夜風を切って青い服の少年が地面すれすれを飛んでいく。
左手には大きな三日月の杖。
一十百は異変解決に向けて飛んでいく。
「こっち、かなぁ?」
「勘かい?」
三日月の杖に宿った魅魔の声が頭に響く。
どこか呆れたような声色だ。
「勘です!」
自信満々に一十百が言う。
今までもほぼ勘に頼ってどうにかなってきたので、今回もどうにかなるとの予想のようだ。
今、一十百がいるのは霧の湖とは別方向の森。
前に一度、上海と一緒に行った大きな人里がある方へ向かっている。
夜の森は意外と明るく、初飛行の一十百も安心して飛んでいける。
「何もありませんね。霊夢さん達はこっちに来たんじゃないんでしょうか?」
「さて、どうだろうね。おっ、ちょうど話の分かりそうなのがいるじゃないか」
「ふえっ?」
一十百が森の奥の方を見ると、淡く幻想的な光が集まっている。
その光の中に一人、何者かの姿が見えた。
ゆっくりと近づいていくと、その光の正体がわかった。
光の正体は蛍。
外の世界では見られることの少なくなってきている夏の風物詩でもある。
「蛍ですか~。風流ですね」
「また人間!」
一十百を見て光の中心にいた人影が驚く。
また、という事はどうやら少し前に誰かが通ったようだ。
その一言を聞いて一十百はグッとガッツポーズをする。
「やっぱりこっちでした。勘で飛んできましたけど、ばっちりだったようですね」
「そうみたいだね。なら、早々に追いかけるとしようか」
「ちょっと、ちょっと。私を無視するなんていい度胸じゃない」
蛍の光に包まれた少女が腰に手を当てて一十百の方を向く。
短めの緑色の髪からは二つの触覚のようなものが出ている。
人間ではないようだ。
「蛍の妖怪ですか? こんばんは」
「え? ああ、こんばんは」
一十百があっさりと挨拶をしたので調子が狂ったのか、蛍の妖怪もつられて挨拶をした。
「君はいったい何者? 今回の異変と何か関係があるなら、いろいろ聞きたいんだけど…」
「異変って…月の事? 別に私とは関係ないよ。私はリグル・ナイトバグ、蛍の妖怪といったところかな」
「僕は一十百。見えないかもしれないけど、僕に力を貸してくれてるのは魅魔さん」
一十百が微笑みながら三日月の杖に手を向ける。
そして一十百がいったん距離を取った。
「このまま素通ししてもらえ……ないよね」
「今さっき人間に負けたからね。悪いけど憂さ晴らしだとおもって、あっけなく落ちてもらうよ」
そう言うとリグル・ナイトバグから蛍が離れていった。
どうやら弾幕勝負するつもりのようだ。
「どうするんだい?」
魅魔の声が杖の中から響く。
少し考えて一十百が答える。
「僕もショットとかの練習を兼ねてお相手することにします」
一十百の横の青い魂のようなものが揺らめく。
そこから次々と鳥型の弾幕放たれていった。
対するリグルからは弧を描くような弾幕が放たれる。
夜の森に弾幕が飛び交っていく。
「くっ…、当たらない。しょうがない、そろそろスペルカードを使わせてもらうよ!」
リグル・ナイトバグがスペルカードを構える。
「灯符『ファイヤフライフェノメノン』」
スペルカードが輝き次々と弾幕を作り上げる。
緑色に光る弾幕が次々と放たれていく。
「おっと」
しかし、今までの一十百と違い、今回の一十百は地面と空を避けることができる。
二次元的な避け幅から三次元的な避け幅に変わったため、今までなら辛かったであろうこのスペルカードも難なく避けていく。
さらに、今回は避けるだけでなくショットまで放つことができる。
次々と放たれる弾幕をよけながら、一十百はショットを放っていく。
狙い違わず鳥型の弾幕はリグル・ナイトバグに向かって飛んでいく。
