東方お仕事記   作:TomomonD

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三十六仕事目 砕く月と拳

紅白と白黒が宴会の空を越え、静かな空を飛ぶ。

川のほとりをめざし、遅くない速度で夜空を行く。

 

 

「霊夢、あれじゃないか?」

「そうみたいね」

霧雨魔理沙が指差した先では、淡い光があふれていた。

その光は時折強く輝き、同時に何か強い衝撃が空に響く。

「派手にやってるみたいだな。これは、止めるとすると一苦労だぜ」

「……一十百が派手にって、考えにくいわね」

「だからこそ宴会の中、来たんだぜ」

魔理沙の速度が一段と速くなる。

霊夢も同じように速度を上げる。

 

 

二人が川岸に降り立つ。

少し遠くに一十百の姿が見える。

淡い青色の光を薄く纏う一十百の姿は、妖精にも亡霊にも見える姿だった。

ただ、一十百の相手をしている伊吹萃香と呼ばれる鬼の姿が見えない。

川のほとりには一十百が一人いるだけのようにも見える。

「もう終わったのか?」

「どうやらそうじゃないみたいよ」

霊夢が指差した先で一十百がスペルカードを振り上げる。

少し前と同じように、淡い光がスペルカードに吸い込まれていく。

そして、光を吸い込んだスペルカードが青い炎のような光に包まれる。

「あのスペルカードは……」

「魔理沙見える?」

「ちょっと、厳しいけど……。元は、濁点『ダークオン・ハート』か?」

「あのハートの弾幕と鳥の弾幕のやつね」

「さて、どう変わるか気になるぜ!」

一十百がスペルカードを高々と投げる。

そして前と後ろで二度柏手を打った。

「終告『十二枚翼のキセキ』」

一十百の周りに鳥型の弾幕が六つ放たれた。

鳥型の弾幕は一十百を中心に二度ほど回転する。

 

「初めて見る弾幕だぜ。今までのに比べて弾幕の量が少なすぎる気がするぜ」

「あの鳥の弾幕……、それにキセキって…」

一十百が腕を振り下ろす。

それが合図であるように、一十百の周りの鳥型の弾幕が一斉に飛び立つ。

あるものは直線に、またあるものは直角に曲がりながら、別々の方向に飛んで行った。

飛ぶ速度はかなり速い。

とはいえ、たかだか六つの弾幕に当たることはないだろう。

そう二人がおもった直後、鳥型の弾幕の後を恐ろしい速度と量の弾幕が通過して行った。

「「!!!」」

もしも、鳥の弾幕をかわす程度に避けていたら、今の弾幕に直撃していただろう。

見ている二人は、それが自分の身に降りかかったらと思うと、軽く体を震わせた。

「れ、霊夢……。一十のスペルが、怖いぜ」

「でも、避けられないわけじゃないわ。狭い部屋とかだと……危険だけど」

一十百の周りにはすでに次の鳥型の弾幕が作られ回転していた。

しかし、やはり戦っているであろう相手の姿が見えない。

 

一十百はまた同じように腕を振り下ろす。

鳥型の弾幕が別方向に飛んでいく。

そのうちの一つが霊夢と魔理沙が隠れている川縁の真上を飛んで行った。

「あれ……、これって…」

「魔理沙、伏せて!!」

霊夢が魔理沙の後頭部をつかんで地面に押し付けた。

二人のほんの数センチ上を弾幕の川が流れていった。

魔理沙は地面に押し付けられていてわからなかったが、自分で伏せた霊夢はその弾幕の川を間近で見ることができた。

圧倒的な量と速度……。

これは、鳥弾幕の時点で大きく避けないと、どうしようもないわね。

直撃したこと考えると……そのあとは考えたくないわ。

弾幕の川が通り過ぎていく。

 

「れ、霊夢、痛いぜ……」

「こうでもしなかったら、あんた今頃頭がなくなってるわよ」

魔理沙の顔色がさーっと青くなる。

恐る恐る自分の顔を触って確かめる。

「ま、まだここにあったぜ…」

「そりゃ、そうでしょうが」

「前に一十が言っていたんだが、頭だけで動く生物がいるって言ってたんだぜ。それの仲間入りをするかと思ったぜ…」

「そんな生物、いるわけ……。いや、いそうね」

ふぅと息を吐く。

 

 

一十百が三度目の鳥弾幕を作り上げる。

しかし、鳥弾幕が回転し始める前にそのうちの一つがはじけ飛んだ。

「……止めに来ましたか」

「さすがに霧の状態でもこれ以上撃たれると厳しいからね」

ゆらりと一十百の前の空間が揺らぐ。

そこには拳を突き出した角を持つ少女の姿が現れた。

一十百が今までと同じように腕を振り下ろす。

五つの鳥の弾幕が放たれる。

そのうち一つが伊吹萃香に向けて飛んで行った。

「おっと」

まるで酒に酔っているかと思わせるようにふらふらと鳥の弾幕を避ける。

直後に来る川のような弾幕も寝転がるようにしてあっさりとかわした。

 

