秋も深まり、木々からも緑が消え、黄色や赤色が幻想郷を彩る。
枯れ葉が落ち、神社の掃除が少しだけ大変になってくる時期だ。
「……はぁ」
神社の掃き掃除をしながら博麗霊夢がため息を吐く。
お昼も食べ終わり、いつもならのんびりした時間を過ごしている。
しかし、この頃の一十百の行動が気になった博麗霊夢は気を紛らわすために掃き掃除を行っている。
「一十百ってば、何をやってるのかしら?」
この前の朝食の時の話のあと、一十百はすぐに行動を始めた。
何やら、木や石、土や水などを電車に積み込み、行ったり来たりしている。
何をしているか聞いても“秘密です!”の一点張り。
別に家事を疎かにしているわけでもないので、叱咤する理由もない。
とはいえ、気にならないわけがない。
博麗の巫女として、管理している結界の中で何をしているのか、中がどうなっているのか。
「気になるじゃない……」
そんなことを思いながら落ち葉を掃き集める。
一十百の言っていた空間は、幻想郷の賢者である八雲紫でも知らないと言っていた。
これはつまり、幻想郷の住人で空間の内容を知るのは一十百だけと言っても過言ではない。
故に、好奇心旺盛な魔理沙、新たなネタを探す文は、何としてでも一十百の言っていた空間を見たいようで、何度か電車に隠れて乗り込んだこともあった。
まあ、一十百に見つかり途中下車となったが……。
「あら、ちゃんと神社の景観を保つためにご苦労様」
「紫……」
ぼぉ~としていたので、気が付かなかったのだが、いつの間にか賽銭箱の横に八雲紫が立っていた。
「随分と呆けてたみたいだけど、大丈夫かしら?」
「誰かさんの失言でこうなってるんだけど?」
「うっ……、まあ、それは否定しないわ」
困ったように八雲紫が苦笑する。
「まあでも、結界自体は前と変わりないわよ。もし、何かあったらすぐに止めるつもりだったもの」
あれだけの物を持ち込んだはずなのに結界自体は揺らぎもしなかったらしい。
紫が言うには、存在はするが、存在はしない空間らしい。
「流石に言ってる意味が分からないわ」
「そうね……。私なりに言うと“有と無の境界”の世界みたいなものよ」
「余計にわからないわよ」
「まあ、そういうものがあると思ってくれる程度でいいわ」
そんなこと話していると、鳥居が淡く輝く。
一十百が戻ってくるときは、いつもこんな風に鳥居が輝くのだ。
「どうやら、戻ってきたみたいね」
八雲紫が鳥居の方を向く。
けれど、どうやら様子がおかしいことに博麗霊夢が気が付いた。
一十百は電車を使って、結界の中の空間に移動しているのだ。
なので、戻ってくるときには必ず電車の走る音が聞こえてくる。
しかし……。
「おかしいわね。いつもの電車の音が聞こえてこないわ」
「そう言えばそうね」
すると、鳥居の中から弾き飛ばされるように何者かが姿を現した。
「いたたた……。なに、なんなの!?」
弾き飛ばされるようにして出てきたのは一人の少女だった。
少女は立ち上がり、じっと鳥居を見る。
そして、思いっきり鳥居を蹴飛ばした。
もちろん、その蹴りで鳥居が吹き飛んだりすることはない。
相当思いっきり蹴ったのか、少女は足を抑えて蹲った。
「……いたい」
そんな光景を博麗霊夢と八雲紫は呆然と眺めていた。
弾き飛ばされた少女は霊夢と変わらないくらいの背丈だろう。
腰まである真っ白な髪、同じような真っ白なゴシックドレスに身を包んでいる。
背中に大きな黒いボタンが六個ついている変わったゴシックドレスだ。
その少女が急に自分たちの方に振り替える。
少女の胸の所に大きな赤い宝石のようなものが一つ埋め込まれているようだ。
白いドレスのため、より際立って見える。
「………」
少し幼さは残るものの、整った顔立ちの美少女だ。
少女の表情が一瞬固まる。
「え……。いつからそこに?」
「“いたたた……。なに、なんなの!?”から」
「………」
少女の頬が羞恥で赤く染まる。
両手の握った拳が震えているところを見ると、相当恥ずかしかったようだ。
そして、キッと霊夢と紫を睨みつけた。
「忘れなさい! 今すぐに! 多くの畏れを得て、妖怪となった私が忘れろといったんだから、忘れなさい!」
