気持ちのいい秋晴れの日差しが博麗神社を包み込む。
異変も無事に終わり、ゆっくりとした日々が訪れた……ように見えたのだが……。
「ちょっと、いつまでいるつもりよ!」
「いや、私が神社の裏に住んでるのは霊夢も知っているだろう?」
「だからって、朝からこっちに来なくたっていいでしょ」
「せっかくだ。朝食は大勢で食べたほうがいいだろう?」
「魅魔様の言うとおりだぜ」
「霊夢~、おかわり~」
博麗神社の食卓を囲むのは、霊夢、魔理沙、魅魔、萃香の四人。
なかなか騒がしい朝食になっている。
いつものような、のんびりとした朝食にならない理由はもう一つある。
一十百が朝から外出してしまったのだ。
一通り朝食を作ると、足早に出発してしまった。
向かった場所は、異変の首謀者がいた屋敷、永遠亭。
「まったく……。一十百は……」
「前にもこんなことあった気がするぜ」
味噌汁を飲みながら魔理沙がそう言う。
大方、永遠亭の修理や掃除にでも行ったのだろう。
「律儀な性格だねぇ。ま、それが十百らしさでもあるんだろうけど」
ポリポリと漬物をつまみながら魅魔がそう言った。
やれやれと、霊夢は迷いの竹林の方を眺めるのだった。
「すみません。こんな朝早くから……」
「いえいえ」
一十百と鈴仙がモップや雑巾、バケツを手に永遠亭の掃除をしている。
紅魔館ほど広くはないとはいえ、掃除をするとなるとさすがに厳しい広さだ。
故に一十百が朝から手伝いに来ている。
本来なら、他の兎たちも掃除を手伝うのだが……。
「まさか、霊夢さん達と魔理沙さん達の弾幕で、ダウンしてるとは……。早く来て正解でした」
「本当に助かります」
異変の時に永遠亭の防衛をしていたようで、今は満身創痍の状態になり部屋で眠っているようだ。
その手当を八意永琳が行っている。
なので、一十百が来なければ、この広い永遠亭をたった一人で掃除することになるところだった。
実際、一十百がここに着いたとき、半泣きで掃除をしている鈴仙がいた。
掃除と修理を同時にこなす一十百を見て、鈴仙はただ驚くばかり。
折れた柱は寸分たがわず修復され、破れた襖、穴のあいた障子などもしっかりと元に戻っている。
床も廊下も、光を映す程、磨かれている。
ボロボロになっていた畳も張り替えられたのではないかと思える程だ。
「ふぅ。まあ、こんなもんでしょうか?」
「………」
「鈴仙さん?」
「え、あ、はい。その、すごいですね……」
昼になる前に、永遠亭の修理と掃除は終わっていた。
これには八意永琳も驚かされたようだった。
「人間業とは思えないわね……」
「そうでしょうか? あっ、そう言えば、てうぃでしたっけ。大丈夫でしたか?」
「てうぃ……、ああ、てゐの事ね。まあ、外傷はなかったし、もうすぐ起きてくると思うわよ」
「よかったぁ~」
一十百が異変解決の時に、唯一倒してしまった……と言うよりも轢いてしまった兎、てゐ。
やはり心配だったのか、無事だとわかり安心したような表情を浮かべた。
そんなことを話していると、どこからか凛と澄んだ声が聞こえてきた。
「永琳~。お客でも来てるの?」
「ええ。来ていますよ」
そう永琳が答え返す。
「今の声は……」
「十百君は覚えてるか分からないけど、私がお守りしている方がいるって言ったのを覚えてる?」
「えと……覚えています」
一十百が昨日のことを思い出す。
そう言えば、霊夢さん達と弾幕勝負をしていた、黒い長い髪の方がいたような……。
一十百が昨日の事を思い出していると、すたすたと廊下を歩く音が聞こえてくる。
視線を戻すと、艶やかな黒髪に着物のような洋服を着た少女が歩いてきていた。
「あら、お客っていうから、てっきり昨夜の巫女かと思ったけど、違うみたいね」
そこまで言うと、黒髪の少女は軽く微笑んで一十百に話しかけた。
「わざわざ永遠亭までようこそ。蓬莱山輝夜よ。よろしく」
「はい。よろし……かぐや?」
一十百がいつものように頭を下げようとしてピタリと止まった。
「どうしたの、十百君?」
「も、もしかして……かぐや姫さんですか?」
「かぐや姫?」
