お仕事記を越えて、彼は夢見る。
世界を越えた人々と、楽しく笑い合える場所。
妖怪『いちたりない』が幻想郷に来て数日が経とうとしていた。
一璃菜は博麗神社の近くの森に住むと言って、来たその日のうちに博麗神社から出発していった。
一十百の策もあって、射命丸文が妖怪『いちたりない』の存在を記事に取り上げ、幻想郷にその名が広まりつつあるようだ。
「暇ねぇ……」
「暇だぜ」
霊夢と魔理沙がのんびりと縁側で午前中の日差しを浴びながらお茶を飲む。
結界内の空間、妖怪『いちたりない』と、いろいろあったのだが、数日すればそれもいつもの日常に組み込まれてしまう。
「何か、真新しいことはないか?」
「一十百に頼み込んで、結界内の空間を見せてもらったら?」
「それが……“もうすぐ完成するんで、もう少し待ってください”って言われたんだよ」
「もうすぐ完成、ねぇ……」
一体何を作ってたのかしら?
そんなことを考えながら鳥居の方を見る。
すると、ガタゴトと小気味よい音が聞こえてきた。
「どうやら戻ってきたみたいね」
「そうみたいだぜ」
一十百の乗った電車が鳥居の向こうから姿を現した。
『“博麗神社”~、“博麗神社”~、終点です。お荷物をお忘れにならないようにお降りください』
いつもの放送と共にドアが開く。
ひょいと、一十百が降りてきた。
一度伸びをして、霊夢と魔理沙の方に向きなおった。
「霊夢さん、魔理沙さん。完成しましたよっ!」
何かをやりきったような充実した笑顔を浮かべて一十百がそう言った。
今まで、紅魔館を繋ぐ線路や紅魔館の修理、白玉楼の駅、その他もろもろを作ってきた一十百。
その修復や建設の速さに驚かされたものだが、今回は約十日ほどかかっている。
それだけ大きなものなのか、それとも繊細なものなのかは分からないが、少なくともただの人間に作れるようなものではないのだろう。
「一十百。完成したって言うけど、何を作ってたのよ?」
「“駅”です!」
「駅? 紅魔館とか白玉楼にある、電車が止まるための場所?」
「はい」
なんだぁ~、と魔理沙がちょっと残念そうな表情を浮かべた。
「てっきり、もっとすごいものと作ってたのかと思ったぜ」
「むぅ。一応すごい物なんですよ。見てみます?」
霊夢と魔理沙が顔を見合わせる。
そして頷いた。
「まあ、作ったものも気になるけど、結界の中がどうなってるのかも気になるから、見せてもらうわ」
「私も見せてもらうぜ。考えてみれば、一十百がただの駅に十日もかけないよな」
そう言って二人が電車に乗り込む。
一十百も乗り込もうとした時、電車のドアの横にスキマが開いた。
ゆっくりと八雲紫がスキマから現れる。
「私も乗せていただけないかしら?」
「紫さん! もちろんいいですよ」
八雲紫が電車に乗り込む。
「紫も興味があるの?」
「私だって見てみたいわ。なぜか結界の中にはスキマが開けないし。そもそも、結界の中の空間が、どうなってるのかさえわからないもの」
「ふ~ん」
一十百が辺りを見回す。
「それじゃ、そろそろ出ぱ……」
「あややや! もしやと思ってきてみれば、絶好のタイミグでしたか?」
“出発!”と言おうとしたとき、シュタンと射命丸文が降り立った。
「あっ! 文さん。文さんも結界内に作った駅、見てみますか?」
「ぜひ!」
大スクープに出会ったのか、キラキラとした目で射命丸文が頷いた。
「文まで来たのね」
「博麗神社に足を運んでよかったです。やはり記者としての勘は頼りになります」
そう言って座席に腰かけた。
「それじゃ、出発します!」
パチンと一十百が切符を切る。
すると、電車の中に放送が流れた。
『この電車は“異世界の交差点”行です。間もなく出発いたします』
ボウゥと汽笛を鳴らし、電車が走り始めた。
ガタゴトとだんだん速度を上げ、鳥居に向かっていく。
「ドキドキするぜ」
