東方お仕事記   作:TomomonD

68 / 114
六十五仕事目 赤は白より強く、銀より速し

白い髪の少女のスペルカードから卍状に弾幕が展開される。

本来なら、このまま一十百に降り注ぐはずのようだが、今回はそうならなかった。

 

卍状の弾幕が完全に停止する。

いや、正確にはすべての物が停止した。

白い髪の少女やレミリアだけでなく、風や月の動きなども完全に停止している。

その中で、ただ一人、一十百だけが動く。

「このスペカの素が、あの銀髪のスペカだけのことはあるな」

止まった世界を見回し、ニヤリと笑う。

そして、右手を斜め上にかざす。

 

「完全に停止した時間の中、巨大な質量が別の場所に移動すると、もとの場所には小さいながらも虚数次元空間が発生する。同じだけの質量を取り戻そうとして、どこかからその分の質量を引っ張ってくる。時間と空間、そして次元は密接な関係というわけだな」

いつしか一十百の斜め上に巨大な弾幕が一つ作られている。

その弾幕は一十百がパンと手を叩くと、そのまま消滅した。

すると、その弾幕のあったところに巨大な黒い空間か存在していた。

「同時に、止まった時間の中、動く物質があるなら、それは光速を遥かに超える速さで動いているという事になる」

その黒い空間の向こう側から、ボゥゥと聞いたことのある汽笛が聞こえてくる。

 

「さて、ここで一つ問題だ。膨大な質量をもつ鉄の塊が、光速を遥かに超えた速度まで加速し、突っ込んで来たら果たしてどうなる?」

一十百の笑みが大きくなる。

それに合わせるように、汽笛の音がさらに大きくなる。

「答えは……その身で確かめてみろ、不死人! まあ、聞こえてはいないだろうがな」

パチンと一十百が指を鳴らす。

その瞬間、世界が動き出した。

 

「この、弾……」

何か言おうとした白い髪の少女。

しかし、その言葉が出ることはなかった。

光速を超えるまで加速した鉄の箱、もとい一十百が使っている電車が、斜め上から少女を容赦なく轢いていったのだ。

流星でも通ったんじゃないかと思えるような、焦げた匂いが辺りに漂う。

電車はそのまま一直線に走り去っていった。

残された空間には、白い髪の少女の姿はどこにもなかった。

 

 

「消し飛んだか、蒸発したか、まあどちらでもいい。どうせ復活するだろうからな。復活できなければそっちの方が楽だが……」

「『リザレクション』」

「貴様も面倒な奴だな。ぼろ布のようになって、なおも向かってくる。いい加減飽きないのか? 貴様とて、ただの馬鹿ではあるまい。勝てないことくらいわかっているだろう」

「勝てないのは、なんとなくわかってるよ」

「それなら、何故向かってくる?」

「……そうだな、意地みたいなものかもしれないな」

白髪の少女が、遠くの空を見上げる。

「なんかさ、こう、勝てずとも、一泡吹かせたいって、そんな感じさ」

「……そうか。意地か」

クックック……と一十百が笑う。

 

そして、ギラリと瞳に赤いゆらめきが灯る。

「つまり、私は、そのくだらない意地の為に、ここでこれほど時間を費やしたという事だな」

「……え?」

今まで一十百が纏っていた赤色の光が、一回り大きくなった。

揺らめいているその光は、巨大な炎を思い起こさせる。

白い髪の少女に、冷や汗が一粒流れた。

「そうか、そうか、そうか。随分と滑稽なことをしてしまったな。たかが意地のために」

「え、あ……」

「貴様、消滅は覚悟しておけ」

 

一十百が、ポケットから一つの金属棒を取り出す。

それは一十百がよく使っているペーパーナイフだった。

ゆっくりとペーパーナイフにスペルカードを重ねる。

その二つに赤い光が集まっていく。

「魔剣『ダーインスレイヴ』」

静かに一十百がスペルカードを宣言した。

 

 

一十百がスペルカードの宣言をしたころ、魔理沙と咲夜のペアが一十百のいる位置に近づきつつあった。

「今さっき、時間停止があったわ」

「時間停止をした、の間違いじゃないのか?」

難しい表情を浮かべている咲夜に向けて、魔理沙がそう言った。

咲夜は首を横に振る。

「私が止めたわけじゃない。誰かが、時間を止めた」

「そんな器用な真似、誰ができるんだ? 少なくとも、そんな奴、私は知らないぜ」

「……私も知らないわ。けれど、時間を止められる可能性のある人物は限られる」

「誰だぜ?」

「それは……」

 

