一十百が手に持った大剣を地面に突き立てる。
「魔女。気は済んだか?」
抑揚のない冷たい声で、魔理沙に話しかける。
「気が済んだなら、そこの銀髪と帰るがいい」
ギュッと拳を握って、魔理沙が小さくつぶやく。
「……どうして、どうしてそんな風になったんだよ、一十」
「何のことを言っているかさっぱりわからんな」
「一十は、もっと、優しくて、思いやりのあるやつなんだ……。こんな風に、冷酷で、人の命を何とも思わないやつじゃない」
霧雨魔理沙の握った拳が震える。
悔しいのか、悲しいのか、その両方なのかもしれない。
それを見て、一十百が少し残念そうに首を振る。
「お前も、そこの銀髪と同じ考えか。幻想郷には頭の固い奴ばかりだな。少なくとも、お前なら柔軟な考えができると思っていたんだがな」
突き立てた大剣を抜き、軽く一度振るう。
前と同じように赤黒い光が四散する。
一十百はペーパーナイフに戻ったものをポケットにしまった。
「少しよく考えてみろ。魔剣『ダーインスレイヴ』の威力は、お前の目に映る惨状そのものだ。その中で、何故、そこの吸血鬼は怪我ひとつしていないんだ?」
「えっ?」
魔理沙と咲夜がレミリアの事を見る。
確かに、レミリアには傷一つない。
レミリアも頷いて答える。
「私は何もしてないわ。何かできるとも思ってなかったし……」
「なら、なんで無事なんだ? 一十の近くにいたはずなら、少なくとも怪我ぐらいはするはずだぜ」
「そんなこと言われたって……」
魔理沙とレミリアが悩んでいると、咲夜が重い口を開いた。
「十百、あなたの実力とでも言うつもり?」
「そうだ。そこの吸血鬼のいる部分だけ避けて薙ぎ払ったにすぎん」
「そんな事、不可能だぜ!」
「何故、不可能だと思う? 破壊力の高さか? 事柄の精密さか?」
くだらん、と一十百がふっと軽く嘲笑う。
服に着いた土埃を軽く払い、冷たい視線を三人に向けた。
「それは貴様らの基準だろう。不可能だと決めつけ、己の中で基準を決める。そんな止まった思考の中で、理解しろという方が無理だったか?」
魔理沙も咲夜もレミリアもその一言を聞いて、黙ってしまった。
確かに、一十百の実力は、すでに三人の理解できる範囲を超えていた。
竹林と平原、さらに遠くに見える山を両断した、黄昏『トワイライトスパーク』。
竹林の一角を消滅させた、魔剣『ダーインスレイヴ』。
ただのスペルカードではないことしか分からないほど、強力なスペルカード。
使われて分かったのは、桁違いの威力だという事だけ。
それ以外の事は全く分からない。
「頭が冷えたか?」
三人の中で特に悩んでいる魔理沙に向けて、一十百が声をかけた。
「少しは、落ち着いたぜ……。一十、あの時……、私がここへ向かってくるのは気が付いていたんだろう?」
「そうだ」
「もしも、咲夜が助けてくれなかったら、私はどうなっていたんだ?」
「粉々になっているに決まっているじゃない!」
レミリアが後ろからそう言う。
咲夜もレミリアと同じ意見だと、頷いている。
しかし、魔理沙は首を横に振った。
「もしかして、咲夜が助けてくれなくても、私は助かっていたんじゃないか?」
「そんなわけないでしょ」
「私が時間を止めて、貴女を抱えて飛ばなければ、間違いなく粉々になっていたわよ」
「いや、なら、なんでレミリアは無事なんだ? それこそおかしいぜ」
「そ、それは……」
魔理沙は何かを掴んだような表情を浮かべる。
そして、一十百の方に向きなおった。
「それに、今さっき私は一十に向かってマスパを撃った。それを一十は相殺したんだ」
「それがどうしたのよ?」
「もし、今の一十が、ただ冷酷なだけなら、相殺じゃなくて、一方的に私が粉々になるはずだぜ」
それを聞いて、咲夜とレミリアがハッとした表情を浮かべた。
「た、確かに……」
「さっきの威力だったら、一方的に粉々、よね……」
魔理沙は自分の持っている八卦炉を見る。
今さっきのマスタースパークで少し壊れてしまったのか、黒い煙がくすぶっている。