そのうちのいくつかが直撃すると、カシャンという音と共にスペルカードが砕けた。
「くっ…、まだまだっ!」
リグルが次のスペルカードを構える。
一十百はいったん地面に降り立つ。
「よ~し、だんだんと飛ぶのにも慣れてきた」
グッと一十百が杖を握る。
「蠢符『ナイトバグトルネード』」
二枚目のスペルカードが輝く。
リグルから回転するように弾幕が放たれていく。
弾幕の隙間が小さく避けにくいスペルカードだ。
しかし、その回転弾幕を見て一十百が何かに気が付く。
「う~ん…」
「どうしたんだい?」
「魅魔さん。ちょっと……、試してみます」
始めに放たれた弾幕を避け、一十百がリグルの方に一気に近づく。
「えっ?」
「これで…」
次の回転弾幕が放たれる。
その時、一十百が回転弾幕に合わせるようにリグルの周りを回り始めた。
少しでもずれてしまえば直撃するであろう弾幕をまるで掠らせるように避けていく。
「そんなっ!」
「やっぱりできた!」
本来なら離れて避ける弾幕なのだろう。
しかし、一十百の回避力なら、この避け方も一つの作戦なのかもしれない。
相手の弾幕は当たらず、こちらのショットのみが当たる距離。
まさに一方的な展開になった。
ほぼあっさりと二枚目のスペルカードが崩れ去った。
「つ、強い…」
二枚のスペルカードを突破されたところでリグル・ナイトバグは降参した。
弾幕勝負が終わり、話を聞いてみると……。
「紅白の巫女? 霊夢さんがここを通っていったの?」
「そうだよ。はぁ、あの巫女も強かったけど…、君も随分と強い。こんなに強い人間がいるなんて思ってなかった」
「今日は魅魔さんの力を借りてるからね。いつもよりもずっと上手く弾幕勝負ができるんだと思う」
そう言って一十百は三日月の杖にそっと両手を添えた。
「それにしたって、人間の動きとは思え……」
そこまで言ってリグルは何か思い出したのか、驚いたような表情なる。
「一十百だっけ…、もしかして、チルノとかルーミアとかが言ってた人間?」
「あれ? チルノとルーミアのこと知ってるの?」
「良く遊ぶ友達だよ。まえに話を聞いたことがあったのを今思い出したよ」
どんな話を聞いたのかは分からないが、どうやらただの人間ではないくらいの事は聞いていたようだ。
リグルはホッとした表情になる。
「ず、随分手加減してくれたんだね」
「えっ? そんなに手加減してないつもりだったけど……」
「だってチルノが“十百は襲い掛かる鼠妖怪を素手でぼっこぼこにして、挽き肉にするんだよ”って言ってたし……。ルーミアは“刃のついてない鉄の棒で妖怪の皮を剥いで、料理する”って…」
それを聞いて一十百は苦笑いを浮かべる。
「十百、お前さんって人間…じゃなかったのかい?」
「人間ですよ!」
「それにしては、随分と、その……人間離れしたことを…」
魅魔がとても言いにくそうにそう言った。
杖の中にいるため見えないが、きっと眉間に手を当てているのだろう。
「その、何か、誤解してませんか?」
「えっ? チルノ達の言ってることって違うの?」
「えと、確かに鼠妖怪の肉を素手でぼこぼこと叩いて挽き肉にしてハンバーグにしたり、皮を剥ぐためにペーパーナイフを使ったりはしましたけど…」
「「………」」
「このくらい普通の人にはできますよ」
「「……それは普通とは言わない」」
リグルの話では少し前に紅白の巫女がここを通り過ぎて行ったと言っていた。
博麗霊夢であろう巫女を追うために一十百が飛び立とうとする。
その時、何者かがこちらに近づいてくるのを魅魔が感じ取った。
「誰か来るよ」
「ふぇ? 誰でしょうか?」
