魔法の森にひっそりと佇む洋館。
その館には人形を操ると言われる魔法使いがいると言われている。
「……困ったわね」
「布がないんですか?」
「ええ。この前、上海の服をかなり作っちゃったのを忘れてたわ」
アリスが困ったように目を伏せる。
そして、ポンと軽く手を打った。
「十百君、この子を連れて人里に買い出しに行ってくれないかしら?」
「この子? あっ!」
アリスの肩の後ろからひょこっと上海人形が顔を出した。
「君は、あの時の!」
「そう、半自立行動型上海人形よ。他の上海人形と違って意志があるの。この子に布を選ばせてあげて」
「はい。それじゃ、行こっか!」
一十百はそっと手を伸ばし、微笑んだ。
上海は小さな手でその手をそっと握り、じっと一十百をみた。
「………」
「?」
「上海も一緒に行きたがってるみたいだから、お願いできる?」
「はいっ」
一十百は魔法の森を抜け、人里に向かう。
今回は上海がいるため走るわけにはいかない、のんびり歩いて森を抜けることになった。
「上海、ついてきてる?」
「………」
一十百の横ふわりと飛ぶ上海がコクリと頷く。
何だか、外の世界でもこんな風に主と歩いた気がしたなぁ……。
すこし、一十百が前の事を思い出す。
人形の主を頭の上に乗せて学校に行ってたなぁ。
そのことが少し懐かしく思え、そっと微笑んだ。
「………」
くいくいと上海が一十百の服を引っ張る。
「うん? どうしたの?」
一十百が少し歩みを緩める。
「………」
ひょいと上海が一十百の肩に乗る。
そして、そっと腰を下ろした。
「?」
「………」
何事もなかったかのように上海はまっすぐ前を向いていた。
「…? えと、行こっか」
少し一十百は不思議に思ったが、そのまま真っ直ぐ人里へと向かっていった。
一十百が上海の案内通りに歩いていくと、人里が見えてきた。
博麗神社から最も近い人里ではない、少し大きめの人里が見えてきた。
「へ~、こんなところに大きな人里があるなんて、知らなかった」
色々と店を回って商品の確認をしていく。
今まで行っていた人里とは違った品がいくつか並んでいた。
変わった野菜や山菜が目に留まる。
う~ん、足を延ばしてでもこっちに来た方がいいかもしれないなぁ。
そんなことを考えながら店を回っていると、布や糸を売っている店の前にたどり着いた。
中には、色鮮やかな布や、色々な模様の反物が売られている。
「すごい、いろいろある。上海、どれにする?」
「………」
肩に乗っていた上海がふわりと浮き、店内を見て回る。
そして、決めたのか一十百の袖を引っ張った。
「こっち?」
「………」
上海が指差した先には、紺色の反物が置いてあった。
「あれ?」
上海がコクリと頷く。
「うん、わかった」
「へぇ、上海がこの色を」
「? 珍しいんですか?」
「そういうわけじゃないんだけど……。もっと明るい色を選ぶかと思ってたわ」
一十百が買ってきた反物を見ながらアリスがそう言った。
「そう言えば、一種類しか買ってこなかったんですけど、よかったんですか?」
「ええ。別に布が何もないってわけじゃなかったから」
作業台の上には型紙や、色とりどりの布、裁縫道具がすでに用意されていた。
「………」
「?」
「あら、どうしたの上海?」
じっと一十百の事を見ていたのが気になったのか、アリスが上海に軽く尋ねる。
ピクッと肩を一瞬揺らして、上海がアリスのほうを向く。
そして、何でもないという風に首を横に振った。
アリスはじ~っと上海の事を見る。
その視線を受けきれなくなったのか、上海は手を前でぶんぶん振った。
「……ふ~ん」
「?? どうしました、アリスさん」
「うん、ちょっとね」
「ほぇ?」
アリスが少し目を細める。
そして、何かを思いつく。
「十百君、ちょっと霊夢から巫女服を借りてきてくれない?」
「霊夢さんからですか?」
「うん。ちょっと、思いついたことがあってね。そうそう、上海を連れて行ってくれる」
「ふぇ? 上海をですか?」
「そう。ここで待たせるのも、暇そうにされるだけだからね」
「はい! じゃ、行こっか?」
「………」
コクリと上海は頷いて、一十百の肩に乗る。
「それじゃ、行ってきます!」
一十百が元気よくドアを開ける。
「………」
一十百は気が付かなかったが、ドアを開けたとき上海は一度アリスのほうを見た。
アリスは、そっとウインクをして上海を見送った。
ゆっくりとドアが閉まる。
「……十百君って、人形に好まれる体質なのかしら?」
一十百と上海が出発していったドアを見てアリスはそう呟いた。
「……アリスが?」
「はい。思いついたことがあるらしくって」
「ふ~ん……」
一十百と上海が博麗神社に戻ると霊夢が一人でくつろいでいた。
どうやら、さっきのメンツは帰ってしまったようだ。
せっかく一度帰ってきたのだからと、お茶を注ぐのを忘れない一十百。
「まあ、一着くらい貸しても問題はないから、いいわよ」
「本当ですか! よかったぁ」
一十百がホッとしたように微笑んだ。
やれやれと言ったように、霊夢は注がれたお茶を飲む。
一十百の肩に乗ってる上海に目を向ける。
…なんで、乗っけてるのかしら?
