五十八仕事目 弾幕分析と不思議な空間
サッ、サッと箒の音が朝方の博麗神社に響き渡る。
秋も本格的に近づき涼しげな朝になり始めた。
一十百が朝日を浴びて伸びを一度する。
「今日も気持ちのいい朝です! 掃き掃除もはかどります」
いつも通りの朝の掃除なのだが……一つだけ違う点がある。
それは、一十百の服装だ。
この頃になって思ったのだが、深夜帯はともかく、朝方には参拝客が訪れる可能性がある。
幻想郷に来た頃、参拝客ではないが霧雨魔理沙が朝早くに訪れたこともあった。
故に、その時間帯でも巫女がいないといけないと思ったわけで……。
博麗霊夢が起きてくるまでは、代わりに一十百が巫女服を来て神社の掃除をすることにした。
今着ている巫女服は霊夢の物とは少し違う、一十百の手作りである。
まず、袖は独立していない。
博麗霊夢の巫女服を着たとき、どうしても袖が落ちそうだったので、まずそこを作り直した。
袂の部分は手のほうに向かう程、大きくなっていくような形だ。
また、スカート状の袴ではなく、ズボンのような袴に変えている。
そして、色合いだが、白と青の二色を中心にしており、所々に緑色の彩色がされている。
博麗霊夢とは対照的な色合いの巫女服のようなものだ。
朝日もだんだんの地平線の向こうに見え始めてきたころ。
博麗神社にカランと下駄の音が鳴った。
一十百が振り返る。
そこには、少し驚いた表情の射命丸文が佇んでいた。
「……十百さん、ですよね?」
「はい。おはようございます、文さん」
朝焼けを浴びて、一十百が軽く一礼する。
新しい巫女服も相まって、清楚な感じが一段と強くなっている。
射命丸文は、首からかけたカメラにそっと手を伸ばすが、前にあった出来事を思い出して手を戻す。
ここで、私がカメラを構えても、間違いなく避けられてしまいますから、諦めますか……。
「こんなに朝早くから、参拝にいらしたんですか?」
「ま、まあ、それも一つです」
一十百相手だと、参拝をする気がないと言うのが少し酷な気がしてしまう。
ある意味、博麗霊夢より厄介な巫女である。
一度咳払いをし、射命丸文が話し始める。
「今日、私がここに来たのは、これです!」
ばっ、と一冊のノートを広げた。
そこには、『一十百のスペルカード一覧表』と書かれていた。
写真を張り付ける部分が空欄になっており、そのスペルカードの説明をする部分がその下に来るようだ。
他にも一言を入れる部分や避け方講座みたいなものまで書き記せるようになっている。
「えと……、僕のスペルカード、ですか?」
「はい。名前を明かすことは出来ませんが、とある方からの依頼のようなものです。十百さんのスペルカードをしっかりと撮影し、分析することができたなら……」
「出来たなら?」
「と……コホン。とある情報をもらうことができるんですよ」
一瞬何かを言いそうになったが、咳払いをしてそれを隠した。
文さんでも手に入らない情報……ですか。
その依頼を出した方は、一体どれほどの方なんでしょう?
