱石です。意味は…絶対的、というらしいです。まだ試作段階なんですけど、上手くできたので持っていました。by一十百 ……いや、何も言わないわ。by霊夢 これをあっさり作ってしまう一十百君って……。by紫