一十百が辺りを見回す。
すると……。
「咲夜。別に付いて来なくてもいいわよ」
「私はお嬢様が心配なのです」
聞いたことのある声が聞こえる。
どうやら、紅魔館の主、レミリア・スカーレットとその従者の十六夜咲夜のようだ。
二人も一十百の事に気が付いたのか、森のなか一直線に向かってきた。
「あっ、こんばんは。レミリアさん、咲夜さん」
「あら、一十百じゃないの。こんなに夜遅く、何をしているのよ」
「月の事が気になって…」
なるほど、とレミリアが頷く。
「まあ、一十百なら気が付くとは思ってたわ」
「レミリアさん達も、月の事ですか?」
「そうよ」
一十百は少し考える。
今、異変解決に向かっているのは、博麗霊夢と八雲紫。
幻想郷でかなり力を持った二人だ。
もし、この先に進んでレミリアさん達と霊夢さん達が鉢合わせすると、なにか面倒なことになりそう…。
なら……。
「レミリアさん。今回の異変解決は僕達に任せて、紅魔館に戻っていてください」
「あら、珍しく大きく出たわね、一十百。はいそうですか、と私が戻ると思う?」
ニヤリとレミリアが不敵な笑みを浮かべる。
しかし、まるでその笑みを待っていたかのように一十百がグッと杖を握った。
「もちろん、そのまま帰っていただけるとは思ってないです。でも、僕達に負けたら実力不足という事で帰ってくださいね」
「言ってくれるじゃない…。咲夜、下がってなさい」
「お嬢様……。十百君、どういうつもり? そう言う挑発は、お嬢様にしないほうが…」
そこまで言って、一十百がいつもと違う事に気が付く。
今、私はお嬢様の後について、軽く空を飛んできたはず。
少なくとも今は空の上にいる。
それなのに、目の前に十百君がいるのだろう。
彼は、飛べないはずじゃ……。
「十百君。いつの間に、飛べるように?」
「今日の僕はいつもと同じじゃないですから。レミリアさん、覚悟はいいですか?」
「面白いじゃない。いいわ」
レミリアがバッと翼を広げる。
巨大な蝙蝠の翼が開かれた。
一十百も同じように、大きく翼を開く。
宵闇のルーミアの時に背中に生えた、青い骨の翼だ。
「ちょ……、一十百。いつから人間やめたのよ」
「ふえぇぇ、僕は人間ですよ~。やめてもいませんし」
「普通、人間から羽は生えないわ」
はぁ、とレミリアがため息を吐いた。
一十百とレミリアが空中でいったん距離を取る。
「お互いこの後に異変解決を控えてるんだから、スペルカード三枚くらいで決着をつけましょう」
「わかりました」
一十百とレミリアが自分の持っているスペルカードの中から三枚を選ぶ。
「それじゃ、覚悟はいいかしら?」
「もちろんです。でも、そう簡単に負けませんよ」
静かな森の中で、赤色の吸血鬼と青色の少年の弾幕戦が始まろうとしていた。
今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋
リグル・ナイトバグ:緑色のショートヘアーの蛍の妖怪さんです。チルノやルーミアの友達だそうで、良く遊んでいるらしいです。周りにいた蛍が弾幕戦の前に飛んで行ったところを見ると、蟲を操る程度の能力を持っているみたいです。by一十百 チルノ達も言ってたけど、人間だよね?byリグル
異変解決・紅魔館チーム:レミリアさんと、咲夜さんの二人と森で会いました。僕と同じように欠けてしまった満月をどうにかするため、異変の元凶を探しているみたいでした。僕が勝ったら紅魔館に戻ってもらいます!by一十百 いい度胸ね。紅魔館の主の実力、とくと味わうがいい!byレミリア ……お嬢様は忘れてるかもしれませんが、十百君は妹様を退けているんですよね。by咲夜