そんなことを一十百は考える。
「とにかく、十百さんのスペルカードをしっかりと撮影しないといけないので、弾幕勝負をしていただけますか?」
「ええっ! あ、文さんとですか!?」
「はい。あっ、でも、一十百さんは初めからスペルカードを使ってくださいね。私はそれを撮影するのが目的ですから。私は撮影に集中するので、弾幕は全く撃ちませんよ」
「それ……、文さん大丈夫ですか?」
スペルカード相手に弾幕すら撃たないで避け続けるのは、とても困難であることはよく知っている。
何せ、一度経験しているのだ。
いくら自分のスペルカードの威力が高くないとはいえ、直撃すればそれなりのケガは負ってしまうだろう。
そのことを心配するように一十百は尋ねた。
「安心してください。速さには自信があります。それに、このカメラは相手の弾幕を消すことができるように、多少改良されていますから」
そう言って射命丸文はカメラを構える。
確かな自信が見え隠れするように思えた。
「まあ、でも、私の方にも色々条件がありまして……」
面倒事があるのか、少し目線を一十百から逸らす。
「条件?」
「はい。まず一つが、十百さんに対しての挑戦は一日一回という事になっているんです」
「えと、つまり、どんなに頑張っても、一日で一枚のスペルカードまでという事ですか」
「はい。あれだけの情報を持っている方ですから……、どこで見張っているか分かりません。故に、条件を破るわけにはいかないんですよ」
辺りを確認するように二度ほど見回す。
別に誰かが隠れている気配はないのだが、やはり条件を破るわけにはいかないのだろう。
「他にも条件があるんですか?」
「はい。二つ目の条件は、先ほど言った、弾幕およびスペルカードの禁止ですね。つまり、撮影に集中しろという事でしょう」
「なるほど……」
「そして、三つ目……。これが厄介なんですけれど、写真が規定枚数に届かないうちに、十百さんの弾幕に被弾してしまった場合……、今回の挑戦は失敗という事で、その時に撮った写真は破棄という事になるんですよ」
「えと……、つまり、毎回同じ条件で撮影せざる得ないという事ですか」
はぁ~、とため息を吐きながら射命丸文が頷く。
「まったく、無茶とは言いませんが、面倒な条件であることには間違いないですよ」
「そ、そこまでして、ほしい情報なんですか?」
「……もちろんです。悔しいですが、私では集めることのできない情報を彼は持っていましたから」
「彼?」
「いえいえ、何でもありません。では、十百さん、お相手よろしくお願いします」
朝焼けの中、一十百と射命丸文が距離を取って対峙する。
ゆっくりと一十百がスペルカードを構えた。
「それじゃ、いきますっ!」
一十百のスペルカードが輝く。
「箒星『シューティング・ブルーム』」
次々と箒状の流星弾幕が放たれる。
スペルカードの分析をするらしいので、さすがに手加減するわけにもいかない。
全力で撃ってこそ、正確な分析ができるはずだ。
一十百もそのことをしっかり理解しているので、全力で箒状の弾幕を放つ。
その弾幕をかわしながら、射命丸文がカメラを構える。
カシャッ、とフラッシュと共に撮影音が響いた。
「よし。一枚目です」
射命丸はいったん距離をとる。
今回の目標は、箒星『シューティング・ブルーム』の写真を五枚撮影することだ。
一枚だけなら簡単なのだが、五枚になると少しばかり厄介だ。
どうしても、フィルムを巻く時間が必要になる。
その間も問答無用で弾幕は飛んでくるので、被弾しかねない。
そして、もう一つ厄介なことは、スペルカードの発動時間である。
一十百のスペルカードに限らず、スペルカードには発動している事ができる時間が限られている。
この時間内に規定枚数まで撮影できなければ、被弾と同じ扱い、つまり失敗になってしまう。
つまり、多少危険を冒してでもフィルムを速く巻く必要がある。
射命丸文も、そのことはわかっており、一十百の弾幕をしっかり確認しつつフィルムを巻くことに専念する。
「準備、出来ました。さあ、二枚目です」
箒状の弾幕を避けるため、いったん地面に降り、そして軽く飛び上がった。
「そこです!」
カシャッと撮影音が鳴り響いた。
この後、射命丸文はしっかりと残りの三枚の写真を撮ることができた。
「ふぅ、なかなか疲れましたが、無事に終わりましたね」
「さすが文さんです」
一十百が軽く拍手をする。
「それでは、私は一度、家に戻ります。また明日、別のスペルカードを撮影させていただきます」
「はいっ! 文さんも頑張ってくださいね」
一十百は大きく手を振って射命丸文を見送った。
朝日もしっかりと昇り、幻想郷に朝がやってきた。
一十百がいつもの服装に着替え、朝食を作る。
そして、博麗霊夢を起こす。
「いただきます」