咲夜の言葉を遮って、竹林のどこかで聞いたことのある汽笛が鳴り響いた。

ボゥゥ……と、遠くにこだますような、特徴的な汽笛だ。

「この音って、一十の……」

「十百君は止めた時間の中、動くことができた。もしかすると……」

「時間も止められる……。いや、まさか」

魔理沙が信じられないといったように、首を振る。

「汽笛の音は、この先からのようね。お嬢様の気配も同じ方向からするわ」

「……どっちにしろ向かうしかないようだな。よし!」

魔理沙が帽子を押さえ、飛ぶ速度を上げる。

 

咲夜もグッと地面を踏んで加速しようとする。

しかし、その時、赤黒い閃光が竹林の先から一瞬見えた。

本能的に分かる。

あれは、危険だと。

それに魔理沙はまだ気が付いていない。

このままだと!

「時よっ! 止まれぇぇ!」

叫ぶように、咲夜の声が竹林に響く。

カチリと持っていた懐中時計が止まる。

同時に世界が止まった。

 

その中で、咲夜は疾走する。

もし、十百君があの光を使っているのだとすると……、時間停止をしても、あの光は止まらない。

なら、せめて、前にいる霧雨魔理沙との距離を縮める。

止まった世界の中、咲夜は魔理沙に追いついた。

箒に乗ったまま止まっている魔理沙を、抱えるように掴み、そのまま後ろに跳んだ。

それとほぼ同時に、竹林の先に見える赤黒い光が一閃する。

次の瞬間、咲夜の僅か前のすべての物が粉々になりつつ消えていった。

竹林、地面、魔理沙の箒……。

 

その光景の中、カチリと懐中時計が動き出す。

止まった世界が動き出した。

「さあ行く……ぜ!? ええ、どうして、抱きつかれてるんだ!?」

「はぁはぁ、ギリギリ間に合ったわ。今回ばかりは、あの『いちたりない』に感謝したくなるわね」

「ど、どうしてこうなってるんだぜ?」

ほぼ咲夜に押し倒されたような状態になっている魔理沙は、顔を赤く染め手をぶんぶんと振る。

大体何が言いたいのか分かったのか、咲夜は一つため息をついて、後ろを指差した。

魔理沙は何だかわからないまま、その方向を見る。

すると、赤みが差していた魔理沙の顔色が真っ青に変わった。

「な、なんだよ……これ」

 

そこには、竹林が存在していなかった。

まるで巨大な何かが爆発したのではないかと思える程、大きく半球状に抉れた地面。

本来そこにあるはずの青々とした竹は一本残らず、消滅していた。

巨大な竹林の一角が大地もろとも消滅したような、そんな惨状が広がっていた。

ふと地面を見ると、自分の乗っていた箒の柄の一部が、力なく転がっていた。

 

「一歩間違えれば、貴女もああなっていたわ」

横から咲夜が、そっとそう言った。

箒の柄の一部が自分の姿と重なる。

魔理沙は両手で自分の肩を抱き、力なく座り込んだ。

小さくその両肩が震える。

 

「さ、咲夜。その……心の底から、礼を言わせてもらうぜ……。ありがとう」

「貴女には、パチュリー様の本をすべて返すまで、死なれたら困るもの」

ふぅ、と咲夜が一息つく。

そして、赤黒い光が放たれた方を見る。

そこには、見慣れた少年が赤い光を揺らめかせ、右手に赤黒い光を放つ大剣を持っているのが見えた。

 

「信じたくはなかったけれど、どうやら予感は当たっていたみたいね」

何があっても対処できるように、ナイフを構えたまま咲夜は先に進んでいった。

 

 

一十百の一撃で、周りの地面がそのまま吹き飛び、一十百が立っている地面だけが柱のように寂しく突き立っていた。

その斜め後ろに、同じように無事だった地面が寂しく柱のように突き立っている。

その上には、竹が一本と、帽子を深くかぶって屈んでいるレミリア・スカーレットがいた。

 