「つまり、少なくとも手加減してくれたんだ。それも……、きっちり相殺できるくらいに、力を微調整して……」
「それって……」
霧雨魔理沙が大きく頷いた。
「一十、さっきのスペルで、レミリアが無事だったように、私も無事だったんだろう? あのまま咲夜が助けなくとも」
「そうだ。その程度の調整、大体の弾幕使いなら簡単だろう?」
「いや、簡単ではないと思うぜ」
やれやれと、魔理沙は帽子を深くかぶりなおした。
そして、ニカッと微笑みを浮かべた。
「疑って悪かったぜ。やっぱり、一十は一十なんだな」
「訳のわからん理屈だな。まあ、お前がそれで納得できたなら、何もいう事はない」
「ちょ、ちょっと待って」
咲夜が慌てて話しかける。
「箒は粉々になったはず。霧雨魔理沙はそれに乗っていたのだから、そのままだったら無事ではなかったはず」
「……なぜ、箒が粉々になったのか、まだわからないのか? こちらの調整は完璧だった。そこの魔女がまっすぐ向かってきても、問題はなかった」
一十百はそこで一度ため息を吐いた。
「どこぞの銀髪が、時間を止めなければな」
「えっ……」
咲夜が驚いた声を上げる。
横から聞いていたレミリアも気になったのか、いつものカリスマを纏って一十百に尋ねる。
「それはどういう意味かしら?」
「簡単だ。そこの銀髪の時間停止、その中で動けるのは、誰だ?」
「咲夜でしょ?」
レミリアが即答する。
「……いえ、もう一人います。十百君は……私の時間停止の中、動ける」
「その通りだ。貴様が時間を止めたせいで、私のスペルカードがその分だけ早く放たれた。そのタイムラグの影響が、箒のたどった末路というわけだ。結果として、そこの魔女が無事だったのだから、どちらでもよかったのかもしれないがな」
「えっ、つまり、咲夜が時間を止める必要は……」
「まったく意味のないものだった。むしろ、厄介な状況を作り出してくれたようなものだ。主が主なら従者も従者、といったところか」
「な、なんでしゅって~!!!」
「レミリア、噛んでるぜ」
「お嬢様、落ち着いてください」
咲夜が暴れるレミリアを止めに行った。
その光景を見て、魔理沙がくすくすと笑う。
「なあ、一十。どうして最初に話してくれなかったんだ?」
「何をだ?」
「いや、スペルカードの事とか、そのままでも私が無事だった事とか……。最初に話してくれれば、無駄に争わずに済んだのに」
「貴様らがどう思おうが、私には関係ない。ただ、降りかかる火の粉は払う、それだけだ」
「それだけって……、下手したら、私は一十の事を一生恨むかもしれなかったんだぜ?」
「そこまで物覚えがいいようには見えないがな」
「おい……」
やれやれ、なんだか捻くれているようだけど、一十は一十だな。
なんだかんだ言って、私や咲夜、レミリアも無事だったし。
そんなことを考えている時、魔理沙は一つ疑問に思う。
「一十、そういや、一つ気になったんだが」
「なんだ?」
「どうしてスペルカードなんて使ってたんだ? 弾幕勝負をしている相手もいないみたいだし」
「なに、もう少しすれば分かる」
一十百が誰もいない空間の方向を向く。
魔理沙もつられて、その方向を向いた。
すると、段々と白い光が集まり始めた。
「な、あれはなんだぜ?」
「本当にしぶといな。本格的に消し飛ばしたつもりでも、なお蘇るか」
「『リザレクション』」
白い光はそのまま人の形になり、白い髪の少女がそこに現れた。
「かはっ……」
しかし、何度も復活しては粉々にされたため、さすがに体力の限界が来たようだ。
白い髪の少女は、そのまま地面に倒れた。
「おい、不死人。倒れるのはまだ早い」
「うぅ……」
一十百が白い髪の少女の前に立つ。
そして、そっと手をかざした。
それを見て、魔理沙が止めに入る。
「待った! よくわからないけど、さすがにこれ以上はダメだぜ」
「……とどめを刺すつもりはない。安心しろ」