八意永琳と蓬莱山輝夜はお茶を飲みながら一十百の話を聞いている。
一十百の話とは、竹取物語のかぐや姫の事である。
一通り話を聞いた輝夜は一度頷いた。
「その話のかぐや姫は私ね。実際の話と少し違っているところもあるけど、間違いないわ」
「まさか、昔話……童話になっているとは思っていませんでしたね」
八意永琳も少し驚いたといった感じだ。
しかし、それ以上に、一十百は驚いていた。
まさか、幻想郷でこんな有名人に会えるとは思っていなかったのだ。
「あの、輝夜さん。その、やっぱり、物語にある通り、結婚の条件として五つの難題を出したんですよね」
「もちろん。結婚する気もなかったから、ほぼ不可能に近い難題を出したのよ」
蓬莱山輝夜は、くすくすと口を隠して笑う。
「まあ、姫様の事だから、解けないような難題を出して楽しんでいたのもありそうね」
八意永琳も困ったような表情で答えた。
「……僕、それに近い物なら五つ持ってますよ?」
「「……えっ?」」
二人の驚きの声と共に一十百が静かに語り出す。
「僕がまだ子供だった頃の話なんですけど……、僕の通っていた学校でかぐや姫の童話が一時期とても好評だった時期があるんです。その時、誰かが言ったんです。どうせ、こんなもの偽物だ、でまかせだ、って」
思い出すように一十百が軽く目を閉じる。
どこか少しさみしそうな表情にも見えた。
「でも、僕にはそれが信じられなかった。きっと、かぐや姫は存在して、この五つの物も、きっと存在するって信じていましたから。だから、他の人を信じさせるために、集めたんです。まあ、それでも、信じてもらえませんでしたけど……」
ちょっと残念そうに微笑んだ。
「……え~と、それ、見せてもらっていい?」
「はい。ちょっと待っていてくださいね」
一十百がポケットに手を入れる。
そして、桐でできた小箱を取り出した。
「それじゃ、一つ目! 仏の御石の鉢……にしようかと思ったんですけど、同じ材質なら問題ないと思って、手に入れたのがこれです!」
箱の中には、淡く輝く湯呑みが入っていた。
明らかに科学的な光ではなく、もっと別の神格的な輝きを宿したものだった。
「仏の御石の湯呑みです!」
「た、確かに、石の鉢よりも使うものだけど……」
「でも、これ……本物よ。この輝き、間違いないわ」
じっと湯呑みを見ながら蓬莱山輝夜はそう言う。
「本来の御石の鉢は金剛石……ダイヤモンドだっていう言い伝えがあります。一応、その湯呑みも金剛石で作られいて、とある神様からの祝福をいただいたものですよ」
そう言って一十百は湯呑みを少し横に置く。
「次に、二つ目! 蓬莱の玉の枝……で作った簪(かんざし)です!」
紫色の布に包まれた棒状のものを取り出し、ゆっくりと布を開いていく。
中には金色の枝と白い玉のついた簪があった。
なるべく自然体のまま簪にしたのだろう。
どこか、命の営みを感じるようにも思える。
「これは、また……。すごいものになって出てきたわね」
そう言って、輝夜はそっとその簪を手に取った。
そして、ゆっくりと頷く。
「本物ね。でも、一体これをどこで? この地上には生えているはずないんだけど」
「とあるお店で仕入れました。あのお店なら、ほとんどの物が置いてありますから」
どんな店よ……と二人が言おうとしたのは、言うまでもない。
「では、三つ目! 火鼠の皮衣……だったんですけど、あんまり需要がなさそうだったので、火鼠の皮で作られたチョッキです」
そう言って取り出したのは、蛇皮のようでもあり、どこか寂しげな雰囲気を持つ、一着のチョッキだった。
「石綿……と言う説が一番有名でしたけど、実際に火鼠という動物がいるので、その皮で作ったチョッキです。サラマンダーとかファイアードラゴンとかに比べると弱々しい存在ですけれど、彼らも立派な火山の主です」
「これも、本物ね。それに、随分状態がいいわ」
チョッキを手に取った輝夜は感心するように頷いた。
「本当に燃えないかいろいろ試したんですよ。ガソリンをかけたり、焼却炉に入れたり、疑似的に大気圏外から落としてみたり……。それでも燃えなかったので本物だと信じることにしたんです」