すこし涙を浮かべながら少女がそう言った。
「……らしいわよ紫」
「残念ながら、そんな都合のいい頭をしてるわけじゃありませんから」
ひらひらと手を振り、八雲紫はそう答えた。
その仕草が気に入らなかったのか、白色の少女がダンと石畳を強く踏む。
しかし、強く踏みすぎたのか、足を抑えて蹲ってしまった。
「「………」」
「くぅ……。ゆ、許さない。意地でも、忘れてもらうから!」
少女のまわりに妖力のようなものが揺らめく。
「あら、そこらの下級妖怪よりよっぽど強い妖力を持ってるじゃない。てっきり弱小妖怪の一種かと思ってたわ」
「ふん! 今さら、謝ったって、許さないから!」
「だ、そうよ。紫、どうするの?」
「仕方ないわね……。久々に、私が直々に相手をしてあげるわ」
そう言って、八雲紫が一歩前に出た。
目の前の白色の少女、妖力だけなら中級妖怪くらいだろうか。
ただの中級妖怪が大妖怪である八雲紫に勝てる可能性はほとんどない。
「さてと、相手をしてあげるとは言ったけど、スペルカードルールは知ってるかしら?」
「なにそれ?」
「……もしやとは思ったけど、貴女、外の世界から来たわね」
「外の世界? 何を言ってるのかさっぱりわからないけど……。私の相手をするには“一世紀”遅かったんじゃない?」
ピキッと何か空気が凍りつくような気配が漂う。
「どういう意味かしら?」
「そのままの意味で受け取ってくれればいいわ。年月って、残酷よね」
白い少女はひらひらと八雲紫の真似をして手を振った。
八雲紫は扇子をパチンと閉じた。
大妖怪としての妖力が揺らめきながら立ち上る。
「ふ、ふふ……。スペルカードルールを知らないのね。なら、仕方ないわよね」
にっこりと八雲紫が微笑む。
間違いなく黒い笑みと呼ばれる類の笑顔だ。
立ちのぼる妖力を見て、さすがにまずいと思ったのか博麗霊夢が声をかけた。
「ゆ、紫? 相手は中級妖怪よ? なんで全力になりかけてるのよ」
「なんのことかしら? 私は、別に、スペルカードルールを、身を持って、教えてあげようとしてるだけよ?」
八雲紫の声が微妙に震えている。
湧き出るような怒りを抑えつつ話していたのだろう。
あの中級妖怪、思いっきり地雷を踏んだわね。
ま、かわいそうだけど、運が悪かったと思うしかないか。
「そこの中級妖怪」
「私の事? なに?」
「一応、巫女として、真っ直ぐ成仏できるように祈ってあげるわ」
「意味が分からないわ」
フンと白色の少女が鼻を鳴らす。
どうやら、目の前の八雲紫から漏れる桁違いの妖力に気が付いていないようだ。
「先手は譲ってあげるわ。スペルカードルール?とか言われたって、さっぱりわからないし」
「そう。なら、覚悟することね」
八雲紫が大きくスペルカードを振り上げる。
その瞬間、今まで立ち上っていた妖力が爆発するように噴き出した。
周りの砂利が吹き飛び、落ち葉が舞い上がる。
流石にその妖力の巨大さに気が付いたのか、白色の少女の表情が固まった。
「え……。え~と、ちょっと、ま……」
「廃線『ぶらり途中下車の旅』」
スペルカードが輝き、八雲紫の斜め後ろに巨大なスキマが現れた。
そのスキマの中から一十百が乗っているような電車の音が聞こえてくる。
直後、そこから少し錆の浮いた電車が猛スピードで飛び出した。
狙い違わず、白色の少女向けて一直線に向かっていく。
間違いなく撥ね飛ばされるはずだった……。
しかし、八雲紫の放った電車は白色の少女のギリギリ左側を通過して行った。
「外れたっ!? そんなはずは……」
「惜しかったわね。あと一車線、石畳一枚分でもずれていたら、直撃するところだった」
砂埃を軽く払うように、白色の少女はスカートを凪いだ。
白色の少女が軽く腕組みをし、少し目を細めて八雲紫の方を見た。
これが私の実力、とでも言いたげな雰囲気なのだが……、しっかり足が震えているところを見ると、かなり強がってそうしているようだ。
強いのか弱いのか……、どっちなのよ?
霊夢が首をかしげる。
紫のスペルカードの発動方向を捻じ曲げたのなら、かなり強力な妖怪だ。
でも、それなら、あんな風に震えてないわよね……。
一十百のように、能力の発動が不安定なのかしら?