「おいおい、なんだあの避け方。小馬鹿にしてるぜ」

「ええ。でも、無駄に動いてるわけじゃない。必要な分だけ動いたみたいね」

「……実力は本物、というわけか?」

「それは見てみないとわからないわ」

霊夢は視線を二人のほうに戻す。

 

弾幕の川が流れきると、伊吹萃香がふらりと立ち上がる。

そして、手に持っていた瓢箪を一十百に向けて思いっきり投げつける。

ただの投擲なのだが、その速度と力強さは見ていた者にはわかる。

直撃すれば、怪我では済まない。

「……しかたないですね」

けれど一十百はそこから一歩も動かない。

瓢箪が一十百にぶつかるとカシャンという音が響き渡った。

「スペルカードで衝撃を軽減したようだね」

「発動しているときはあまり動けませんから、仕方がないです」

一十百の手元には光を失ったスペルカードが持たれていた。

 

「じゃ、悪く思わないでね」

ダンと地面を蹴って伊吹萃香が一十百の目の前まで一気に近づいた。

その勢いを殺さずに拳を突き出した。

一十百は腕を十字にし、その一撃を防ぐ。

川のほとりに鈍い音が響き渡った。

鬼の一撃を防ぐには一十百の小柄な体格では厳しかったようだ。

完全に防いだものの、その衝撃で一十百は大きく後ろに吹き飛ばされた。

「いやいや、人間が鬼の一撃を防ぐもんじゃないよ。今ので、片腕の骨は折れちまったかもしれないよ」

くいと瓢箪に入った酒を飲みながら伊吹萃香がそうつぶやく。

「うん?」

今しがた吹き飛ばした人間があっさりと立ち上がるのを見て伊吹萃香は少し目を細める。

パンパンと土ぼこりを払って何事もなかったように立ち上がった。

防いだほうの腕も何事もないように土ぼこりを払っている。

 

「へぇ……。そりゃ本気じゃないとはいえ、無傷ってのは驚いた。本当に人間かい?」

「そうですよ」

立ち上がった一十百の手にはすでにスペルカードが持たれていた。

ゆらりとスペルカードに青い光の炎が灯る。

「さすがにスペカ連発は厳しいね。なら、こっちも」

伊吹萃香もスペルカードを構えた。

「符の壱『投擲の天岩戸』」

スペルカードの発動と同時に伊吹萃香は右腕を回しながら軽く飛び上がった。

その振り回す腕にまるで引き寄せられるかのように、川の石が集められていく。

いつしか、その石の塊は萃香の数倍の大きさになっていた。

「さあ、いくよっ!」

ゴウゥンと風を切り、巨大な石の塊が一十百に向けて思いっきり投げられた。

しかし、そこで気が付く。

いつまでたっても一十百のスペルカードの宣言がされていないという事に。

一十百がダンと踏み込む。

今までの軽い踏み込みとは全く違う、重く地面に響くような踏み込みだ。

「まさか…」

「やぁぁああ!」

一十百の拳打が飛ばされてきた石の塊に向かって放たれる。

何倍もの大きさのある石の塊は一十百の拳打の前にあっけなく崩れ去った。

 

「なるほど、スペカ中はあまり動けないんだったね…」

伊吹萃香が地面に降り立つと、既に一十百がしっかりと構えを取っていた。

先ほどよりも深く重い踏み込みの音が響く。

一十百の拳打は狙い違わず伊吹萃香をとらえた。

カシャンと何かが割れる音が聞こえ、伊吹萃香は大きく後ろに吹き飛ばされた。

「くぅ~、スペカもろとも壊してきたか。衝撃が軽減されてこれかい?」

本当に、人間?

そう言おうとしたが、一十百の振り上げられたスペルカードを見て急いで立ち上がる。

「畳み掛けてくるか!」

「轟天『雷鳴轟き裂ける大地』」

一十百の持っているスペルカードが強い光を放ち始める。

 

「あれは……、土天『曇天色の大地』の変化したものかしら?」

「よく見えなかったけど、そんな感じだったぜ。それよりも、あの大岩を素手で砕くって……」

「まあ、あの電車とか言うのを引きずってきたんだから、できなくはなさそうよね」

「いや、人間じゃ、ちょっと厳しいぜ。少なくとも私は一生かけてもできないと思う」

虚ろな目で魔理沙がそう言った。

普通はできないけど、まあ一十百だし。

そんなことを思いながら霊夢は一十百の次のスペルカードを見る。

 