「……最後の確認の方法のほうが、よっぽど難題じみてるわよ」
はぁ、と疲れたように永琳がため息を吐いた。
「四つ目! 龍の頸の玉……で作られたブレスレットです」
黄金色に輝く金属に細やかな模様と、五色に輝く石が埋め込まれたいた。
「綺麗ね。これも間違いなく本物だわ」
「でも、十百君。どうやって手に入れたの? まさか、これも売ってた、とか言わないわよね?」
ジト目で永琳が一十百の事を見る。
「いえいえ。ちゃんと龍を討伐して手に入れたんですよ。逆鱗や天鱗は簡単に手に入ったのに……、物欲センサーが働いてたのかなぁ……」
「……何の話?」
「そして、五つ目! 燕の子安貝……で作られたイヤリングです。もちろん二つあります」
一十百の手には真珠色の小さな貝殻で作られたイヤリングが二つ持たれていた。
「すごいわね。しっかり二つ、それもまったく同じ形の物じゃない!」
削られて同じ形にしてあるのではなく、元から同じ形の子安貝のようだ。
一つ手に入れるのでも不可能に近い物を二つ、それもほぼ同じ形のものを二つとなると、桁違いの苦労と運が必要となる。
「よく手に入れられたわね……」
「珍しい燕がいたんですよ! 一つの巣に四羽の燕がいるのを見かけたんです。雛とかじゃなくて雄と雌が二羽ずつ。その燕が卵を産んだときに手に入れたものです。二つとも同じ形だったので、びっくりしました」
こうして、一十百はかつて蓬莱山輝夜がだした難題をあっさりと解いたのだった。
「でも、本当によく集められたわね」
お茶を飲みながら輝夜が言う。
感心しているのか、呆れているのか、どちらとも言えないような感じだ。
「昔から、童話は本当にあった話だと思っていましたから。だから、その人の縁の品を集めていればいつか会えるかなぁ、っておもって」
「ふぅん、変わってるわね。長く生きてるつもりだったけど、あなたみたいな人間に合うのは初めてかもしれないわね」
「そうでしょうか?」
不思議そうに一十百が首を傾けた。
「そう言えば、そろそろお昼ね。永琳、ご飯にしましょ」
「そうですね。十百君も一緒にどう?」
「ぜひ……あっ! そう言えば、霊夢さん達のご飯、朝食分しか作ってない!」
ハッとした表情で一十百が立ち上がる。
「すみません。僕は博麗神社に戻ります」
そう言って、一十百はタンと畳を蹴って外へ飛び出していった。
「……本当に変わった人ね」
「そうですね」
一十百が博麗神社に着いたのはちょうどお昼頃だ。
「あら、ちょうどいいところに帰ってきたわね」
「おっ、一十。もう終わったのか?」
霊夢と魔理沙が縁側でのんびりとお茶を飲んでいるようだった。
「はい。そろそろお昼だったので、戻ってきました」
異変の次の日であっても、幻想郷は平和そのものだった。
今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋
蓬莱山輝夜:長い黒い髪と、着物のような洋服が特徴的な方です。竹取物語のかぐや姫と同一人物です! まさか、幻想郷でこんな有名人と会えるとは思いませんでした。物語のように、月には帰らなかったみたいですけど、しっかりと五つの難題は出したそうです。by一十百 それをあっさりと解いたあなたの方がよっぽど大物だと思うけど……。by輝夜
永遠亭の修理:それほど被害が出てなかったので、とても早く終わりました。近々、薬屋として営業し始めるようです。病気になったりしたら、行ってみようと思います。by一十百 本当に助かりました。by鈴仙
五つの難題:『仏の御石の鉢』、『蓬莱の玉の枝』、『火鼠の皮衣』、『龍の頸の玉』、『燕の子安貝』の五つが輝夜さんが出した難題です。僕が持っていたのは『仏の御石の湯呑み』、『蓬莱の玉の簪』、『火鼠のチョッキ』、『頸の玉のブレスレット』、『子安貝のイヤリング』の五つです。by一十百 これだけの物を、子どものころに集めたと言うんだから、驚きね。by永琳 一十百君って、コレクターなのかしらね?by紫