まあ、確か人形の主がいるって言ってたから、その名残なのかしらね…。
「………」
「何?」
「………」
「何よ?」
「………」
「……何?」
上海がじっと霊夢の事を見る。
そして、指をさして一言。
「バカジャネーノ」
プチンと何か糸のようなものが切れたような音が聞こえた。
実際何かが切れたわけではないようだが、確かにその音は博麗神社に響いた。
「……一十百。その人形……壊す」
「はい……ふぇっ! れ、霊夢さん!?」
一十百が霊夢のほうを見ると、黒いオーラのようなものに包まれた霊夢がそこに立っていた。
「ふぇええぇっ!! れ、霊夢さん、落ち着いて!」
「大丈夫、落ち着いてるわ。ええ、落ち着いていますとも。それを破壊するだけだから、安心して」
「安心できませんって。とにかく、いったん深呼吸を…」
「そ、そうね。ただの人形に腹を立てるほど、この博麗霊夢の心は…」
「バカジャネーノ」
ビシッと霊夢に指を突き付けてはっきりとそう言った。
「……しゃ、上海?」
「ふ、ふふふ……。そうよね、心は広いわ。でも、壊す!!!」
霊夢を纏うオーラがさらに深く黒く立ちのぼる。
あうぅ……ルーミアもびっくりの黒いオーラです……。
ここは……。
ヒョイと上海を抱えると、一瞬で霊夢の横を走り抜ける。
「えっ!!」
「ごめんなさい霊夢さん。あ、巫女服借りていきますね~」
「ちょっ…」
霊夢が振り返った時にはすでに一十百と上海の姿は見えなくなっていた。
「……という事があったんです」
「あ……そうだったの。その、悪いことをしたわね」
博麗神社からアリスの家まで一直線で走り抜けてきた一十百。
魔法の森の妖怪たちも驚くほどの速さで走り抜けてきたので、髪や服が少し乱れている。
しかし、息は乱れていないようだった。
恐ろしい体力の持ち主である。
「いえいえ。でも、なんで上海は霊夢さんにあんなことを言ったんでしょうか?」
「そうね……。上海には上海なりの基準があるのかもしれないわ」
「そうなの?」
一十百は上海を見る。
水晶のようなその瞳には何が映っているのかは分からない。
ただ、なんとなく、少しだけ動揺しているように見えた。
「?」
「………」
上海が少し視線を外す。
その光景を見て、アリスは微笑んだ。
人形に自我は宿るのかしら?
十百君の主にもきっと自我はあったはずよね。
なら、この上海にも……。
十百君はこの上海にとてもいい影響を与えてくれるわね。
「それで、巫女服を借りてきたんですけど、何に使うんですか?」
「上海の新しい服を考えてて、何かインスピレーションがほしかったのよ」
「そうだったんですか」
「まあ、それだけじゃなかったんだけどね…」
「ほえっ?」
「何でもないわ」
ふふっとアリスは微笑んで巫女服を受け取った。
「それじゃ、そろそろ博麗神社に戻りますね」
「ええ。今日はいろいろ走り回らせて悪かったわね」
「いえいえ。上海とのお散歩は楽しかったですから」
「そう言ってくれると、上海も喜ぶわ」
「………」
ほとんど上海の表情は変わらないが、少しだけ微笑んだように見えた。
一十百も微笑み返す。
「機会があったら、また上海と一緒に散歩でもしてあげて」
「はい! それでは」
一礼して、一十百は博麗神社のほうに走っていった。
「………」
「そんなに気に入ったの?」
「………」
「彼には人形の主がいるらしいわよ」
「……!!」
「ただ今戻りました~」
「一~十~百~……」
ゴゴゴ…と地鳴りが起きそうな雰囲気で霊夢が待っていた。
横には何やらボロボロになった霧雨魔理沙らしきものが倒れていた。
「……えと、それは?」
「ああ、これ? 気分転換の弾幕勝負に付き合ってもらっただけよ」
「ま、魔理沙さん? 大丈夫ですか?」
「……かふっ」
口から煙を出しているが、何とか生きてはいるようだ。
「それで、あの人形は?」
「アリスさんのお家ですけど?」
「くっ……壊し損ねた」
「ま、まあまあ。えと、日も暮れてきましたし、ご飯にしましょうか」
「はあ、仕方ないわね。魔理沙、八つ当たりに付き合ってくれたんだから、夕食くらい食べていきなさいよ」
「……この巫女をどうにかしてほしいぜ」
今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋
布の買い出し:アリスさんに頼まれて、上海と一緒に買い出しに行きました。今まで行ったことのない人里を見つけることができたので、今度時間があるときに行ってみようと思います。by一十百 上海も楽しめたみたいね、よかったわ。byアリス