「そんなに緊張するようなことでもないんじゃないの?」
ギュッと箒を握っている魔理沙を見て、霊夢が呆れたような表情をした。
電車が鳥居をくぐる。
すると、青空が消え真っ暗な空間に包まれた。
窓の外はどこまでも漆黒に包まれている。
電車の天井に着いている明かりがなければ真っ暗になっていたのだろう。
「何にも見えませんね。これが結界の中なんでしょうか」
カメラを構えていた射命丸文が窓から辺りを見回す。
景色の一つでも写真にしようと思っていたようだが、これでは何を撮影したのか分からない。
「一十百君。ここは?」
「虚数次元空間の一部です。もう少しすると、安定的な空間に出ますよ」
「十百さん。この暗闇の向こうには何があるんですか?」
「あっ、そうでした。絶対に窓から落ちたりしないでくださいね」
射命丸文が窓の外を指差し尋ねる。
それを見て思い出したのか、一十百がちょっと真剣な表情をしてそう言う。
「……落ちたら、どうなってしまうんですか?」
「えと、飛ばされます」
「飛ばされる?」
風でも吹いているのかと射命丸文が窓の外に手を出す。
電車は前に進んでいるはずなのに、手に当たる風の感覚がない。
「飛ばされると言っても、風が吹いてるってことじゃないですよ。別の次元に飛ばされます」
「……え~と、つまり?」
「幻想郷に戻ってこれないどころか、下手をすれば身体がバラバラになったり、身体の内側と外側が物理的に入れ替わったり……」
「ストップ! そ、それ以上は言わなくていいわ」
横から聞いていた霊夢が止めに入った。
今さっきまで手を外に出していた文は真っ青な顔をして座席にうずくまっている。
「もしかして、私、今……死に掛けました?」
「まあ、大丈夫です。根拠のない大丈夫ですけど……」
その一言を聞いて、射命丸文が完全に凍り付いてしまった。
文字通り、ピクリとも動ない状態だ。
それほど怖かったのだろう。
「まあ、文の事だから、時間が経てば戻るでしょ」
電車の走る音だけが響く。
そんな中、一十百がひょいと窓の外に顔を出した。
「あっ、見えてきましたよ!」
霊夢が窓の外を見る。
すると、少し遠くに白石で作られた建物のようなものが見てきた。
「あれが、駅?」
遠くから見ていると、半球状の地面にいくつもの建物がそびえたっているように見える。
あれじゃ、駅ってよりも……。
霊夢は何かを言おうとしたが、静かに座って待つことにした。
「とうちゃ~く! ここが、異世界の交差点。僕が作りたかった駅です」
「これは……駅というよりも、都市ね」
ホームに降りた八雲紫が辺りを見回してそう言った。
依然として周りは漆黒の空間が広がっている。
しかし、電車のホームの先にはいくつもの建物が並んでいた。
近くに行かないとわからないが、屋台のようなもの、西洋建築、藁ぶき屋根、神社……、まさに一つの都市がそこには存在していた。
「これを……一人で?」
「はい。さすがに疲れました。安定した空間とはいえ、落ちたら大変ですから、慎重に作っていったんです」
「結界内にこんなに広い空間があるなんて……」
霊夢も電車から降りて周りを見渡す。
タンと足を鳴らして、どれくらいの広さがあるのか確かめるが、音の反響がしない。
一体この空間はどこまで広がっているのだろうか。
そんなことを考えながら一歩進む。
そこで、がしっと両腕を掴まれていることに気が付いた。
振り返ると、右腕に魔理沙が、左腕に文が、ほぼ抱きついているような状態だ
「二人とも、何やってるのよ」
「お、置いて行かないでぇ……霊夢~」
「バラバラになりたくありませんょぅ」
二人とも涙ぐんでいる。
一十百の話がかなり怖かったようで、巫女にもすがる思いなのだろう。
「落ちなきゃ大丈夫って一十百が言ってたじゃない。それに、一十百も紫も普通に歩いているでしょ」