そんなことを考えながら、八雲紫と白色の少女の勝負を見守る。
「スペルカードとやらは終わったの? ならこっちも攻めさせてもらうわ!」
タンと地面を蹴り、白色の少女が八雲紫に近づこうとする。
しかし、その瞬間、白色の少女が宙に舞った。
八雲紫も、白色の少女も、博麗霊夢でさえも、一瞬何が起こったのか分からなかった。
「えっ?」
白い少女を撥ね飛ばしたのは、電車だった。
ただ、八雲紫のスペルカードではない。
よく見れば鳥居が輝いている。
つまり、この電車は……。
『“博麗神社”~、“博麗神社”~、終点です。お荷物をお忘れにならないようにお降りください』
「とうちゃ~く! あ、霊夢さん、紫さん。ただいま帰りました」
一十百が電車から降りてきた。
服が少し土で汚れているところを見ると、土木作業でもしていたのだろう。
「え~と、一十百。タイミングが悪いと言うか、いいと言うか……。微妙な時に帰ってきたわね」
「ほぇ?」
どうやら一十百は気が付いていないようなので、博麗霊夢がある方向を指差した。
一十百がその方向を向くと、白色の少女がうつ伏せで横たわっているが見えた。
「えっ! ど、どうしたんですか?」
「紫と弾幕勝負……っぽいことをしていたんだけど、運が悪かったとしか言えないわ」
「何か、不慮の事故でも起こったんですか?」
「まあ、そんなところね」
一十百が白色の少女に近づく。
「あんまり近づかないほうがいいわよ、一十百君」
「ど、どうしてですか?」
「その妖怪は外から来たばかりで、スペルカードルールを知らないから、そこらの低級妖怪と同じように襲ってくるかもしれないわよ?」
「そうなんですか? う~ん……」
外から来たばかりの妖怪なら、僕の知っている妖怪の一種かもしれません。
一十百がそんなことを考えて、一歩近づく。
すると……。
「……くぅ。なによ、今のは?」
ふらりと白色の少女が立ちあがった。
電車に撥ねられても一応無事というところは、さすが妖怪といったところだろう。
「えと、大丈夫?」
「大丈夫なわけないでしょっ!」
腕を組んで少女がキッと一十百の事を睨みつける。
「大丈夫そうに見えるけど……」
「見えるだけよ!」
白色の少女はダンと地面を強く踏みしめる。
そして、先ほどのように蹲った。
「くぅ……。もう、なんなのよ!」
蹲った白色の少女がそう言う。
一十百はこの少女を見て、とあるものを思い浮かべた。
真っ白なドレスに、赤色の宝石が一つ。
背中には黒色のボタンが六つ。
もしかして……。
一十百は蹲った少女の右袖と左袖を見る。
左右対称なドレスのはずなのに、右袖には黒いボタンが三つ、左袖には黒いボタンが四つと、そこだけが左右非対称だった。
「やっぱり……」
「一十百君。その妖怪の事、何か知ってるの?」
八雲紫も、その妖怪の事が気になったようで尋ねる。
一十百は一度頷くと、八雲紫の方に振り向く。
「紫さん。さっきまでの弾幕勝負で、弾幕やスペルカードがギリギリ届かなかったことがありませんでしたか?」
「……あったわ。ほんの少しずれていたら、直撃するはずだったスペカが一枚」
それを聞いて一十百は確信したような表情を浮かべた。
「彼女は外の世界で有名になりつつある妖怪の一種です。まさか幻想郷にも来ているなんて思ってもいませんでした」
一十百が白色の少女の方を見る。
「人の畏れと、偶然が重なって生まれた妖怪……」
ゆっくりと一十百がその妖怪の名前を言う。
「妖怪『いちたりない』」
今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋
結界内の謎:一十百が石材とか木材を持ち込んでるみたいだけど、何をしてるのかしら? 珍しく私にも秘密にしてるのよね……。by霊夢 ついて行こうとしたんだが、バレたぜ。by魔理沙 新しい一面記事のネタなのですが……、十百さんの守りが固すぎて断念しました。by文
妖怪『いちたりない』:どこにでも存在する妖怪の一種で、ギリギリ失敗を呼び込む力を秘めています。賭け事や小銭の枚数、自動販売機の当たり……、本当に色々な場所に現れては人々の畏れを集めていく妖怪です。本来は見えない存在なんですけど、幻想郷で初めてその姿を確認できました!by一十百