一十百と八意永琳の間にピリピリとした空気が流れる。
二人とも通常弾幕で相手をけん制しつつ、スペルカード発動のタイミングを計っているようだ。
そして、先に動いたのは八意永琳だった。
「秘術『天文密葬法』」
今まで以上に強い光がスペルカードから放たれる。
弾幕とは別の何かが次々と空に舞った。
放たれたものが一十百を大きく囲うように留まる。
「これは一体……」
なにか危険な気配を感じ取った一十百は自分を囲んでいる物に向けて弾幕を放っていく。
しかし、かなり頑丈なのか数十発の弾幕を当てても砕けることがない。
そうしている間に八意永琳が巨大な弾幕を矢に乗せ、弓を引いているのが見えた。
「覚悟っ!」
巨大弾幕と一体になった矢が放たれる。
弾幕と一緒になっているためか、矢の速度はそれほど速くはない。
これなら、楽に避けられそうです。
一十百がそう思い、矢の軌道上から離れる。
確かに“矢”は楽に避けることができた。
「えっ!!」
余裕をもって矢をかわした一十百が見たものは、先ほど自分を取り囲んでいた物から次々と弾幕が放たれている光景だった。
矢の弾幕に共鳴するように、通り過ぎた場所から次々と弾幕が放たれていた。
急いで体勢を整え、弾幕をかわしていく。
「これだけ弾幕を当てているのに、壊れないっ」
一十百の弾幕は確実に当たっている。
それでも、いまだ一つとして一十百を囲っている物が砕けてはいない。
弓の弾幕に共鳴するように弾幕を放つと同時に、これは八意永琳を守る盾の代わりにもなるようだった。
囲むように張り巡らされているため、それに弾幕がどうしても当たってしまう。
砕くことも、無視することもできない。
この間にも弾幕が次々と放たれていく。
矢の弾幕を避けても、その後の弾幕の雨が待っている。
僅かな隙間を見つけて一十百は空を舞う。
十数発の矢の弾幕をかわした頃、一十百を囲っている物が一つ砕けた。
「や、やっと一つ……」
スペルカードの始めから常に弾幕が当たっていたはずなのに、やっと一つ……。
これでは、八意永琳に弾幕が届くようにするのにどれほど時間がかかるか分からない。
自分を囲っている物がほぼ砕けないなら、取れる作戦は三つに絞られた。
一つ目は、接近戦に持ち込む。
弾幕を放っている物を避け、八意永琳に一気に近づき接近弾幕戦に持ち込む。
矢の弾幕も遅く、いい作戦に思えるがこれは不可能に近かった。
まず、八意永琳の放つ矢の弾幕が巨大であり、囲っている物の隙間を抜けていくとき避けづらい。
また、隙間を抜けている時に周りの物から弾幕が放たれたら、間違いなく被弾してしまうだろう。
一十百ほどの速度をもってしても、これは危険な賭けだ。
二つ目の作戦は、スペルカードの効果時間の終わりまで避け続ける。
いつもの一十百のスペックならば可能ではある。
しかし、今回はそうもいかない。
なぜならば、まだまだ慣れぬ空中戦、広い空間内を走り回る事が出来ない、と言う二つが大きな壁となってしまう。
とてもじゃないが、スペルカードの効果時間の終わりまで避け続けるのは厳しい。
そして三つ目、強力なスペルカードで押し切る。
現在使えるスペルカードの中で、これを可能にするのは数枚に限られる。
魔剣『ダーインスレイヴ』が使えるなら、話は早かったのだが、既に使ってしまっている。
END『必ず訪れるただ一つの結果』も同じように強力なスペルカードなのだが、スペルカードの特性上、あまり動けない状態で百十一秒も耐えることは出来ないだろう。
そうなると、残る可能性のあるスペルカードは、完激『バスタースパーク』のみとなる。
直線的なスペルカードのため、避けられやすいが、ほかに手はない。
一十百が覚悟を決めて、スペルカードを手に取る。
「勝負に出るつもりかい?」
「はい。このままじゃ、いずれ当たってしまいますから……」
魅魔が少しだけ申し訳なさそうに笑う。
「私の力が封じられていなければ、この状況も簡単に打破できたんだけどねぇ」
「いえ、魅魔さんのせいじゃ……、力が封じられてなければ……?」
「うん? どうしたんだい?」
一十百のスペルカードを持った手が途中で止まった。
何か思いついたのだろうかと、魅魔が声をかける。
「どうしたんだい。すぐにスペルカードを使わないと、被弾するよ?」
「……もしかしたら」
一十百がスペルカードを右手に持ったまま、八意永琳の弾幕をかわしていく。