「ようやく消し飛んだか。無駄な時間を過ごしたな」

一十百が手に持った大剣を軽く振るうと、赤黒い光は四散し、もとのペーパーナイフに戻った。

一度伸びをすると、一十百がレミリアの方へ振り返った。

「おい、吸血鬼。帰るぞ」

「え、えぅ……。もう、帰りたい……」

「だから帰ると言っているだろう……」

そう言って一十百が帰り道の方向を見る。

 

すると、銀髪のメイドがナイフを構えてこちらをじっと見つめているのが見えた。

「どうやら、迎えが来たようだな」

「え?」

レミリアが顔を上げ、一十百が向いている方向を向く。

咲夜の姿を確認したレミリアは、真っ直ぐ咲夜のもとに飛んで行った。

「さくやぁ~、おそいわよ……」

「すみません、お嬢様」

咲夜は飛んできたレミリアをしっかりと受け止め、頭を撫でながら優しくそう言った。

そして、そのまま一十百に向けて鋭い視線を投げかけた。

 

「あなたは、何者かしら? 十百君だとは到底思えないのだけれど」

「それは貴様の感覚での話だろう? どう思おうが貴様の勝手だが、私が一十百である事は変えようがない事実だ」

「少なくとも十百君は、あっさりと人を殺めたりはしないはずよ」

「銀髪、貴様が私の何を知っているんだ? “あっさりと人を殺めたりしないはず”なんて言葉を言えるほど、長々と共にいた訳でもあるまい」

ギリッと咲夜の持っているナイフが音を立てる。

怒りに震える咲夜の腕を止めたのは、霧雨魔理沙だった。

「やめるんだぜ」

「……殺されかけた貴女がそう言うなら別にいいわ」

そう言って、構えかけたナイフをしまう。

 

 

霧雨魔理沙が一歩分前に出た。

「聞いてもいいか?」

「なんだ?」

「今さっき、私はお前の弾幕で死に掛けたんだ。咲夜が助けてくれなかったら、きっとバラバラになっていたと思う」

「それがどうかしたか?」

 

そっけない返答を聞いて、魔理沙は少しうつむいた。

意を決したように魔理沙が顔を上げ一十百の事をじっと見つめた。

「私が、そこにいることを、知っていたのか? それとも、知らなかったのか?」

「お前が真っ直ぐこっちに向かってくることくらい知っていた。そのままスペルカードの射程圏内に入ることも予想済みだ」

「それなのに、お前は……容赦なくスペルカードを使ったのか……」

「そうだ」

 

その一言を聞いた瞬間、魔理沙から途方もないような量の魔力が吹き上がる。

バッと八卦炉を一十百の方向に向ける。

「いっぺん、叩き落ちて、頭を冷やせっ!!!」

思いの丈を放ったかのような声と共に、八卦炉からマスタースパークが放たれた。

その一撃は、いつも使っているスペルカードより遥かに強大で、強力な砲撃だった。

怒りで高ぶる魔力を、勢いにまかせ荒ぶる魔力をそのまま注ぎこんだ、渾身の一撃ともいえるマスタースパークだ。

 

「阿呆が」

一十百が持っていたペーパーナイフを軽く振るう。

四散したはずの赤黒い光がもう一度ペーパーナイフに灯り、禍々しい光を放つ大剣へと姿を変えた。

そのまま薙ぎ払うように大剣を横に一閃する。

霧雨魔理沙が放った渾身のマスタースパークと一十百の赤黒い光がぶつかり合う。

二つの光が竹林を照らし、同時に衝撃を辺りに響かせていった。

 

 

光がおさまった時、そこには息を荒くして片膝をつく霧雨魔理沙と、平然と立っている一十百がいた。

 




今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋

虚空『虚数次元空間』:一時的に時間を止め、電車をその中で動かす。止めた時間の中動くのだから、事実上、光速を超えることになる。そして、止まった時間を元に戻す。時間の流れは元に戻るが、加速した電車はすぐには元の速度には戻らん。このタイムラグを生かしたスペルカードだ。あの銀髪には通用しないだろうが、他の相手になら、ある程度は通用しそうだな。by一十百(赤)  亜光速で電車が向かってくるって……、危険すぎるわよ……。by紫

渾身のマスタースパーク:私は、一十の事を信じていたんだ。たとえ、いつもと雰囲気が違っても、一十は一十だと思っていたんだぜ……。でも、ちょっと、甘い考えだったみたいだぜ……。by魔理沙  もう少し、周りを見てから行動を起こすことだ。by一十百(赤)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。