博麗霊夢が恒例のあいさつと共に朝食を食べ始める。
今日の朝食はかなり多めに作ってあるようだ。
「ちょっと……、多くない?」
「何やらお客さんがいらっしゃる気がするので……」
一十百の勘は見事に当たった。
まず、いつものように、魔理沙が箒に乗りやってくる。
萃香が寝ぼけ眼をこすりながら起きてくる。
どこからともなく魅魔が現れ、朝食に参加する。
ここまではいつも通り。
この後、スキマが開き八雲紫、西行寺幽々子、魂魄妖夢の三人が朝食に参加した。
「なんで、紫だけじゃなくて、白玉楼の連中まで……」
「たまには十百君の料理を食べに来てもいいじゃない」
「すみません。幽々子様がどうしてもと言うので……。あと、私の料理の腕を上げるための糧になると思い……」
「私はいつものようにお邪魔してるだけよ」
三者三様といった感じで、朝食を食べ始めた。
既に小さな宴会状態だ。
「そう言えば、一十百君。あの電車の事だけど……」
朝食を食べながら、八雲紫が博麗神社名物となりつつある一車両のみの電車の方を向く。
「あれって、あなたの主のいる場所まで一瞬で行けるのかしら?」
「一瞬……ではないです。約三十分くらいの旅です」
お茶を飲みながら一十百がそう答えた。
「三十分って、少し遅くない? 結界を越えるだけなら十秒かからないんじゃないの?」
霊夢が少し疑問に思ったのか、一十百に尋ねる。
確かに結界を隔てて移動するだけなら、徒歩でもほぼ一瞬のはずだ。
「隣り合っているとはいえ、電車のような大型の質量をもったもので移動するとなると、物理的質量nが結界内の虚数次元空間を突破するのに……」
「ストップ。さすがにそれ以上話されると、おもに紫の頭がパンクするわ。それ以外の人には何言ってるか分からないから、そこで止めておいて」
「は、はぁ……。えと、簡単に言いますと、博麗大結界の中にスキマみたいな空間があって、そこを通り抜けるのに時間がかかるんです」
「へ~。そんなのがあるんだ。紫、知ってた?」
「知らないわ。まず、電車を使って結界を抜けるなんて、博麗大結界を作ったころに考えてるわけないでしょ」
山菜のサラダを食べながら八雲紫が軽く首を振った。
そこまで話して、一十百がポンと手を打った。
「そういえば、紫さん。ちょっと聞きたいことが」
「何かしら?」
「博麗大結界の中の空間は、外の世界と幻想郷とどちらに分類されるんでしょうか?」
「えっ? ええと……、それは……う~ん」
博麗大結界の外が外の世界。
博麗大結界の内側が幻想郷。
それは、幻想郷の住人ならだれでも分かるようなことだ。
しかし、一十百の言った空間は、紙よりも遥かに薄い結界自体の中は、どちらなのかという難解な質問だ。
大妖怪で幻想郷の賢者でもある八雲紫もさすがに悩んでしまった。
そんな空間、存在するはずもないのだが、一十百が嘘をついているとも思えない。
そうなると、何とかして答えなくてはいけない。
少し悩み、八雲紫が出した答えは……。
「幻想郷でもあり、外の世界でもある……ってことにしておいて」
何とも曖昧な答えだった。
しかし、まるでその答えを待っていたかのように、一十百は微笑んだ。
「やっぱりそうでしたか。わかりました、ありがとうございます」
その微笑みを見て、八雲紫に何やら嫌な予感がよぎる。
これは……、ちょっと厄介な答えを出した気がするわね。
少なくとも一十百君の期待した答えだったみたいだし……、何か、常識はずれの事を考えているんじゃ……。
「ええと、一十百君。その、何か企んでる?」
「ほぇ? 秘密です!」
人差し指を立ててにっこりほほ笑んだ。
この瞬間、八雲紫の嫌な予感が、嫌な確信に変わったのだった。
「それじゃ、お茶のおかわり持ってきますね」
一十百が席を立った。
「ゆ~か~り~……」
「えっ! わ、私のせい?」
「また、一十百の常識破壊が起こるのが目に見えてるじゃない!」
「だ、だって……あれ以外、思いつかなかったのよ」
はぁ~、と博麗霊夢が深いため息を吐いた。
一十百がこの話をした日から数十日後、八雲紫は自分の出した答えのせいで頭を抱えることになるのだった。
今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋
新しい巫女服:いつまでも霊夢さんの巫女服を借りるわけにもいきませんので、新しく自分で巫女服を作りました。その……、なるべく着るつもりはないのですが、朝早い時間帯に参拝にいらっしゃる方がいるかもしれませんので、その時だけ着るようにしています。by一十百 この時間帯に参拝する方……、いるのでしょうか?by文
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