段々と一十百の持っているスペルカードに光が集まっていく。
「何をするつもりだい?」
「この状況を打破できるかもしれないので、ちょっと頑張ってみます」
スペルカードをしっかり握り、次々飛んでくる弾幕をかわしていく。
狭い空間の中、これだけの弾幕をかわすのは困難を極めた。
右腕を弾幕が掠め、袖が破れる。
左足のすぐ横を弾幕が通過し、ローブに穴が開く。
頬に弾幕が掠り軽く痛みが走る。
着実に一十百は追いつめられていく。
しかし、その中で少しずつ、持っているスペルカードに光が集まる。
いつしか、そのスペルカードからは、まばゆい光が溢れだしていた。
「これなら……あっ!」
一十百がスペルカードを両手で前に突き出すように構える。
しかし、ほぼ同時にそこに向かって八意永琳の矢が放たれた。
咄嗟に一十百は避けるも、大きくバランスを崩し、そのまま地面に向かって落ちて行く。
「十百っ! 諦めるには、まだ早いよっ!」
「……はっ! も、もちろんです!」
一瞬、気を失っていた一十百だが、魅魔の一声で正気に戻る。
そして、後ろ向きに半回転し、バランスを立て直す。
空中を強く踏み、一気に飛び上がる。
「これで……勝負!」
元いた場所のあたりまで飛び上がった一十百から青白い骨の翼が現れる。
そして、それが大きく開かれ、スペルカードが強く輝いた。
「な、何この光っ!!」
その強い光に八意永琳も目を閉じる。
遠くで見ていた、魔理沙やアリスも強い光に目を閉じた。
そして、光が収まった時、周りの風景が大きく変わっていた。
「こ、これは……」
八意永琳が周りを見て驚く。
星が瞬いていた不思議な空間は消え、夕焼けが辺りを包んでいる。
見たこともない四角いガラス張りの建物が並び、直線的な道がずっと下に見える。
鉄で作られた塔のようなものも、あちらこちらに見える。
そして、一十百の方に向きなおった。
「あなた、一体何をしたの!?」
「魅魔さんは、幻想郷じゃ本来の力を出せないんです。でも……」
そこで、一十百が左手の杖を掲げる。
「幻想郷の外側なら? 少しの間でも、幻想郷の外側と通じていればどうでしょうか?」
掲げた杖に夕焼け色の光が集まっていく。
目の前の少年から明らかに今までとは違う力の流れが感じられる。
これは、一体……。
「あれだけ無茶をしたのは、このためだったのかい? まったく……」
呆れたような魅魔の声が響く。
いつしか、一十百の後ろに実体化した魅魔の姿があった。
「だが、それだけの価値があることを見せようじゃないか!」
両手で包み込むように三日月の杖の横に手を構える。
周りの夕焼けの光が一十百の構えた三日月の杖の中心に集まっていく。
「周りの光が消えていく……」
「これが、魅魔様の力……。すごいぜ…」
魅魔から送られてくる力が一層高まる。
夕焼けに照らされた世界が、だんだんと暗くなっていく。
かわりに、すべての夕焼けの光を吸収したのかと思える程、三日月の杖が輝く。
そして、一十百が三日月の杖を両手に構えなおした。
「魔理沙、見ているかい? これが、私の、魅魔の本当の力だ!」
光り輝くスペルカードが三日月の杖に吸い込まれ、すべての夕焼けの光が杖に吸い込まれた。
一十百が杖を振り下ろす。
同時に魅魔が合図のように指を鳴らした。
「黄昏『トワイライトスパーク』」
パチンと魅魔の指の音が鳴り響く。
その音と共に、すべてを飲み込む光の奔流が一十百の杖から放たれた。
完激『バスタースパーク』とは比較にならないほどの、威力と範囲。
一十百を囲んでいた物は光の奔流にのまれ、一瞬で消えていった。
八意永琳の放った矢の弾幕も同じように消えていく。
「そ、そんな……」
一十百と魅魔が放った光の奔流はすべてを飲み込み、辺りを白く染め上げた。
光が収まり、ゆっくりと一十百が地面に降りる。
いつしか、足元は畳張りになり、四方に広がっていた星空の空間も、ただの襖の部屋に成り果てていた。
「ここは、どこなんだぜ?」
「さっきまでの空間が吹き飛んだのかしら」
魔理沙とアリスが周りを見渡す。
一十百と魅魔の姿を見て、二人が近づく。
「魅魔様~、一十~」
「はぁはぁ……。あっ、魔理沙さん、アリスさん。御無事でしたか?」
珍しく、肩で息をしている一十百が、軽く微笑む。
服は所々破け、いくつかのかすり傷も負っている。