「そ、そうか。なら、一応安心したぜ」
一十百のかざした手に白い光が集まっていく。
先ほど少女の形を作った光と同じ色の光だ。
段々とその光は四角い形を作っていく。
そして、一枚のスペルカードになった。
「それは?」
「今回は幻想郷自体に負担をかけたからな。あのスキマが出てくる前に元に戻すだけだ」
「元に戻すって……」
魔理沙が周りを見る。
竹林は半壊、地面は抉れ、はるか先の平原と山は両断……。
これを元に戻すとなると、年単位の時間がかかりそうだ。
「いや、ちょっと……厳しいと思うぜ」
「それは、お前の理屈だろう?」
「……あ、そうだったぜ。今の一十には、私たちの考えは遠く及ばないんだったな」
霧雨魔理沙が一十百から数歩離れる。
魔理沙が離れたことを確認した一十百から、赤い光が溢れだす。
今までとは違った、どこか温かみのある赤い光だ。
それが今作られたスペルカードに吸い込まれていく。
更に光は強くなり、スペルカードが見えなくなるくらいまで光り輝いた。
「回帰『天啓治癒 -リザレクション-』」
一十百のスペルカードは、一十百の手から離れると赤い尾を引きながら、夜空に向かって飛んで行った。
遥か高くまで上がったスペルカードは、一段と強く赤い光を放つ。
まるで赤色の星が空に輝いているようにもみえる。
そこから次々と赤い光が降り注いだ。
赤い光が抉れた地面にぶつかると、地面が同じ色に輝きそして……。
「あれほど抉れていた地面が、元に戻ってる!?」
魔理沙の目に映ったのは、元の平地に戻った竹林だった。
地面だけではない、粉々になった竹林も光が落ちるたびに一本ずつ再生していく。
はるか遠くに見える山も、だんだんと元の形に戻っていくのが見える。
そして、降り注ぐ赤い光のうちの一つが白い髪の少女に落ちた。
「うぅ……、あれ? なんだか、痛みが引いていく……」
ゆっくりと白い髪の少女が立ちあがる。
ボロボロになっていた服も元に戻っていく。
「これは……一体」
「元の状態を復元しているにすぎん。ただし、ただの復元だと思うな。回帰復元といったところだろう」
「回帰復元……」
「生や死などの状態、有や無などの概念、そのすべてを完全に復元する。たとえ、それが粉微塵になった身体だろうが、消滅した精魂だろうがな」
そう言っている間に、周りの風景が元に戻る。
あれ程の惨状だった竹林も、満月の似合う風流な竹林に戻っている。
辺りを一度を確認すると一十百が空に手をかざした。
すると一十百の手元にスペルカードが戻ってくる。
「これなら、あのスキマ妖怪から小言を言われることもないだろう」
一十百が一度伸びをする。
スペルカードから段々と赤い光が消えていく。
同じように、一十百の周りにゆらめいていた赤い光も消えつつあった。
「いい加減、私も疲れた。後の事は貴様らでどうにかしろ」
「ちょっ……」
魔理沙が何か言いかけるも、既にその時には赤い光は完全に消え……。
「あふぇ……はっ! あれ? 確か、弾幕勝負になって……。あれ? いつの間にか、魔理沙さん達がいる!?」
いつものほわほわした雰囲気を纏った一十百に戻っていた。
「お、おう。一十、その、大丈夫……か?」
「えと、はい。大丈夫だと思います」
一十百本人は、なにがあったのか分かっていないようで、キョトンとした表情を浮かべていた。
今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋
回帰『天啓治癒 -リザレクション-』:完全復元……、いや、回帰復元を引き起こすスペルカードだ。簡単に言えば、状態の変化したものを、変化する前に引き戻しているにすぎん。それほど長い時間が経過していなければ、文字通り完全に復元することができる。まあ、弾幕勝負でこのスペルを使う事はなさそうだがな……。by一十百(赤) 人間の思考まで完全に復元できるそうだ。by魔理沙 その代り、十百君にそれなりの負担があるみたいね。by咲夜