霊夢がそう言うが、二人は首を横に振る。
はぁ~、と深いため息を吐く。
「わかったわよ。じゃ、そのままでもいいから、せめて歩いて」
コクコクと二人が首を縦に振った。
霊夢は両腕を掴まれたまま、一十百と八雲紫の後を追った。
一十百が向かったのは、大きなプラットホームを見下ろせる高台だった。
高台と言っても、もと来たホームの階段を上った先にある休憩室のような所だ。
ガラス張りのため、遠くまで見渡せる。
「ここは?」
「異世界の交差点。ここがその始まりの場所です」
「始まり?」
八雲紫が首をかしげる。
「はい。この無数に広がるプラットホームは、一つにつき一つの世界とつながっています。僕の知っている世界、僕の全く知らない世界……。もしかしたら、平衡世界という場所にもつながっているかもしれません」
「平衡世界って、パラレルワールドのことよね」
「はい」
そんな場所にもつながっているのかと、八雲紫が驚く。
そして、下に広がるプラットホームを眺めた。
薄暗いプラットホームの中、今さっき降りたホームが見える。
「あら? よく見たら、明かりがついているのは、私たちが降りた場所だけね」
一十百が頷く。
「今は一つのホームにしか明かりがついてません。これは、まだ一つの世界としかつながってないという事なんです。いつか、異世界にいる誰かが、平衡世界にいる誰かが、ここに向かって手を伸ばしたとき、そこの世界につながるホームに明かりがつきます」
「なるほど。でも、一十百君の知らない世界とつながる可能性もあるのよね」
「はい。そこに誰がいるか、どんな世界なのかは分かりません。でも、手を伸ばしてくれたなら、線路は必ず繋がります。幻想郷と同じですね」
にこっと一十百が微笑んだ。
「それは面白そうね。それに、平衡世界とつながる可能性もあるということは、もしかしたら、私の知らない“別の幻想郷”からもお客が来るかもしれないってことでしょ?」
「はい。もしも、どこか別の幻想郷の方が手を伸ばしたら、そことも繋がるかもしれません」
そう言って一十百もどこまでも伸びる線路を見下ろした。
「それで、ここに呼んでどうするの?」
「お話をしたり、お茶をしたり、ちょっとしたお買い物……みたいなことを考えいるんです」
「なるほど。だから駅だけじゃなく、都市が隣接しているのね」
「はい。でも、今は誰もいませんからお店として機能してないです。いつか、いろんな人がここで商売をしたり、お食事をしながら笑いあったりできるような場所になればいいなぁ、と思って」
八雲紫が一十百と隣接した都市を交互に見た。
ずっと昔……、確か私も似たようなことを考えて幻想郷を作った気がするわ。
彼と私で違うのは、“呼び込む”か“手を伸ばすのを待つか”だけね。
ふふっ、と八雲紫が微笑む。
いつもの裏がある様な不敵な笑みではなく、心の底から微笑んだ、そんなような暖かな笑みだった。
「そう言えば、霊夢さん達、遅いですね」
「そうね。なにやってるのかしら?」
「もう、ちゃんと歩いてよ!」
「れ、霊夢、もう少しゆっくり……」
「バラバラは、ぃゃです……」
「……もう、一十百。何とかしなさいよー!!」
今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋
異世界の交差点:文字通り異世界とつながる可能性のある場所です。誰かが手を伸ばしたとき、僕の使っている電車の線路が伸びます。それに乗っていただければ、ここにたどり着くことができるんです。いろんな人に会ってみたいです!by一十百
隣接する白の都市:それほど大きくはないんですけど、都市として使えるはずです。今は、空席のお店や祀られていない神社、誰も住んでいない館や藁ぶき屋根の家しかないです。いつか、ここが賑わったりする時が来るのかもしれません。by一十百