一十百がパチンと指を鳴らす。

すると伊吹萃香の周りに数発の落雷のような弾幕が降り注ぐ。

数発は萃香を直接狙って降り注いだ。

「おおっと」

ふらりとよろけるように落雷の弾幕をかわす。

落雷の弾幕の着弾した部分から溶岩のような赤い弾幕が吹き上がるように放たれる。

そして、その弾幕は重力に引かれるように降り注いだ。

その間も落雷の弾幕は降り注ぐ。

「よっとと、これは、少し厳しいね」

そう言って伊吹萃香はタンと軽く地面を蹴る。

雷と溶岩の弾幕を潜り抜け一十百まであと一歩というところまで近づいた。

しかし、そこに向けて落雷の弾幕が降り注いだ。

ズドンという音が響く。

それでも伊吹萃香の拳は止まらなかった。

「一発は覚悟の上……とはいえ、さすがにこたえるよ……。でも、これで終わり!」

一十百に向けて拳打が放たれる。

前と同じように一十百は腕を十字にし構える。

「同じ避け方が鬼に通用すると思うな!」

伊吹萃香の拳がワンテンポ遅く振り下ろされる。

今までよりも、遥かに密度のある一撃。

ワンテンポ遅らせることで、その分の一撃の密度を高めたのだった。

その一撃を一十百は正面から受けた。

「……っ」

何かが割れる音が響く。

その音とともに一十百が後ろの岸壁まで吹き飛ばされる。

「あぐっ…」

 

吹き飛ばされた一十百がふらりと立ち上がる。

確かに多少の痛手を与えたのは確かだった。

しかし、伊吹萃香は一十百の腕に注視する。

両方の腕は、まったくの無傷だった。

「どうなってるんだい? 今度はそれほど手加減してないよ」

「スペルカードの衝撃緩和だけなら僕の腕は粉々かもしれません。でも、後ろに吹き飛ばされることで更に衝撃を和らげました」

「吹き飛ばされる? そうか、軽く跳ねたか」

「そうです。あえて地面から浮くことによって衝撃を流したんです」

ゆっくりと一十百が元の位置に戻る。

 

 

「さすがに、普通の打撃じゃ無理か。いつから人間はそこまで強くなったのかねぇ」

やれやれと言ったように伊吹萃香は二枚目のスペルカードを取り出した。

「符の弐『坤軸の大鬼』」

ダンと伊吹萃香が高く飛び上がり、空中でバッと両手を広げる。

すると、今まで小柄だった萃香の姿が巨大な姿に変化する。

文字通り、そのまま巨大化したような姿だ。

そして、踏み抜くように一直線に落ちてきた。

「えっ!」

一十百が大きくバックステップをする。

一瞬遅れて巨大な萃香がそこを踏み抜いた。

「おっ、上手く避けたね。さて、次は避けられるかな?」

伊吹萃香の姿が元の大きさに戻った。

そして、もう一度飛び上がる。

「………」

タン、タンと一十百がタイミングを計るように足を鳴らす。

「さあ、どうする!」

巨大な萃香が一十百のいる場所を踏み抜くように落下する。

その時を待っていたかのように、一十百が右手を大きく後ろに引く。

その反動だけで一十百の体が後ろに引かれたように滑る。

「なっ!」

ダンと一十百のいたはずの地面を萃香が踏み抜く。

しかし、既にそこに一十百はいない。

そして、伊吹萃香が元の大きさに戻る瞬間、一十百が引いた右手を突き出した。

その勢いで滑るように一十百の体は動き、無防備だった伊吹萃香に一十百の掌底が叩き込まれた。

「くぅぁ…」

小柄な伊吹萃香の体が宙に浮く。

伊吹萃香はそのまま大きく吹き飛び、川縁の木に叩きつけられた。

 

「……けほっ。油断はしてないけど……、これは気合を入れないとまずそうだね。それこそ、同じ鬼を相手にしてると思ったほうがいいのかもね」

掌底を撃ち込まれた腹部を抑えながら伊吹萃香が一十百の前まで歩いていく。

いつしか、伊吹萃香からとても強い妖気……いや覇気のようなものが立ち上っていた。

鬼として、強者としてのオーラのようなものだ。

それに呼応するように一十百の淡い青色の光が大きく揺らめく。

「さあ、決着をつけようか! 百鬼夜行の恐ろしさと強大さを知るがいい!」

「力、数、種族……。たとえ、そのすべてで勝っていようとも、一時の勝負に勝てるとは限らない!」

 

静かな川のほとりで、二つの大きな力がぶつかろうとしていた。

 




今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋

終告『十二枚翼のキセキ』:濁点『ダークオン・ハート』が変化したスペルカードね。六つの鳥型の弾幕が色々な方向に放たれて、そこをとてつもない量と速さの弾幕が通過していくスペルカードね。先に鳥型の弾幕を消すことができれば、安全に避けられると思うわ。by霊夢  それができたら苦労しないぜ……。by魔理沙

轟天『雷鳴轟き裂ける大地』:土天『曇天色の大地』が変化したスペカだぜ。降り注ぐ落雷の状の弾幕が落ちるとそこから溶岩状の赤い弾幕が吹き上がり降り注ぐスペカだ。溶岩弾幕は落ち着けば避けられそうだが、落雷弾幕が常に降り注いでいるから両方に気を配らないとすぐ被弾しそうだぜ。by魔理沙  落雷弾幕が落ちる場所に大きく左右されるスペカね。by霊夢

接近戦の実力:一十百は見た目以上どころか、常識はずれの力持ちよ。それは弾幕に頼らない接近戦でこそ発揮されるわ。それと、見た目以上に頑丈みたいね。by霊夢  ますます人間か怪しくなってきたんだぜ…。by魔理沙  本当に、いつからこんなに人間は強くなったんだか。by萃香
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