三日月の杖を支えにやっと立っているような状態だ。
これほど一十が苦戦しているところを見るのは初めてだぜ……。
「それで……、永琳さんは……」
一十百が辺りを見回す。
すると……。
「くぅ……。ま、まさか、幻の満月まで吹き飛ばされるなんて……」
完全にボロボロになった八意永琳がふらふらと歩いてきた。
すでに弾幕勝負をする力も残っていないと言ったところだろう。
「あれを正面から食らって、まだ歩けるのかい? 正直、そこまで手加減したつもりはないんだけどねぇ」
「まあ、私はそう言う存在とでも思ってくれればいいわ。でも、さすがに堪えたわね……」
「そうまでして、なんで満月を隠すのさ? ただのいたずらってわけでもないようだし」
八意永琳が目を閉じる。
決心がついたのか、ゆっくりと目を開いた。
「とある方を、お守りするためよ」
「とある方? なんだい、それは?」
「あの~……」
永琳と魅魔の話を聞いて一十百がそっと尋ねる。
「もしかして、その方って……、この部屋の少し前にある、襖が閉まった部屋にいる方ですか?」
「! なぜそれを?」
「ああ、やっぱり」
一十百がポンと手を打つ。
「なあ、アリス。襖の閉まった部屋って、どれだ?」
「あれだけ長い廊下だったから、覚えてないわ」
魔理沙とアリスが顔を見合わせる。
「えと、ほら、この屋敷に入って少し行ったところにある不思議な襖の部屋ですよ。強い気配がしたんですけど……、気が付きませんでしたか?」
魔理沙とアリスは首を横に振る。
「まあ、私も気が付かなかったからねぇ。たぶん、十百にだけ分かるんだよ」
「そ、そうなんでしょうか?」
一十百は不思議そうに首を傾けた。
「それで、たぶん、そこにいる方と、霊夢さん達が弾幕勝負をしていると思うんですけど……」
「えっ! ちょっと、それを先に言って」
八意永琳が急いでその部屋に向かって駆け出していった。
「あっ、待って……。行っちゃいましたね」
「追いかけるかい?」
「はいっ」
一十百も少しふらつきながら、八意永琳の後を追った。
一十百が気になった襖の部屋は開いており、中には博麗霊夢と八雲紫のほかに、八意永琳と、着物を着た黒い長い髪の少女が座っていた。
「一十百!? まさかとは思ったけど、本当に来ていたなんて」
「一十百君……。危険って言ったのに」
博麗霊夢は驚き、八雲紫は少し不満そうな表情を浮かべた。
「えと、ちゃんと紫さんが言った条件は飲みましたよ。“ショットが撃てる”と“空を飛べる”でしたよね?」
「そ、そうは言ったけど……」
「それに、僕一人でここまで来たわけじゃないですし」
「他に誰かいるの?」
「おや、霊夢。私を忘れたのかい?」
「その声……。それに、この捻くれた霊力。はぁ、一十百の格好を見たときからいやな予感はしてたけど」
そこまで霊夢が言うと、一十百の横に魅魔が姿を現した。
「はぁ……、そんなことだと思ったわよ。ま、話はあとで聞くわ」
そう言って、霊夢は八意永琳ともう一人の少女の方に向きなおった。
「それじゃ、さっさと月を元に戻しなさい。あんたたちが危惧していることは起こらないってわかったでしょ?」
「そうみたいね。それならそうと、早く言ってくれればよかったのに」
ぶつぶつと黒髪の少女がそう呟いた。
何やら、一十百と八意永琳が弾幕勝負をしている時に、話がついたようだった。
こうして、欠けた満月の異変は終わりを迎えたのだった。
今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋
黄昏『トワイライトスパーク』:完激『バスタースパーク』の変化したスペルカードです。一時的に幻想郷の外側につながる空間を呼び出し、魅魔さんの力を取り戻します。そして、夕焼けの光と魅魔さんの力を杖に集中させ、一気に放つスペルカードです。僕一人じゃ、使うことは出来ないので、次に使われるのがいつになるかは分からないです。たぶん、僕の持っているスペルカードの中で、最上位に入るほど強力なスペルカードだと思います!by一十百 久々に全力が出せて、スカッとしたよ。by魅魔 博麗大結界に何か凄まじいヒビが入っていたって、藍から聞いたけど……。これが原因よね……。by紫
黒髪の少女:永琳さんが守ろうとした方らしいです。長い黒髪で着物がとても似合っていました。もしかすると、とても高貴な方なのかもしれません。by一十百